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第八十六話 がすぬき

魔王軍の一部部隊が前進し、シュガークリー王国の国境沿いに集結してきている。


そんな情報が、停戦監視部隊から入ってきたらしい。

この軍事情報を得て、ザイス聖王国を中心とした、西方諸国からの有志の軍勢が緊急に集められ、前線に派遣されることになった。

建前上、現在は魔王軍との間では休戦中なので、表向きは演習のため、ということになっている。


「せっかく、この前のゲーゼルライヒの一件で、魔王軍との戦いを回避したというのに、結局、これじゃあ元の木阿弥じゃない!」


「……ですが、今回はゼクサイス様やマオール様たちが、事前に打合せをした舞台の上でのことですから、我々には直接の問題は生じないかと」


私の呟きに、侍女のカミーナが律儀に応える。

今日のカミーナは、鎖帷子(チェインメイル)の上に厚手の外套(コート)を着込み、いつもの細剣(レイピア)を腰の両側に()いている。

完全フル装備だ。


「なんぞなんぞ、此度は戦場(いくさば)を見学できるということじゃから、わしにもソニヤの勇姿を見せてもらうぞ」


元皇帝のナレンも、暇潰しだ、と言わんばかりに赤色の鎧姿で戦場に来ている。

あんたは本当に暇人ね。


「まあ、問題が発生しないならいいか」


私がそんなことを呟いた時、後ろから声をかけられた。


「ご足労をおかけします」


ゼクスが私たちに挨拶をしてきた。

ゼクスも上下の全身鎧(フル・プレート)に身を包み、完全武装している。

白銀色に光り輝く、どう見ても名前が付いていそうな一級品の鎧だ。

たしかにこの一画だけを切り取っても絵になる。ちょっとだけカッコいいかも。

それにしても、ゼクスの全身鎧姿なんて、極めてレアなものを見せてもらった。


「いえいえ。こちらこそ今回の演習、ゼクサイス様のご勇姿を、お側で拝見させていただければ幸いでございます」


一応、建前上の話でお互いに押し通す。

周囲には、私たちの裏取引を知らない一般の兵士たちばかりなのだから。


「おお、勇者様だ」

「此度はゼクサイス殿下もお出ましになるのか」

「これは、いけるぞ!」


周囲の兵士たちが口々にゼクスを褒め称えている。

……宮廷の噂を集めてみると、どうやらゼクスはその剣の腕前もさることながら、指揮官としても極めて優秀らしく、一部では『勇者』なんていうあだ名もつけられているらしい。

まあ、今の目の前の鎧姿を見ていると、あながち、ホラとも言えないかもしれない。


ゼクスは今回は、商工組合(ギルド)の代表ではなく、出身国であるザイス聖王国の代表、という立場で参加している。

手元の名簿で確認する限り、西方諸国騎士団連合軍最高司令官、財務統括、ザイス聖王国聖騎士団団長、全権大使、第一王子、というのが今回のゼクサイスの肩書きだ。

ちょっと肩書き多くない?

しかし、ゼクスが「殿下」とか言われているのを聞くと、やや違和感を感じるのも不思議なものだ。


「……ゼクサイス様、ゴミサ様がお呼びです」


ゼクスの側に、音もなく軍服姿の、薄水色のセミロングの少女シルフィが現れた。

シルフィはちらりとこちらを一瞥しただけで、特に話しかけてはこない。


「承知しました。ではソニヤ姫、また後ほど」


「はい」


私はゼクスの後ろ姿を見送る。

隣のカミーナに視線を向けると、なんだか心配そうな顔をしている。

一応、内々に今回の件は茶番劇だということは事前に伝えてあり、安全だということは頭ではわかっているはずだが、心配なのだろう。

乙女心というものはなかなかに複雑なのである。


そんなカミーナが私に進言をしてきた。


「ソニヤ様。我々も準備を」


「そうね、わかったわ」


私たちは今回、シュガークリー国に、各国の軍が集結するということで、その監視・監督という仕事のために、政治顧問という立場で参加している。

ちなみに我が国の軍は、王都トルテの防衛に専念するため、という理由で派兵はしてはいない。

余計な摩擦は少ないに限るのです。


私もさすがに、戦場でドレスなんかを着るわけにはいかないので、今は制服みたいな服を着ている。私が鎧を着て前線に立つ必要はないしね。


「西方諸国の有志連合の皆様に、女神様のご加護がありますように」


今回の演習にはアンジェ教皇も従軍しており、今は、各騎士団へと戦勝祈願をしている。

傍らにはオクトーバー司教が控え、周囲に絶えず視線を配っている。

カミーナが私の護衛をするのと同様に、アンジェ教皇の護衛なのだろう。


……しかし、アンジェ教皇も、説法をするときだけは、すごく真面目な顔つきで、その美貌と相まって、実に敬虔な聖女といった趣がある。まあ、中身はあれなんだけど。


アンジェといえば、チラチラとたまに、こちらへと熱い視線を飛ばしてくる。


……これは常に注意していないと、戦場で拉致されて犯されるかも。気を付けないと。


ゼクスがあちらこちらへと指示を出しているところに出くわした。私は小声で声をかけてみた。


「あちらの様子はいかがですか?」


「もう準備はできているみたいですよ。打ち合わせ通りです」


ゼクスに耳打ちをすると、これまた小声で現状を教えてくれた。


まさか、周りの皆さんも、今回の演習そのものが、相手と合わせた茶番劇だとは思っていないだろうなあ。


こちらの連合軍も万単位の兵隊を揃えたが、まさか、魔王軍の万単位の兵も、わずか二人。魔王様とリッチーのヘイシルさんの二人だけで、この演習のためだけに作られた軍隊だとはわからないだろうなあ。


魔導人形(ゴーレム)と、死霊兵(アンデッド)だけで構成された軍隊。


一応、指揮官として、魔王の妹エミーも参加するみたいだけど、実質三人だけの軍隊だ。

わざわざ負けてもらって、西方諸国のガス抜きのためだけに作られたものだ。


前回のゼクスからの依頼で、魔王軍の代わりになる軍隊を魔王様たちに用意をしてもらって、こうして今、丘の向こう側の森林の近くに戦列を整えてもらっている。


こちらの西方諸国からの騎士団連合も、思いの外、早くに終結した。

ゼクスから聞いたのだが、これら騎士団連合は、本来は私の国の占領軍であった魔王軍に対して、いつでも作戦行動ができるように待機していたらしい。

動くならば、なんでもっと早くに動かなかったの? という気がしないでもない。


「ソニヤ様。そろそろお時間です」


カミーナから声をかけられた。

私は頷くと、ゼクスに声をかけた。


「では、そろそろ軍議ですので、ゼクサイス様。参りましょうか」


「はい。ソニヤ姫。では、手筈通りお願いします」


私は頷いた。


という訳で更新です。

第八十六話ですが、閑話とか含めると100話です。結構、書いたなー、と。

次回更新は、来週を目標に。

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