第九話 まおーさまとーじょう
「んだ、てめーは? 怪我したくなかったら、とっとと失せやがれ!」
「まさか、てめー、正義の味方を気取ってんのか? その綺麗な顔を台無しにされたくなかったら、さっさと尻尾巻いて消えな。色男」
「ぬっころすぞ、あ?」
男たちは口々に魔王相手に凄み始めた。
や、やばいって。
俺は逆の意味で怖くなった。
「……ふむ」
男たちの脅迫、恫喝に対して、ふらりと現れた優男……魔王は眉一つ動かさない。
「失せろっていうのが聞こえなかったのか! この野郎!」
魔王に対して、怒りを爆発させた男の一人が、いきなり殴りかかる。
非常に沸点が低い。
男の丸太のように太い腕のその先端には、石のように頑丈そうな巨大な拳が取り付けられており、その暴力の象徴ともいえる拳を優男の顔面へと思い切り叩きつけた。
「へっへっへっ……」
誰もが、優男の綺麗な顔が陥没し、歯がおれ、血反吐を吐きながら、のたうち回る、そんな光景がすぐに見れると男たちは予想をしていた。男たちの顔にはニヤニヤ笑いが張り付いていた。
「う、うごぉぉぉー」
……だが、周りの男たちの予想に反し、殴られた魔王は何でもなかったかのようにケロリとしている。
むしろ殴り付けた男が拳を押さえてうめいている。見ると、拳から白いものがはみ出て、血を吹き出している。
「て、てめー、なにをしやがった!」
逆上した別の男が、いきなり短刀を取り出しだ。
「……ふむ。特段、なにもしていないのだが。だがまぁ、余はそなたたちの楽しみを邪魔立てしに来たのではないのだがな」
そういって、腕を組み、嘆息をする。
「余はできれば、目立ちたくはないのだが、貴様らが余に敵対する、というのであれば、残念ながら容赦はできぬ」
そういって、鋭い眼光を周囲の男たちに向けた。
魔王の眼光に恐れをなし、一歩だけ、下がってしまう男たち。
「う、うぉぉぉぉーっ!」
だが、先ほど短刀を取り出した男は、どうやら魔王の眼力により、その本能的な恐怖を巻き起こす迫力に怯えきってしまい、逆にパニックに陥ってしまったらしい。
男は短刀の柄を両手で掴みながら、身体ごと魔王にぶつかるように突っ込んでいく。
短刀は切るものではなく刺すもの。
なかなかに基本に忠実である。
だが、短刀を持って突っ込んでくる男を一目見ても、なんらの驚きを浮かべるでもなく、魔王はなんでもないことのように、その短刀の刃の部分をむんずとつかんだ。
「え?」
信じられない、といった顔で男が驚きの顔を浮かべる。
魔王は、男の体重や抵抗などまったく感じないような素振りで、短刀ともども、男の手をひねりあげた。
すると、まるで、飴細工のように、男の腕が、明らかに間違った方向へとグニャリと曲がった。
「あ、あ……ぎゃ、ギャー!」
男は一瞬、何が起こったのかを理解できなかったのか、惚けた顔を浮かべた後、そのあまりの激痛に、ひたすら叫び声をあげ続ける。
「……こ、こいつヤバイぞ!」
「ど、どうする?」
男たちはお互いに顔を合わせる。
先ほど見た通り、武器すらまともに効かない相手だ。
周りの男たちは、じりじりと後ろへと後退していく。
俺をつかんでいた男たちも、魔王の近くからなるべく離れようと、路地裏の端の方へと素早く移動していく。
そして、男たちは顔を見合わすと、先ほど腕を捻りあげられた男に肩をかしながら、蜘蛛の子を散らすように、我先にと逃げ出していった。
どうやら、この魔王のヤバさにようやく気が付いてくれたらしい。
そんなこんなで結局、俺だけが魔王の前にとり残された。
「た、助かった……」
俺は立ち上がると、乱れた服を整える。
服は引っ張られたものの、幸運にも破れてはいないみたいだ。
地面に落とした眼鏡をひろってかけ直すと、真正面から魔王に向き合う。
そして、呼吸を整え、礼儀正しく感謝の言葉を述べた。
「……あ、危ないところを助けていただきまして、ありがとうございます」
そして俺は頭を深々と下げた。
まさか、探していた魔王その人に助けられるとは。
完全に予想外の展開である。
これから、どうするか、頭の中で色々と考えようとするが、先ほどのいざこざのためか、完全に頭の中がパニックになってしまい、まともな思考ができない。
「……あぁ、えっと」
うまく言葉にならない。
「うん? おかしいな? 人間の女は、ああやって男たちにもて遊ばれると喜ぶ、と事前に聞いていたのだが。違うのか?」
なんだかいきなり、電波なことを言い始めたぞ、こいつ。
「そ、それは、大きな誤解です」
いきなり変なことを言われたので、少しだけ冷静になれた。
やはり、突っ込みをいれるときには、頭の回転が若干早まる。
「そうなのか? ふむ。余の知り合いどもは皆そう言っていたのだがな?」
魔王の知り合いって言うと、宰相とかか?
嫌な汗が額に流れる。
「……え、えーと、私は、アインスと申します。商人の娘でございます」
俺はいつも、王宮を抜け出しているときに使っている偽名を名乗り、白々しく聞いてみることにした。
「……今は、奉公人として、王宮にてソニヤ姫のお世話をさせていただいております。ところで、あなたさまは?」
俺のこの鎌かけに、魔王がどうやら、興味をもった単語があったらしく、何度か頷いた。
「ふむ。そうか、そなたソニヤの関係者か。これは幸運なことだったかも知れぬな。うむうむ」
勝手に一人で納得したように頷いている魔王。
しかし、今、なんか俺の名を言わなかったか?
だが、まぁ、いい。
「余は……、あー、俺は魔オー……、いや。マオールというものだ。地方の伯爵家の三男坊でな。今日、田舎から出てきたばかり、といったところよ」
魔王はどや顔でそんなことを言ってきた。
地方の伯爵家のご子息が、短刀の刃を素手で掴むかよ。
そんなことを心で思いながらも、俺は何度も愛想よく頷く。
情報を引き出すために、会話を続けなければ。
「ま、マオール様とおっしゃるのですね。素敵なお名前ですね。……ところで、助けてもらった身の上で、こんなことを聞くのも失礼なのですが、どうしてこんなところにおられたのですか?」
自分のことを棚にあげて聞いてみる。
俺が、今、一番知りたい情報だ。
「ん? 俺か? ちょうど、泊まるところを探しておってな。道をふらふらと歩いていたのよ。そうしてみたら貴様らの騒ぎをちょうど聞き付けてな、これは見物でもしてやろうかと、顔を見せた、といったところよ」
そうか、俺はその魔王の好奇心のおかげで命拾いをした、というわけか。
……だがまぁ、助けられたというのは、事実だし、ここは素直に感謝しておこう。
俺はうんうんと何度か頷き、この機会を逃してなるものか、と意を決して聞いてみる。
「そうでございましたか。ところで、先ほど助けていただいたお礼がしたいので、ご一緒に夕食でもいかがですか? 私でよければ、宿泊についての相談なんかにものれますよ」
俺はメガネをくいっとあげて、顔を魔王へとぐっと近づけた。
ぐいぐいといく。
やはり魔王へと自分を売り込むための営業には勢いが大事なのだ。
「む? まぁ、たしかに相談ができる人間がいた方が好都合か。それに、そなたに聞いてみたいこともあるしな。よかろう。アインスとやら、食事場へと案内せい」
「かしこまりました。ささっ、ではこちらへどうぞ」
俺は内心、びくびくしていたが、魔王の手を引いて、大通りにある老舗の宿屋兼酒場『白鷺亭』へと向かうことにした。
そこは、たまに俺も利用をしており食事がおいしい。
あそこなら、滅多なことはないだろう。
と、そのまま魔王の手を引いて、通りに出たところで、通りの向こうからやってきた見知った顔の衛兵たちとばったりと出会ってしまう。
なにやら、切羽詰まった感じでものものしい。
あちらこちらに視線を向けて、何かを探しているような。
……ん。今、ここで俺が見つかるのはまずいな。
なんとなく、自分を探しているのではないかと直感した俺は、魔王へとしなだれるようにして、その腕にしがみつく。
「……ん? どうした?」
「しっ! マオール様。まっすぐ前を向いて、堂々と歩いてください。決して、こちらの方を見ないようにして、自然な感じで」
「何かわけがありそうだが、まぁ、よい。俺は心が広いからな」
そうして、俺たちは、遠目には恋人たちが連れ添うようにして、歩いている風を演じる。
「……もう大丈夫です」
衛兵たちが遠く離れたのを確認した俺は、魔王の腕を離す。
……が、なぜか、魔王から離れられない。
そして、よく見ると、腰のあたりに魔王の腕が回されている。
まったく気が付かなかった。
「あ、あのー」
「ん? 何か問題があるか?」
「……いや、ないです」
とりあえず俺は、魔王の気がすむようにさせてやろうと考えた。
少しでも魔王の歓心を掴み、一つでも多くの情報を取得せねば。
そのためならば、腰に手を回される程度のことなど安いものだ。
……先ほどの危機を乗り切ったことに、俺はそっと神様に感謝を捧げた。




