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magician's seed  作者: 大外 竜也
9/17

ツナ

「それでな、君の書いたこの手紙を見つけたんだ」

 まだ鼻をすすっているが、とっくに泣き止んでいるパーリーに、手元の手紙を見つけるまでの話をした。

 もちろん、彼女の父と母の事も話した。けれども、もうパーリーは泣かなかった。

 パーリーの中で、何処か覚悟しているところがあった、もしくは、もともと、あの洞穴の存在も、そして、今、そこがどうなっているのかも知っていた。またはその両方を、グリアから感じ取っていたのだろう。

 何より、そのことを聞くのが、とても残酷な事にも思えたのもあるが。

「さてと、暗い話は後だ、また君が何か話したいことがあったら、その時に話してくれ。いいな」

 膝からおろし、両腕を掴んで目を合わせる。いつか、母がそうして、自分をしかりつけていた事を、思い出した。

 少し違う気もするが、仕方がない。グリアには、そんな経験など無いからだ。

「うん」

 少し開けてパーリーは首をたてに振る。

「よし、じゃあ、そこに座ってろよ。今、夕飯を出してやるから。腹は減ったか」

 カバンを漁り、中からパンを取り出す。ナイフで切り込みを入れる。

 カン。グリアがデスクに置いたものが、甲高い音を立て、パーリーは目を輝かせた。

「ツナ」パーリーの目が、缶に吸い寄せられる。

「食べたいのか」

 コクコク。上目使いでグリアを見た後、首を動かす。

「でも、これ俺の分だしな」

 スプーンですくい、パンに挟んだ。それを持ってパーリーの目の前で上下左右に動かすと、それにつられて頭が動き、はっとなって、頬を膨らませ、椅子の上で、膝を抱え丸くなった。

「意地悪」

 恨めしそうに見る顔がおかしくって、何より、それが何となく可愛く見えて、腹の底から、何か湧き上がってくるのを必死に抑え、身をよじらせた。

「ははは、冗談だよ、これは君の分だ」

 手渡すと両手でつかみ最初の一口を口に入れる。

 小さな一口。

「おいしい」

 パーリーが顔を綻ばせる。

「そこ、パンしかないんじゃないか」

「それでも」

 また一口。

 昔かっていた、ハムスターにチーズを上げた時を思い出す。

 なかなか懐かなかった。そのハムスターはチーズを持っているときだけ、近寄ってきて、最初は、ついばむのだが、油断した隙にそれを持って行ってしまうのだ。

 だが、グリアにとっては、自分の半分ぐらいあるチーズを、大事そうに抱えて、少しずつかじる、その食べている姿を見ている時の方が好きだった。

 懐かしい思い出に浸りながら、自分の分を取り出し、パンに挟む。

 考えてみれば、昨日の朝食を食べて以来の食事だ。

「道理で」

 さっきから鳴っている腹を見る。考えてみれば、これは、昨日の夕飯になるはずだった。すぐに平らげ、次の一個に手を伸ばす。

 今度は、ソーセージと一回分に分けた、ケチャップ、マスタード。それらをパンに挟んで、口に運ぼうとしたところで、目の前に迫っているパーリーに気が付く。

「お前、まだ半分ぐらい残ってたよな」

 グリアがソーセージを取り出したのを見て、慌てて食べたらしく、頬がパンパンになっている。

 グリアは、また上下に左右に動かし、すぐに止めた。このまま続けていると、襲い掛かってきそうだからだ。随分元気だが、まだ胸の痛みは残っているはずだ。

 それを上回る食欲が、パーリーを支配していた。

「これも欲しいのか」

 喋れないパーリーは頷く。

「でもこれ、俺の分なんだけど」

 しゅん。という効果音と共に目の前で項垂れる。

 はあ。グリアがため息をついた。こんな表情をされては、お預けには出来ない。

「半分だけだからな」

 そう言ってグリアは分けた後、ほんの少しだけ大きい方をパーリーに渡して、自分の分をかじった。

「今度は、ゆっくり食えよ。逃げるわけじゃないんだから」

 グリアは、最後の一口を食べると、立ち上がった。この会社の持ち主から、今回この部屋を借りる代わりに、頼まれていたものを、探すためだ。

「今頃ティリャの奴、怒ってるんだろうな」

 昨日の連絡を忘れたからである。 

 別にそこまで時間のかかる作業ではない上、今のパーリーの様子からして、ここで後一日二日は、休養が必要がある事を考えると、今やらなくても問題ない。

 それに、このビルにいる事も彼女は、把握しているはずだ。それも少なからず、ティリャを不機嫌にさせる。

 ここのビルの持ち主は、二年前、この世界に向かう事が出来なかったグリアを責めた。

 わざわざ、学園の寮に怒鳴り込んできて、寮長とティリャの前でさんざんに怒鳴り散らして帰ったことも幾度もあったという。そのことを、グリアは別の友人が口を滑らせたことで、去年初めて知った。

 ティリャが、グリアの耳に入らないように気を配っていたのである。

 それでも、去年の夏休み、近所に用があったグリアは、ティリャに黙って、その男に会いに行った。それからの付き合いである。

 今回もこの事は、ティリャに黙ったままである。借りる交換条件は、社長室内に保管されている、野菜の研究データと、この社内に保管されている種の内の数種類を持ち帰る事。

 それを、約束することで、この部屋に入るための暗証番号を教えてもらった。

 今探しているのは、デスクの上のコンピューターのロックキー。それがこの部屋の中に隠されているという。その場所も、グリアは聞いていた。 

 クローゼットを開き、中に置かれた、四段ある箪笥の一番上の段。その中身を全て取り出し、奥の取手を引くと、そこに鍵の入った箱が出てきた。

「これだな」

 それをズボンのポケットに入れて、箪笥の上に置かれた毛布を二枚取り出し、パーリーの元に戻った。

「寝てるし」

 食欲が満たされたことで、満足したのか、高級な椅子の背もたれに寄りかかり、気持ちよさそうに眠っている。そこに毛布を掛けてやった。

 グリアにとっては全て初めての経験である。胸の奥がくすぐったい感覚を覚えながら、グリアも椅子に腰かけ、毛布を掛けた。

「おやすみ」

 そう、パーリーのに声をかけたが、返事は帰ってこなかった。




 真夜中の学園、校舎内。その中にいくつか、普段から、昼でも薄暗く、誰も立ち入らない教室が、いくつかある。

 だが、昨晩から、その中の一室は、あかりが灯ったままだった。

 時刻は夜、十一時。他の教室の明かりなどとうに消え、生徒も教員も、それぞれの寮なり家庭なりに帰っている時間である。

 そんな空き教室を覗けば、そこに居るのは、視界に入ればだれもが目を奪われる美人。ウェーブのかかった、茶色い髪は、教室内を照らすランプの僅かな明かりですら輝く。

 目は大きく開かれ、まつげは、生来の長くてきれいに生えそろった、艶やかさを持っている。

 体もある一部が、特段出ているわけでも、へこんでいるわけでもなく、もっと凹凸がはっきりしている女性はたくさんいるのだが、兎に角そのバランスが良い。

 そんな彼女は、目の前に開かれた、青くて半透明な画面をにらんでいた。

 視線が注がれているのは、第四世界の地図。その赤く点滅している一点だ。

 表示されたこの街も、拡大してみたこのビルの名前にも覚えがある。というよりも、忘れるはずがなかった。

 二年前この学園に現れたあの男の顔が思い出される。応接室で初めて彼を見た時の感想は、よく肥えた豚である。体系だけでなく、鼻も豚鼻な上、真っ赤になってここまで来たのだから。その時は、怒りの感情はもちろんの事、笑いをこらえるのに必死だったのを覚えている、

 彼は、自分が、こんなにも頼み込んでわざわざ出向いているのにも関わらず、顔を見せようともしないとは何事だと言い、無理にでもグリアの病室に立ち入ろうとさえした。

 騒ぎを聞きつけた兄のシナプスが来なければ、どうなっていたか分からない。

 グリアは、その男の持ち物である、ビルの中にいるのだ。

「何も、そこに行くことは無いじゃない」

 夜を明かす場所なら、他にいくらでも用意があったのだ。

 その時、着信を知らせる軽快なアラームが鳴った。画面の右下にグリアという文字と、昔外で使われていたといわれている電話のマークに触れた。左手を耳に当てる。

「もしもし、グリア。あんた、なんでそんなところにいるのよ」

 そのまま怒鳴りつけてやった。

 だが、大声を出したはずなのに、向こうから驚いた様子は伝わってこない。どうやら、ティリャの行動はお見通しだったようだ。

「静かに、今、ちび助が寝てるから」

 グリアは、息を潜めて話している。

「そう、じゃあ、例の迷子は見つかったわけね」

 取り敢えず第一関門は突破というわけだ。ティリャは、そっと胸をなでおろす。正直、もうあと数日はかかると思っていた、そのための口実も用意していたが、どうやら使う必要は、なさそうだ。

 少し残念な気もするが、今は早く見つかったことを祝うべきだろう。何はともあれ、一安心だ。そう思った。

「それで、その子の様子はどう」

「うん、食料は何とかしてたみたいで、栄養失調とかは無さそうだけど、結構痩せてるかも。ただ、今、直近の問題としては、パーリーが、マナの使い過ぎの状態になってる事かな。しばらくはここに居ないとダメかもしれない」

 二年前のグリアが思い出される。その少女もあの時のグリアみたいに、意識を失った状態なのだろうか。

「心配しなくても大丈夫、まだ痛みはあるみたいだけど、よく食べるし、そうそう、こいつ食べる時結構面白いぞ、姉さんもティリャも、同じくらいの頃には、行儀よく食べる習慣がついてたからな、なんか、ペットに餌付けしてる気分になる」

「昔飼ってたハムスターみたい?」

「そうそう、というか、ティリャにその話したこと有ったっけ」

「フィーレ様から聞いたのよ。それより、あんまり他の人の前でさっきみたいに言わない方がいいわよ。あなたに、庶民をペットとして飼う趣味があるみたいに聞こえるわ」

「それは、ティリャだけだと思うけどな。最近なんか変なもの読まなかったか」

「ええ、貴方の部屋を掃除していたノエーさんから、とある本を渡されまして」

 ノエーさんは、グリアたちの住む男子寮の清掃員をしている奥様方の一人だ。

 男の子を育てた経験のある人も多く、部屋の掃除などをしていて、出てくるあれやこれやを見つけては、懐かしそうに昔話などで、話に花を咲かせたりしている。

 ティリャは、親交のある隣の国の王子を自国で預かっている手前、父から、グリアの事を任せられていると自負しており、そうして見つけた物を報告してもらっているのだ。

「へ~あれを見たのか」

「べ、別に見てないわよ。大体、タイトルを見れば想像がつくわよ、あなたの趣味もね」

 ティリャは、表紙を見るなり投げ捨てた本の事を思い出す。あんないかがわしい物を、一体どこで手に入れて来るのか、グリアと行動を共にしていることの多いティリャにも、分からない。

「ま、あれ、お前の兄さんのだけどな」

 ボス。倒れ込んだ枕が耳元で音を立てた。

「そう、なら良かった、明日の用事が一つ増えたのは置いておいて、言い訳を聞こうかしら、事によっては、そのまま、そっちの世界に閉じ込めてあげるけど」

 それは願い下げだ。と電話の向こうで、グリアが言った。

 そして、昨日の夜起きたことを、グリアは話し始めた、一日分の話のはずなのに、細かいところを省き、必要な所だけを簡潔に説明すれば、数分の事なのに話しているグリア自身が一番驚いた。

「そう、それで今に至るというわけね。そして、私には内緒であの男と変な約束、しかもこっちは骨の折れる作業なのに、向こうは使ってもいない掘立小屋を数日かすだけと」

 十五階建てのビルを掘立小屋と言うあたり、その男、個人に対する敵意というか、偏見というかがすごい。同じことを思ったのか、グリアも電話の向こうで深いため息をついた。

「だから、お前には話さなかったんだよ。お前がいると、必ず話がこじれるからな」

 ティリャという人間の人に対する好き嫌いは、目に余ることがある。多くの好意をまたは無関心な相手に対して、振りまく愛嬌は、多くの者を虜にしてしまうほどのものがある。

 だが、ひとたび敵とみなすと、猛禽類のごとく、相手を観察し、相手の急所を的確に見つけ、猛獣のごとく襲い掛かる。

 グリアが、その男と連絡を取っている事さえ、秘密にしていたのは、そう言った、ティリャの性格があっての事だった。

「本当に、その癖は何とかしろよ」

「うるさい」

 ハァ。小さなため息。この話はまた今度か。とグリアは毎度のことながら、断念するのだった。



 翌日、先に目を覚ましたのは、パーリーだった。大きな窓から差し込む日光の暑さで目を覚ましたのだ。

「ツっ」

 体を起こした時に胸が痛んだ。昨日から続いているこの痛みは何なのだろう。デスクの向こう側、パイプ椅子に座り、大きな口を開けて、寝ているグリアは、何かを知っているみたいだった。

「あ、涎」

 特にすることもないので、寝顔を覗き込んでいたら、口の隅から垂れた液体が、下に延びて、地面に跡を残した。

 昨日、グリアから、両親の死を聞いても、パーリーはたいして自分がショックを受けていないことに気が付いた。

 この間見たメールで希望も出来たが、パーリーはあの洞穴に魔獣たちが集まっている事を知っていた。

 だから、少なくともどちらかが、あの中にいる事には薄々気が付いていたのだ。

 そう言えば。グリアという名前に、パーリーは引っかかるものを覚えた。何処かで聞いたことのある名前なのだ。しかし、どこでだろう。

 パーリーがじっと見つめていると、グリアが目を覚ました。

「どうした」

 体制はそのまま視線だけをパーリーに向ける。

「何も」

 目をそらす。

「腹減ってるか」

 相変わらずグリアはそのまま動かない。パーリーの腹が鳴った。

「そうみたい」

「もう昼だからな」南向きの窓の丁度正面にある太陽を見て言う。

 どうやら、ずいぶん長い事寝ていたらしい。そのおかげか、何年振かぐらいに頭がすっきりとしている。

「よく寝れたか」

 グリアは立ち上がると、パーリーの頭に手を置いた。

「よし、昼飯にするか」

 パーリーは、大きな椅子に座るとデスクに引き寄せ、デスクの上のグリアのカバンの中を覗き込む。中には、パンやら缶詰の他にもパーリーが見たこともないような物がいろいろ入っている。

「これは何」

 その中でも最も使い道が分からない物が、グリアが中を漁った拍子に転がり出てきた。拳大のガラス玉の中に、変な形をした木製の何かが絡み合って入っている。

「マナの模型」

 パーリーは、首をかしげる。そもそもマナが何か分からない。

「ほら、昼飯だ」

 今日はパンには何も挟まず、缶詰はふたを開けて渡される。中身は魚の味噌煮だった。割り箸も一緒に渡される。

「いただきます」

 パーリーは、手を合わせた後食べ始めた。割りばしが上手く割れず、食べにくい。グリアも同じものを食べ始めたのを見計らって、パーリーはさっきのガラス球を指さした。

「ねえ、マナって何」

 生まれてからそんなものは聞いたこともなかった。

「そうだな、この世界の設計図の素って言えばいいのかな」

 グリアは言うが、パーリーには、あまりピンとこない。この世界は、色んなものから作られている。土が集まって地面が出来ているし、水が集まって海や川になっている。

 土は固まって、石にもなるしその石を形を変えて積み上げて家が出来ていたりもする。

 パーリーの考えている事が分かったのか、グリアはまたカバンをかき回し、画用紙と鉛筆を取り出した。

「例えば、ここに水を表すマナが有るとして」

 グリアは丸を書いて、ひらがなで水と書いた。

「そうすると、この周りに水を作る物が集まってきて、ここに水が出来る」

 周りに小さい斑点をいくつか書いて、矢印を伸ばした。パーリーの方を見る。頭から煙が上がっていた。

「まあ、分からないよな。取り敢えず食べてからにするか、今日はここから出ないし」

 パーリーが、不思議そうにグリアを見る。

「今日一日は休養、明日になればその痛みも引いてくると思うから。そこが痛くなったのは、初めてなんだろ」

 パーリーが時折、胸の辺りを気にしていたのにグリアは気が付いていた。

「でも、そんなに痛くないよ」

 胸の痛みが引く事よりも一刻も早くこの世界から抜け出したい。

 だが、グリアは首を横に振る。

「この先の事を考えると、少しでも直してからの方が良い。そうだな、丁度いいし、食べ終わったら話してやるか」

 すぐに食べ終わったグリアは、カバンの中のノートの表紙をパーリーに向けた。

 何か面白いことが分かりそうな気がする。パーリーは急いで、残しの魚を口に入れ、パンを口に詰め込んだのだが、無理に口に詰め込みすぎて、何も話せず、目を見開いて、グリアを見つめる。

「ほら、行儀が悪いと話してやらないぞ」

 グリアをじっと見る視線が、嫌だ。と語っていた。

 それから、しばらく格闘を続け、ついに飲み込んだところに、グリアは水筒から継いだ水を渡した。

 それを飲み干して、大きく息を吐きだす。食べた物が、胃の中に入っていくのが、良く分かった。

 それを見て、グリアは、ガラス玉を手に取り、一つだけついている留め具を外した後、蓋を開いて、中身をデスクの上に広げた。

 それぞれが、奇妙な形をしていて、同じ形のものは無いそれは、全部で八個あった。

「イメージとしては、この部品全部を集めて、マナは一つ」

 机の上に並べられた物を示す。

「この八つの部品が光るようになっていて、どれが光ってどれが光らないかで、そのマナが、どんな命令を持っているのか分かれるんだ」

 グリアは、縦長の一つをつまみ上げて見せた。

「光れ」

 グリアが言うと、グリアの持っている物が光り出した。それをパーリーに渡す。上から下から、左右から目を見開いて観察する。

「それは、今の魔法で光る物をそこに塗ってるから光るんだけどな。そんな風に他の七個も光ったり光らなかったりすることで、全部で、二百五十六種類のマナが、この世界に存在してるんだ」

 パーリーは、別の部品をつまみ上げて、グリアの真似をしてみた。

「光れ」

 だが部品に何かの変化が起きる様子は無い。

「光れ」

 もう一度、語気を強めて行ってみたが変化は無い。グリアはそれを笑ってみている。

「なんでダメなのかな」

 他の部品で試してみても同じだった。何度も何度も繰り返しているパーリーにグリアは何も教えてやらずにじっと見ていた。

「これ壊れてるんじゃないの」

「そんなこと無いぞ。……光れ。ほらな」

 グリアは、パーリーの持っていた部品をつまみ上げると、それを光らせて、パーリーの目の前に置いた。

「う~、私もやりたい。グリア、教えて」

「だめ」

 即答するグリア。

「どうしても」

「どうしても」

「なんで」

 冗談じゃなく、やり方を教えるつもりがないグリア、パーリーはパーリーで、なんとしてもやり遂げようと、『光れ』と連呼している。

「じゃあ、俺は、この下の階に用があるから、これでも読んで時間を潰しておいてくれ。あ、例えやり方が分かっても、絶対試そうなんて考えるなよ」

 そこまで言って、グリアは後悔した。パーリーが、渡したノートを猛然とめくり始めたのだ。

「待て、やっぱりそれは没収だ。あ、こら引っ張るな、破れる破れる」

 いくら引いても、ノートを離そうとしないパーリーを見て、グリアはそれを取り上げるのをあきらめ、腕の時計を見る。時間は十二時丁度。学園では、昼休みに入っている時間だ。

「ネストネットワーク起動」

 グリアは、目の前に画面を出現せると、連絡先のリストを開き、ティリャのところを開いた。電話のマークに触れて、右手を耳に当てる。

 しばらくの静寂。

「もしもし、緊急事態だ。え、今、移動中。いいや、そのまま聞いてくれ、ちび助が言う事聞かない。あ、くそ切られた。ん、イテテテ」

 ちび助というのが自分である事を察し、パーリーは、グリアの腹の皮をつねる。

 その時、メッセージが届いた。ティリャからである。

「何々。『その子に私の連絡先を教えて』か。でも教えた所で使えなくないか」

 別の世界の間での連絡は、特別な物を除いて、取れないようになっているのだ。

 その時、もう一度グリアの画面にメッセージの着信を知らせが届いた。

「メモルからか。あいつまた見てやがったな」

 当然だ。

「グリア、どうしたの。怖い顔して」

 心配そうにパーリーがグリアを見上げる。

「いや、俺のプライバシーって物が通用しないやつが存在することへの不満だ。いつか痛い目を見させてやる」

 望むところだ。

「それより、お前の画面を開いてくれないか。今から俺のと、もう一人のアドレスを教えるから登録してほしいんだ」

「ネストネットワーク起動」

 パーリーも同じ画面を開き、グリアの画面を見る。

「このアドレスを打ち込んで、空メールを送ってくれるか」

 そう言ってグリアが見せたのはグリアのアドレス。

 このネストのネットワークでは、メールのアドレスと電話通信用のアドレスが、統一されていて、個人の特定にも使われている。

「送ったよ」

 慣れた手つきで操作してグリアにメールを送る。登録確認でOKを選び、アドレスのリストに登録。さらに、それを選択して、メールにティリャのアドレスを添付し、パーリーに向けて送信。一度限りの確認コードを入力して、再度送信をすると。パーリーの元に、ティリャのアドレスが送られてきて、パーリーもそれをアドレス帳に登録した。

「出来たら、そのアドレスに電話をかけてくれないか。すぐに出るはずだから」

 グリアに言われて通話ボタンに振れ、右耳に手を当てると二回目のコール音の後で、向こうから女性の声がした。

「もしもし。貴方、パーリーであってるかしら」

 電話越しでもクリアに聞こえる、まれなほど澄んだ声だ。

「はい」

「そう、なら上手くいったみたいね。ところでパーリー。さっきグリアが、貴方が言う事を聞かないと、言っていたのだけど、その前に何があったのか聞いてないの。よかったら、何があったのか話してくれないかしら」

 ティリャに言われて、パーリーは話し始めた。さっき、グリアのカバンから出てきたマナの模型が光ったこと。グリアにそのやり方を聞いても教えてくれない事などだ。ちなみに胸が痛い事については、一度も触れていない。

 昨日の夜に、グリアからパーリーの話を聞いていなければ、ティリャには、完全にグリアが悪いように聞こえただろう。

 そこまで聞いて、大方を理解したティリャは、グリアの方にもこの通話をつないだ。

 画面に現れた、コールメッセージに触れて、グリアも会話に入る。

「話は聞いてたわね」

「ああ、都合の悪い所は、完全に飛ばしてたなこいつ」

 グリアに言われて、パーリーはそっぽを向いた。

「あなたがきちんと説明しないからでしょ」

「怒られた。アイタ」

 グリアが、デコピンを喰らわせた。

「何をしたの」

「別に何も」

 電話の向こうから、ため息が聞こえる。

「どうせ、パーリーの器が関係してるんでしょ。それを説明してあげれば、いいじゃない」

「ああ、パーリーが使っていたく操雲術は、恐らく神の力といわれてるあれや、俺の使っている魔法と同じものだ。しかも情報量がかなりの物だから一度使うだけでも体にかかる負荷が大きい。それを同時に二回も使って、その前にも神の力を使ったとなれば、器は相当傷ついてるはずだ」

「という事なのよ。パーリー、ここまで聞いても使ってしまいそうかしら」

「ううん」

 グリアに視線を送る。

「そう、ならグリア、教えてあげたら。もし傍を離れるのが怖いなら、私がその間は私がパーリーとずっと電話していてあげるから」

 気を反らして時間を稼いでくれるつもりらしい。

「分かった。それなら安心できるよ。今からだと後三時間後ぐらいで大丈夫か」

 ここから昼休みが終わり、午後の授業を終えると、それぐらいになる。

「いいえ大丈夫よ。これから、貴方が苦しんでいて寝言で私の事を連呼している事にするから」

「頼むからやめてくれ」

 そうなれば、今まで築き上げてきたグリアの威厳が音を立てて崩れてしまうだろう。

「必要な犠牲よ。それに、それぐらいの弱点があった方が人は、その相手に引かれていくものよ」

 そう言ってティリャは電話を切った。

「それじゃあ。始めますか」

「それより、電話切ってもいい?」

 二人は、電話をしているときの姿勢のまま向かい合わせで話している。

「ああ」

 二人は同時に通話を切って耳から手を離した。


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