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magician's seed  作者: 大外 竜也
8/17

発見

 昼食も取ることなく進み続け、もういくつもの町を通り過ぎたころ、街道の左手側で、森の木々が少し街道から離れ始めた。

 地図を広げてみる。この先、少しばかり進んだところで森が途切れるはずだ。日の位置を確認すると、もう傾き始めていて、もうしばらくすれば、日が暮れそうである。

 右手の方には、もうずっと平原が続いていて、気付かれこそしなかったが、森で見た魔獣よりも、ずっと大きな魔獣も歩いているのが見えた。

 街道の先には、塀で囲まれた、小さな町も見える。グリアが、追い抜いている事に賭けて、少し先まで進んで待つか、それとも森に入って、探してみるか。

 どちらにしても、勝算の少ない選択に、頭を悩ませる。

 本音を言うと、今頃には、パーリーを見つけて、さらにもう一つ先の街に今夜のうちに行きたかったのだが、パーリーが先に動き出してしまった以上、仕方がない。

 グリアは、到底無理な理想を頭を振りかき消して、目と鼻の先に有る街の塀を目指して、乗り物を走らせた。

 さすがに、疲れを感じて、今夜は寝て、明日また探そうと思ったその時、森の方から、めきめきと、木が倒れる音がした。

 魔獣から、見つかったのだろうか。

 身構えたが、一向に影が見えてこない。おまけに、さっきから聞こえている重い足音も、こちらに近付いて来る気配はない。

 グリアは、一つの可能性に賭け、大きく左に舵を取った。伸びて背が高い草が、下のプロペラと絡まる音がして、内心、肝を冷やしながら、それでも森へと向かう。

 しばらく、止んでいた足音が、こちら向って来ている。

 グリアは、腰の新しい瓶を掴んだ、四本用意したうちの三本目である。最初の二本は、昨日のうちに使い切ってしまったのだ。今掴んでいるのは、昨日最初に使った物と同じ物。大きな爆発を引き起こすタイプだ。

 森まであと三百メートル先まで来たとき、グリアの視界の右端で、何か小さい物が、飛び出してきた。銀色の髪。トーロの家から持ってきた絵と同じ髪色をした子供で、先程から聞こえている重い足音は、明らかに、走ってその子供を追っている。

 飛び出してきた子供は、振り返ると、空を見上げた。雲を指さした。それが合図かのように、大きな足音を立てて、大きな影が、森から飛び出してくる。

 二足で歩くそれは、グリアの倍はある大きな人の体をしているが、頭は牛だった。

 人の体と、牛の頭がつながる時に巨大化したのだろうか。グリアは、ふと過去の光景を思い出して、頭を振った。今はあの子供を助けるのが、最優先である。

 再び舵を切ってさらに近づくと、遠くからでは分からなったが、それが、少女だと分かる。

 少女は、魔獣に視線を戻すと、空を指さしていた手を、魔獣に向けた。

(そう)雲術(うんじゅつ)

 彼女が何をしているのか、気が付き上を向くと、一体の龍と、巨大な鷲となった、二つの雲が、魔獣の方へと一直線に空から一直線に向かい、そして、魔獣と正面からぶつかった。

 大きな砂ぼこりが、魔獣を隠す。雲の二体はそのまま空へと登りまた切り返して、魔獣へと向かった。魔獣はよろめくばかりで、倒れる事すらなかったのだ。

 一方で、魔獣は、自分に迫る雲など気にする様子も無く目の前にいる少女へと歩みを進める。

 だが少女の方に逃げようとする様子は無く、その場で蹲ってしまった。

「ク、間に合うか」

 苦しむ少女の目に焦りの色が映る。それでもあきらめること無く、震える手を上にあげ、魔獣に差し向けた。迫る龍が、大きく口を開けた、鷲は、一度大きく飛び上がり、勢いをつけて、魔獣に向かっていく。

 もう少しで、その攻撃が当たるその時、少女がついに力尽きた。腕の力が失われ、その体は横に倒れ伏せようとしている。

「あれは、やっぱり魔法の一種か」

 もう、少女までの距離は、ほとんどない、だが魔獣もそれは同じ、目の前の獲物に向かって、一歩ずつ着実に近づいていく。

「倒れるな」

 思わず叫んだ。その時になって魔獣は、初めてグリアに気が付き、グリアに向けて、威嚇するように吠えるが、グリアは動じない、左手を下に伸ばし、なんとか少女の腹を抱え持ち上げると、板が大きく左に傾き、慌てて、体を右に倒して重心をずらす。それでも、一人分の体重が、片側にかかっているのだ、板は今にも横転しそうである。

「頼むから、少しずれてくれ」

 グリアが叫んだ。

「うるさい」

 少女の爪で、頬を掻かれ、血が出た。そして、横転した板に二人は投げ出された。




「下がってろ」

 グリアは叫んで、魔獣に向かって走り出した。

 パーリーの方は、何が起きたのか分からないやら、胸の痛みは治まらないやらで、ぼんやりと、両手を後ろに付き座っている。

 突然現れた男が誰なのかは、分からない。

 どうすれば、あの魔獣を倒せるのかも、彼がどんな戦い方をするのかも分からない。それでも、彼があの魔獣に負けるようには思えなかった。

 もしかしたら、そうであってほしいと思っただけなのかもしれない。

 あの魔獣は、獲物をさらわれたことで、さらに激昂し、さっきよりもさらに威圧感が増しているが、グリアは委縮することなく、魔獣の懐に入った。魔獣の長くて太い腕を、グリアは右へ左へ、避けながら隙を探していく。

 そして、ついにグリアが、魔獣の背後を取り、腰の剣を抜き魔獣の背中に突き刺す。

「燃え上がれ」

 突き刺さった剣が、魔獣の胸を焼いた。

 魔獣は、その炎を消そうと胸を掻くが、体の内側から燃える炎を消しきる事が出来ない。

 グリアはさらに腰の最後の瓶を引き抜いて、さらにカバンからは鍵縄を取り出すと、それで魔獣の足を取り、倒れた魔獣に近づいて、その背中に空いた穴に粉をすべて開けるとすぐに振り向き、直ぐにパーリーの方へと駆け寄ってくる。その背後で、爆発が起きた。熱が、炎がパーリーに向かって走ってくる。グリアは、パーリーに飛びつき、抱きかかえた。

 熱を含んだ風が、真っ赤な炎が、その上を抜けていく。

 そのすべてが一瞬の事だった。

「大丈夫か」

 そう言った、グリアの顔がそばにあった。パーリーにとっては知らない顔だ。知らない男が自分に覆いかぶさっている。

 パシン。

 小気味よい音が、グリアの頬を鳴らした。

「なんで叩くかな」

 グリアは身を起こし、ついでにパーリーも引き起こす。

「ごめんなさい。つい」

 そんなパーリーを見て、グリアは笑い、頭を撫でた。

「それより、君はパーリーで、間違いないか」

 突然自分の名前を呼ばれ、体がびくりと反応する。そして、こちらを見下ろすグリアと、恐る恐る目を合わせると、ゆっくりと頷いた。

「なら良かった。ところで、パーリー、まだ胸は痛むかい」

 言われて、思い出したように、胸が痛んだ。

「分かるの」

 かすれた声で言うと、グリアは頷く。

「俺にも経験あるからな。それじゃあ、おんぶと抱っこどっちがいい」

「どっちも嫌」

「まあ、俺も荷物があって、抱っこしか選択肢は無いんだけどな」

 グリアは、少し気合を入れて持ち上げようとしたが、その体は、想像していたよりもはるかに軽く、華奢だった。

「そういえば、あの魔獣はどうしたの」

「さっきの爆発で木端微塵。もう絶対に追ってこないよ」

 それを聞くとパーリーは安心したのか、寝息を立て始めた。




 グリアが、パーリーを拾った場所から少し離れた所に、モーラスというこの辺りでは、大きい部類に入る街がある。

 他の街の例から外れず、この街も商業で発展した街で、大きな塀で囲まれていて、中にはこの世界では珍しい高層のビルが一棟だけ街の中央に建てられている。

 そのビルの横では、薄い雲に隠された月が、雲に虹を作っていた。

 街の門を潜った頃、パーリーは目を覚ました。グリアから、体を離して、眠たそうに辺りを見回す。

 地面に下ろしてやると、グリアの手を掴んだまま、もう片方の手で、目をこすり、何処かと聞かれたので、モーラスだと答えてやるとそのまま背伸びをして、大きく欠伸をした。

「まだ痛むか」

 胸に手を当てるパーリーを見て、グリアが言うと頷いた。

「どうだ、歩けるか」

 さすがに腕が疲れていたグリアが尋ねる。もちろん無理ならまた抱くことが出来ないわけでは無いのだが。

「うん」

 パーリーは頷くので、その手を握ったまま歩き出した。

「どこに行くの」

 門から潜って、ビルまで続く真っすぐな道を歩くグリアをパーリーは見上げる。

「なあ、高い所は苦手か」

「ううん、好きだよ。木登りとか良くするし」

 なぜそんなことを聞くのか、とパーリーの目がグリアに語り掛ける。

「じゃあ、あのビル登ってみたくないか」

 グリアがそう言って、目の前のビルを指さした。

「うん」

「じゃあ、行ってみようか」

 そう言ってグリアの手を引く。

 この街も、ホノアと同じように、行く先々の建物が壊されていた。中の物は運び出され、バリケードに使われ、それでも足りなかったのか、家の壁を崩して、その残骸も使って道を封鎖されている。

 グリアは、まずパーリーをバリケードの上に持ち上げ、自分もよじ登り、降りた後で、パーリーを下ろしてやった。

 やはり、かなり痩せていて軽い。抱きかかえると、少し骨っぽい感覚が腕から伝わってくる。

「これ、中に魔獣いないよね」

 パーリーが割れたビルの入り口を見て言う。中はそこら中に、引きずった血の跡が残っていて、中に魔獣が入って歩いていたことが分かる。

「多分大丈夫だと思うけど、念のため、俺から離れるんじゃないぞ」

 グリアが言うと、握っていた手を更に強く握り返してきた。

「よし。行くか」

 割れたガラスで怪我をしないように気を付けながら、足を踏み入れた。パーリーも後から恐る恐る入って来る。

 なるべく音を立てないように慎重に、パーリーも自然と、グリアの真似をして、足首を柔らかく、なるべく音を立てないように気を付けて歩いた。

「なんだ」

 グリアが、柔らかい物を踏んで飛びのけば、必然的にすぐ後ろを歩いていたパーリーにぶつかる。

 グリアは、尻餅をついて、恨めし気に見つめるパーリーを、引き起こし、自分の足元を指さした。

 グリアが踏んだのは、小型犬の遺体だった。ベージュの毛並みは、血や泥で汚れている。首には、赤い首輪が付いていて、その犬が飼い犬であった事を示していた。

「この子も、魔獣だったの」

 こんな子犬でも、魔獣化すれば、凶暴で恐ろしい存在になる、そのことは、パーリーもよく知っている。その上で、そこに横たわるこの犬が、人を襲う姿が想像できなかった。

「さあ、どうだろうな」

 もっとも、グリアには、この犬が魔獣化した物だと確信があった。それは、ホノアの街の酒場の裏口、丁度調理場の裏のゴミ捨て場から、大量の犬や猫の骨それと首輪が別に分けられて、積まれているのを見たからである。

 あのバリケードを見る限り、この街も同じ状況に陥った可能性は高い。つまり、犬は人の手にかかる前に、すでにこと切れていたという事になる。

「あ」

 しゃがみ込んで、犬を裏返したりして見ていたパーリーが、ふと声を漏らした。

「やっぱりこの子も、魔獣化したみたいだね」

 少し持ち上げて、大きな噛まれた跡を指さしている。

 グリアは、ため息がしたいのをぐっとこらえた。

 人の事を言えた口ではないが、この世界で、一人で生きてきた事で、同じ年の頃の少女たちとは、明らかに異なる成長を遂げてしまっている。どこか肝心な感情が壊れているのだ。

 そのことは、パーリーの持っていたポーチから汚れたナイフがのぞいているのを見たの時、よく見ると柄の部分にはパーリーとは異なる名前が彫り込まれていた。もちろん彼女の両親とも異なる名前である。

 今のパーリーの様子を見て、グリアは確信した。

「まあ、その辺はティリャに任せるか」

 グリアが呟く。

「何か言った」

「ん、何でもないよ。それよりよく見ると、この建物の中魔獣化した動物が一杯居るから、気をつけろよ」

 もちろんほとんどが、既にこと切れていて、動くことは無い。それでも、僅かにでも、生きていて、いつ噛みついて来るか分からないのだ。用心に越したことは無い。

 それが分かっているパーリーも気を引き締める。

 実際、このビルの中は、グリアの想像を超えていた。

 表こそ、遺体は少なかったが、奥へ行けば行くほど、その数は増していき、エレベーターの扉の前は凄惨な光景が広がっていた。人が人にしがみつき、噛みつき、さらにその足にも別の人、そして、ペットだったであろう生き物や、この街の外から入ってきた、生き物たちも混ざっている。

 とてもエレベーターに近づける様子では無かった。

「まあ、もともと使えないんだけどな」

 電気の通っていない今、そのエレベータは、動いてはいないのだ。

「階段上ることになるけど平気か」

 パーリーは、平静を装っているが、その右手はずっと胸に当てられている。

「問題ない」

 それでも、パーリーは頷く。

「行くのは、十五階だけど」

「と、途中で手伝ってもらうかも」

 グリアは、不安そうな顔のパーリーの頭をクシャクシャと撫でた。

「行くか、まだ魔獣が残ってるかもしれないから、俺から離れるんじゃないぞ」

 階段は、エレベーターホールのさらに奥にぽつりと設けられていた。エレベーターは八台あったので、普段から階段を使う者などいなかったのだろう。

 鉄の階段を音を立てないように慎重に時に、自分の足音に飛び上がってしまうほど、息を殺して登っていく。

 パーリーも。手すりにもたれ掛かりながら、懸命に後ろを付いて来る。グリアもパーリーに合わせて、一段一段を、時間をかけて、登っていく。片方の腕は常に手すりに、そして空いている手はいつでも、パーリーを掴めるように腰に構えた状態を崩さない。

 グリアは無意識の内にパーリーから目を離せずにいた。抑える努力はしているがその息遣いは、ワンフロア上がるごとに大きくなり、ついに六階から七階の間で、足を止めてしまった。

「負ぶってやろうか」

 一段登って、パーリーの横に付いてやるが、パーリーは首を横に振った。

 それでも、まだ歩き出せる様子では無いので、呼吸が整うまで、待ってやる。乱れた呼吸のリズムを戻せるように、タイミングを見て、その背中を一定のリズムで叩いてやった。

 パーリーには、あまり効果は感じられなかったが、横にいるこの青年が、自分を気遣ってくれている。そのことが実感できて、温かいものが、パーリーを内側から満たしていく気がした。

「落ち着いたか」

 そうすること四分。ようやく落ち着いてきたパーリーの今度は、横に立ったまま、一緒に登ってやる。

 さっきよりもさらに遅いペースで、より確実な一歩を踏んで、そのまま最上階の十五階までたどり着いた。最上階は、このビルの持ち主であり、この会社の社長の部屋つまりは社長室のみで、踊り場に大きな木製の扉が構えている。そして、ここにも遺体が、数にして十人と十数体。折り重なって、横たわっていた。

「この扉、開けられそう?」

 パーリーがグリアを見つめる。

「そうだな、まずはこの魔獣を如何にかしないと。パーリーは少し離れてろ。そうだな、折角上ったのに悪いけど、一つ下の踊り場のところで待っててくれ」

 グリアは、十四階と十五階の間の踊り場を指さして、そこにパーリーがたどり着くのを見届けた後、自分の心臓の脈に耳を傾けた。

 遺体に手をかざす。

「結びつけ」

 グリアが唱えると、目の前の遺体が、見る見るうちに形を変え、一つにまとまって、全体的に小さくなり、風船から空気が抜ける時みたいな音がする。そして、一つにまとまった遺体が、宝石みたいに輝く結晶になった時、パーリーは、息をのんだ。

 あんなにも無残な姿になっていた物が、今は一つの大きな宝石に変わっている。

「魔法みたい」

 すでに階段を降り傍に来ていたグリアが、パーリーを抱え、一つ上のフロアまで運んだ。

「そう、これは魔法だ」

 グリアが階段の方に結晶を力いっぱい押すと、結晶は、階段から、パーリーがさっきまでいた踊り場に転げ落ちた。

「魔法?エルフが使うやつ」

 パーリーが思い浮かべているのは、昔この世界に攻めてきた、エルフの話だ。ちなみに彼らが目指した、エルフの国はついに作られず、二年前には、この世界にエルフの集落すら存在しなかった。

「そ、魔法」

 グリアは、ドアの暗証番号を入力するキーを操作し始めた。番号は三九八一〇四三。

「分かるか」

「サクヤ、トヨミで豊穣祈願?」

「正解」

 グリアがドアノブを回して扉を引いた。木製だと思っていた扉の内側には分厚い鉄板が入っていて、扉はかなり重い。

「なんで、金運なら、イワヤタ様だと思うんだけど」

 サクヤもトヨミもイワヤタも、三千年前にこの世界にいた神族の名前である。サクヤとトヨミは、個人では力を使う事が出来なかったが、二人がそろって力を使うと、その年その地域では作物が良く育った。

 一方で、イワヤタは、なんの力も使う事が出来なかったが、商いと金のやりくりでその才覚を表し、最後まで他世界の支配が続いていた東の大陸の南半分を攻略する際には、武器や食料そして、こちらも他世界の傭兵を金で集める時に活躍した。

 そんな経緯で、先の二人は、作物の方策を願う農家の家などに、二体の人形として飾られ、イワヤタは金の彫り物として、財布に入れておくと金運が上がるとされているのだ。

「それは、この会社の建物をよく見てないからだな」

 グリアは、デスクの上にあった、このビルの全体図を見せた。

「この会社が作ってたのは野菜だ。しかも二階から一個下のフロアまで全部で作ってた」

「なんで、こんなところで育ててるの」

 この街の外にも広大な土地があって、今でこそ草原だが、元は全て畑だ。わざわざ、こんなところで育てる必要性を感じない。

「この会社がやってたのは、品種改良だからさ。多分パーリーが思っているのとは、大分違う畑だったと思うぞ」

 パーリーは、椅子の背もたれに寄りかかった。するとそのまま背もたれが後ろに倒れて、パーリーは足をばたつかせる。

「いじわる」

 椅子のレバーを下げて笑っているグリアをにらむ。

「わるいわるい、それで胸はまだ痛むか」

 それを体調が良くない人間にすることかと、突っ込みたいところだが、残念ながらそれは出来ない。

「うん、大分引いてきたけど、まだ少し痛い」

 背もたれは元に戻さず、そのまま横になる。サスペンションの効いた椅子が、程よく椅子を揺らしてくれる。クッションも聞いていて、パーリーを包み込んだ。

 グリアは、部屋の隅に立てかけられた、パプ椅子を持ってきて、パーリーとデスクを挟んで向かい合った。

「にしても、他に高い建物とか無いから、ここからの景色はすごいな」

 パーリーの座る椅子の後ろ側の壁は、全面ガラス張りになっていて、街と壁の外そこから広がる平原が見渡せる。

 ここから、かなり離れているはずのワークリア山も小さいが見えた。

「ここから、さっきの場所が見えるな」

 グリアが、カバンを開いたところで、また、外を見た。まだ少し、周りの草が燃えているのが見える。そこだけ明るいので、簡単に見つかる。

「ところで、ええと……あなたは何処から来たの?なんで、どうやって、ここまで来たの」

「そうか、まだ何も話してなかったんだな」

 グリアは、カバンから、パーリーの残したメモを取り出しデスクに置いた。

「俺はグリア、ジャーラ学園の生徒会長をやらされてる。俺は君を探して、あの森に入って、君の家を見つけて、この手紙を見つけた」

 パーリーは、クシャクシャになったメモをつまみ、自分の前で広げた後、グリアを見た。

「これ、私のお父さんか、お母さんに書いた手紙なんだけど」

 グリアをにらんでいる。

「それは、知ってる。けれど、残しておいても、それを君のご両親が見ることは無い。だから俺が、拾ってきた」

「どういうこと、そんなの分かんないじゃん」

 胸が痛いのを忘れて叫び、椅子の上でうずくまった。

「分かるんだよ」

「なんでよ、お父さんともお母さんとも会ったことないくせに」

 パーリーの目元が、月明かりで光った。嗚咽が部屋に響く。こういう時、グリアにはどうしたらいいのか分からない。

 ティリャか姉、いや、この場合、一番最適なのは、ティリャの兄か。誰かにこの状況、小さな女の子が泣いている時どうすれば良いのか、聞きたいと思った。

 仕方がなく、グリアは再び立ち上がり、パーリーの元に行くと、パーリーを一度持ち上げ、まず自分が座ると、その膝の上にパーリーを乗せ、後ろから抱きしめた。

 トン、トン、トン、トン。

 一定のリズムでそっと。そのままパーリーが落ち着くのを待つしかなかった。


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