廃墟
出発してから五日。パーリーは、ワークリア山の北側に来ていた。思っていたよりも、進むのが遅れている。
どういう訳か、北に進めば進むほど、そこに居る魔獣たちが元気なのだ、少し前までこの辺りまで来た時は、魔獣はもう死にかけ(すでに死んでいるが)地面を這うようにして歩く姿ばかりを見かけたのだが、この五日間木の上から見た魔獣たちは、獲物を探して、木々の間を走り回っていた。
しかも数が多い。この魔獣たちは、どこから来たのだろう。新しい魔獣たちがいるという事は、何処かにまだ動物たちが生きていたのだろうか。
だが、それだけでは説明が付かないような気がした。そもそも、これだけの動物たちが、森のどこに隠れていたのだろう、それに、二年間隠れていたのに、これだけの数が、一度に殺されてしまった、その理由は何だろう。
パーリーは、想像できない何かがこの森に起きていることに、不安を覚えた。家を出た時の、あの楽しい気分は、もう無く、慎重に、慎重に、息を殺して、進んでいるうちに遅くなってしまったのだ。
だが、パーリーは、家に引き返そうとは思わない。今はここに居る魔獣たちが、南下して、家の辺りまで行けば、二年前の隠れて暮らす生活に後戻りである。こんな魔獣たちがいるこの森で、は今度こそ死んでしまうかもしれない。
ならば、少しでも希望のある選択をしたい。子供ながらにそう思ったのだ。
今晩休むつもりだった町が見えてきた。高い壁で囲まれていて、中が見えない。
パーリーは、近くに魔獣がいないことを確かめて木を降りた。扉の壊れた門を抜け、すぐ横の階段から塀の上に登る。
壁の上から、廃墟となった街を見渡して見れば、夕焼けで、町が燃えるような赤に染まっている。
「やっぱり、寂しいな」
第四世界でも数少ない、街道から外れた町。ワークリア山への観光客に向けての宿泊地として栄えた町だったが、今では見る影もない。
塀の上には、折れた槍や剣が捨てられていて、鎧を着たままの遺体も転がっている。
種災の後、森の中で、初めて人の遺体を見た時こそ、そのあまりにも無残な姿に、吐いてしまったパーリーも、今ではすっかり見慣れてしまっていた。
何か使えそうな物は持っていないかと、近くにあった小さなカバンを漁り、中から小さなナイフと少しのお金が出てきたので、それを頂戴して、自分のカバンにしまい、壁を降りた。
門の近くに、窓の多い、大きな宿だった立て物を見つけ、入り口に折り重なって倒れている色々な動物たちの遺体を恐る恐るまたいで、中に入り、二階に上がって、比較的綺麗な一室に入ると、ベットに腰かけカバンを開いた。
膝の上に木の実が入った袋を開いて、木の実をつまみながら、もう一度外を眺める。正面に見えるワークリア山は、もうすっかり遠くになっている。パーリーの家はそのさらに向こうなのだ。
「ずいぶん遠くに来ちゃったな」
あの家に戻る日はいつか来るのだろうか。この第四世界にいる魔獣たちが、もっと減って、ゲートが開かれて人が戻ってきて。
もしパーリーがこの世界から出られて、今この世界の魔獣たちが、数を減らしている事が分かったら、もっと強いたちが、魔獣退治に来てくれるだろうか。
そう言えば、これからパーリーが通おうとしている学園には、魔獣退治が得意な王子がいると聞いたことがある。
学園を見に行ったときは、会うことが出来なかったが、パーリーがあの学園に通うと決めた時、彼のファンでもあるパーリーの母が興奮気味だった事も懐かしい思い出だ。
「うん、そうだよ。私が頼んで、この世界にまた人が戻って来られるようにするんだ」
そのためにも、この世界を脱出しなければならない。
パーリーは改めて、覚悟を決めて、ベッドに横になった。布団は置いてなかったが、埃っぽい布団の上で寝る気もしないので、むしろありがたい。部屋の箪笥に入れられていたタオルを二枚敷いた。
今日の空気は、何処か湿っぽかった、明日は雨かもしれない。そこまで考えた所で、パーリーは眠りに落ちていった。
グリアが入った洞穴は、ランプ以外にも人の手が加えられていた。
穴の両端には水路が掘られていて、外から流れ込んできた雨水が、その水路を通って、奥へと流れている。
中に魔獣が潜んでいないか、注意して、足音はなるべくならないように気を付けて進む。
壁に触れた。ごつごつした壁は湿っている。天井からしみだした水が、グリアの頬を濡らす。
おそらく、天然の洞穴に誰かが手を加えたのだろう。
「わ」
さらに奥に行ったとき、グリアは積みあがった、動物たちの山を見て、思わず声を上げてしまった。慌てて、腰の剣に手をかける。
穴の入り口の方を振り返るが、中に入ってくる様子はない、そっと胸をなでおろし、目の前の動物たちの山に目を向ける。おそらく彼らは魔獣化した動物たちだ、生きていた時と変わらない姿の物もいるが、ありえない組み合わせで繋がっている物もある。
中には、人の姿をした遺体もあり、グリアは手を合わせ、目を閉じ頭を下げ、その後で、魔獣たちが、何故ここに山積みになっているのか、探るため、魔獣と壁の僅かな隙間を通って、さらに奥へと進み、三メートルほど先に扉を見つけた。
コンコン。壁と、遺体の山の間の僅かな隙間に体を捻じ込み、腕を伸ばして、ドアを軽くノックしてみる。鉄の扉だ。この奥を見てみたいが、その前に、この魔獣の山を如何にかしなければならないのだが、まさかここで、さっきの魔法を使うわけにはいかない。壁が崩れてくるかもしれないし、何より外にいる魔獣たちに気付かれてしまう。
燃やすという手段も有り得ない。こんな空間で、この量の物を燃やしたらどうなるか、考えるだけで、ぞっとする。
しばらく頭をひねり考え込んだグリアは、カバンを開き、中からノートを取り出した。一つだけ手段を考え付いたのだ。
「光よ集え」
また魔法を使う。この洞穴の中の、灯っていたランプの光だけが、グリアの周りに集まってくる。ランプの方に手をかざしてみると、確かに熱はあるのに、光が無い。不思議な感覚だ。
壁に、ランプの消灯ボタンを見つけ、グリアは押した。グリアの元に集まる光の量が減り、かなり暗くなったが仕方がない。
「これと、これだな」
ノートを確認してカバンにしまうと、身を伏せ、胸に手を当て、意識を目の前の遺体の山に集中させる。
「風よ吹け」
体を外に向け、手を入り口に向かって伸ばすと、外に向かって空気の流れが出来た。この呪文では目の前の遺体の山に変化は無い。
「結びつけ」
大きな爆発も、光の変化も起こらない。いや、壁に光が無数にちらついていた。
遺体が有った場所には結晶が転がっていて、魔法の光に照らされて、結晶が輝いたのだ。
「よし、成功だな」
扉と結晶の間に潜り込むみ、力いっぱい、結晶を押せば、形は歪だが、丸くなった結晶が、転がって扉との間のスペースが広がった。
「で、これはどうやって開くんだ」
鉄の扉には、どこにも持ち手がない。魔獣たちがあんなに集まっても、開けられなかったのだ。押して開けるものでないのは確かである。
そうして探す事五分、グリアは、ようやく壁に付いたハンドルに気が付いた。両手でハンドルを掴み思いっきり回すと、ドアが音を立てて開く。
部屋は暗く、そして異臭が中から吹き出した。
「うえええええええ」
グリアは吐き気を催して、水路に顔を近づけ、しばらく格闘した末に、そこに吐き出した。カバンからタオルを取り出し口をふさいで、少しでも匂いを抑えようと試みる。
匂いの薄いところで、大きく深呼吸をして、呼吸を整えた後、覚悟を決めて中に踏み込み、グリアが動くことで、ついてきた光が、中を照らす。
「お邪魔します」
何と無くだろう。恐る恐る中に入った。そこに何があるのか、グリアには、あの匂いで分かっていたからだ。
「遅くなってすいませんでした」
机に倒れ伏す男女と、机の上かごの中で眠る小さな赤ん坊に頭を下げる。
異臭の原因は、テーブルの上にあった。食べ物のゴミだ。空になって、最後の最後まで、残りかすもしっかりとられた、食料の入っていた缶やビニールの袋がある。
部屋の奥にも扉があるが、少し押したところで重い何かにぶつかった。固い物ではなく、少し重くて柔らかい物。一度扉を閉め、扉に耳を当てる。向こうの音を聞き、向こうに何もいないことを確認する。
しばらくそうしていたが、何もいないことを確認すると、グリアはポケットからナイフを取り出して、扉のねじを外した。扉が向こうに倒れたが、音はせず、地面に落ちることもない。
扉をまたいで、その先へ、歩いて数歩で大きな水たまりがあり、部屋の向こうから続いていた水路が、ここで終わっている。あの水路は、ここに雨水を貯めるための物だったのだ。
「これは、井戸なのか」
上を見上げると、滑車でつられたバケツと屋根が見えるのだ。
振り返って、倒れたドアの下を覗く。やはり、ここにも動物たちの遺体がいくつも転がっていた。
部屋に戻り、テーブルの上に残されていた、もう一つの物を手に取った。
『越境入学申請の説明書』その名の通り、本来とは、異なる学園に入学を希望する際に取る手続きの、手順が書かれた書類だ。そのうちの、手続きの委託の仕方のページが開かれて、置かれていた。
おそらく、パーリーの父親は、パーリーが生き残っていることに賭け、ここから出られなくなった自分の代わりに、他の誰か、ゲートが閉まるまでの三日間の内に、まだこの世界に残っていた、連絡の取れた誰かに、手続きをしてくれるように頼んだのだ。
そして、その願いは今、その一部だけが叶えられている。
無事、手続きが行われ、その二年後、数少ない世界の壁を越えられる学園からのメッセージが、受信されたのだ。
彼女が生き残っていなければ、受信はされず、エラーメッセージが届く。しかし、そうはならなかったのだ。
必ず見つけ出す。グリアは誓った。
荷物の中から昨晩のうちに作った、鍵縄を出す。まさにこういったた状況に対処するために、ティリャに言いくるめられて、作らされたもので、グリアが昇っても切れないように、ロープで出来ている。
「本当にこれ、ロープ使わない方が、使いやすいと思うんだけどな」
両手で引っ張ってみるが、やはり固く、これを真上に投げて、上手い事掛けるのは、至難の業に思えた。
「何回で出来るかな」
井戸に戻ったグリアは、上の井戸の縁めがけて、ロープを投げた。
甲高い金属音を立てて、爪が井戸の縁にかかってから、さらにしばらくして、中からグリアが這い出してきた。
挑戦すること一時間、想像したより早くできた。完全に偶然である。初めは、まず上まで投げることが、出来なかった。
何度か繰り返すうちに、上にあげるタイミングを覚え、取り敢えず目標の高さまで上げられるようになるのに四十分。そこから、狙い通りにどうすれば、投げられるのか、試行錯誤していくうちに、狙いと反対の縁に引っかかったのだ。
それからも、壁を流れる雨水で何度も足を滑らせながら、グリアは石の壁を登り、丁度半分まで来た時、ふと思った。
(あ、これ、もう一つの出口から回った方が、早かったんじゃね)
実際には、向こうの入り口には、魔獣たちが集まってきており、その危険性を考えると、こちらの方が正解なのだが、今のグリアは、そうは思えないほど、この状況に飽きていた。
何はともあれ、(魔獣と戦ってくれた方が、絵的にはおいしかったなどとは、考えつつも)グリアが、登り切った先は、広く開けた土地が広がっていた。屋根の一部が抜けた家が、中央に建ち、その横の小さな畑には、みずみずしい野菜が育っている。
家のドアを開いた。真っ暗な一部屋のみの家の玄関では、見覚えのある絵がグリアを迎えた。トーロの家で見つけたあの絵と瓜二つの絵である。そのまま首を伸ばしてグリアは中を覗き込む。天井の無いところから雨が降り注ぎ、ダイニングのテーブルを濡らしていた。
「誰もいないのか」
グリアが声をかけるが返事はない。外の野菜を見れば、つい最近までここに誰かが住んでいた事は確かなのだが、今、この家に人の気配はなかった。
中に踏み込んで見ると、手造りなだけあって、隙間風がいたるところから吹き込んでいたが、部屋はよく整理されていて、雨水が中に溜まってしまってはいたが、抜けた屋根の残骸などは、残されておらず、物もちゃんとした位置に置かれていた。
グリアは、ふと部屋の奥を見て歩みを進めた。そこだけが、膝ぐらいの高さ分高くなっていて気になったのだ。
側面に、一か所だけ小さな穴が開いていて、上の板が、蝶番で止められているその中には、布団と、穴の位置に枕があった。
「なるほどな」
この小さな穴で、この奇妙な箱が何であるのか、納得がいった。ここは、寝どころであり、魔獣から隠れるための場所なのだ。
二年間この中で夜を明かしていた、その夜を想像してみる。暗くて狭い箱の中で、なるべく息をひそめ、体が動かないようにして、近くを通る魔獣の足音と隙間風の不気味な音が響く。
ふたをそっと元に戻し、他に手がかりが無いものかと、箪笥の中を調べ始める。
一番近くの箪笥は洋服を入れるための物で、一番上の段を開け下着が出てきた時は、すぐに閉めた。
気を取り直して、別のところをと、ダイニングテーブルの横の小さなタンスの中を漁り、出てきたのは、絵の具や筆、そのほかにも、あまり詳しくないグリアには分からない道具がいくつもあった。
そして、他に出てきたのは、様々な全寮制の学園の案内。どうやら、ずいぶん前から、考えていたらしく、四年ほど前の物も出てきた。
グリアは、それらを箪笥の上に置き、さらに奥に手を入れて、中を探り、小さな箱を見つけた。鍵がかかっていて、開けられないが、振ってみると、思っていた以上に軽くて、なんの音もしない。
しかし、大切にしまわれていたこの箱に何も入っていないはずが無いのだ。その中身が気になったグリアは、たまたま目に留まった、父親の物であろう机の引き出しから、その鍵を見つけ出すと、それを箱に差し込みまわした。
手ごたえは無かったが奥まで差し込むことが出来て、安物らしく音を立てずに鍵が回り、恐る恐る箱を開く。ことは無く普通に開くと、丸められ、ひもで止められた画用紙が、いくつも出てきて、紐をほどいて、画用紙を広げ、笑みをこぼした。
「親ばか。いや、みんなこういう物なのかもな」
出て来たのは、クレヨンや、色鉛筆で書かれた似顔絵だった。
全部が、真っ黒でクシャクシャな髪、口ひげをつけ、青い瞳をしていて、いくつか、顔だけであったが、中にはその男が、キャンバスに向かい筆を持っている絵や、もう一人、黒髪を肩まで伸ばした女性が並んで微笑んでいる絵もあった。
グリアにも覚えがある。母親が死んでしまった後、その遺品整理を姉としていた時に、母の机の一番下の引き出しから、一冊のファイルが出てきたのだ。
グリアも、姉も絵は独創的で、あまり描かなかったが、姉の遊び相手のサラがたまに提案して、描いた物の内のいくつかを母は保管していたのだ。それは、今も姉が大切に保管している。
「持って帰ってやるか」
グリアは、荷物になる箱は机の上に残し、絵だけをカバンに入れ、必ず見つけ出すと決意を固める。
他に手がかりはないか、部屋をもう一度、部屋中を見回してみる。机の上から、寝どころそして、玄関、テーブル。
ふと、テーブルの上、花瓶の下で、白い物が、風ではためているのが目に留まった。玄関からでは、ちょうど花瓶が死角になり、見えなかったのだ。
グリアは、駆け寄り、塗れて、撚れたそれを手に取り、一瞥する。そう思ったときには、もう玄関の扉に手をかけていた。
地面の水を音を立てて蹴りながら走る。もう、周りの事など気にはしていない。洞穴の入り口から、井戸への道のりで、森の入り口までの方向は、大まかに分かっている。
真っ暗な森の中をグリアを追いかけて、動き回る光の球体は、よく目立ち、次から次へと集まった魔獣たちが、大きな黒い波となって、グリアを追いかけて来ている。
光があるとは言え、遠くまでは見渡せない闇の中で、方角を見失わないようにと、必死で走る。その背後から、轟音と水のはねる音を響かせ追いかけて来ていて、いくつもの足音が重なり、数が多くなりすぎて、波の中の何体かが、木にぶつかり鈍い音を立てるのも聞こえて来る。
やはり、この辺りの魔獣は妙に動きがいい。ここまで来る途中で見かけた、他の地域の魔獣たちは、亡者のようで、ゆっくりゆっくりと進み、その体は、今にも崩れ落ちそうだったのに、この森にいる魔獣たちは、生きていた頃のままに、魔獣となっていて、尚且つ数も多い。
足を止めれば、追いつかれそうな勢いで走ってくる敵を見て、グリアは、細く笑んだ。まるで、おもちゃを見つけた子供のような顔である。
また、腰にぶら下がる小瓶を引っ張っり、その場で時計回りに一回転、遠心力を使って、横一直線に中の粉を巻く。
「燃え上がれ」
魔法を空中の粉に掛けると、今度は、先ほどのような、爆発は起きず、その場に炎の壁が出来上がり、止まれなかった魔獣は体に火が付き苦しみ悶え、後方の魔獣たちは、先へ進むのをためらった。
「うん、こっちの方が、実用性は高いな」
グリアは、そのすきに逃げ、また魔獣が集まってくれば同じことを繰り返した。時折、後ろの波の中からではなく、走っている横から襲い掛かってくる魔獣が居て、しかも差の中には、牛の角や明らかに、イッカクの角をはやした、馬の魔獣なども襲い掛かってきたが、グリアはそれを体をひねり、前に飛び込み前転をして、躱して見せた。
明らかに、この森の動物では無かった魔獣が、この森にいる。少し調べさせておきたいところだったが、今のグリアにその余裕はない。握る拳に汗がにじむ。
結局、あの洞穴にたどり着くまでにかかった時間の半分で、グリアは、森の入り口にたどり着くと、さっきと同じ粉の入った瓶で、今度は自分の周りに円を描き、再び魔法を使った。
周りを取り囲む炎の壁が、魔獣たちの侵入を阻む。雨で消えない不思議な炎の中で、グリアは、乗り物の調節を始めた。
今朝の一回で、程よい浮き具合にするには、どれだけプロペラを回せば良いかは分かっている。
「回れ」
扇風機の羽が回り始める。ゆっくりと動き始めた。
「強く、強く強く強く」
炎の壁を超える間際、グリアは口調を強めて、呪文を唱えた。扇風機は、回転数を上げ、乗り物は加速し、今日一番のスピードで、厚い炎の壁を、一瞬で通り抜ける。
多くの魔獣は、そのあまりの速さに付いてくることが出来ず、その場に取り残される。が、辛うじて付いて来る物もいた。
大きな体躯を持つ牛、そして、角をはやした馬。その二頭を先頭に、犬のような体系の魔獣や、ダチョウが魔獣化した物まで、明らかに森には、棲んでいなそうな動物達が、後を追って、走ってくる。
グリアが一握りの、愛用の粉を手に持つと、パラパラと扇風機の後ろで撒けば、粉はそこから出る風に流され、帯状に後ろへと伸びた。
「燃え上がれ」
左手に森、右手に畑だった荒れ野。そんな広い街道の道で、大きな爆発音が、遠くまで木霊して、低く重い音が、胸に響いてくる。
「なんかスカッとするな」
グリアは一度振り向いた後でポケットの中でぐちゃぐちゃになった、小さな紙に目を落とした。
「『神様のところへ行きます。』か。あそこしかないな」
パーリーが目指しているのは、恐らく、最後の目的地であるハルア。書かれた日付は、五日前。
地図を思い返してみる。
今、グリアが北上している街道『経線二十五番道』はこのまま左手に森が続く。その北端までを大人がこの街道を歩いて、ちょうど三日程度だ。
パーリーがどんな道を通っていくのかは分からないが。魔獣がいるこの世界で、こんなに目立つ街道を歩くとは、考えにくい。
森の中を、魔獣から隠れながら進んでたどり着くのは、明日の昼かその翌日か。どちらにせよ、森に入ってみて分かったが、あれだけ木が生い茂った中を、少女一人探すのは困難だ。
無事を祈り、その先で待つしかない。
気がかりなのは、やはりあの森の中にいる魔獣たちである。
まだまだ精力が、残っているのか、あれだけ活発に動き回る魔獣から、果たして、子供一人で逃げ延びられるだろうか。
グリアは、自分の事を差し置いて、思い悩み、また扇風機に手をかざすと、スピードを速め、後ろからひっくり返りそうになると慌てて、後ろに座りなおしたのだった。
気が付けば、雨は止んでいた。