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magician's seed  作者: 大外 竜也
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第四世界

 王都の門を潜ったグリアは、石畳の上に降り立った。グリアの背後で、王都の景色が揺れ、やがて消える。

 今そこにあるのは、白く磨かれたアーチとその先に見える、崩れかけた一件の建物である。

 グリアがいるこの円形の広場では、同じように廃墟と化した建物が、アーチを取り囲むように並んでいる。

 大きなショーウィンドウには、着飾ったマネキンが横たわり、かつては多くの花で飾られていたであろう花瓶の中を今は苔が飾っていた。

 グリアは耳を澄まし、物音がしないかに注意を向けるが、聞こえてきたのは、風と風に吹かれて転がり、悲し気な音を奏でる缶の音のみで、周りに何もいないことに、安心と同時に寂しさを覚えながら、グリアはズボンのポケットを弄り、この町の地図を取り出した。昨日トーロに渡されたものである。

 場所を確認して歩き出す。街の地面、建物の壁、その所々が赤黒く染まっている。

 道沿いに並ぶ家の状態もひどい。並ぶ中には、窓が全て割れた家、扉が全て取り払われ、家具の一切が持ち出され、床には割れた皿が散らばる家など、荒れ果てた街の風景が広がっている。

 だが、グリアの目を一番目を引くのは、そのような街の景色ではなく、道の真ん中にいくつも転がっている。魔獣化した生き物たちの遺骸だ。

 肉の腐ったにおいが街に充満している。近くに寄れば、その肉を食う虫の音が聞こえてきた。

 どこに行っても、寂しい街の景色、突破されたバリケードの跡と、他より濃く残された血の流れた跡。その後は、モップで絵の具を伸ばしたように、引きずった跡が続いている。

「いい加減見慣れたはずだったんだけどな」

 この世に現れた地獄の形跡を見て、グリアは深いため息をついた。

 更に歩いて、この街の外れ、そこがグリアの目的の建物はそこにあった。店の入り口には、看板が残されている。『トーロ芸術専門店』トーロの店だ。

 結局、きのうの夕方、グリアとティリャは、トーロとブルリテに、第四世界に乗り込むことを打ち明けた。第四世界にあまり縁のないグリアとティリャは、より詳細な情報を得るために、二人を頼るしかなかったのだ。そこで、トーロが自分の店に残されている物を、自由に使う事を快く承諾してくれたのだ。

 バリケードの外側にあるこの店は、その時既に、魔獣たちに占拠されていたのだろう。他の建物と違わず、破壊の跡は残されていたが、中の物の多くは持ち出されずに残っていた。

 絵画が壁一面に掛けられて、それでも収まりきらない分は、さらに奥、カウンターの後ろに詰めれていて、棚には壺などが並べられていたが、残念ながら、いくつかは地面に落ちて割れていた。

 グリアは、まず壁伝いに絵を眺めて、目的の一枚が壁に掛けられていないことを確認すると、今度は、カウンターの奥で積まれた絵画を、一枚一枚丁寧に、被せられた布を取って確認しては、カウンターの上にそっと積んでいく作業を繰り返しながら、目的の物がないか確認していき、それを十数回繰り返したところで手を止めた。

「これか」

 木々に囲まれた赤い屋根の家、そのはるか先には、峰に雪をかぶった高い山が見える。この第四世界で二番目に高く、今グリアがいる西の大陸でもっとも背の高い山、ワークリア山である。

 家の前には首にマフラーを巻き、空を指さす銀色の髪の少女とそれを微笑んで見ている女性。その腕の中には赤ん坊が抱かれている。

 絵の下の方には小さく『クイリーン』とある。この絵で間違いなかった。

 持ってきたカバンにそれをしまうと、それと背負ってきた、巨大なラケットのような物をカウンターの上に残し店の裏に入ったグリアは、扇風機を片手に出てきた。

 グリアはカウンターの荷物を背負いなおし、扇風機を片手に店を出ると、そのままバリケードの場所まで戻り、近くに魔獣がいないか確認して荷物を広げる。

 バリケードの残骸から、手ごろなサイズの木の板と鉄のパイプを拾って来て、地面に胡坐をかいて座り、カバンを漁って取り出したのは、手のひらサイズのプロペラ四つと、鉄の塊がいくつか、そして、一冊のノートである。

 分厚い、恐らくは第二世界に住むドラゴンの皮で出来ている手袋をはめ、最後に、職人たちが、作業をする時に使うようなゴーグルを掛ければ準備は整う。

「ええと、これか」

 グリアはノートを開くとその一ページを開き地面に置いて、プロペラを一つ板の上に置き、その根元に鉄の塊を近づける。

 グリアは、目を閉じ、ゆっくりと息を吐き、胸の奥、そこに必要なマナが溜まっていく事を意識する。

 何が起きるのか、自分の中での想像をより具体的にする。

「溶けよ」

 そのグリアの一声に従うかのように、鉄の一部が溶け、プロペラの軸の根元に垂れると、すぐに固まった。

「やっぱ熱いな、これ」

 タオルで汗を拭き同じことを板の他の四隅にも繰り返し、次は扇風機の首元に鉄のパイプの端を近付け、同じ方法でつなぐ。

 グリアは、鉄のパイプを掴み左右上下に振ってみて、扇風機の頭が動くことを確認すると。板につけたプロペラの一つに手をかざした。

「今度はこれ」

 大きく息を吐く、胸は……どうやら痛まなかったようだ。微かに首を縦に振り、目を閉じた。

「回れ」

 グリアが言うとプロペラが回転を始めて、風が起き、その翳された手に風が当たる。

「強く、強く、弱く、強く」

 一回一回、語気を替え、回転の強弱を変えていく。そして納得がいったのか、四つのプロペラ全部が、均等に風を送っている事を確認したグリアは、一度背中を伸ばした後、板のふちを持った。

「さてと、上手くいくかな」

 昨晩、寮で練習したときはこれで上手くいった。問題は、昨日使ったものより、分厚い板である言う点である。

 グリアは、板をそっと裏返した。下に向けて吹く風が、板を浮かび上がらせ、さらに上へと上がろうとするのを、その上に馬乗りになって押さえつけて、板は、地面から五十センチほどのところで止まる。

 第一段階が、成功したことを確認したグリアは、今度は、こぶし大の鉄の塊を板の片方の縁に乗せ、その上に扇風機を乗せた、片手で抑えながら魔法を使う。溶けた鉄は、扇風機の土台につぶされて広がり、固まって、板と扇風機を接合した。扇風機が乗ったことで崩れたバランスをグリアは乗る位置を変えることで整える。

「強く」

 魔法を使い、プロペラの回転数を上げて、下がってきた板の高さを調節する。少しずつ微調整を加える事、五分、ようやく安定した即席の乗り物にグリアは荷物を背負って乗り込み、扇風機に手をかざした。

「回れ」

 先程よりも語気を強めて、グリアが言うと、扇風機の羽が周り始めて、乗り物が動き出す。

「強く」

 羽の回転が増して、乗り物の速度が上がる。


 グリアは扇風機につないだ鉄のパイプを舵にして、乗り物を操作した。

 何度も壁にぶつかりそうになり、その度にグリアは叫び声をあげたせいで、声を聞きつけた、弱った魔獣たちが街の外から、入ってきたが、グリアはそれには目もくれない。

「もっと強く」

 扇風機の回転数を上げて加速、急な加速でバランスを崩しそうになるのを、何とか耐えて、魔獣たちの脇を抜けていく。あまりの速さに弱った魔獣たちでは反応することさえできなかった。

 勢いそのままに、グリアは街の塀の外に出る。

 門を出てすぐ、そこから街道が南北と西に延びている。この第四世界は、街道が兎に角真っすぐに引かれているのが特徴だ。

 グリアたちの住む第一世界や第二世界が地形に沿って道が引かれて入り組んでいるのに対して、この世界はよほどの地形でもない限り、道に合わせて地形を変えて作られていて、盤の目のように大陸全体が整備された道に、迷うという概念がないとさえ言われていた。

 この世界の街道がここまで整備されているのには理由がある。

 この第四世界は他の第一、第二、第三世界から約五百年ほど遅れて生まれた。このネストの外の世界から来た神々は、この世界に改めて生まれた後すぐに他の世界の神々からこの世界を守らなければならなかったのだ。

 その頃、各世界で国同士の力関係が固まり、各世界は力のある国による取り決めで動き、小国はそれらの国の属国といった立ち位置、実質的実権を他国が握っている状況に不満がたまり始めていた。

 そのような中で生まれた新天地。各世界の主要国は、これを幸いと考え、その不満のはけ口として、第四世界に攻め入る事を決め、その用意を着々と進めていた。

 一方で、この世界に降り立った親族たちも、黙ってやられる訳にはいかない。力も、そして知識も、この世界の神族と、他の世界の神族で、その差は当然のことながら開いていた。  

 その昔、ソーシャルゲームなどで初期からのプレーヤーと一年、二年と遅れて始めたプレーヤーに力の差があったのと同じ理屈である、その差が五百年もあるのだ。

 そうなることを見越して、第四世界の神族には、最初の街ハルアの神殿に復活するシステムをつけたが、それでも力の差があると考えた彼らは、他の世界とのゲートがつながるまでの十年間で、今残る世界の形を作り上げた。

 まず彼らは、国は作らず大陸ごとの議会とその上に、世界全体を統一する議会を作り、全体の風通しをよくした。

 物流をよくするため道は広くし、中継地点には計画的に街を築き各街は高い城壁で囲んで守りを固めた。

 今にして思えば、異様な事である。全体の代表たちが決めたことに、不平も不満も抱かずに、ただただ付き従う、新たな神族達。もちろんそれぞれに、長所、短所があったが、他人のそれを見て、不平を言うものはいなかったのだ。

 そして、十年後。この世界は、戦乱の時代を迎えた。様々な国が西と東それと北。それぞれの大陸に第一、第二、第三の世界とつながるゲートから一斉に攻め込んだ。

 各街に立てこもった、この世界の住人たちは必死の抵抗を見せるが、その時の敵の数はおよそ五倍、地の利はあれど、戦力に差がありすぎた彼らに残された土地は、復活の神殿が設けられたハルアと、そのハルアがある、ケンナ山脈のみとなった。

 だが、この世界の神族達はあきらめなかった。徐々に力をつけ、領土を回復していく。それらは、後の世で、英雄譚として語り継がれ、今では他の世界でも人気がある。

 グリアもいくつかの話は、読み聞かせられ、いくつかの話は読んだことがある。

 そんな話に出てきた世界を颯爽と駆け抜けているのだ。グリアは、少しの感動と深い悲しみに浸りながらひたすら西に延びる街道と、南に向かう道をパライの森へとひた走る。

 奇妙な乗り物に乗っているグリアは、風受けて目を細めた。ゴーグルを外さなければ良かったと後悔するが、走り出した今、これを一度止めた後で、もう一度全ての魔法を繰り返すのは面倒で、止めるかどうか悩んだ末、このままでいくことに決めた。 

 本当は、一つの大きな箱の中でプロペラを回し、板の真ん中に開けた穴から風を送ることで、バランスよく飛べるようにしたかったのだが、それでは荷物として大きすぎて、王都の門兵が見逃してくれないため、グリアは仕方がなく、カバンに入るサイズのプロペラを四つ用意するしかなかったのだ。

 片手で舵を握り、もう片方の手で、風にはためく、西の大陸の全体の地図を見る。

 パライの森は、西の大陸の西端に広がる森である。東の大陸に海路を使って行くには、東海岸からのが近いため、こちら側の森は、開発されず街道も、そのパライの森沿いが西の果てになっている。

 一方でゲートのあった街ホノアも中央から、やや西に寄った位置にあり、西の海岸の方が近くはあるが、それでもパライの森まで、歩いて三日はかかる道のりだ。だが、食料の事、そして何よりグリアの不在をごまかせる期間を考えると。そこまでたどり着くだけで三日もかかるのは、都合が悪い。

 昨日、ブルリテの店で、グリアとティリャ、ブルリテとトーロの四人は頭を悩ませた。

 ガソリンで動く車は、この世界で石油が発見されていないため存在しない。電気で動く車も、電気がこの世界で使う事が出来ないから却下となった。

 結局、外の世界で作られたという、ホバークラフトをもとに昔造り遊んだ物をこちらで即席で作って、移動に使う事にしたのだった。

 これが意外と楽しい。

 街道の所々に転がる、壊れた馬車や荷車、そして魔獣化した生き物たちの遺骸の山をよけて進む。まだ動ける魔獣とも何度も出くわしたが、それらが反応するよりも早く、この乗り物は脇を抜けた。

 魔獣と戦う事も覚悟していたグリアだったが、戦う力が残されている魔獣は想像以上に少なく、戦闘の必要さえないまま、休むことなく進み続け、日がてっぺんに登り少し傾くころには、森の入り口にたどり着いていた。

「止まれ」

 グリアが唱えると、すべての魔法が一度に止まり、板はグリアを乗せたまま地面に落ちる。

「うげ」

 グリアは呻く。振動が体の芯に響いて眩暈がして、フラフラと立ち上がった。

「さてと、ここからが本番だ」

 先程までの半分遊びといった雰囲気から、打って変わって、真剣そのもの、意外とこういう顔もできるのだが、普段は、そのおちゃらけた性格が災いして、姉や教師、他の生徒達から不真面目だと怒られることも多いのだが、一人でいるときは、案外こういった顔をして何かを考えていることが多い。

 要は、人前でしかめ面を合わせて話し合うのが苦手なのだ。

 さて、なぜグリアがしかめ面をして何を考えているのか。それは、クイリーンの家がこの森のどこにあるのか、その正確な位置が分かってない事である。

 友好関係にあったトーロでさえその正確な位置は分かっていない。手掛かりは、トーロの家にあったあの絵だけなのだ。

 カバンから絵を取り出して遠くに見える、ワークリア山と見比べて、さらにはこれまたトーロの店から持ってきた、ワークリア山の地図を今見えるワークリア山と比較して、位置に当たりをつける。

「ええと、あのこぶみたいなのが、大陸亀の巣で、この絵でも右手に見えてるからここから山に向かって真っすぐ向かった直線上の周辺か」

 ここからワークリア山まではおよそ四キロ。この絵の山はもう少し大きいので、さらに少し近づいたところだろうと当たりをつけて、森の中へナイフを片手に踏み込んだ。




「クッソ、かゆいな」

 森に入ってから三時間ほどたっただろうか。グリアは、蚊に食われた所を掻いた。袖で汗をぬぐう。

 また一つ、失敗から学んだ。グリアの格好は半そで半ズボン。少し固めのベージュの生地で出来たズボンと黒いシャツ一枚と、およそ、このような森に入るような格好ではない。実際グリアもそれ相応の服装で入りたかったのだが、そんな恰好をして、王都から出るわけにもいかず、荷物でカバンも一杯で、着替えを入れる訳にもいかなかったので、仕方なくの格好だ。

 草や木の枝で足や腕は傷だらけ、汗が染みてヒリヒリする。

 また悪いことに、今の時期、このあたりの季節が梅雨の終わりで、湿気が多く蒸し暑い。そのせいで汗もかいて、余計に染みるのだ。

 木々の隙間から空が見えた。薄暗いと感じていたが、それもそのはず、日に大きな雲がかかっている。雲は夕日でオレンジ色に輝いていた。

「今夜は雨か」

 屋根のあるところで夜を明かしたいと思いながら、道なき道をひたすら真っすぐ、時折見える山を見て方向を修正しながら進む。

 幾度となく繰り返した頃、木が倒れ少し開けた場所で方角を確認していたグリアの耳に足音が聞こえてきた。

「一体か」

 そちらに目を向けラケットのケースのような物を背中からおろし、チャックを開けて、力を込めて持ち上げると、刃の腹の部分が丸く膨らんだ剣が姿を見せた。

 両手で持ち上げるのがやっとの、その剣の先を、地面に触れてしまいそうな高さまで何とか持ち上げて構え、こちらに足音が来るのを待つ。

 魔獣だろうか。まだ生きているものであれば幸い。もし探しているパーリーであればなお良いのだが。

 ゆっくり、ゆっくりと近付いて来る足音は、ト、トト、トトン、トトとリズムを乱しながら、近付いて来る。空はすっかり暗くなっている。

 そして、目の前の茂みが揺れたかと思うと、一頭の猪がそこから出てきた。

 夜の暗闇よりも暗いオーラを纏い、壊れかけの体で立っている。だが、グリアはこの魔獣を見て、気を引き締めた。

 ホノアからこの森にたどり着くまでの街道沿いにいた魔獣たちよりも、明らかに保存状態が良いのだ。

 近くにまだ生き残った動物がいるのか、また、あの種災の根源である神獣の巣に近いからか。

 どちらにしても、まだまだ動ける魔獣たちがこの森にいる可能性がある。今まで出会わなかったのは奇跡かそれとも、個体数が激減しているのか。後者である事を願いながら、剣を構え直す。

 猪が、グリアから命の源たる精力を奪わんと、突進してくる。グリアは右足を斜めに踏み込んだ。

 あと少しで手に入る。魔獣が喜びの叫びをあげた瞬間、グリアは腰の回転を使いその剣を振り抜いた。

 叫び声を上げたまま、魔獣の首が飛んだ。

 だが、魔獣はひるまない、それがどうしたと言わんばかりに首の無い体で、グリアに向かって体当たりをする。グリアは、回った勢いをそのまま使いって、その体当たりをかわした後、剣を地面に投げ捨て、腰に差した細身の剣を抜く。その刃は振り出した雨水を弾いた。

 グリアに躱された魔獣は、近くに転がる自らの頭に首から黒い蔦を伸ばして、首を取り戻そうと蠢くが、それこそがグリアの狙いだった。

 雨が降ったことで滑りやすくなった地面をけって、魔獣との距離を一気にゼロにする。そして、黒い蔦が出てきている首に剣を突き立てた。 

「燃え上がれ」

 集中する間さえ無く、使い慣れた魔法を起こし、剣は炎を纏った。

 炎は魔獣の体に燃え移り、その体を焼き、火の塊となった。雨で消えそうになる前に、グリアは同じことを繰り返す。

 魔獣の本体は、あの黒い蔦、その本質は、いかに異形の物であっても他の植物と変わらずに炎に弱い。逆に焼かれなければ、蔦の巻き付いた魂を核にして、あらゆる肉体を自らの一部と出来る。

 炎を消そうとあがく魔獣をよく見れば、猪の足の一つには、かぎ爪が付いていた。アンバランスな動きは、それが原因だったのだ。

 徐々に魔獣の体から出るオーラが薄れ、魔獣は動きを止めて、地面に伏せたのを見て、初めてグリアは手を止める。

 剣を鞘に戻し、地面に投げ捨てた剣もカバンにしまう。

「やっぱり、これは失敗かな」

 グリアは魔獣に注意を払いながら、剣をまた背負った。その昔、今から約四千年前、外の世界の日本という国で、切れ味に優れた、刀という武器が使われていたという。その刀身は大きく反っていた。

 その話を本で読んだグリアは王都の馴染みの鍛冶師に頼み込んでこの剣を作らせた。両方に刃が有れば、より多くの魔獣と一度に対峙できるのではないかと考えたのだが、結果は御覧の通り。

 使いこなそうと、いつも街の外に出て振ってみているが、何度も足を切りそうになるわ、重くて振れば体が振られるわで、使いこなせる気はしていない。

 だが、今の戦いで発見もあった。今の魔獣の首が飛んだのがそれである。

 そのひと振りの時、グリアは腕の力は使わず、振り続けたせいで鍛えられた体幹で、体を安定させることを意識して振るだけでよかったのだ。

 普通の剣ではもちろん、大剣でもそうは上手く行かない。刃が丸いからこそ剣を振り抜くことが出来た。それゆえの切れ味である。

 魔獣が完全に動かなくなったのを確認したとき、周囲から複数の足音が聞こえてきた。

 炎の明かりで引き寄せてしまったのだろう。グリアは急いでその場を離れる事にし、空地から出るとき、グリアはもう一度、魔獣の方を振り返ってみた。

 体から青白い光の球体が浮かんでいる。

 蔦につかまっていた、あの猪の魂である。これから天に昇り、そのどこかにある魂だけが通れるゲートを抜けるのだろう。

 その先にあるのが何か、この世界の住人は誰も知らない。そのゲートを抜けたことがある者が存在しないからだ。

 それは、ゲートの場所を知っている者が、この世にはいない事。そして、仮に見つけて、その先へ抜けたとしても帰っては来られないからである。

 そのゲートの先には何も無いのだ。

 だが、そんな事を知らない彼らは、その先に死者の国があると信じている。グリアもその一人だ。

「向こうでは幸せに暮らせよ」

 哀れな猪の魂に向けて呟き、そして走り出した。魔獣たちの足音が近づいて来ているのだ。

 目指すべき方角へただひたすらに真っすぐに、だが、グリアのいく先からも足音は聞こえてくる。

 腰の剣に手を当てる。魔獣に囲まれた時のことを考えて背中の剣は作ったが、この狭い森の中で振り回すのは利点がない。右からも左からもそして前からも魔獣の声が聞こえる。

 遠くからは落雷の音がする。もうしばらくすれば、ここにも嵐が来るだろう。

 それは、グリアの足音を消してくれるが、同時に魔獣の足音も消してしまう。そうなれば、より周囲に気を配らなければならなくなるのだ。

 グリアは、経験から、魔獣が夜の闇の中、音が聞こえなくても、獲物を見つけられる事を知っている。

 つまり、圧倒的にグリアが不利になるのだ。先を急ぎ、早く夜を明かせて、この雨も凌げる場所を探さなければならない。

「光よ集まれ」

 その魔法は光を集めた。グリアの周り数十メートルだけが明るくなり、そこより外がより暗くなる。炎を使えない今、光源を作るには、その周りの光を集めるしかなかったのだ。

 暗がりにいる魔獣たちにしてみれば、そこにグリアがいる事を教えてくれていることになるが、そんなことは当然グリアも分かっている。

 それでも使ったのは、この世界に残っている魔獣程度に負けることはないといる自信か、それとも単なるやけくそか。グリアは広く開けた場所を探して、森の中を走り回った。

「四体、いや五体か」

 まだ、微かに聞こえる足音を聞き分け、時折見える影から、敵の数をはかる。

 どれくらいの間走り続けただろう。何度も魔獣に襲われ、その度に体をひねり、時に体を前に投げ出し、巧みにその攻撃をかわし続けたグリアの服は、泥まみれになり、腕や膝からは、血が流れていて、雨は、バケツをひっくり返したように降りだしていた。

「お、ここは良いんじゃないか」

 たどり着いた空地は、王都の中央の噴水広場ほどの広さがあり、何よりそこには、洞穴があった。

 グリアは洞穴を背にして振り返る。光はこの空き地一杯を照らしてくれていて、現れた魔獣たちを照らしてくれていた。

 洞穴に他の荷物を投げ込んだグリアは、あの丸い剣を手にした。

「これで使えなかったら、マジでこれどうしようかな」

 間近に迫っている卒業パーティーのゲームの景品にでもしようか。

 剣を構えたグリアは動かないまま、そんな事を考えて、一人で笑った。魔獣たちは徐々に距離を詰めてくる。久しぶりに舞い込んだ獲物をどう捕らえようか。そんなことを考えているように見える。

 ちょうどグリアの正面と右側にいる魔獣が一度にとびかかった。二体とも原形をとどめた狼。

「というか」

 グリアも右側に踏み込む。

「狼が多すぎだろ」

 叫びながら、横に一振りで、一体の胴を割り、もう一頭は剣の腹で打たれて、後ろに飛んだ。間髪入れずに次の一体が来るが、グリアは、剣の先を地面につけそこを支点に飛びながら回る。ついでに様子をうかがっていた、別の一体、グリアは初めて見た、巨大ネズミを飛び越えて、大きくのけぞりながら、剣を振り上げる。

 そこから無理やり振り下ろした剣で、膝より少し高いくらいの大きさのそれを、背中からたたき割ると、剣が地面にぶつかり、体が小さく跳ねあがった。

 今度は正面から一体、自分を軸にして剣で高さは低くし円を描いき、向かってきた一体と、その他周りで様子をうかがう数体の魔獣の足を一度に切り落とす。

 既に死んでおり、死という概念の存在しない魔獣でも、動くことが出来なければ、関係ない。

 魔獣たちは、元がどれの足であるかなど関係なく足と胴をつなぎ始めているが、動けるまでには、少しの猶予が、そうして、グリアが戦っているわずかな間で、魔獣は四、五体から十体にまで数を増やしている。

 グリアが全てを戦闘不能もしくは、機能不能にまで追い込むか。それとも、魔獣たちが、グリアを捕らえるのが先かの瀬戸際。

 だが、グリアの顔からは、笑みがこぼれていた。

「おおおおおお」

 重い剣などものともせず、グリアは魔獣に向かって走り出す。残る魔獣の真ん中へ。囲んでいるのは四体、グリアの認識が正しければ、洞穴に飛び込んだ一体も、既に外に出てきている。

 どの魔獣が先に来るか。刻一刻と、魔獣が修復している今、それを考える時間さえ惜しい。

 もう一度剣を持って一回転。しかし、足は狙わず勢いをつけるのが目的で、一回転した勢いを保ったまま、地面に剣を立てもう一度、今度は剣から手を放し、より高く飛び、その軌跡から光を反射してキラキラと光る粉が舞った。

 空中で、回転しながらグリアが撒いたもので、右手に小瓶が握られている。腰からは、瓶から引き抜かれた栓が、鎖でつながれて、ぶら下がっている。

「燃え上がれ」

 粉に向けて叫び、洞穴に飛び込んだ。

 その直後に爆音が響く。

 爆風がグリアを洞穴のさらに奥へと吹き飛ばすが、、その勢いで受け身を取り、石などが、背中に当たるわずかな痛みだけに抑えることが出来た。

 爆発に巻き込まれた魔獣たちは、今の爆発で蔦が焼かれて、今度こそ死ぬことが出来たはずだ。

 集めていたマナが分散して、光の魔法も解かれてしまったが、洞穴の中は明るい。

 振動で反応し点火するランプが、洞穴の壁に等間隔で掛けられていたからである。

 グリアは身を伏せて、もう一度洞穴の外を見てみた。爆音に導かれた新たな魔獣たちが続々と集まってきている。その体制のまま、そっと後退りをして洞穴の中に身をひそめた。

 もし、探しているパーリーが、まだこのあたりにいるのなら、間違いなく聞こえているはずだ。もし好奇心などで来られたら、間違いなく魔獣にやられる。

「来るんじゃないぞ」

 会った事もない相手に向けて呟く。そして、荷物をそっと集め、洞穴の奥へと進んでいった。

「あ、あの剣、外に置いたままだな……まあいいか邪魔だし」

 結局、グリアの心配は杞憂に終わった。爆発音は、パーリーの耳に届かなかったのだ。

 パーリーの家は、今グリアが入った洞穴のある小山の裏にある。だが、そこにパーリーはいなかったのだ。

 パーリーは、ワークリア山の向こう側、そのずっと先まで続く森の中の小さな宿場町で、寝息を立てていた。

 そこまで、グリアの起こした爆発の音は聞こえて来ることは無かったのだ。


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