メール
屋根の無い廃墟。
その部屋の真ん中にぽつりと置かれた椅子の上に、パーリーは、膝を抱えて座っている。
空に浮かぶ雲を空と同じくらい青い瞳に浮かべ、そこに向けて伸ばされた人差し指をわずかに動かしている。彼女の手が動くたびに、空の雲が形を変えた。
「よし」
パーリーは鳥へと姿を変えた雲を見上げて満足げに一人頷くと、その雲に向けて、手のひらを向けた。
そのままゆっくりと目をつむって何かを呟いている。ぶつぶつと呟く口元を見ると、『あなたは鳥。あなたは鳥。』と、空の雲に暗示をかけている。
初めてからしばらく経って、パーリーが目を開く。その目は、空で羽ばたいて見せる、一羽の鳥へと向けられていた。
「私、外に出たいんだけど大丈夫かな」
その鳥に向けて、パーリーは話しかける。
話しかけられた鳥は、森の上を飛んで回った後、また廃墟の上に戻り、一声鳴いた。
「そうか、あっちの池の方は、大丈夫そうなんだね。お疲れ様、もういいよ」
パーリーがそう言って、手のひらを、小さく音を立てて合わせると、その鳥は、力を失っって動かなくなり、やがて風に流され、形を崩した。
パーリーはその雲が流れて見えなくなるのを見届けると、椅子から立ち上がり、部屋の隅に置かれているリュックを拾い上げた。
それをテーブルの上に置いて、上に置かれた袋を持ち上げると、中に手を入れて、木の実を口に放り、その袋をリュックに入れた。
リュックを背負ったパーリーは、そのまま玄関へと向かい、ドアノブに手をかけて足を止めた。
「行ってきます」
パーリーの視線の先に置かれた箪笥の上にあるのは、父が描いた最後の絵だ。一部が破れたその絵には、一人の女性が一軒の家を背に赤ん坊を抱いて、こちらを見て、笑顔を見せている。
絵の横には、花瓶に立てられた一輪の花が置かれている。
外に出て、静かに戸を閉めると、勢いよく駆け出して、近くの木に登って走り出す。
あれから二年。
木から木へと飛び移る技術はますます洗練され、無駄な動きなど一切なく、まるで地上を走っているのかと錯覚してしまうほど滑らかに、次の枝へと移って行く。
パーリーが通った枝は揺れ、それが連続した道は、そこに一筋の風が吹いたかのように騒めいた。
次々と変わっていう景色の中で、パーリーは、動くものがあるのに気が付いて、足を止め、木の幹に手を添えて、足元を見れば、そこには魔獣化した狼が一頭、地面に腹をつけて、横たわっている。
もう、精気もほとんど残っていないのか、立ち上がる力も残されておらず。周りにたかるハエを殺してでも、身を保とうとあがく。
周りに音が無いせいで、耳を澄ませば、その身を虫が喰らう音が、聞こえてくる。魔獣たちが作り出した世界は、魔獣たちにとっても地獄だった。
パーリーは、見慣れた光景を後にして、先を急いだ。
種災から、二年がたった。
他の世界との行き来を止められた世界で、動物たちの約六十パーセントが、最初の半年で、魔獣化した。生き延びた残り四十パーセントの内三十八パーセントは、水の中に住む魚や、魔獣にとって、ほとんど益の無い虫で、残りの二パーセントの生き残りは、息をひそめ、閉鎖されたこの世界で、自分の番が来るのを待つのみであった。
魔獣たちが、昼夜問わず徘徊し続ける世界。しかし、それも長くは、続かなかった。
魔獣たちは、相手を襲いその精気を喰らい、この世に存在し続ける。魔獣化された、相手側も、その性質を持ち、自らの精気を枯らさないために、次の相手を探し求める。
魔獣化した側とされた側、それぞれ親と子と呼び、その性質上、末端に行けば行くほどその数が増え、身を保つための精気の量も多い。
そうした連鎖は繰り返され、種災から一年足らずで地上は、体の朽ち果てた魔獣たちであふれ、第四世界全体が、この世の地獄と化した。
それからさらに一年後。この世界は、最早、地獄ですらなくなっている。
地上にいるのは、先ほどの狼のような魔獣と、生命力の強い虫ばかり、聞こえるのは、虫の羽音と風の音そして時折落ちる、木の実の音のみである。
池にたどり着いたパーリーは、枝に腰かけ釣り糸を垂らしている。
「ネストネットワーク起動」
パーリーが言うと、その目の前に青くて半透明な画面が現れる。退屈しのぎに、過去のメールのやり取りの記録を見る。
見るのは、三年前の記録。そこには種災前に、近くの町に住んでいた友達とのやり取りが残っている。
「クス」
そのやり取りをした時間を見て、思わず笑ってしまった。この時間帯に起きている事など、今の自分からは想像もつかない。
そこから、今へと徐々にメールを追っていき、二年前の種災の前日、感謝祭の前夜で、その手が止まった。
感謝祭で合流する約束をしていたあの友達とは、その後も連絡を取り続けた。ゲートのある街までたどり着いた彼女は家族とはぐれた。一人残された彼女は、それでも持ち前の明るさで人々の輪に溶け込んだ。
家に残っていたパーリーは、彼女と連絡を取り合った。
街にバリケードを張るのを手伝った事、仲良くなった友達と、食べ物を交換し合った事などを、彼女は楽しそうに伝えてきた。
何度か、近くに魔獣がいないときに、電話もした事もあった。彼女らしい明るく弾んだ声に、一人でいたパーリーは何度も元気付けられ、逆に、パーリーもその日の森での新たな発見などを、なるべく楽しく、面白く話して聞かせた。
しかし、二か月が過ぎた頃から、その電話を彼女から、拒否することが増え始め、半月後には、全く出来なくなってしまった。
かろうじて、続いていたメールも、次第に内容は変わり始めた。その最初の口火を切ったのは、避難生活の中で仲良くなった同い年の友人の死だった。
防衛線を引いていたその一角が突破された時には、隠れている最中に、何度もメールが送られてきて、パーリーは、そのたびに彼女を落ち着かせようと、返事を書き続けた。
防衛線を押し戻した後も、彼女のメールでの悲痛の叫びは続いた。
食料が底をつき始め、広さはあれ、閉鎖された街、人々の不満は当店に達し、いつもどこかで、言い争いが起きている。
今日は、どこで誰が死んだ。
そんな文面ばかりが、それから二週間続いた末に、再び魔獣が街に侵入したという内容が、彼女から送られてきた。
しかも、今度は同時に三か所も、それが、彼女からの最後のメールとなった。
あの後、彼女がどうなったのかをパーリーは知らない。
三か月前、魔獣が弱りつつあることに気が付いたパーリーは、その街へ行ってみたが、そこには誰も残ってはいなかった。もちろん友人が、どうなったのかを知ることもできず、この世界が今どうなっているのかも知れず。
結局、パーリーが得られた収穫は、この世界から逃れるという望みが無いという事だけであった。
パーリーは、気が滅入るような思いをしながら、それでも退屈しのぎに、メールを上へ上へと追っていき、ついに一番上へたどり着いた。
一番上の着信の履歴、その日付は一年と数か月前のあの友人からのメール。そのはずだった。
「どうして」
パーリーは、震える指先で『未読』と書かれた一番上の一通に触れた。件名は、『新入生入学手続きについて』送られてきたのは、二か月前であったが、長い事見ていなかった、パーリーは気が付かなかったのだ。
パーリーは、内容を確認する。今の今まで、自分がもうすぐ学生となる年齢になるという事を忘れていた。
「入学希望者は、六月七日までに返信を下さい。か」
もう二週間が過ぎていた。
試しに返信を押して、返事を返そうとしてみた。
久しぶりに見る、メール送信中のメッセージアイコン。それが何度も相手に封筒を折り続けた後、そのアイコンが消えて、メールの一覧画面に戻った。一瞬遅れて出てくるアイコンには、エラー表示。
思った通りだ。
送信先が外の世界だと、メールは送る事が出来ないのだ。
「なんでこんなのが来たんだろう」もう一度、メールを開いてみると、下の方に小さくいくつかの注意書きが書かれていた。
『このメールは、皆様に滞りなく送るために特殊なものを使っております。皆様が返信される場合は、本校がある第一世界に入られる必要がございますのでご注意ください』
その中の一文をパーリーは読み上げて、思わず空を見上げた。一瞬芽生えた希望が、同じくらい早く潰え、絶望に襲われる。
釣り糸の先についていた餌を一匹の魚が飲み込み、逃れようと懸命に糸を引く。
「君は、私とは違うみたいだね」
竿を引き上げたパーリーは、汲んでおいた水が入った袋に釣り上げた魚を入れて口を閉めた。それをリュックに入れて、家までの道を辿る。
途中で、また、あの狼の魔獣を見かけた。
(わたしもいつかは、ああなるのか。)そう思ったが、首を振ってその考えをぬぐう。
今はまだ閉ざされたままだけれど、当の魔獣たちがこの様子では、いつかまた人が戻って来るのではないか。パーリーは、その希望だけを持って、この世界で一人で生きている。両親や、まだ小さかった弟が帰ってくることを信じて。
家に帰ったパーリーは、魚を塩焼きにして、食べた後、椅子の背もたれにもたれかかり、空を見上げていた。星が見える限りの空いっぱいに広がっている。
だが、パーリーは星など気にしてはいない。
考えているのは、さっき見つけた、コロア連合立の学園からの入学案内である。
「ネストネットワーク起動」
目の前に青く半透明な画面を出し、メールの受信履歴を操作した。
昼に見つけたメールを開く。
自分と同じ年頃の子供たちが、学校という物に通う事など忘れていた。
二年前、町のからの帰り道で、友達から聞いた話に心躍らせながら帰って来たことを思い出す。
三歳年上のその友達は、買ったばかりのカバンを持ち、真新しい制服を着て、その町の外れにあった、下級学校に通っていた。
このあたりに住んでいた子供たちの大半は、最初の四年間は、各町にある下級学校に通い、その後は、駅から出ている馬車に乗って、その地域の大きな街にある上級学校に通っていた。
自分はどうするのだろう、町に住んでいない自分は、どこにも通えないのではないか。そう心配して、パーリーに合わせて歩いていた母親に、聞いてみた。
母は一度考えるそぶりを見せた後、困った顔をして笑った。
「どうしようね」
それから、父は家を留守にすることが多くなった。一度出かけると一週間ぐらい帰ってこない日もあった。
そして帰ってくると、パーリーが寝た後も両親が遅くまでテーブルで何やら話し合っていた。
両親が何をしていたのか、ようやくそれが分かったのは、半年と少し経ってからの事だった。
旅行に行く時のカバンに荷物を詰めて、朝早くに家を出て、近くの駅で馬車に乗る。降りたのは、この辺りで一番大きな街であるモモナ。そこで弁当を買って、別の馬車に乗り換える。
お弁当を食べて、昼寝をして、夜になってようやくたどり着いたのは、モモナよりもずっとたくさんの人がいる大きな街、ホノアだった。
馬車から降りて、宿に入り荷物を置いた後、夜の街に出かけた。
たくさんの光で、星は見えず、ガラス張りの店では、人形が綺麗な服を着こなして、ポーズを決めている。街のいたるところで、露店が開かれ、音楽が何処へ行っても聞こえてきた。
食べ放題のレストランで、おなか一杯チョコレートのコーンフレークを食べ、(母親は何故か不満気だった)さっきの綺麗な服の店へ、そこで真っ白いワンピースを買ってもらい、宿に帰った。
次の日は朝早く宿を出た。生まれて初めてゲートを潜り、初めてのバスというよりも、車自体に初めて乗って、行きかう車の速さに驚いたのを覚えている。
ただ、あまり長い事、そのバスの旅は楽しめなかった。お腹がかき回されるようにうずき、口の中が酸っぱくなったのだ。
車酔いだ。
結局、パーリーは大きな壁の前にたどり着くまでに、何度か吐き、その後はぐったりと座席に座っていたのも、今となってはいい思い出、空の星がにじんで見えてきた。
ぐったりした、パーリーが両親に連れられて行ったのは、ナルタ王国、王都ジャーラ、そこから少し飛び出た所にあるコロア連合立ジャーラ学園の裏門だった。
そこまで来て、パーリーはようやく、あの旅行の意味を、そして、父が出かけていた理由を知ったのだ。
「二年後、お前をここに入れようかと思うんだけどパーリーはどう思う」
大きな教室で生徒たちが授業を受けている様子や、大きな図書館。学園のいろんなものを見ては、目を輝かせるパーリーに父は言った。
迷うはずがない、何故そんなことを聞くのだろうと思ったパーリーは頷いたが、すぐに疑問に思った。
「どうやって通うの」
家から二日もかけて来たのに、毎日なんて通えるはずがない。
「ここに通うんじゃない、ここに住むんだ」
父そう言うのを待っていたかのようにチャイムが鳴った。
結局、パーリーがそこに入ると決めたのは、その寮の一室を見た時だった。
見せてくれたのは、使われていない一室。大きなベットに装飾の施された箪笥、勉強するための机に、四人ぐらいで囲めそうな丸いテーブル。部屋につけられた風呂場。
パーリーが住む家よりも広い部屋を見せられた時は、両親も唖然とした。
「あの、こんな部屋はこの中にないのですが」
父が、持ってきた学園のパンフレットを見せると、案内してくれていた女性はにっこりと笑い、口に人差し指を当てた。
「この部屋は、特定の方々が、入学されるときに案内するお部屋ですから」
パーリーにはその意味が分からなかったが、その部屋を見て、あの学園に行くことに決めた。
全てが思い出。
種災が起きたのはそれから二カ月もしない頃だった。
正式な入学願いの申請書の提出は種災の後だったのを覚えている。一方で、ゲートが閉じられたのが、種災発生から三日後。
つまり、しばらくは生きていたという事である。だが、それには驚きを感じない、友達だってしばらくは、生き残っていたのだ。だが、生きていたのなら、なぜ連絡をくれなかったのか、外の世界に逃げたに違いないとパーリーは考えている。
少なくとも父と母のどちらかが逃げ延びたのではないか。
それなら、世界をまたいでのメールのやり取りは出来ないから。それなら、入学の申請が出せるのにもうなずけるし、何よりパーリーに連絡がない理由になる。
なんとか外に出ることが出来れば会えるのだろうか。でもどうやって。
少し考えて、パーリーは立ち上がった。箪笥を開けて地図を取り出す。赤くバツで印が付けられているのが、パーリーの家だ。そこからずっと北へ、ワークリア山の先、ノリタス平原の先、西の大陸の北端には、ケンナ山脈が東西に延びている。山々に囲まれた平たい土地を探す。そこにハルアという街があるのだ。
ハルアは、西の大陸の議会、そして第四世界総統議会が開かれた地でもあり。まさにこの第四世界の中心地だった。そして何より父の生まれ故郷でもある。
交通の便という点では最悪とも言えるハルアという都市で、何故この世界の最高機関ともいえる、総統議会が開かれているのか、父に聞いたことがある。
もっと交通の便の良い栄えた街はいっぱいあったからだ。
それを聞くと、父はこの地図を持ち出してきたのだ。
「パーリー、この街が、交通の便が悪いのは何故だい」
「うーん。まず山に囲まれてて、歩きにくい」
父親がうなずく。
「それに、道も狭いし、馬車も通れないから、荷物もあんまり運べないかな」
「そうだ。じゃあ、神様たちの時代みたいに、どこかの国が攻めてきたらどうなると思う」
父に言われて、パーリーはいくつか読んだ、その時代の神々の映雄談を思い出す。
その頃も神様たちは、ハルアにまで追い込まれたけど、その山の地形を生かした砦で相手の行く手を阻んだ。
二千年以上たった今でも、砦は立て直されて残されている。今でも他の世界から攻めてきた時に備えているのだ。
「じゃあ、今でもどこかから攻めてきた時に備えているって事なの」
「そう、それにあそこは、この世界に来た神様たちが最初に生まれた場所な上に、このネスト全体を見ている神様である、メモル様との交信をしていた神殿も残されているからね、そういった意味でも絶対に守らなきゃいけない場所だから、この世界の中心地にしてるんだよ」
「ふーん。ねえ父さん。その神殿でメモル様とはもうお話しできないの」
パーリーがふと思った事聞いた。
「そうだな、もしその時の神様と同じ力を持った人がいたら出来るかもしれないけど、今はもういないからなぁ」
「昔、貴方も試したんでしょ」
「そうそう、爺さんにこっぴどく怒られたよ。お前みたいな奴が、そんなところに登るんじゃないってね。あ、そうだ、この話は友達には内緒だぞ」
何故かと聞いても、父は寂しそうに笑うだけだった。
もしパーリーにその力があったら、この世界から出してくれるように、あの学校に行けるようにお願いできるかもしれない。
可能性は、無いわけではない、父は言っていたのだ、自分は神様の一人の末裔だと。
その名前は、パーリーでも一度は聞いたことがある。少しばかり有名な一人だった。つまり、パーリーだって神様たちの子孫なのだ。現に一つではあるけど、神様の力を使える。
もし、その神様にも、メモル様と交信する力があったのならば、パーリーにもその力が受け継がれているかもしれない。
「行ってみようかな」
ハルアまでたどり着けるかという問題はあるけれど、ここで暮らすのも飽きてきた。何よりこんなところで、隠れているのは、うんざりなのだ。昼間見た魔獣を思い出してみる。
二年前は、恐ろしくてたまらなかった魔獣たちも、今はたいして怖いとは感じない。この前、たまたま出くわした魔獣も、父さんの真似をして神様の力を使ったら倒せてしまった。
もうパーリーの敵ではないのだ。
それに万が一にも勝てない魔獣が出てきたしても、今までみたいに木の上でじっとしてれば、魔獣からは見つからない。それもこの二年間で分かったことだ。
「よし、行こう」
床に付いた扉を開き、その中に敷いた布団の上で横になる。父が作ってくれたもので、二年間パーリーを守っていてくれたものだ。
扉を閉めると、少し息苦しいけど、いつの間にかこの狭い空間に、安心感を覚えるようになった、この寝所で、パーリーは目をつぶるとすぐに眠りに落ちていった。
その夜、パーリーは夢を見た。場所はあの豪華な寮の一室。他に逃げ延びてきた、第四世界の友達とあの学園の制服を着て、テーブルを囲んでお茶を飲んでいる。テーブルには、おいしそうなお菓子が一杯、それを何気なく摘まみ口に放りながら、楽しくおしゃべりをしていた。
あの時は大変だったね。などと言いながら、笑っている。
ドアがノックされた。返事をするとドアが開き、そこには両親とその間に一人の男の子がたっている。あの時はまだ、抱かれていた弟が、おぼつかない足取りで、パーリーの方に歩いてくる。
パーリーは、両手を広げて迎えてやり、弟を抱き上げた。
「お父さん、お母さん。いらっしゃい」
パーリー笑顔で両親を迎えた。今日は、感謝祭の日なのだ。
伸ばした手が見えない何かに当たり、お菓子が取れない。
「ん~~~」
パーリーは、目を覚ました。目の端に涙が浮かぶ。両親は分からないが、あの友達はもういない。あれはもう叶わない夢なのだ。
あの夢を少しでも叶えるために。
パーリーは、扉を押し開け、起き上がった。テーブルの上に置いてある果物にかぶりつく。
荷物をカバンにしまい、外の井戸で、水を汲み上げて、水筒に入れ、残った水で顔を洗う。
もう一度、水を汲み上げて、そこにタオルを浸けた。冷たいタオルで、体を拭き、汗を落とす。
「よし」
木に登り、いつものように走り始めた。
とにかく北へ、ワークリア山の向こうを目指して。久しぶりの遠出で、心は踊る。いつもより体が軽く感じられて、進むペースが速くなった。
途中にあった木の実は、持ってきた袋に入れていく。赤い実を一つつまんでみた。
赤い木の実は、想像以上に酸っぱくて、パーリーは、目をつぶり、身震いをした。そんな事すら楽しく感じられて、声を上げて笑う。たまたま下にいた魔獣が、その声で、パーリーを見つけて木の幹をひっかいている。
パーリーは、慌てて口を塞ぎ、急いでその場を離れた。