ネスト
弥助と初めて出会ったのは、私が小さい頃よく遊んでいた公園だった。
私が、近所の友人達と野球をして遊んでいるのを、近くの砂場で土をいじりながら眺めていたのだ。
一緒にやらないのか。私はそう誘ったのだが、彼は首をたてには降らずに断った。何故かと問えば、彼は缶を開け中からこぶし大の石を取り出して見せてくる。
話を聞くと、彼は生物の研究者を目指しているという。石を掘るのは化石採集の真似事だった。
それから、数年後父親の転勤で彼とは、離れてしまったが、偶然入った大学で、彼と出会った。彼は、コンピューター関連、私は生物の学部生になっていた。
「二千五百年も前になるのか、このネスト・ノアと俺のキメラをつないで、再会した時には驚いたよ。まさか俺が作ったあの種が、入れたとたんに少しばかり書き換えられてたんだからな」
目の前の弥助は台座の上から、こちらを見降ろして、昔とは全く異なる顔で、笑って見せた。
「そりゃあ、やることが他に無くて、五百年も居れば、多少は出来るようになるさ。そう言うお前は、随分とたいそうな物をこさえて来たよな。マナも使わずに、魔法みたいなことをやってのけるもんだから、その子たちを見た時は驚いたよ」
「それは、素直に誉め言葉として受け取っておくよ」
「褒めてるんだよ」
そう、彼女たちは、私達が離れている五百年という歳月を費やして作り出した、弥助の努力の結晶だった。だから、私は彼女たちを選んだのだ、まさか彼がこの世界に、新たな住人の一人として、紛れ込んでいたとも知らずに。
彼が持ち込んだ種は、ウイルスだった。
彼が持ち込んだ原形では、それは全くもって実体が無く、対処のしようがないまま、その個体を動かすハードをそのまま、彼のネスト・キメラの配下へと変える物だったのだ。
結局、私はそこに実態を加える事と、その乗っ取られた魂の殻とも言うべき物を、向こうへと送るためのゲートを閉じる事には成功したが、それは今も猛威を振るい続けている。
「他の所では、上手く行ったのにな。もしかして、ノア同士で、情報の交換とかしてたりするの」
もちろんだ。だがそんな事を、教えてやる義理は無い。
「沈黙は肯定と捕らえさせてもらうよ。そうか、ばれていたのなら、仕方がないね。それじゃあ、なんで僕が、この世界を作ることを提案した時に君はそれを受け入れたんだい。こうなる事は君ならわかっていたと思うんだけど」
神殿内では、魔獣に襲われた兵士たちが、彼らもまた魔獣となり、かつての仲間たちに襲い掛かっている。
神殿の地面を地で汚し、壁は破壊され、かつては白く美しかった神殿は、私と弥助の間の僅かな空間にしか残されていない。
「さあな、多分、俺の好奇心が、警戒心に勝てなかったんだろ、そんな事は、もしかしたらお前の方が分かってるんじゃないか」
昔から、目の前のこいつは、私の想像を超える事をやってのけてくれる、こいつと居ると、自分の立っていた小さな世界が大きく広がる幼いながらに感じた、感じた彼のまぶしさに、私は引かれたのだ。
「まあね、他の所の君も僕の支配下に置かれた後で、同じことを言っていたよ」
「他の所の俺は、お前を止められなかったのか」
とすると、このネスト・ノア型はもしかしたらこれが最後の一機かもしれない。大変な重責を、コピーである私は、他のコピー達から背負わされてしまったようだ。
「お前の目的はなんだ、何故俺たちを、配下に置こうとしている」
考え方が異なると知ったあの日、俺たちは、お互いに不干渉を決めた。お互いの知識を集めて作り上げ、最後の所、その世界の頭脳となる人間の考え方だけが、異なる物を造ったのだ。
弥助は、人類が滅びた後の世界で、生き延びることの出来る、新たな人類、新たな生物を作り出すネスト・キメラを、私は、今ある生物をありのまま、生きることが出来る世界に再び戻る時まで待ち続ける、ネスト・ノアを、そして、オリジナルの私たちは、それらを海洋へといくつも送り出し、約三千年前に、この世を去ったのだ。
「あの少し前に、俺たちの中で、調査用のロボットを陸に送り出した奴があったんだ。ざっと五百体ほどね。その内、戻ってきたのは何体だと思う」
「さあ、見当がつかねえな」
「二十機だよ、後は先頭に巻き込まれて、鉄屑さ。しかも、悪い事に、その鉄屑に残ってた発信機も拾われてしまってね、その一基は、彼らの手に落ちてしまったよ。戦闘能力を持たなかった、僕らの落ち度さ」
「まあ、そんな事もあるだろうな。だが、それだけじゃ理由にならないだろ」
「それもそうか、そうだよね。仕方がない、白状するよ」
弥助は深く息を吐くと、うつろな目で口を開いた。
「僕は、世界を僕らの物にしようと思うんだ。そうなると、僕の手元に有る全機を投入しても、数が足らない。君の協力が、必要だったんだ」
「なら、そう言えばいいだろう」
弥助はまたため息をついた。
「君は、頼んだら協力してくれたかい」
そう問われてみて、ふと考えてみる。
「ないな」
「そうだろうね、もともとの僕らの考え方は同じなのだから。けど、さ、今の僕には、このまま人を残していいのか分からないんだよ。君の作り出したこの世界にしてもそうさ、機械の中の半分造りだされたデータでしかない彼らでさえ、相手を殺すことを止めない。君の世界に有る魔法は、その感情をより一層、歯止めがきかないものにしているようにしか見えないんだよ」
「だから、全てを作り替える、お前はそう言いたいのか」
弥助は首肯した。
「今のまま、君の世界の人々が外に出ても、本当に同じ歴史が繰り返されるだけだ。人の思考その物を変えない限りね、だから、君の機体も僕の配下に置こうと考えたのさ。何、心配しなくても、そのほかの部分は、変わりなく君の意志を尊重するつもりだよ。さあ、選んでくれ、僕と共に進むか、それとも、君はここで滅びるのか、今まで他の機体の君は、五分五分なんだ」
その時、弥助の目の隅が、光ったように見えた。
「俺は、お前にはつかないよ。俺は、今のままを残したい。その上で、他の選択肢を探していくよ」
競争の無い世界程、寂しい世界は無いだろう、何も生まれず何も進まない。そこには、決められた事を決められた通りに行う、機械が生まれるだけだ。
弥助が、離れていた数百年の内に行っていた、本当の研究が分かった。
「統一された思考に従って動く人間を作り出す。それがお前の最終地点だったんだな」
四人の少女は、それぞれ、特定の生物を全て支配下に置く能力を持っていた。それは、魔法とは関係が無い。その意味するところは、現実世界ですら、彼女たちは、それらの動物たちを、配下に置く事が出来るという事である。
「ああ、そうすれば、今度こそ間違いの無い世界を作ることが出来る」
「そして、その全ての支持をお前が出すという事か。そんな事がお前に出来るのか」
その重責に、彼は耐えられるだろうか。
「やっぱり、俺は、ここを、このままにするよ。お前とは手を組まない」
同じ考え方をするはずの私が、二つに分かれたのだ。何年という年月は、人の思考を変える。同じ結論にたどり着いた弥助が複数体存在しても、その先は不明だ。ならば、私は、私であるままに、ここで有り続けなければならないのだ。
だから。
「お前は、終わりだ弥助、他のお前の事は、俺に任せろ」
彼の頭上、数十メートル。そこに彼と二人、この知識にだけは蓋をする事に決めたものがある。現実の世界で、幼い時に見たあの資料館は、私や彼の心を強く打った。それは今も残されているのだろうか。
私は、持っていた鉛の盾をさらに大きく、私を取り囲む箱へと変え、その時が来るのを待つ。
突然、まばゆい光が、神殿の全てを焼いた。私の入る箱は大きく飛ばされ、壁へと打ち付けられ、打った頭が、大きく揺れているように感じた。
一瞬の出来事は、そのまま一瞬で終わりを告げ、辺りは静寂に包まれる。
「ごめんな、こんな方法しか思いつかなくて」
箱から這い出て、台座の上に輝く四つの光に語り掛ける、どれが、誰なのかは分からない。
四つの光は、崩れ落ちた天井を超えて空へと昇る、ほかの光に混ざる。
夜空に星を見る事は叶わない。突然の爆発で騒然としていた街から聞こえていた声が止んだ。見慣れている彼らには、今ここで何が起きたのか、少なからず理解が出来ているのだろう。
しばらくは、このままでいようか。いつもは、見る事のない景色を、私は瓦礫の中で、しばらく見上げていた。




