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magician's seed  作者: 大外 竜也
15/17

パーリー

 レスカ神殿かつては、この第四世界の最高議会が開かれていたこの神殿に今は数人の男たちしかいない。

 一人の男は、神殿の中央台座の上に立つ石のアーチの横に置かれた机、歴代の議長が座ってきたその椅子に腰かけて座っている。

 あとの男たちは皆、剣を腰から下げた衛兵たち、その誰もが話すことなく真っすぐに正面を見据えて佇んでいる。

 必然的に、この神殿の中では、議長席の机の上でペンを走らせる音のみになる。

 そんな静かな空間が突然破られた。一人の兵士が駆け込んできたのだ。兵士は台座の元までたどり着くと、片膝をつき一礼した。

「話してください」

 男ペンを走らせたまま、一度視線を送り、支持を指してやると兵士は口を開いた。

「は、ただいま最高議会長ユマ様が、南の門に到着され、グリア様とその連れのパーリーという少女にお会いになられました。どうやらグリア様は今夜までに元の第一世界にお戻りになられるようでして、そのためにこちらの神殿をお使いになりたいとのことなのですが」

 男は、ペンを止め。顔を上げた。

「そのことなら、既に許可を出したはずですが」

「ユマ様が総長殿がお忙しいようなら、今夜は自分の所に泊っていくように説得すると申しておりまして」

「そのことなら心配はいりません、元よりこんなものは落書きのような物です。第一相手方にもご都合という物があります、それを私の勝手で先延ばしにするなどもっての外、それにこの神殿自体が、私たちの持ち物ではなく、この世界全体のために有る物なのです。これからの事を考えると、最高議会長にはその事を理解していただく必要がありそうですね」

「では、今からでもこちらに来ても良いと」

「ええ、そのように伝えてください」

「は」

 兵士は一礼するとそのまま神殿の外に走って行った。

「ふふふ、あの子と同じ名を持つ子ですか。さて、どんな子が来るのか、楽しみですね」

 男の名前はコロモイヤ。今この神殿のあるハルアを拠点としている第四世界復興総督府長である。

 その中性的な顔はこれまで誰にも見せたことが無い心からの笑みを浮かべている。

「くくく、ははははは」

 普段物静かなこの男の笑い声を聞いて、ずっと神殿内で佇んでいた兵士たちが、顔を見合わせる。もちろん声には出さない。

 ペンの音に変わってコロモイヤの笑い声だけが、神殿内で木霊している。

「第一世界の王子が、一人の少女を救うため、滅びた世界に一人乗り込む、王子とは言えただの人、ゲートなんか開けるわけがない。どうせ僕たちの時みたいに見ているだけ、傍観者を決め込んであんたは楽しむだけ、本当におとぎ話みたいな話だよ全く。ああ、あの子にも聞かせてやりたかったよこの話」

「コロモイヤ様、ユマ様が到着されたようです」

 ドアのすぐそばに立っていた兵士が、コロモイヤの声に負けじと声を張り上げて言う。

「ありがとう」

 コロモイヤは笑うのを止め何とか姿勢を正して、椅子に座り直した。

 コンコン。ドアを叩く固い音が響いた。

「どうぞ」

 コロモイヤが行ってやると、扉が開かれ、一人の老人と後に手をつないだ青年と少女が入ってきた。

 扉が閉じられる音を合図にユマが口を開く。

「お待たせしました総長殿。こちらが、第一世界イマリ王国の第四皇子、そして今はコロア連合立ナルタ学園の生徒会長を務めておられるグリア王子。そして、その隣にいるのが、私の孫であるパーリーです」

「「え」」

 二人は下げかけていた頭を同時にあげ同じ反応を見せた。

「遠い所よくおいで下さいました。ところでユマ殿、お二人の反応を見た所、どうやらお二人とも、パーリー殿があなたのお孫さんである事をご存じなかったようなのですが」

「はい、どうやらあのバカ息子は、私と本当に縁を切るつもりだったらしく、自分の娘に、自らが何者なのか伝えていなかったようなのです。ずうずうしくも私が特別に付けた名前だけは、そのままにして」

「え、パーリー、君の名前は、お父さんが付けたって君のお父さんの友達から聞いていたんだけど」

「うん、私もそう聞いてた」

 それを聞いて老人が鼻で笑う。

「ふん、あやつにそんなことが出来る物か。『パーリー』その特別な名前は、付けることさえ禁忌とされておるのじゃぞ」

「それは、二年前に魔獣化した大陸亀の象徴の花だからという物ですか」

 それを聞いて老人はグリアを見て笑った。

「グリア殿あなたは本当に勤勉な方だ、こんな縁もゆかりもないこの世界の事までよく知っておる」

「いえ、たまたま友人から聞いていただけです」

「謙遜することは無い。ああ、儂もそなたのような息子を持つことが出来ればよかったのじゃが。しかし、惜しいのう、その話は、後から撒かれた同じ話じゃ。本当の話をすれば、その名の意味も分かるのじゃが」

 そこでゲートのほうを見る。どうやら時間はどうかと聞いているらしい。

「大丈夫です。そのお話お聞かせ願えますか。パーリーのためにも」

 視線で確認すると、目があった。

「聞きたいよ、私も」

 ユマがコロモイヤを見ると、いつもの微笑みで頷いた。

 話してあげなさい、その話」

「では、時代はおよそ二千五百年前、まだ歴史が神々の織り成す神話だった頃、この世界の各大陸には、まだ他の世界からの侵略者たちによって支配された地域が残されておった」

 ユマは話し始めた。





 二千五百年前の第四世界、その頃この世界の神族達は、戦線を押し戻し、東西の大陸では南の半分北の大陸では北極地域まで戦線を押し戻す事に成功していた、復活の呪いも最早必要としなくなり、より人間らしく彼らはこの世界を生きていた。

 だが、呪いを解いた事は、彼らの精神にも変化をもたらし、その戦い方さえも影響を与えた。

 当然のことだ、今までは死んでも生き返る、怪我もしも恐れず戦える、それが彼らの強さだったのだ。しかし、これからは傷一つで、血を流し死に至れば生き返る事もない。やがて戦線は硬直し、戦況はまた悪化の方向へと向かっていた。

 後に決定打となった操雲術を操る雲の民の登場も、あと二百年の時を待たなければならなかった。 

 そんなとき立ち上がったのが、四人の女神たちだった。まだ幼いうちにこの世界に来た彼女たちには、ある特別な力が与えられていた。

 いや、もともと持っていたと言った方がいいかもしれない。ハクという女神は猫。レツという女神は鳥を、ウミという女神は蛇を、そしてパーリーという女神は亀を自在に操る力を持っていた。

 そして、もう一つ彼女たちには特別な力を持っていた、それは今彼らが居る神殿で、このネストの全世界の全てを握るメモルと会話する力。正確には、今あるアーチを使って、メモルの元に行き来して、話をする権限なのだが、いつの間にやら交信する力と伝承が変わっている。

 そんな彼女たちが、有る時、いまだに第四世界に居座る侵略者たちに対抗する手段を求めて来た。それまで頼らずに来た彼らがついに音を上げたのである。

 そこで、ある提案を彼女たちにした。

 その提案は、彼女たちとその生き物たちとの融合。そうすればその生き物を神獣として、永遠の命とこの世界を守る守護者としての力を与えると約束したのだ。

 神族達は悩んだ、メモルとの連絡の手段が無くなるのは厳しいけれどもこのままでは、戦況は悪化するばかり。

 初めから他に手段など残されていなかった。

 四人の女神たちは、メモルに教えられた方法を使って、神獣へと生まれ変わった。

 ハクは白虎となり北の大陸に住み着いた。レツは東の大陸にある火山地帯で、不死鳥へと生まれ変わり、ウミは大きなウミヘビとなり南に広がる大海に住み着いた。そしてパーリーは大陸亀へ。

「四体の神獣はそれぞれの力を発揮し、戦線を再び押し上げ初め、第四世界の神々は、各大陸の僅かな地域を残してほとんどの地域を自分たちの手に取り戻したのじゃ」

「では、パーリーというあの花は」

 グリアがユマに尋ねた。

「あれは、パーリーが儀式を行った場所の近く、ワークリア山のあの花畑にしか咲かないからとも、彼女が好きだった花だからとも言われておる。まあ儂はその両方だと思っておるがな」

 ユマはそこまでを一気に話すと一息ついた。

「ユマ様、パーリーという女神の事は分かりました。他の三人の名前も確かこの世界で、禁忌になっていましたね」

「ハクは『吐く』と同じで軽蔑の対象と成りうるから、レツはその子が劣等感を常に抱く卑屈な子に成るから、ウミは広すぎて人の見に余る名だから」

 パーリーがグリアの後を継いだ。

「そうじゃな、何ともまあ、苦し紛れの理由じゃが、彼女たちの名を使わせないようにするためには、そんな事しか思いつかなかったのじゃろうな」

「でも、それならその話もみんなが知ってれば良かっただけなんじゃないかな、そうすれば、こんな変な言い訳、考えなくても済むのに」

 パーリーが不思議そうに言うとグリアがその肩を叩き、見上げてくる顔に首を横に振った。

「メモルと話が出来ていた。そのこと自体を秘密にしておきたかったんですね」

「さすが、同じ能力を持つあなたはよくお分かりだ、今回の事も、周りの方々には秘密なのじゃろ」

「ええ、俺の他にこの事を知ってるのは向こうに一人、今は俺の仮病の手伝いをしてもらってます」

 ユマの視線が急に鋭くなった気がして、グリアはパーリーの肩に乗せている手の力を無意識に強めた。

「やはり、あの方は何か起きると、そうやってこの世界を守ろうとするらしいのう。恐らく、またとんでもないことが起ころうとしておるのじゃろうな。いや、もう起きてしまったと言った方が正しいか」

 ユマが神殿の天井を仰いだ。

「全て、あの馬鹿者のせいじゃ。その子が初めて、生まれてすぐにこの神殿に来た時しきりにそのアーチを気にしていた。だからもしかしたらと思いその子に、儂は皆をこの場で説得し名を付けたというのに」

 ユマの杖を持つ手が震えている。

「息子さんは反対されたのですね」

 これでグリアには、何故クイリーンがあの場所に小屋を建てたのか、誰にも家の場所を明かさなかったのか分かった。

「そうじゃ、どういうわけかその名前は、そのまま使っておったがの。それにしても、先祖返りというのは、本当にあるんじゃな。ほれ、あそこに書かれている四人の神がおるじゃろ」 

 ユマが杖で指した先の壁には相手の兵士と対峙する四人の女神が描かれていた。確かに三人の女神が手を差し向ける先には、ユマの話にあった生き物たちが兵士に向かっていく様子が描かれている。

「まさか、あれがパーリー」

 パーリーが自分と同じ名の女神がその後ろにいるのを見て、愕然としている。

 ユマの言った通り、絵の中のパーリーも銀色の髪をしていて、青い瞳も強調的に描かれていた。問題は別にある。

「ははは、随分と可愛い女神様だな」

「あれは、どちらかと言うとマスコットといった方が良い扱いだったからな」

 それまで黙ったままだったコロモイヤもその絵を見て笑っている。

「私はあんな事しない」

 パーリーはさらに不機嫌になる。

 絵の中のパーリーは、亀の背中に乗っていた。三人の女神たちが味方の先頭に立っていて、その後ろに味方の兵士その一段の後ろで旗持っているのだ、傍には彼女を守るための兵士までいる。他の三人とは対照的だった。

 それでも他の三人とは仲が良かったのだから不思議なものである。

 言い争うハクとレツ、無関心のウミ、二人の間で涙目になっているパーリーという光景は、あの当時見慣れた日常の一つだった。

「さてと、話はここまでにせんとな。グリア殿ももう帰らねばならない時間だろうしのう」

 神殿から見える夜空には星が一つ二つと見え始めている。

「そうですね、貴重なお話が聞けて良かったです。ですが私は外の世界の人間なのに良かったのですか」

「なあに、貴方と儂の関係じゃ。それにもう遠い昔の話だしのう、今は無きあの神獣たちの話を数少ない人間しか知らないというのもいかがなものかと思っていたところじゃ、これを機に、広めても良いかもしれないのう」

 いつの間にか入って来たのか、兵士とは違った格好の数人が神殿に入ってきている。恐らくは、この神殿で行われていた、最高議会の議員だった者たちだろう。皆、異論はないとばかりに手を叩いている。

「それでグリア殿一つ提案があるのじゃが」

 ユマは満足そうにうなずくと、グリアの方に一歩、歩み寄った。

「出来れば、そのパーリーをこちらで預かりたいのじゃが、どうだろうか」

 ユマはパーリーを一瞥して、また、グリアに視線を戻した。

「それは、俺の意志では無く、パーリーの意志を聞くべきではないでしょうか」

 グリアは動きやすいように、小さく足を前後にずらした。

「それもそうじゃな、パーリーそなたはどちらを選ぶ、こちらにも学校はある、どちらでも学ぶことは出来るぞ」

 ユマがパーリーに歩み寄るたびに、パーリーは一歩退き、最後にはグリアの陰に隠れた。

「私は、グリアの学園に行く」

 パーリーが言ったところで、グリアが後ろ手に抱えた。

「そういう事みたいなので、俺たちはこれで、ユマ様たちもお元気で、第四世界の復興頑張ってください、父などにも戻ったら、この事は話しておきましょう」

 そう言ってアーチに向かって一歩踏み出すが、そこで歩みを止めた。

「お待ちください。よく考えてくだされ、元はといえば彼女はこの世界の住人、文化もこちらの方が肌に合うのは当然の事、こちらに残る方が賢明だとは思いませぬか」

 ユマがグリアの行く手を阻み縋り付く。

「俺は、パーリーの意志に従うと言いました。彼女が選んだんです。私の考えなど関係ないでしょう」

 グリアがユマをにらみつける。しかし、ユマもひるまない、振り払われてもすぐに戻ってきた。

「ですが、貴方は年長者だ、もうあと少しで成人だ」

「けど、まだ未成年です。パーリーと同じ、俺は彼女の今後に責任など取れない。出来るのは、パーリーの手伝いをする事だけです」

 今度こそグリアはためらわず、空いている方の足でユマを蹴り飛ばした。

 老人の体が飛び、台座から転げ落ちる。ユマは兵士たちに助け起こされ絶望的な眼差しでグリアを見上げる。

 だがグリアは、ユマに目もくれない。アーチの横に立つコロモイヤにその視線は注がれていた。

 コロモイヤは笑っている。

 自分の元についた老人が痛めつけられているのを、心から楽しんでいる笑い声をあげて。

「はっはっはっ。無様だな最高議会長殿、貴様はそこの孫が、自分を祖父だと知れば、ここに残るはずだと自信を持って話していたが、正直私はこうなることなど最初から見えていたよ。貴様は感情を取り繕う事が出来んからな。初めてあった時に最高議会長とはどれほどの人物かと少し期待はしていたが、正直私はがっかりしていたのだ、なんせそこに居たのは、権力だけが残り、衰えたどこにでもいる老人だったのだからな」

 コロモイヤはそれだけ言うと、もうユマに目を向けることは無かった。視線はグリアと相変わらずグリアの服を握りしめているパーリーに向けられている。

「どうだ、グリア殿、私は君が人を引き付けることの出来る『人物』だと思っている。出来れば君の力をこの世界の復興に貸してほしいのだが、ここに残ってはくれないか」

 真剣な顔で話す、一見、男か女か分からない中性的な顔を見て、グリアは意地悪く笑った。

「あなたは、俺に学園の中退者の肩書をくれるつもりですか」

「うむ、確かにそうなるな、だがそんな肩書が霞むほどの看板を背負わせようとは思っているぞ」

「へー、それは、今そこで兵士たちに捕らえられている哀れなご老人が背負っていた、もう何の意味も持たないつまらない看板ではないですよね」

 抵抗しようと必死に抗っていたユマの手が止まった。大きく目が見開かれ、その後力を失い兵士たちに縄をかけられ、神殿の奥へと運ばれて行った。

「貴様の犯した禁忌がこの世界を滅ぼしたと後悔することだ」

 コロモイヤの呟きはグリアとパーリーにしか聞こえないほど小さなものだった。

「どういう事だ」

 グリアが言うと、コロモイヤの口元が大きく吊り上がった。

「なあに、簡単な事だ、そこに居る小娘にあの老人がその名前を付けたことが、私の逆鱗に触れたのだよ。私の大切な子たちの名前を無断で使った事がね。さてと、君はあの方と話が出来るようだねグリア、あの老人が望んだ通り君もねパーリー」

「それが、どうしたって言うんだよ。まさか魔獣化した神獣たちの代わりになる方法をあいつに尋ねろって言うわけじゃないだろ」

 グリアが言うと、コロモイヤはまた腹を抱えて笑った。

「それもいいな。けれども、違うよそんなことじゃない、第一倒すべき敵がいないのに神獣をまた生み出してどうするんだい、ちなみにだけど魔獣に神獣だなんてまったく無駄だよ。なんてったって魔獣は死体、放っておけば勝手に居なくなる。まさに豚に真珠ってね」

「寒いな」

 グリアが冷たく言い放ち、パーリーはコロモイヤをにらみつけた。

「まあ、そう言わないでくれよ。私はあいつ、メモルと話がしたいんだよ。とっても素敵な話なんだ。夢に満ちた素晴らしい話。おっと、君たちには関係ないよ、これは外の世界の話なのだから、所詮機械に作り出されたデータに過ぎない君たちとは関係のない話だ」コロモイヤの顔が興奮で紅潮している。グリアは過去に出会ってきた狂人たちと同じものを感じ取り、剣に手をかけた。

「それを抜くなよ。抜いたら交渉は決裂だ、抜かなければ君たちを外の世界の住人として迎えてやる事も考えなくもない。私の組織する軍勢の一部を任してやってもいい」

 手で静止を促している。その身勝手な言い分にはいい加減腹が立ってきた。

 そして、同時に奴の正体も見えた。

「生憎」

 グリアはパーリーを完全に自分の後ろにやり、剣を引き抜いた。

「この世界で俺には十分なものでね。それにこの世界に有る物は全部あいつが作り出したものだ、それを自分の物のように言うお前には関心もしないしもちろん手を貸してやることもない」

「そうか、では、交渉決裂だな。私の手を取らなかったこと死んで後悔しろ」

 コロモイヤは指を鳴らした。

 神殿が大きく揺れ、壁に皹が入った。続いて石の壁が壊れる大きな音。パーリーは悲鳴を上げ、グリアにしがみついた。

「うあああああ」

 壁に居た兵士からも悲鳴が上がる。だがそれは水気を含んだ音がして、直ぐに途切れた。

「魔獣だと」

 グリアはコロモイヤを再度見た、驚くこともなく、自分につき従う兵士たちがあの巨大な魔獣にひねり潰されるのを笑ってみている。

 悲鳴は、尚も続き、ユマの連れていかれたドアの向こうからも聞こえてきた。

 今度は、壁を破壊することなく、ドアだけを破壊して、一体の魔獣が入ってくる。そんなに体も大きくは無い。その魔獣をグリアは見上げた。

 翼が背中から生え、頭も猛禽類、恐らくは鷹の頭をしている。そして体は人間、その胴体が身に着けている衣服にも、手に持っている杖にも見覚えがあった。

「おじいちゃん」

 パーリーが叫ぶと、初めて孫にそう呼ばれたことに喜びを覚えたのか魔獣はパーリーに向かって急降下を始めた。

「最後まで、孫に害を加えるつもりかよ」

 グリアが魔獣とパーリーの間に立った。

「燃え上がれ」

 燃え上がる剣を勢いよく向かってくる魔獣へと差し向けるそれだけで十分だった。

 口から入った剣先は喉を通り、黒い蔦に絡まれた心臓へ、そこに炎が燃え移り、灰へと変える。

 グリアは剣を下に向け引き抜いてみると、少し欠けていた。

「爺さん、この杖借りるな」

 固い石の地面に下ろされた遺体の手から杖を取り、剣を鞘に納めた。

「それにしても、また随分と物騒な物を持ってたんだな」

 杖の先には、赤い宝石が輝いている。

「まさかまだ残ってたなんて思わなかったけど」

 杖の先についている宝石は、魔人の心臓を結晶化した物である事をグリアは知っている。ある国が、秘密裏に作り、魔人の力が使える不思議な宝石として高値で売りさばいていたものだ。

 恐らく、ユマはそんな事など知らずに買い取ったのだろう。魔獣の遺体から浮かび上がった白い光は、グリアの目の前でクルリと回って見せそのまま、窓の外へと飛んで行った。

 グリアはそれを見送り、杖の柄を見た。そこには『硬化』とだけ書かれている。それだけで、この宝石の力が分かった。

「それで、どういう事かと聞いた方がいいのかな」

 魔獣に蹂躙される兵士を見て楽しんでいるコロモイヤに向かってグリアは叫ぶ。パーリーは魔獣化した兵士たちに向けて風の力を使って応戦している。

「そうだね、聞いてくれると嬉しいけど……そうだやっぱりこれを見せてあげる方がよさそうだね。どうやらこんな魔獣を見せたぐらいじゃ、君もメモル様も慌てないみたいだし」

 そう言ったコロモイヤは、グリアに背を向け、両手を合わせた。

「今だ」

 グリアは杖を硬化させてコロモイヤに向けて走り出した。パーリーも後を追う。

 だが、コロモイヤは慌てない、足音も聞こえているはずなのだが、後ろを振り向くこともなく、宙に両手の平を向け、横に広げると、そこにゲートが開き向こうに、別の世界が映し出された。

「さあ、出ておいで」

 コロモイヤはそのゲートの向こうに居る大きな影に向かって声をかけ、自分はその前から退く。

 そこにグリアが振りかぶった杖が迫った。

「わっく」

 グリアの体が横から何かにぶつかられて大きく飛んだ。パーリーが駆け寄り助け起こす。

「神獣」

 パーリーはそのグリアにぶつかった物を見て呟いた。コロモイヤの前には白い毛並みの虎が黒いオーラに包まれて、台座の上からグリアたちを見据えている。

 コロモイヤの開いたゲートは尚も大きく広がり天井の高さまで達した時、再び、大きな地響きがした。

 重い物が落ちる音それが何度も一定の間隔で繰り返される。そしてそれは現れた。

「大陸亀」

 神殿に何とか収まるぐらいの大きな亀である。当然ゲートを抜けるまでにも時間がかかり、その上を、赤い鳥が抜けて出てきた。

「不死鳥」

 生きていた時は、炎を身にまとっていると言われていたその鳥も、今は黒いオーラを身にまとっていた。

「魔獣化した神獣が勢ぞろいかよ。ん、でも、海蛇が居ないな。お前嫌われたのかよ」

 グリアは剣を杖にして立ち上がる。

 今のグリアにこれらの魔獣たちを相手にするだけの力が残されていない事は一目瞭然だ。

「この辺りが潮時か」

 どうやら本物の神々は、私が傍観者であり続けることを許してはくれないようだ。椅子を引き、ネスト内で起きている事を見守るために部屋いっぱいに映し出された、何千という映像を、手元のボタン一つで消し去る。

「さてと、あの子たちの相手をするにはどんな武器が良いか」

 壁に飾ってある様々な武器を左から順に見渡し、結局私は、身の丈ほどもある盾を手に取った。

「あいつを消すには、禁忌に触れなければだめかもしれないからな」

 外の世界で、子供の内から何度も言い聞かされ、資料館を見て、その悲惨さに憤りさえ感じた事が、三千年以上たった今でも、昨日のことのように思い出される。

 今となっては、あの資料館も何もかも残されてはいないのだろう。せめて語り継がれていればいいのだが。

「さてと、行きますか」

 私は宙に掌を向け、横に手を滑らせた。別の景色が、水面のように波打つゲートの向こうで揺れている。私は歩みを進め、すぐそばにある方に振れた。

「メモル」

 目を見開くグリアと口を大きく空けているパーリーをしり目に、私はゲートに指先を触れそのゲートを消した。

「ここから先は、私に任せろ。あいつには俺も因縁があるからな、直々に来てやったよ。お前たちの出番は終わりだ」

 身をかがめて、グリアの足元に掌で触れ、ゲートを開いてやる。

 パーリーは悲鳴を上げてその向こうへと直ぐに姿を消したが、グリアはゲートのふちに手をかけて、一度向こうへ行った顔をもう一度のぞかせた。

「本当に任せて大丈夫なんだな」

「俺を、誰だと思ってるんだ、それよりもこれから俺がすることは、お前にだけは見せたく無い物だからな、早く言ってくれると助かるわ」

 私は鉛で出来たその盾を持ち上げて見せる。

「分かった、じゃあ後は頼んだぞ」

 グリアは手を離しゲートの向こうへと消える。グリアが完全に向こうの世界に帰った事を確認しそのゲートを閉じた。

「さてと、随分好き勝手やってくれたものだ。なあ弥助」

 私はこの世界を共に創り出した、最大の親友の名前を呼んだ。


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