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magician's seed  作者: 大外 竜也
13/17

再び

 グリアとパーリーは耳から手を離した。

 グリアが立ち上がり扉の外に出る。

「私も手伝った方がいいかな」

 骨付きの鶏肉を片手にパーリーが後から出てきた。

「胸はもう痛まないか」

 グリアに言われて、そこに手を当てた後頷いた。

「大丈夫いけるよ」

「そうか、じゃあ前言撤回で悪いけど、無理がない程度に頼む」

 グリアは駆けだした。腰に下げた剣を抜き、最初の一体に切りかかる。

「燃え上がれ」

 剣が人の魔獣に振れる直前で炎に包まれ、魔獣の体を燃やす。割られた胴から延びる黒い蔦が、苦しそうにもがきながら灰へと変わるが、その頃にはグリアは別の魔獣と対峙していた。

 狼の魔獣がグリアに飛び掛かる。その開いた口に向けられた剣は、口から肺へと到達し、くし刺しの状態になる。

 再び魔法を使い燃え上がる剣が魔獣を焦がす。

 その時、横から走ってくる影があった。元は剣士か、死んでもなお持ち続ける血に汚れ錆びた剣をグリアに振り下ろす。

「くそ」

 体を守ろうと、無防備な左腕をかざす。その腕の横を風が吹き抜けた。とんでもない密度を持った空気の塊が迫っていた魔獣を遠くへ吹き飛ばす。

 グリアは足で魔獣を剣から引き抜き風が来た方に振り向いた。駆け寄ってくる小さな影を抱き寄せる。

「助かった」

「ちゃんと加減できた」

「えらいぞ」

 小屋の壁に叩きつけられ潰れた魔獣を見てグリアが言う。これで加減されているのだ。この子を怒らせるような事はしないで置こうと心に誓う。

「二人とも大丈夫か」

 クッカが駆け寄ってきた。手には槍、皮の鎧は返り血を浴びて染まっている。立派に蓄えられていた髭もいくらか減ってるように見えた。

「ああ、こっちは何とか。それで状況は」

 この集落に大きな塀などは無い、数が多い場合は、最悪ここを捨てて逃げることも考えなければならない。

 だがクッカは余裕の笑みを浮かべている。

「心配には及ばないさ、数はそう多くない、これぐらいの数なら、もうじき片付くはずさ」

 言われてみれば、グリアたちが電話していた頃より、大分静かになっている気がする。初めの方こそ悲鳴も聞こえていたが、今聞こえるのは、威勢のいい男たちの雄たけびばかりだ。

「大したもんだな」

 グリアは剣を鞘に納め、魔獣たちと対峙している男たちに目を向ける。剣に斧に弓に皆、各々の一番信頼できる武器で戦っている。

「俺たちも一度ここを離れるまで、ゲートの向こうに行くまではただ無力に逃げることしかできなかった。けど、今は違う、向こうで俺たちは、あの方から魔獣と戦う術を学んだんだ」

 誇らしげにクッカが言う。

「あのお方というのは総長といわれている男の事か」

「おうよ」

「会うのが楽しみだ」

 洗練された動き、あの戦っている中でも頭一つ抜けていると、グリアが見ていた、斧を持った青年に目をやる。

 なるべく足を狙い、動けなくした後は他の仲間に任せ自分はさらに前へ。そしてまた新しい魔獣と対峙する。

「あいつは、特に熱心にやってたからな」

 グリアの視線の先を見て、焼けた髭をいじりながらクッカが言った。

 さらにもう一頭の足を切り動けなくしたところでさらに前へ。その時青年の体が宙を舞った。大きく放物線を描いて、後ろの男たちの目の前に落下する。

 青年の目は大きく見開かれている。何が自分の身に起きたのか、理解できず仕方が無く笑っている口元が、血に濡れている。

 男たちは、青年が飛んできたほうに目をやり、次の瞬間には駆けだしていた。

「パーリー、皆と一緒に逃げろ」

 グリアは傍にいるパーリーに聞こえるように声を荒げて言った。

「グリアはどうするの」

「俺があいつを止める」

 クッカが周りに、山の森の中に逃げ込むように指示を出しているのが聞こえる。

「森に逃げても、木に登っても、あいつからは逃げられないんだろ」

 姿を現した魔獣に目を向ける、あの時と同じ牛の頭をした大きな魔獣だ。

「なら、私も戦う」

 下から聞こえて来る声が震えている。

「だめだ、お前は逃げろ」

 そう言って走り出して、直ぐに足を止めた。服の裾にしがみつき離れないパーリーを助け起こし、もう一度言い聞かせようとして止めた。その目にはしっかりと意志が宿っていて、二つの目でグリアをにらみつけているのだ。

「分かった、だけど俺が逃げろともう一度行ったら今度こそ逃げるんだぞ」

「うん」

「さてと、どうすればあの化け物を倒せるかな」

 魔獣はこちらに気が付いてもゆっくりと歩いてくる。

 パーリーが腕を振り上げて応戦しようとしたが、グリアはそれを手で制し、指で周りで様子をうかがっている他の魔獣たちを指した。

「あんた、あいつと戦うつもりかい」

 クッカが声をかけてくる。

「ああ、あんたらは、なるべくここから離れた場所に逃げてくれないか、奴は生半可な攻撃じゃ倒せない」

「出来るのか」

 グリアは指を立てて見せた。

「一体だけだけどな」

 確かめるように向けられた視線に気が付いたパーリーが近くの魔獣に腕を振り下ろしながら頷いて見せた。

「じゃあ、任せた。けど無理はするなよ、お前に死なれたら俺たちの寝覚めが悪くなる。時間を稼いでくれればいいからな」

 クッカは、他の男たちに怒鳴りながら走って行く。その影が見えなくなるのを待たずに、グリアは地面を蹴った。

 周りの魔獣たちは気にしない、魔獣たちはこちらに来る前に突風に襲われ瞬く間に見えなくなってしまうからだ。それらを全て追っていたのでは、目の前の敵には勝てない。そんな気がしたのだ。

 伸ばされた手の下をくぐり抜け、グリアは剣を振った。並みの相手なら、腕を切るのも足を切るのも容易い剣による一撃。その刃は魔獣の体にわずかな傷を与えるのみで弾かれる。

 傷はすぐに塞がり、落ちてきた魔獣による一撃を後転でかわしそのまま距離を取る。

 剣を持つ右手がしびれている。まるで大きな岩を切っているような感触、この間は何とか突き刺すことが出来たが、その判断は間違っていなかったようだ。

 問題は、あの時の粉を持っていない事。他の手段で、この魔獣をどうやって倒すか、その方法が浮かばない。

 グリアに手段がない事に気が付いたのか、魔獣が畳みかけてきた。もう一度鉄槌をグリアに浴びせ、地面を転がりかわすグリアに蹴りを入れる。

 とっさの判断で突いた手で体を浮かせて、さらに腰を反らせて、その蹴りもかわすが、曲芸師顔負けの動きでもやっとかわすことが出来る程度、大きく振られた足が起こした風が、グリアの髪を揺らしす。

 それでもグリアは笑って見せた。

 魔獣の方もグリアの様子を見て、追い打ちをかけるのを躊躇う。

「やっぱお前、頭いいな」

 他の魔獣たちが獲物を見つけるや本能的に襲い掛かるのに対して、この魔獣は全ての動きに根拠がある。

 今の動きもゆっくり歩いて来たのは、こちらへの威嚇。余裕がある事をこちらに見せ、相手の動きを観察することも出来る。

 腕をただ振っただけでは当たらないと見るや、最初の一打をおとりに使い、より確実な一撃を狙い、グリアの表情を見て、その新たな一手を警戒し、さらに次の一撃を踏みとどまった。

 たったそれだけの事だが、それが他の魔獣との大きな違いで、この魔獣の頭の良さを示していて、この魔獣の恐ろしさだ。

 その恐ろしい力に加えて、知力。そのどちらも警戒した上で、この魔獣をどう倒したものか。

「はあ、こんな時、義兄さんなら力で何とかするんだろうな。というか、あの人の頭の中、こいつより単純なんじゃないか」

 グリアの言う義兄とはティリャの姉シナプスの事である。

 魔人としての力で肉体の強化が出来、その力で振られた剣は魔獣化した象でさえも、容易く切り刻む。

 グリアが、あの手この手で、一体一体魔獣を倒していくのを横目に、一度に二体も三体も魔獣を狩り、グリアを見て指で指して笑ってみてるのだ。

 親しい間だからこそとは、分かっていても、向きになったグリアは、何度も無理をして、その度にシナプスに助けられての繰り返しだった。

 ちなみに、シナプスの力をグリアは魔法で再現することは出来ていない。あの力は、いくつものマナが複雑に絡み、新しいマナとして現象を起こしているもので、まだ単純な組み合わせしか解明できていないグリアには、何が起きているのか分かっていないのだ。

 それでも、魔人としてなら、実は少しばかり同じ血を引くグリアも同じことが出来る。最もせいぜい牛と相撲を取れるようになる程度で、シナプスほどの力を発揮するには至っていないのだが。

「あれが普通の牛なら、あの角を掴んでひっくり返して……はぁ。無い物ねだりをしても仕方がないか」

 シナプスの真似をしているうちに身に着けた力を発揮する。

 動かないグリアを見て魔獣が突っ込んできた。勢いをつけて、体当たりをするために、左肩をグリアの方に向ける。だがグリアは動かない。身構えた時に、僅かに魔獣が笑ったように見えたのだ。

 そして、予想通り魔獣はグリアの一歩手前で左足を踏み込んだ。魔獣にしても、ここまでは想定内だったのか、それともここまで考えての笑みだったのか。そのまま隠れている右足を体を反転させて、グリアにかかと蹴りを浴びせた、右足も少し遅れて回り、飛んでかわせば、その右腕がグリアを捕らえる。

 一方でグリアの背後は、急な斜面で後ろに逃げれば、そのまま転げ落ちることになりかねない。

 だが、魔獣が、グリアを捕らえる事は無かった。足も腕も空を切り、辺りを見回す魔獣、その姿は、背後にあった。

「どうした、自分の足と腕の間の広さも理解してないのか」

 グリアが獰猛な笑みを浮かべて魔獣と視線をかわす。

「ウゥゥゥ・・・・モオオオオオオオ」

 魔獣の唸り声が山脈で反響し木霊した。

「ほら、そんな事にエネルギーを使っちまっていいのかよ、お前の精力は、そんなに余裕が有るものなのか」

 グリアの挑発に魔獣は乗った。恐らくは、たまたま、運が良くて、避け切れただけ、そう思ったのだろう。現に、目の前のグリアはまだ一歩も動けないまま。魔獣を見据えている。

 しかし、グリアには魔獣の動きが見えていた。それも、魔獣の体の各部位がどのように動いているのか、鮮明に記憶できるほどはっきり、そしてゆっくりと、コマ送りで見ているかのように、端的に言えば、グリアと魔獣では今いる世界の時の流れが異なるそれぐらいはっきりと見えているのだ。

 グリアの見ている世界で、魔獣の足首に変化があった、これからどうするつもりか分からないが、深く踏み込んだのだ。

 つまり、魔獣はこちらに飛び掛かってくる。次の時には、グリアは体を前に投げ出していた。腰をひねり、自分の上を飛び越えていく魔獣と目を合わせる。

 魔獣の真っ黒くつぶらな瞳が大きく見開かれ、グリアを見つめている。躱されるなどとは考えてもいなかったという顔だ。

 やがて、グリアの視界から魔獣が消え、夜空が映し出された、満天の星空、そのはずが、大きな一つの雲に阻まれ、星空が覆い隠されている箇所があった。

「これだ」

 グリアは魔獣に背を向け走り出した。角を何度も曲がり速さで勝る魔獣を巻いていく。

 何度も魔獣の腕が、足がグリアを捕らえそうになり、その度にグリアは体をひねり、横に飛んで交わして回る。剣も既に鞘に納めていた。

「よし、パーリー、あの雲何に見える」

 一体の魔獣を風で飛ばしたパーリーが、グリアの指さす雲を見た。

「人かな」

 パーリーが叫んで返す。その目は、グリアの頭上を捕らえていた。

 右の足に深く体重を乗せ、沈んだところで左に蹴る。始めて見せたグリアの動きに惑わされた拳が、グリアの右横の地面を穿った。

「その雲で奴の角を掴んでくれ」

 着地した左足を一歩目にして、パーリーの元に駆け寄ったグリアは、そう言うと、また魔獣に向かって走り去っていった。。

 パーリーは空を見上げる。パーリーから見て、上に大きく盛り上がった場所に穴が三つ。それらを目と口つまり盛り上がった部分を顔として、胴に見える所から延びる二本の雲がその腕か。

 人というのにはいささか無理があり、パーリーにはそれが徐々にランプの魔人に見えてきたが、グリアの考えから大きく外れることは無い。

「頼むよ」

 差し向けられた手の先、そこでは魔獣とその攻撃をかわし続けるグリアの姿があった。

 もう何度目か分からない魔獣の鉄槌、いかに頑丈な体で合っても、繰り返すうちに、その拳からは血が滴っている。はねた血はグリアの顔を濡らした。

 魔獣はさらなる一撃をと、もう片方の腕も振り上げる。しかし、その腕がグリアに触れることは無かった。地面に大きな穴を穿つこともない。踏みしめられていた足は宙を掻き、グリアは身を伏せその足の直撃を避ける。

 そして、空を見上げ細笑んだ。人型の雲が魔獣の角を両手でつかみ空の高さまで引き上げているのだ。

「こっちは大丈夫だよ」

 雲を操るパーリーが手を振りながらこちらに駆けよって来る。

「よし、俺の後ろに隠れてろ」

 グリアはパーリーを後ろ手に抱え、もう片方の手をパーリーが来た方に差し向けた。

 大地が轟音を上げて震え、山の方からも悲鳴が聞こえて来る。グリアが腕を空に翳すとテニスコート四面分ほどの土地の土が空へと舞い上がり、地面は小さなクレーターのように抉れる。

「今だ」

 グリアの掛け声を合図に、雲の魔人が魔獣を大きく空いた大地に落とす。人間なら死んでしまってもおかしくない高さからの落下に堪えた魔獣は、怒りに狂い、グリアめがけて、穴を駆け上がり始めた。

「残念、もう終わりだよ」

 土が魔獣の上に一斉に降り注ぎ、魔獣を穴の中に閉じ込める。そして、グリアは再びその大地に、手をかざしその手をきつく握った。

「もう大丈夫みたいだな」

 しばらくの沈黙の後、いつの間にかこちらも、きつく抱えていたパーリーに気が付き解放した。雲の魔人はとうに元の雲に戻り、風に流され、形を変え、もうそこに姿は無かった。

「今のは何」

 パーリーは、目の前で一度掘り返され、元は地中深くに有った土に覆われた地面を見つめている。

「あれが、俺が最初に使えるようになった、お前が言う神様の力だ」

 イマリ王国の王家に代々伝わる力。この力があったからこそ、イマリは、コロア連合の中で、ナルタと並ぶ筆頭国になる音が出来た。

「あの魔獣は死んじゃったの」

 固い地面に触れたパーリーが魔獣の埋まっている辺りをにらみつけている。

「いや、多分奴は死なないこれから何十年経とうが、何百年経とうが、あの地面の下に居続けるはずだ」

 そもそも死という概念を持ち合わせていないのが魔獣なのだ。だからこそあの下で生き続ける。矛盾しているが、そうとしか言いようがないのだ。 

 グリアも地面に触れてみた。地中深くにあった土が表面に出てきたせいで、ひんやりと冷たい。

 いくら待っても地面から、音も振動も伝わってくる事は無い。あの魔獣は、この大地の下に封じられたのだ。

「終わったぞ」

 背を向け、山に向かって大声で叫ぶ。

 答えるのは、山の中木の上から様子をうかがっていた男たちの腹の底から響く雄たけびだ。その声が、今度こそ大地を揺らし、小屋を揺すり、グリアは拳を突き上げた。

 その晩、彼らの中に眠るものはいなかった。繰り返されてきた別れの儀式、友や家族、魔獣化した生き物たちの遺体が集落の中心の広場にうずたかく積まれ、それらが燃える炎を囲み飲むや踊るやの騒ぎ、これがいつ死ぬか分からない日常に置かれた彼らなりの死者への手向けである。

 最後に酒の席を設け、思い出話をみんなで語り、大いに笑う、パーリーは眠気に勝てず、グリアの膝の上で眠ってしまったが、グリアはその席に加わっていた。

「なあ、あいつの技凄かったろ」

 クッカは、酒を片手に、目に涙を浮かべながらあの魔獣に飛ばされた青年の思い出話をグリアの横で語り続けている。

「あいつはな、本当に小さかったんだ。二年前の時もまだ小さかった、腕も足も体も俺の半分ぐらいの太さしかなくてな、けんかをすれば、直ぐに負けて半べそかきながら、家まで帰ってくるそんな奴だったんだ」

 話を聞いていると、この髭の男と青年は、いとこの関係らしい。

「けどな、『パンドラ』に行ってから、総長に会ってから、あいつは変わった。あいつを笑った奴らは、誰もあの場所にたどり着けなかった。そのことが、あいつにとって、きっかけになったのかも知れない。兎に角俺は、あいつがどんどん強くなっていくのが楽しみで、楽しみで・・・さぁ」

 クッカは泣き崩れ、グリアの肩にもたれ掛かる。

「分かるよその気持ち、俺もそいつが死んだら、今のお前みたいに泣くと思うよ」

 グリアは目の前に山積みにされた肉を片手に、火の周りで踊る男たちに目を向けたまま言った。

 踊りも続く、歌も続く、最後の夜が終わるまで、朝まで飲み明かし、死んでいった者たちの話をする。そうしている間は、まだ魂がそばに残っていて、共に最後の時を惜しんでいるとされているのだ。

 朝日が昇り、グリアが出発の用意を始めたころ、ようやく火が消え、疲れ果てた男たちは、糸が切れたようにその場に座り込み、そして大声で泣き始めた。

「悪いな、大したもてなしも出来ず、挙句魔物を手伝わせちまった。本当にお前さんたちが居なかったらどうなってたか」

 グリアとクッカは、がっちりと握手を交わした。

「お前は、もういいのか」

 グリアの視線の先では、他の男たちの内、有る者は灰に手を合わせ、有る者は泣き続けている。

「俺は、昨晩の内に済ませたからな。もう今泣く分の涙なんか残されていねぇよ」

「そうか」

「グリア殿、あちらには、私から昨日の内に知らせを送っておきましたので、ハルアに着けば、直ぐに神殿に通して下さるはずです、総長からの許可の知らせも、今朝届きました」

「総長の名前は、コロモイヤで良かったですか」

 もし、総長と呼ばれている男の前で、その名前を間違えでもして、機嫌を損ねれば、ゲートを通してくれないかもしれない。

「ええ、それで、間違えないですよ。まあ、例え間違えてしまっても、あの方はそんな事を気にするとは思えませんけどね」

「まあ、そうだろうな。ほれ、ハルアまでは半日以上はかかるんだ、急いで行かねえと、着くころには、夜になってしまうぞ。今日はここまでにして、続きはまたここに来た時にすればいいさ」

「ああ、次がいつになるかは分からないけど、その時は必ず」

 クッカとグリアはがっちりと握手を交わした。

「私も」

 パーリーが手を伸ばし、ハルケクルケの手を握り返した。

「それじゃまた」

 歩き出したグリアの後を、パーリーが追い、追いついたところでもう一度手を振った。

「パーリー、置いてくぞ」

 手を振ってる内に、また離されて慌てて追いかけるパーリー、二人の男は、その影が木々に隠れて見えなくなるまで、その場に居た。

「よし」

 クッカもまた道に背を向け仲間の元に戻る。

「お前ら、いつまでも泣いてはいられねえぞ、壊れた小屋の修理とその灰を埋める仕事、それでも手の空いた奴は、いつも通り畑仕事だ午後になったら、お前たちに話がある出来ればそれまでに終わらせてくれ」

 クッカは、仲間たちの元を回り、一人一人の背中を叩き励まして立たせる。

 いつ、次が有るか分からないこの世界では立ち止まってなどいられない。今夜にでもまた魔獣たちが来てもおかしくはないのだ。

 早く生活の基盤を整えて、魔獣たちからこの集落を守る壁の建造に移りたい。それが出来れば、ここを起点にさらに広い土地を魔獣たちから取り戻すことも出来るはずだ。

「よし、俺もやるか」

 スコップを片手に、穴を掘っている男たちの元に加わる。やはり彼らの上に立つ者として、これだけは自分の手でやりたかったのだ。

 空は雲一つ無い晴天、真夏の今は朝でも既に汗ばむほどに熱い、正午の頃はもうもう活動することは無理だろう、額の汗を拭いまた作業に戻った。


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