頑張った
「パーリーは、神の力が使えるんだよな」
パーリーは頷く。
「なら、君は魔人であるという事で良いんだな」
「うん、お母さんは人間だけどね」
パーリーの父は、神の子孫である魔人で間違いなかった。
「人間っていうのは、この世界で言う雲の民ってことでいいのかな」
パーリーは首をかしげる。
「う~ん。確かにお母さんは、雲の民だけど、この世界にも普通の人間はいるよ」
雲の民とは、人間の中で操雲術を使う少数民族という位置づけになっている。その起源は不明で、気が付かないうちにその数を増やし、いつの間にかこの第四世界の各地に広がっていた。その事をグリアに話すとグリアは何か分かったようで、一つ頷くと口を開いた。
「多分、かなりの人が気付いてるだろうけど、雲の民も恐らく魔人だ」
地図を取り出し、デスクの上に広げると、有る一点をペンで示した。
「何をしてるの」
「考えをまとめてる」
頬が少し赤くなり、『これはさすがにダメか』と言って目を開いた。
「ごめん、話を戻すな」
グリアは、部屋の中で見つけた紙の束から新しい一枚を引き出した。
「どこから話そうか。そうだな。パーリーは遺伝って知ってるか」
「あのお父さんお母さんのどっちに顔が似るかとかのあれ?」
グリアは満足げに話を続けた。
「そう。それが神の力なんかにも関わってるんだ。例えば、この水の力が使える子供がいたとして」
グリアは人型を描いて、その真ん中に水と書いた。
「下手くそ」
「話を続けるぞ」
グリアの口元がゆがんで、一瞬大きく吊り上がった。
「この子の父親が魔人、母親が人間だとすると、この子は父親から水の力を受け継いだことになる」
そこまで話してパーリーを見た。じっとグリアの手元を見ている。
「ここで、問題になるのは、この子が父親から何を受け継いだのかという事になるんだ」
パーリーが眉間にしわを寄せている。
「どうした」
「言ってることがおかしい。この子は父親から『力』を受け継いだんでしょ」
パーリーはグリアの思惑通りに悩んでくれる。ティリャとは大違いだ。
「この模型が何かは話したよな」
「マナって言ってたね」
「そう、これがこの世界にある、色々な物に命令して、色々な現象を引き起こしてる。魔法はこれを集めて、自分の思った通りの事を起こす物だって言ったよな」
パーリーは頷く。そして考え込んだ、両脚の間、椅子に手を置き地面の一点を見つめている。
「そうか、この子がお父さんから受け継いだのは、そのマナなんだね」
グリアはパーリーの頭に手を置き、その銀色の髪をクシャクシャと撫でた。パーリーは気持ちよさそうに目を細める。褒められて、得意げに胸を張っている。
「まあ、後ちょっとってところなんだけどな」
ゴンと音を立ててパーリーは、デスクに延びた。
「はっはっは。残念。でも本当に惜しいよ」
グリアは、書いた人型の上に四角い箱を描いた。そこから矢印が伸びて、その先にマナがある。
そもそもの神の力とは、どの様な物だったのか、それは、神としてこの世界に降り立った、外の世界の人間達が、作り出せる複数のマナを複合して、現象を引き起こす物だった。
その器官は、その子供たちにも引き継がれたり、されなかったりして行く事となる。
だから、世代を追うごとに、よりたくさんの器官を持った魔人たちが生まれてくる事となり、出せる命令が多くなることで、その力、現象もより緻密な物へと変わってきている。
グリアは、アルファベットを順番に、A~Jまでの十個を並べて隣同士二つずつをつないで、下に引いてと下に行けば行くほど尻つぼみになる家系図を描いていって、最後に十個のアルファベットをすべて持った子供を描いて行く事で、パーリーにそれを説明した。
「じゃあ、雲の民っていうのは、色んなマナを作れる人たちの子供の中にそういう人がいたってグリアは考えてるの?」
「いや、こればっかりはどうした物かな」
「グリアまた隠し事しようとしてる」
睨まれてグリアは後ずさった。
「そ、そんな事は無いぞ。ただ、パーリーにはまだ早いって言うだけで、そんな事より、器の話だ。そっちの話は、パーリーがもう少し大きくなってからにしよう」
パーリーは、まだ不満そうだが、グリアが話してくれなそうだと見ると、仕方がなく頷いた。
「さっき遺伝の話をしたろう、その遺伝でもう一つマナの他に器の特性についても、両親から継ぐものなんだ」
器はこの世界に二種類存在してる。一つは、元は神族、今の魔族達が持っている物で、固くて丈夫な上、元からその容量が大きい。一方で、もう一つは人間の持つ器で、こちらは軟らかくて脆く、その容量は、マナ一つを入れるのがやっとだが、こちらには神族、魔族の物にはない特徴を持ち合わせていた。
それは使えば使うほど成長するというもので、それを発見したのは、グリアの母、ハーフエルフで、現イマリ王国の現王の元第二王妃、ノルアであった。
ネストが出来たのは、今から三千年程前、何故その事が、今まで発覚しなかったのかと言えば、それは人間がマナを集めるまたは作り出す力を待たなかったためである。さらに、魔族と人間の間に人間型の器を持つ子供が生まれて来ても、作り出すマナの量を制御できない内に、大量のマナを器に入れてしまい、吐血と共に、命を落としてしまうため、さらには、器という概念もマナもエルフたちの間で秘密とされていたために、原因不明の病と考えられていたためである。
「母さんは、エルフがこうやってマナを集める力で、自分の器を少しずつ大きくして、今までエルフが制御可能だったマナの倍の量を一度に制御できるようになった、初めてのハーフエルフだったんだ」
グリアは、デスクの上で、両手を使って、人の頭ぐらいの大きさのボールを持つようにして、『光よ集え』と唱えると、まず、グリアの両手の間が丸く光り出し、その後、デスクの上に強い光の玉が浮かび上がり、その周りは少し暗くなった。
「これがエルフの魔法のやり方で、一度に制御できるマナの種類は、せいぜい四種類ぐらい。けど器には、溜める以外に、一度使った魔法を記憶する能力があって、それを使って、母さんは、今までにない魔法を使えるようになったんだ」
エルフたちの間で受け継がれている、マナの一覧や、魔法について書き写したノートを、パラパラとめくりながら、グリアの話に耳を傾けていたパーリーは、ふと顔を上げた。
「グリアの器は魔族型?それとも人間型?」
「ああ、俺のは人間型だよ」
そのため、幼い頃のグリアは」、母親の研究室でその研究を見ながら育った。無意識にマナを作りだし、器に過剰に溜めてしまうため、エルフのマナを集める力で、過剰なマナを取り除いてやるのだ。
それでも、四歳になり、それらが制御できるようになるまでにグリアは何度も生死の境をさまよった。
「けど、そのおかげで、その頃には、俺の器は、魔族型の姉さんの器と同じぐらいの容量になったんだ」
「じゃあ、今、グリアが魔法を使えるのは、お母さんのおかげなんだね、今も研究はしているの」
それを聞いて、グリアは微笑み口を開いた。
「俺が五歳の時、実験中に爆発事故が起きて死んじゃったよ」
デスクを回り込み、項垂れる頭に手を置いた。
「もう昔の話だ。それに姉さんや父さん、それにさっきお前も離したティリャが俺にはいる」
だから、お前も。という言葉をグリアは飲み込んだ。
「そろそろ、ティリャから電話が来るだろ、俺は行ってくるよ」
「ねえグリア、最後にお願い」
グリアは、ドアに手をかけ振り返った。
「どうした」
「さっき、グリアが赤くなった理由を教えて」
ドアノブを下げ、扉を押し開ける。
「じゃあ、その答えを私が言い当てたら教えてくれる?」
「ああ、そしたら隠す意味は無いからな」
グリアの考えている様な発想をまだ十歳にも満たないパーリーがする事はないだろうとたかをくくっている。
「じゃあ、しばらく考えてるから、その間に探し物してきていいよ」
「あれ、俺がこのビルで探し物がある事って言ったか」
この後、少しこの社長室を出ると言っただけである。
「昨日の夜、グリアたちが話してるのが聞こえたから。私、昔から寝てる間も色んな音が聞こえちゃうんだよね。昔、お父さんとお母さんが取っ組み合いのけんかを、寝てる横でしてる時なんか目が覚めちゃって、お母さんと一緒にお父さんに馬乗りになったりもしたよ。そしたら二人とも直ぐにけんか止めちゃったんだけどね」
すごいでしょ。と胸をパーリーを見て、グリアはまず言い当てられる心配がなくなった事に安堵しつつ、その両親に少しだけ同情した。
下の弟がまだ一歳になる前と聞いていて、グリアと姉と同じで随分と年の離れた姉弟だと思っていたが、それも一つの要因なのではないかと密かに思った。
「ちなみにそれはどれぐらい前」
パーリーは指先を顎に当て何かを思い出そうと、天井を見上げる。
「弟が生まれる前。ええと……四年前の秋ぐらいかな」
ちなみに、今の季節は初夏、この世界で行われていた感謝祭もこの季節そして、弟の誕生日もこの季節だったという。
彼女の両親は娘に気付かれないように、気を配りながら頑張ったようだ。
今、社長室にはパーリーの他に誰もいない。ティリャからのコールに出たグリアは、現状の説明をパーリーに任せて、下の階へと降りて行ってしまった。扉は再び厳重に閉められていて、外から入るにはあの番号を打たなければならない。
「それじゃあ、どうしたら、模型を光らせられるのか教えてもらってない訳ね」
ティリャは電話の向こうで黙ってパーリーの話に耳を傾け、パーリーの説明が詰まると助け舟を出して聞いてくれて、話し終わるとすぐに、パーリーが言った事をまとめてくれた「うん」
「それで、器の事まで教えてもらったうえで、使い方を教えてくれない事には納得していて、今はグリアが何を隠しているのかが知りたいと」
「うん」
電話の向こうで、ティリャは唸っている。ティリャもパーリーの話を聞いていて、グリアと同じ結論に至り同じところで詰まっている。
二人が同じ結論に至っているのには大きな理由があり、雲の民が人間であるというのがこの世界での常識となっている事と関係がある。
このネストに存在する世界で統一されているのが、寿命というシステム。それは、今後もしこの世界から現実世界に再び人間を生み出そうとした時に忘れてはならない概念として、残されていた。
ただし、現実の世界との一つだけ大きな違いがあったのは、外の世界の住人を電子的データとしてこの施設のネットワークに組み込む際に、彼らを神として千年近い寿命を与えたことだった。
それは、この世界をより発展させるために、無知な人間を大量に生み出すよりも物知りな先導者を生み出す必要があったからで、その子孫たちである魔人にも、その特権の半分を残した。
純粋な魔人たちの寿命を五百年前後にしたのだ。そして、その血が分かれれば分かれるほど。言い換えると人間と魔人の間に子供がなされて行き、その血が薄れるほど、その寿命は、人間に与えられた七十年前後という寿命に近づいていくように設計したのだ。
雲を操るためには複数のマナがまとまって新たな意味、効果を持たなければならない。そんな物をグリアもティリャも聞いたことが無かった。つまり、かなり多くのマナを作り出す器官を持った、人間に限りなく近い寿命を持った子供が生まれる条件が、この世界のどこかに揃っていたのである。
「そりゃあ、話せないわよね」
どうやってごまかそうか。ティリャは頭を抱えもう一度深いため息をついたのだった。
「お、これなんか使えそうだな」
あらかじめ場所だけは聞きだしていた植物の種を手に入れたグリアは、壊れた乗り物の代わりを作るための材料を探していた。
風を起こすのに扇風機の羽などを使うアイデア自体は成功していた。継続的に風を起こし続けるのではなく、永続的に回転し続ける魔法を羽にかける方が、体への負担も少なかった。
問題は、板を浮かび上がらせるためのプロペラである、四か所につけたことによりバランスを調節することまた回転させるのに手間がかかったりと、分かってはいたが想像以上の欠陥品だった。
今グリアが拾ったのは四枚の木の板。全て大きさが異なるが、これまた拾ったのこぎりで切れば丁度良い大きさで揃えられそうだ。
十四階の階段の踊り場に集められたそれらの材料を見て、グリアは満足げに笑っている。
小一時間ほどの時間をかけて見て回ったフロアを改めて見渡した。
社長の話だと、このフロアは審査の最終段階に入った野菜を育てるフロアだったらしく、他の栽培用のフロアよりも事務関係、また検査に必要な実験スペースなどが占める面積が大きいフロアだ。それぞれの役職ごとにブースがガラスで仕切られている。
このフロアにまで逃げた者たちの遺体はそうしたガラスの壁のそばにまとまっていて、ガラスの壁には、背中の形をした血の跡など生々しい殺戮の後が残されていた。
そうした跡がグリアの視界を次々に通り過ぎていく。
「もう何もなさそうだな」
もう使えそうな物が残されていない事を確かめ、一つ上のフロアに戦利品を運び始める。手がふさがっていてキーを押せないので、仕方なくドアをノックすると、しばらくして、薄暗い階段ホールに白い光とそれを受けて輝く銀色の髪の少女が、開いたドアの隙間から顔をのぞかせた。
「お帰り」
扉を開いて中に入れてくれる。その視線は、グリアの持っているものに興味津々だ。
「ただいま」
両手いっぱいの荷物を何とか運び入れ、地面に投げ捨てる。残りの材料は、昨日の内にこの部屋の中で見つけていた。
「ところでパーリー。ティリャと話してたんじゃなかったのか」
荷物の山の前にしゃがみ込んで興味津々で見ていた。なんの事?一度こちらを見ていた顔はグリアにそう語っていたが、すぐに気が付き、慌てて右手を耳に当てた。
「もしもし。ごめんなさい」
もちろんティリャがそんなことで機嫌を損ねるほど器の小さな人間でないことを知っているグリアは、ほっとした表情に変わったパーリーをほほえましく思いながら、クローゼットを開けて、中から扇風機二台を引っ張り出すと、強引に引き出したせいで、別の方を向いていたパーリーが、驚いてこちらを見ている。
「ん、ええと……グリアが扇風機を出した音。他の荷物がたくさん転がってるからそれが落ちた音だと思う。え、うん。分かった」
パーリーは耳から手を離すと、目の前の惨状をどうした物かと頭を掻いてみているグリアに駆け寄った。
『どうした』パーリーに向けられたグリアの表情が語っている。
「今、電話してもいいかだって」
首肯。
「いい?みたい」
確認のためにもう一度向けられた視線にグリアがもう一度小さくうなずいて答える。
すると、グリアの目の前に着信を知らせる電話のマークが現れ、グリアは指先で触れると耳に手を当てた。
「もしもし。目の前で起きた雪崩に途方に暮れるグリアです」
普段の声より一オクターブ低い声で応えた。
「何をしたのよ」
聞こえる声はあきれている。
「なんか引っかかってたから、思いっきり引っ張ったらおまけが沢山釣れただけだよ」
「パーリー、分かったでしょ、その人そういうところがあるから、私が見ていられないうちは、貴方が気を付けて見ていてあげて」
「分かった」
自分の半分の歳の子にかわいそうなものを見る目を向けられるグリアは、ごまかすように、空いている左手で、扇風機の一つを持ってきた材料の山の横に運ぶ。
「気を付けなさいよグリア、理由はどうであれ、何か失敗したらあの男、今度はどんな要求をしてくるか分からないわよ」
ティリャはまだこの会社の社長の事をよく思っていない。
「大丈夫だって、あいつにはちゃんと誓約書作って送り付けといたから。返事ももらってある」
「ちなみにどんな事を書いたの」
ティリャはまだグリアの事を心配している。
「聞きたいか」
グリアがにやりと笑い話し終えると、聞いていたパーリーは腹を抱えて転げまわった。ティリャも電話の向こうで笑っている。
グリアが、男に約束させたのは一つだけ、簡単に言うと今回グリアがこの会社内にあるデータや種などを持ち帰る際に、必要と判断してこの会社の所有するもの全てを破壊また持ち出しても、彼はそれをとがめることが出来ないという物である。
「極端な話このビルを爆破しようが何しようが、それが必要なことであれば、奴は俺に文句を言うことが出来ないという事だ。例えば、ティリャがそうしなきゃこの世界から出さないとか言って、俺が仕方なく実行してもアイツは文句ひとつ言えないって事になるな」
「それはいいわね。そしたら私も少しは彼と話せるようになるかしら。あ、ダメね。顔を合わせるたびに思い出して笑ってしまいそう」
「え、じゃあ、本当にこのビル壊しちゃうの」
パーリーはさっきまで話していた、少しラフだけど、品のある話し方をしていたティリャが、豹変している事に怯えているパーリーは、心配そうにグリアの元に駆け寄る。
「大丈夫、さすがにそんなことはしないから。ただ、ティリャって、本当にここの社長の事が嫌いだからさ」
グリアは、触り心地の良い髪に手を置いた。
「他人事みたいに言ってるけど、はっきり言って一番の当事者はあなたなんだけど」
ティリャにしてみれば、グリアのこの態度が一番気に入らない。
「その当事者がその男と歩み寄ろうとしてるのに、それとは違う態度を見せてる時点で、もう別の問題だよ」
グリアを見上げるパーリーも同意する。
「もういいか、パーリーも元気そうだし、明日にはここを出たいから、そろそろ準備に入りたいんだけど」
「分かったわ、その代わり今晩もう一度連絡を頂戴明日のルートの確認を一緒にしたいから」
「了解。じゃ」
グリアが通話を切り、それに習ってパーリーも切った。
グリアは、手元にあったもう一台の扇風機を荷物の山に運ぶ。
「よし。それじゃあやりますか」
「おー」
元気よく拳を上げるパーリーの興味は、いつの間にか、魔法から外れていた。




