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座敷童と休学戦記  作者: 近情アオバ
第1章―始まりの出会い―
8/8

7、ブリッジブック


 大学一回生の夏に〈ブリッジブック〉に引っ越してきたおれはこのアパートで三年以上の時を過ごしている。

 初めてこのアパートの外観を見た時の印象は「懐かしい」というものだった。

 全体的に木製のアパート。築100年を超えるような歴史を感じさせる風は無く。建てられて数年の焦げ茶の木目は夏の日差しを浴びて輝いていた。

 アパートでありながらも初見巨大な一軒家と見紛うようなこの建物には空のように青々しい屋根がある。その疑似的な空に太陽光を乗せて佇む〈ブリッジブック〉の様はおれの気のいるところであった。


 周囲にブリッジブックよりも大きな建物は無く、頭一つ抜き出た様に大きなアパート。内装も木造りで落ち付いており、何より12畳と広かった。

 その分家賃も月8万円と郊外の土地とは思えぬ強気な値段だったが、おれは何かに誘われる様にしてブリッジブックへの入居を決めたのである。


 さて、おれが入居したころには既に三部屋に人が住んでおり、それが先に述べた三人である。


 おれの部屋は二階の真ん中。202号。

 そしてその右隣、外側階段上って直ぐにある201号に和田憲吾君。おれと同じ近所の国立大学に通う3回生。おれの一つ後輩にあたる。

 容姿はあまりパッとせずいつも無造作な髪と鋭い瞳。それを少しでも和らげようとしているのか、大きな黒縁眼鏡をかけている。。

 そしておれの左隣。203号室には此方も同じ大学に通う二回生の女性、島口六日(むいか)さんが住んでいる。

 島口さんも眼鏡をかけているが、印象は和田君のものとはまるで違う。彼女は顔こそ美形であると言えないかもしれないが、いつも笑顔を絶やさぬ表情からは人の良さが滲み出ている。

 廊下で会うたびに挨拶をしてくる気のいい人だ。



 そして最後の一人は―――――



「……穴熊さん、今日もいないんですか」


「そうみたいねぇ」


「でもいなくて丁度良かったじゃないですか。もし家の中に居たら、おいらたちの戦闘に巻き込まれていましたよ? ね、歩さん」


「まぁ、そうだね」


 現在おれと橋本さんそして座敷が居るのは〈ブリッジブック〉の一階・右端の部屋の前。

 木造の扉に張られたネームプレートには『穴熊』とだけ書かれている。


 少し前、扉横に付けられたインターフォンを押したところではあるが、案の定部屋の主である穴熊さんは応答しなかった。


「橋本さん……穴熊さんって、本当に住んでいるんです? おれ、一回もあったことないんですけど」


「住んでいるに決まっているじゃないの。……まぁ、家を空けることが多いし、部屋に居る時もほとんど外には出ない、極端な人だから、あんまり知らなくても無理はないけれどね」


 おれは自分の階下に住む穴熊さんには一階も遭遇したことがないのである。いや、おれだけではない。聴いたところによると和田君も穴熊さんには接触したことが無いらしく。

 島口さんに至っては


「一階って、大家さん意外に人が住んでいたですか?!」


 と鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていたのを思い出す。

 

 そんなわけで、おれも和田君も島口さんも。穴熊さんという、失礼ながら如何にも引き籠っていそうな住人のことを一度も見たことが無いわけで。

 つまるところ、容姿はもちろんその年齢・性別に関してもまったく情報が無いのである。


「穴熊さんと言う方は、どんな人なんですか?」


 正体不明・神出鬼没。さながらUMAのような存在に興味を抱いたのか、座敷が瞳を輝かせて橋本さんに詰め寄った。だが橋本さんはぶっきらぼうに


「男の子だね」


後は何も言わず。


「さぁ! いないものは仕様がない。残る二人に挨拶に行くわよ」


 階段を登り始めてしまった。到底齢52とは思えない、力強い足取りはミシミシと木造の階段の音色を奏でる。

 橋本さんの歩調に合わせてまるで木材が会話をしているかのように小気味良い音だ。


 ……そういえばおれ、引っ越しの挨拶すらしてなかったな。


 彼女の凛とした背を見送りながら、ぼんやり思う。近頃の若者の常識がどうであるのかは知らないが、少なくともおれは引っ越し挨拶をしたこともされたことも無い。


 もし引っ越し当日にでも、穴熊さんの部屋に訪問すれば、会えたのかもしれない。


「はぁ……全然教えてくれないなんて、会長さんはケチですね」


 天真爛漫な座敷は肩を落とした。


「まあでも、ほら? 橋本さんも仮にも大家だし、住民の個人情報はあんまり言っちゃいけないんだろう」


「……歩さんは穴熊さんに付いて何も知らないんですよね?」


「あぁ。話したことどころか、見たことも無いから」


「むぅ……益々気にりますね。人間でありながら姿も形もないなんて、まるで妖怪みたいですね」


「いや、別に姿形はあると思うよ。ただ、おれたちが見たことが無いだけで……」


 おれはそこまで他人の事を気にする性格でもないから分からないが、やはり正体不明の住人というのは気になって然るべきなのだろうか。


 ……いや、穴熊さんに付いて話す時和田君は左程興味もなさそうだが、島口さんは妙に楽しそうにしていた気がする。とりわけやはり女性は噂話がすきなのだろう。


 そんな下らぬ考察をしている間、UMAの正体が判然としないと分かった座敷はあからさまに落ち込んでいた。

 ―――が不意に


「まぁ、いいです」


座敷は吹っ切れた様に顔を上げた。


「おいらも歩さんのパートナーとして、このアパートに住むんですから、いずれ好機は訪れますよね」


「……え」


 そんなことを笑顔で言ってくる。

 だが、おれの表情は対照的に引きつった者になってたに違いない。


 待てちょっと待て。そういえば、話の流れとは言えおれはこの変態とパートナーになる契約を結んでしまったんだ。まだ会って数時間しかたっていな訳の分からぬ人間……いや、座敷童と、いわば婚約のようなものをしてしまったんだ。……まさかこいつが住むのっておれの部屋じゃないよな?


「な、なぁ、座敷は……何処に住むんだ?」


一抹の不安を抱えながら問うと、彼女はニッコリ笑って答えた。


「そんなの決まっているじゃないですか? 歩さんの部屋ですよ」


「駄目だ」


「えぇ!? ど、どうしてですか! 歩さんはバカですか?! いいえ、馬鹿です!」


「何勝手に断言してんだよ、馬鹿はお前だ。いや、馬鹿はお前だ」


「何サラッと二回言ってくれてんですか! おいらは馬鹿じゃありませんっ! 絶対に、おいらは歩さんの座敷に滞在します! それはもう、信楽焼の狸みたいに、微動だにしませんっ!」


「…………」


 独創的な比喩だが、どうやら座敷の意志は固いらしい。

 ふふん! と大きな双丘を強調するように胸を張り、眉根を寄せる姿は真剣そのものだ。


 何でだよ。なんでおれがこんな奴と共に住まなきゃいけないんだ。あそこはおれがおれの為に借りたおれによる部屋だ。

 何よりおれは一人の生活が好きだ、と言うより一人でいることに慣れている。だから見知らぬ他人と同居などどうしてよいのか分からない。それに、自分のプライバシーが損失されることが嫌だ。


 ……いや、本気で嫌だな。


「大丈夫ですよ歩さん。おいらはあの押し入れで大丈夫ですから」


 おれの心根を悟ってか、そんなことを言う座敷。

 しかしそれはイカン。慎重155ほどの小柄な女子を押し入れに住まわすような犯罪じみたことはしたくない。


「……いや、そこまでしなくてもいいよ。別にいいから、普通で」


仕様がないと折れたのだが、座敷は「大丈夫ですよ、気を使わないでも」と言い。


「だって、おいら結構、押入れに住む生活に憧れてたんですよ」


 ……は?


「なんじゃそりゃぁ」


「だって歩さん、押入れに住むって、まるでド○え○んみたいじゃないですか?!」


 愉悦の表情述べる妖怪座敷童。


 なんだこいつは。改めて意味が分からん。

 国民的人気キャラクターの名前を平気で口にできるその図太い根性も、意味が分からん。


「でもな……あれは仮にもロ○ットだけど、座敷は生身の人間だろう……」


 いや座敷童だったな。

 まぁこの際そこはどうでもいい。兎に角おれの部屋に住むという強硬な姿勢を崩さぬ以上、できることならば快適に過ごしてもらいたい。との思いからの発言だったが、彼女はキョトンと小首を傾げた。


「何を訳の言っているんですか歩さん。ド○え○んは座敷童の一種ですよ」


「……訳の分からんことを言っているのはお前の方だ。あんな優秀? な存在と自分を同列にくくりたがるのは分かるが、ド○え○んはロ○ットだ。座敷童じゃない」


「え? でも、の○た君の部屋のZASHKI THA WAVEの濃度は歩さんの次位に凄いんですよ? おいらが見たことがある中で二番目の濃度です。だから絶対にド○え○んもそのZASHIKI THA WAVEにつられてやってきた、座敷童です」


「……まじか。の○た君の部屋のZASHIKI THA WAVEの濃度、そんなに濃かったのか……」


 よくわからないが、やるじゃないかの○た君。ZASHIKI THA WAVEの濃度がおれの次に高いとは、将来が楽しみだ。

………………………………………………………………いやいや、何を考えてんだよおれは? 何が「将来が楽しみだな」だよ! 馬鹿じゃないか?


 そもそも相変わらずZASHIKI THA WAVEとやらが良く分からない。一瞬でも〈確かにの○た君の部屋ってZASHIKI THA WAVEが強そうだな〉とか思った自分が恥ずかしい。

 本題から大きくそれた羞恥に見舞われていると


「何やってんの? 早く来なさいっ!」


 上から鬼の声が。

 おれと座敷は弾かれたように階段を駆け上り201号・和田君の部屋へとやってきた。

 丁度橋本さんがインターフォンを押したらしく


 ――ピーンポーン――


 間の抜けた音が、閑散とした郊外の冬に良く響いた。



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