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座敷童と休学戦記  作者: 近情アオバ
第1章―始まりの出会い―
7/8

6、妖怪大戦争



 ずずぅ……。ぷはぁ……。


 ずずぅ……。……もぐもぐ。むしゃむしゃ。バリボリ。ごくん。あぁ……。


 ずずぅ……ぷはぁ……。

 

 ずずぅ……。ぷはぁ……。


 ずずぅ……。……もぐもぐ。むしゃむしゃ。バリボリ。ごくん。あぁ……。


 ずずぅ……ぷはぁ……。



 いつか、どこかで見たような光景が今おれの眼前で繰り広げられている。その頭をよぎる過去の情景との違いは、蜜柑を皮ごと飲み込む妖怪が二人になったことであろうか。


「あの、橋本さん。……そろそろ質問を続けてよろしいですか?」


「……ぅゴクっ……あぁ、そういえばそうだったわね」


 現在、所変わらずおれの部屋である。


 SDDの鬼を撃退し、新たな鬼たる橋本さんの怒りを鎮めてからおよそ二時間の時が流れている。

 現時刻は午後2時半。冬の陽は短いとはいえ、さすがに沈む様子は見せず。治った窓から差し込む日差しは部屋を柔く温める。


 ……そう、あの後窓は治った。



 『そうね。そういう理由があるのなら、私が直しちゃうわね』



 部屋の損壊の起因が鬼の暴走であることを告げると、橋本さんは実にあっさりと頷いた。

 そして彼女が「とりゃぁ!」と発声。フライパンを掲げると、部屋一面に閃光が走り瞬く間に元の綺麗な部屋に戻ってしまった。


 そのことに関してもはやツッコむような野暮なことはしない。元より孫の手で、いや〈MAGONOTE〉であのような化け物を倒せた瞬間からおかしいとは思っていたのだ。

 いや、もっといえば、あんな化け物が出てきた瞬間からおかしいとは思っていたのだ。

 …………要するに今日、座敷襖子が我が家にやってきた瞬間から、完全におかしいとは思っていたのだが、座敷襖子にしろ橋本さんにしろ、どこか、人間を超越した力を発すことができるようだ。


 特に橋本さんに至ってはやはり人間ではなかった。おれの目も強ち節穴ではないという訳だ。


「実は私が鬼でNZKの会長だっていうのは分かってもらえたわよねぇ?」


 その本物の鬼はと言えば、そんなことを述べながらずずぅと美味そうに茶を飲んだ。

 その隣では座敷がもりもりと蜜柑を平らげている。


 ……そろそろ家の蜜柑が無くなるな。


「はい、何となく分かりましたよ」



 要するに、座敷襖子は座敷童であり橋本さんは鬼だった。

 二人ともそろって日本に住む座敷童と座敷を保護する団体――日本座敷童協会、通称――NZKに所属しており、そこの会長が橋本さん。

 何故NZKに鬼である橋本さんが所属しているのかは不明だが、一先ずそのNZK、並びに座敷童が現在SDDの影響で存亡の危機に瀕している。

 そこで強力なZASHIKI THE WAVEを持つおれに助けてほしいということだった。


 一度SDDを撃退してしまった身である以上、乗りかかった船だ。

 ゆえにNZKの支援をすることにはやぶさかではないのだけれど、それではまだおれには分からないことが多すぎる。

 だからこうして、NZK会長自らおれに質疑応答の時間を与えてくれたのだ。



「で、後聞きたいことは?」


「えー、まず、さっきから気になってたんですが、おれと座敷が倒したさっきの化け物は何ですか?」


「鬼よ」


鬼は言った。


「はぁ?」


人間は首を傾げた。


「あれはおそらく、SDD組織の幹部クラスの大妖怪。牛鬼よ」


「牛鬼、ですか……」


 その妖怪には、いささか心当たりがあった。


 幼いころから無類の物語好きだったおれは、古今東西あらゆる分野の物語に触れてきた。

 ミステリーから恋愛もの。ライトノベルから文学作品まで。広く浅く物語に触れ己の活字欲求を満たしてきた。

 それはホラー小説もまた例外でなかった。


 今橋本さんが述べた〈牛鬼〉という妖怪。

 過去に本の中で読んだ記憶がある。容姿は先に見た通り首から上が牛、後は鬼という者が多いらしいが、下半身が蜘蛛になっていると言った風変わりな伝聞もある。

 また、本で読んだ限り牛鬼は、浜辺に現れる人間を喰うということだったが本物が喰うのはZASHIKI THE WAVEであるようだ。


「なんで牛鬼がSDDに居るんですか?」


 この際妖怪が実現したことは二の次だ。

 元来カメレオンの保護色にも匹敵する勢いで周囲の環境に溶け込めることが自慢のおれは、さして気にせず目の前の鬼を見た。

 しかし鬼は小首を傾げ


「そんなの知らないわよ。……まぁ鬼であるにも関わらずNZKに所属する私が居るみたいに、牛鬼にもSDDに所属する何らか理由があったんじゃないかしら?」


「……そうですか。因みに橋本さんはなんでNZKに所属しているんですか? それも会長に……」


 チラリと目を向けると、いつの間にか座敷襖子は眠っていた。

 スース―と小さな息を立て、あどけない顔を半分炬燵の中へと埋めている。


 ……息苦しくないのか?


「秘密よ」


「え……」


「だから、秘密って言ったのよ。女は一個や二個くらい隠し事が会った方が魅力的に見えるんだから、全てを知ろうとするんじゃないの」


「……はぁ?」


 橋本さんの場合は魅力的と言うより秘力的な感じがするのだが、死にたくないので黙っていた。

 

 ……よし気を取り直して質問を続けよう。


「NZKが座敷童の為の団体だって言うのは分かったんですが、SDDはどういう組織なんですか? そもそも何でSDDはNZKと敵対しているんですか?」


「…………それが、分からないのよ」


 橋本さんは眉間に皺をよせ溜息を着く。


「分からない……?」


「えぇ。SDDの発足からその活動方針・動機。果てはメンバー構成まで。……牛鬼のように一部の名だたる幹部たちのことは知っているけれど、後は全然。組織の存在意義も分からなければ、私たちと敵対している理由も分からない。もちろん彼らがどうして、ZASHIKI THA WAVEを食べて座敷を壊そうとしているのかも……」


「なるほど……」


 おれの全く知らないところで繰り広げられていた妖怪大戦争。

 どうやら味方陣営は防戦一方の戦いを強いられていて、どうにも旗色が悪いらしい。


 だから座敷も橋本さんもおれへの頼み方が「SDDを倒してくれ」ではなく「NZKに協力して」やら「助けてくれ」というものだったのか。


 理由もなく襲ってくる相手ほど怖い者は無いだろうから。

 せめてSDDの存在の所以だけでも調べてあげたいが、NZKの頂点足る橋本さんでもわからんのだ。全うな人間道を生きるおれに分かるはずもない。


「……」


 黙っていると、炬燵で眠る座敷の身体がピクッと揺れた。

 一瞬起きるかと思ったが、直ぐに寝息は規則正しいものに戻っていった。

 こちらの気も知らずに全くいい身分だとは思うが、何故か起こす気にはならなかった。


「それで他に聴きたいことは? ――――と言っても応えられた質問なんてほとんどなかったけれど」


「いえもう大丈夫です」


 具体的には全く大丈夫ではないのだけれど今日はもう疲れた。肉体的にも精神的にも訳の分からぬ疲労が蓄積されたおかげで、炬燵に居ると妙に微睡む。

 

 修繕された窓は冬の小風を室内に侵入させるようなことはない。炬燵から零れる柔く、どこか重みをもった暖かな空気が瞼の上にのしかかる。


 ……眠い。

 

 つい先ほどの緊張にとって代わるように、暗夜の礫の如き睡魔が襲い掛かって来る。

 徐々に瞼は閉じていき。まるで行燈のように不鮮明な意識の中、されど橋本さんが声を出した。


「じゃぁ、行きましょうか」


「……へ?」


 寝ぼけた返事はずいぶんと間抜けなものになってしまった。


 行くって、どこへ……? とは、ありふれた疑問だがまさにその通り。夢うつつの眼で橋本さんを覗うと、彼女は年齢を感じさせない蠱惑的な笑みを浮かべ


「うふふ……そういえばまだ言ってなかったけれど、この〈ブリッジブック〉に住む皆はNZKに所属している私たちの協力者よ。だから改めて皆に挨拶しに行くのよ」


「は? ……それはなにかの冗談ですか?」


「本気よ」


「じゃ、じゃあ、右隣の和田君も左隣の島口さんも下の階の穴熊さんも……みんな、NZKに?」


 このアパートは二階建て。大家の管理室も併せておよそ6部屋。つまり5部屋をテナントとして提供している。

 その内入居しているのは二階の三部屋と一回の一部屋。一階右奥の部屋のみ無人である。


「そうよ。……あぁ、誤解しないでもらいたいのだけれど、皆は座敷童ではなく座敷童のパートナー。つまり歩君と同じ立場の人たちよ」


「……まじですか」


 このアパートの住人はみんな揃って一体何をバカなことをやっているんだ? あの一見さかしい和田君が座敷童のパートナーだって? あの真面目で優しい島口さんがNZKの協力者だって? 

 果ては今までここに住むこと3年。一度もその存在を認識すらしたことが無い穴熊さんまで座敷童の肩を持っているとは……。

 いや、ちょっと待て。


「あの橋本さん」


「なにかしら?」


「此処のアパートの入居者は全員NZKの協力者だっていいましたよね? ―――と言うことは此処に住んでいる人達は一定以上のZASHIKI THA WAVEを帯びているって言うことですよね」


「そうだけれど……?」


 それが何か? と首をかしげる橋本さん。


 どうやらおれは座敷に騙されていたらしい。

 つい先頃、おれは座敷襖子に隣の部屋に移動するように申し立てた折『同じ間取りの同じ部屋でも、住む人間によってはZASHIKI THA WAVEは発生しない!』とかなんとか言われて説得されたのだ。


 ……くそぅ、騙された。


 その騙した当人はと言えばまるで素知らぬ顔をしてすやすや惰眠を貪っている。おれだってのんびり寝たかったのに。今や先の微睡は何処へやら。

 不意に訪れた驚愕の影響でかえってテンションは高ぶっている。


 そうして呆然と肩を落としていると「ふふふ」と橋本さんが嫋やかに笑んだ。


「その様子だとフッコちゃんに騙されたみたいね」


「えぇ、そうみたいです。……なんか隣の住人の所に行けって言ったのにZASHIKI THA WAVEがどうのとかで押し切られましたよ」


「あら…………でも、それも強ち嘘ってわけじゃないのよ」


「そうなんですか?」


 橋本さんは座敷を見た後、慈愛の満眼を此方に向ける。


「座敷童はね、強力なZASHIKI THA WAVEがある人間なら誰でもいいって言う訳じゃないのよ? それこそ人間と同じように相性もあれば好みもあるの。……ふふふ。おかしな嘘を付いてまであなたのパートナーになるなんて、よっぽど気に入られたみたいね」


「……そうなんですか」


 母親のように見つめてくる橋本さんの視線がどうもむずがゆい。


 自分の家なのに居心地が悪いな……。


 おれのZASHIKI THA WAVEが如何なるものなのかは判然としないがどうやら座敷襖子には気のいるところにあるらしい。

 一見、可愛らしい女子の好意に嬉しくないわけはない。だが手放しで喜ぶこともできず。

 どうしてよいのか分からない。そもそも唐突にパートナーになると言われたところでイマイチピンと来なければ釈然ともしない。


 座敷とはまだ遭って数時間。

 友人からは「少し老成している」と言われたことのあるおれは、見た目だけで惚れた晴れたと騒ぐことができるほど青春を生きていないのだ。


「……んぅ……? ん、……」


 しばし訥々と考えていると当の座敷が目を覚ました。

 もっさりと炬燵の中より起き上がり、まだ夢と現実の狭間に入る様な目を瞬かせ……。やがて目が合うと微笑んだ。


「おはようございます、歩さん」


「おはよう……」


 現在時刻は午後3時である。

 芸能界さながらの挨拶を提供してしまったがもはやどうでもいい。

 おれはニヨニヨ見つめてくる鬼の視線から避けるように俯いた。

 されど、鬼畜生はそれを許さず、


「―――兎に角、歩君はもっと自分のZASHIKI THA WAVEに自信を持っていいと思うわよ」


「なんですか、自分のZASHIKI THA WAVEに自信を持つって……」


 改めて訳が分からん。


「ふふふ。……もし仮に、歩君とフッコちゃんが契約していなかったら私が歩君のパートナーになりたかったくらいだもの……」


「なっ! 何を言っているんですか会長さんっ!」


 おれ以上に驚いて、おれより早く物申したのは座敷だった。寝起きとは思えぬ速さと形相を携え、ひっし! と此方に縋り寄る。


「お、おいらが眠っている間に何があったかは知りませんが、そんなのダメです! 歩さんはもうおいらと契約を結んだんですから……例え会長でもダメですっ!」


「いやそこじゃない。今は契約云々じゃなくて……橋本さん、結婚しているじゃないですか?」


 何だよこの鬼は……。とんでもなくエキセントリックな冗談を言いやがる。

 臆しながらも睨み据えると、鬼は己の左手薬指に光るリングを見つめて微笑み


「あらあら。でもね、歩君は知らないかもしれないけれど、鬼の世界では一夫多妻も一妻多夫も認められているのよ? だから何一つ問題はないわ」


「そんなバカな……。いや、例え問題にはならなかったとし―――」

「問題大ありですよ! 鬼さん達と違って、座敷童は一夫一妻です! 一妻一夫です! だから歩さんと会長さんが契約するなんて認められません認めません。えぇ認めませんとも!」


 座敷の方は本気になっておれの腕にしがみついて来るが、橋本さんはどうやら違う。

 「くつくつ」と心底愉快そうに笑うその姿はこの状況を楽しんでいるようである。


 ……中学生かよこの人は。面倒なことはしないでほしいな。


「そんなことより、座敷も起きたから挨拶に行かなくていいんですか?」


 呆れながら問うと


「お、そうだったね。じゃぁ付いてきてね」


 橋本さんは修繕された玄関口の方へと向かった。



 おれは子供のように唇を尖らせ拗ねる座敷を引き連れて鬼の背中を追うことにした。




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