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座敷童と休学戦記  作者: 近情アオバ
第1章―始まりの出会い―
6/8

5、去った鬼より来る鬼


 動き出した鬼は、およそ巨体からは想像できない速さで滑る様にスッと目の前に。

 そのまま凶器を振り下ろす。


「―――――っ!」


 間一髪のところで横にとび、また耳に響く破壊音。


 まずいまずいよこれっ! 絶対に後で橋本さんに怒られるよ! 


 鬼の棍棒が突き刺さった地面はぽかりと穴が開き、下階の部屋が垣間見える。

 幸いにも、住人は出かけている様だ。


「なんで避けるんですか歩さん! 怖がらないで戦えば、歩さんなら余裕のはずですっ!」


「無理言うな! だってお前、耳元でぶわんって風がなったよ! あっけなくアパートが壊されたよ!」


「大丈夫です、おいらを信じてください!」


「……」


 今日何度目になるか分からない会話のキャッチボールを繰り広げるが、相変わらず座敷童の暴投がひどい。

 ――が、もはやそれさえ全力で捕球せねばならぬ状況になっている。


「……分かった、まったく意味が分からないけど、分かった」


 こうなれば、いっそ自棄だ。元より今日、座敷童が我が家に湧き出た瞬間から、自暴自棄になりかけていたのだ。今更何を言うか。

 

 一思いに〈MAGONOTE〉を握りしめ、再び棍棒を構える鬼を見据えた。すると、此方の戦闘意欲は察してか、鬼が再び駆けてくる――同時に棍棒を振り下ろす。


 ……避けない。受ける。いや……受けきるっ!


 己に迫る破壊活動をあけっぴろげの目に宿しながら、おれは〈MAGONOTE〉を翳した。

 そして受ける。


 ―――ずんっ!――― 


 重い衝撃が腕から全身へ駆け巡るが、耐えられないということはない。


 ……まじか。まじなのか。


 想像以上の〈MAGONOTE〉の力に気分が高揚し、そのまま〈MAGONOTE〉に乗る棍棒を押しのけた。

 鬼の身体がぐらりと揺らめき、大きな隙ができたその一瞬。

 おれはあらん限りの力を込めて、鬼の横っ腹に〈MAGONOTE〉を叩き込む。

 そしてそのゴルフ―ボールのような球体の先が、確かな感触を掴んだその瞬間……


 ぬしゃっ! 


 蜜柑がつぶれるような音を立て、目の前の鬼が爆ぜた。


 …………実に呆気なく。


 まるで体内に仕込まれた爆弾が起動したかのように、鬼の身体が砕け散った。



 細かくなったその肉は、果肉のように部屋の彼方此方に四散する。雨のように降り注ぐ血は、部屋全体を赤く染める。


「…………」


 ……なんだよ、これ。


 ついさっきまで蜜柑の香りが漂っていた室内は、いつの間にか、鬼の死体が織りなす血生臭い匂いで満たされている。


 ……なんだよ、これ。


 呆然と手元に目をやれば、汚れ一つ、傷1つない〈MAGONOTE〉がある。心なしか、手に収まる感触が戦闘前よりも馴染んでいる気がする。


「さっすが歩さん! おいらのパートナーです!」


 座敷襖子が飛び込んできた。

 おれはそれを受け止めきれず、仰向けに倒れる。だがそんなことはお構いなしに、倒れてなおしがみついて来る座敷童。

 主張の激しい胸が、むにゅりむにゅりとおれの腕の中でせめぎ合っているが、相変わらず、そんなことはどうでもいい。


「……なんだよ、此れ」


 思わず呟いてしまったが、この空間に居る自分以外の唯一の存在は


「ものすっごい〈MAGONOTE〉捌きでしたよ! 歩さんっ!」


 いささか盲目的に此方を見てくるだけで、答えてくれない。


 というか〈MAGONOTE〉捌きってなんだよ。

 もはやツッコムことも面倒くさくなったのでしないけれど、よもや孫の手が武器になる日が来ようとは思わなかった。……いや〈MAGONOTE〉か。


 そんなことよりも、重要なのは現状である。


「ちょっと、ごめん」


 おれは未だ上に乗り「ふがふが」と快楽的に鼻息荒い座敷をわきによける。


「えぇ~! もっとパートナーとしての活動を育みましょうよぉお~。ぶーぶー!」


「…………此れはまずいな」


 喧しい非難の声を完全に無視して部屋を見渡せば、やはり先頃と違わず四散した鬼の血肉。その下には、蜜柑の果肉やらが蔓延っているのは明白である。


 部屋の窓は完璧に割れており、玄関扉がベランダにある。

 風通しの良くなった部屋にはびゅうびゅうと、大晦日(おおつごもり)の寒風が吹き抜ける。

 部屋に充満したその風たちは、畳中央にぽかりと空いた二箇所の穴より、下の階へと消えていく。


「いや、本格的にどうしよう」


 もはや先頃倒した鬼のことなどどうでもいい。肝心なのはこれから訪れる鬼のこと。

 〈去った鬼より、(きた)る鬼〉とは、今おれが適当に作った諺の一つである。


「大丈夫ですよ。ちゃんと説明して謝れば、きっと橋本さんも許してくれます」


「安易な楽観視は止めた方がいい。……それに、ちゃんと説明するって座敷。これ、おれにはちゃんと説明できる自信がない」


「じゃぁ、おいらが説明しますよ。おいらは座敷童で、NZKの者ですって」


「止めておこう。おれが橋本さんだったら、孫の手かフライパンあたりでぶん殴るよそれ」


「そうですか? うーん、いい提案だと思ったんですけどねぇ」


「…………」


 座敷童の冗談はさておき、今回に至っては本格的にまずい。


 橋本さんに現状を見られてアパート退去だけで済むはずもない。

 修繕費を払うのは当然だろう。だが、生憎おれには持ち合わせがない。いや「いざという時の為に」と、父母・祖父母がいくばくかお金を残してくれてはいるが、それをここでは使いたくない。


 ……使いたくなかったのだが―――。


「使うしかないよなぁ……」


 さすがにこの惨劇を前に「なんですか、おれは知りませんよ」では話が通らないだろう。


 況してや、おれもこの事件に関わっているのだ。いくら巻き込まれた形と言えど、そ知らぬふりは心苦しい。

 そもそも知らぬふりを決め込もうものなら、きっと今度は、おれの血肉がこの12畳を満たすに違いない。

 

 うんうんと、ひとしきり唸っている時。

 ふと、何一つ予告もなく、前兆も気配もなく、先ほどとは比べ物にならないような、嫌な予感が背筋を駆けた。


「…………!!」


 言いようのない寒気。

 冬の風に当てられたものではなく、もっと体の内側からくるような、気配。確かに感じたその気配の波は、玄関口に佇んでいた。


「ちょっと歩君……これは、どういうこと、かしらねぇ」


 相変わらず、逆光が眩しい。

 玄関口に髪の長い女性が佇んでいるのが分かるが、その顔・表情までは判然としない。


 だが、分かる。


 分かりたくなかったが、そこに佇むシルエット。腰元まで届きそうな長髪と右手に握られた、おそらく、ダイヤモンドコーティングが成されたフライパンの陰を目にすれば、自ずと答えは出てくるというものだ。


「は……と、さん」


 喉が恐怖に縮みあがり、こひゅっとわずかな風しか通さない。だがそれを全ての合図にしたかのように玄関口の陰はこちらによって来た。

 一歩一歩、じらす様に緩やかに、去れども確実に。


 迫りくるその人物の隙間――壊れた玄関口より覗える冬の空は、雲一つない快晴。そこに一本の飛行機雲が線を引き、さながら空を切り裂いているよう。

 我が物顔でのさばる太陽はとても暖かく輝いていた。


 そして、遂に二匹目の鬼が姿を現す。


「歩君、歯を食いしばって、全身に力を入れなさい。でなければあなたは、この醜く汚れた部屋の、新たなオブジェになるわよ」


 やはり其処に居たのは、この界隈で鬼の名をほしいままにしている完全無欠の大妖怪・橋本鬼巫女(きみこ)、その人だった。


 52歳でありながら、30代半ばに見える色白の肌。随所に皺こそ見られるものの、それでもやはり若い。

 美人ともとれる顔。大和撫子を思わせる、凛とした迫力のある容姿をしている。


 今、エプロンを身に着けた大和撫子は長い黒髪を冬風になびかせ、細く切れ長の瞳をさらにいっそう細めている。口元はわずかにつりあがり、一見しての笑顔。そう、笑顔。



 笑っている。



 その事実が、何にも増して怖かった。


「……す、すい、ま、せん……殺さ、ない、で……くだ…さい」


 先ほどの何千倍の恐怖と寒気。

 もはや死を覚悟した心臓はさざめくことなく、凍ったように活動を停止させているではないか。


「大丈夫よぉ、歩君、殺しはしないからぁ」


 恐怖心を呷る、鈴を転がしたような声音。

 張りつけた笑顔を携えたまま、此方に歩み寄ってきた橋本さんは両手で掴んだ光り輝くフライパンを、一思いに振り上げ、


「ただ、歩君には、この部屋のオブジェになってもらうだけだからぁあ!」


「…………」


 もはや、死を受け入れるより外に、選択肢はなかった。

 

 ……あぁ、結局おれもこの部屋を織りなすアートの一つになるのか。


 全てを諦め、もはや先行して、物言わぬ屍のように絶望的郷愁に浸っていると、不意に


「……あれ?」


 と、この場、この空気にそぐわない素っ頓狂な声が響いた。

 束の間この空間の時間が止まり、おれは壊れたロボットのように後ろを向く。するとそこでは、やはりこの場にそぐわぬ呑気な表情をした座敷襖子が、小首を傾げていたのである。


 座敷童は言った。


「―――会長さん? こんなところで、何をやっているんですか?」


「……え?」


 彼女の口から発せられた言葉群に唖然とし、再度自分の中で反芻する。


 ……か、会長さんだと? 


 ぐりんと音が鳴る様な凄まじい勢いで顔を前に向きなおす。其処にはついさっきの不気味な笑みとは違い、拍子抜けした顔をする鬼が居た。


 鬼は言った。


「あら? もしかして、フッコちゃん? …………あぁ、なるほどそういうことだったのねぇ」


 老婆のように尾を引く声を出した橋本さん。督促が言ったというように何度も頷き。

 振り上げていたフライパンを下ろし、ニッコリ笑い。


「歩君、フッコちゃんのパートナーになってくれたのね? 私達NZKに、協力してくれるのね」


「…………はい」


 何が何だかわからなかったが、燦然と輝く笑顔を前に、ただ、この笑顔を絶やしてはいけないと、無駄に働いた正義感のままに頷いた。

 すると、橋本さんは一層笑みを濃くし。あろうことか、実に流麗な所作で頭を下げた。


「――――では改めてお礼を申し上げます。私、日本座敷童協会・会長、橋本鬼巫女。草原歩君、こたびのSDD妖怪討伐、並びに私たちの仲間である、座敷襖子ちゃんを助けてくれて、ありがとう」


「…………」


 可及的に進む物事を前に、おれはただ、呆然とすることしかできなかった。




 玄関口より降り注ぐ、冬の陽射しを浴びたフライパンが、まるでダイヤモンドのように輝いていた。




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