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座敷童と休学戦記  作者: 近情アオバ
第1章―始まりの出会い―
2/8

1、座敷童とは……。


 ずずぅ……。ぷはぁ……。


 ずずぅ……。……もぐもぐ。むしゃむしゃ。バリボリ。ごくん。あぁ……。


 ずずぅ……ぷはぁ……。



「……」



 今、おれの目の前では、炬燵に入った座敷童を名乗る女子が粗茶を呑み、蜜柑を貪り、人間の冬を満喫しているところだ。

 途中で聴こえたバリボリという音がいささか気になったが、もはやツッコムべきところはそこではない。


「なぁ……」


声をかけてみると


「はい!」


座敷襖子は即座に顔を上げる。

何が嬉しいのか、ニコニコと純真無垢な子供のような笑顔をしていやがる。


「いやさ、お前が座敷童って言うことは何となく認めようとは思うんだけどさ――」


「おぉ! それはありがたいです! ……いやぁ~、おいらもかれこれ座敷童業界に長くいますが、これほど物分かりが言い方は初めてです! さっすがは草原歩さん! NZKに目を付けられているだけのことはありますっ!」


「ちょっと待て、おれはNZKに目を付けられているのか? やばいじゃないか! ……いや、そうじゃなくてそもそもNZKってなんだよ座敷童ってなんだよ」


「まぁまぁ、落ち着てください」


 動揺するおれを気にもせず、座敷襖子は湯呑に口を点け、ずずぅ……と一口。

 その後「ふはぁ」と愉悦の表情を浮かべながら、暖かそうな息を吐き、


「さぁ、歩さん。聴きたいことはたくさんありましょう。ですから、一つ一つおいらに聴いてください。分かる範囲で答えますので」


「は……?」


「いや、ですから、歩さんはおいらの存在にまだ疑念を抱いているんですよね?」


「それは、まぁ……」


 疑念どころか、はっきり言って存在すら疑わしい。

 目の前の少女において、今おれが出している最も健全で常識的な見解は〈頭のおかしな女〉だ。いや、この際、彼女が座敷童であるにしろ、無いにしろ、頭のねじが外れていることに間違いない。


 ………………蜜柑を皮ごと飲み込む奴なんて、絶対にノーマルではない。


「でしたら、おいらにジャンジャン聴いてください! 歩さんの質問なら、ほとんどなんでも答えますよ」


「……何でお前は蜜柑を皮ごと食べるんだよ」


「それは剥くのが面倒くさいからで――――って、最初に聴くべきがそこですか!? 何考えてんですか歩さん! 現状が分かっていますか? おいら座敷童ですよ? 21歳ですよ? それなりにいい年しているのに、こんな格好して座敷童を名乗っているんですよ! まずはそこを聴いてください!」


「お、おう……」


己が変人であることに自覚はあるのか。……いや、変人って言ったけど、そもそもこいつは人なのか? 座敷童なのか? まぁ、何らかの生き物で、21歳ではあるらしい。

 ……いや、違う。根本的な問題は座敷童と言う存在に関してだ。


「……じゃあ、聴くけどさ……座敷童ってなんだ?」


 聴くと、へたを取った蜜柑を皮ごと飲み込んだ座敷襖子は、ニコリとはにかむ。

 見ているだけで、何故かおれの喉が詰まる様な感覚に陥る。


「座敷童はですね、座敷の平和を守る者です」


「ごめん、意味が分からん。上級者向けの説明じゃなくて、初心者にも分かるように頼む」


 ……というか、座敷童の素人も玄人もあんのか分からないけど。

 とはいえ、一先ずおれの願いは届いたようで。座敷襖子は両手に持っていた蜜柑を炬燵の上に置くと「こほん」と一つ咳払いをし、


「……そうですねぇ。うーんと、座敷童が何だと言われても、応えることが難しいので、一先ず座敷童の現状に関してお話してもいいですか?」


「うんもうなんでもいいよ」


「それでは――――実はですね、ただ今座敷童業界が未曽有の危機に陥っており増して―――」


 座敷童業界。

 その様な空前絶後のボキャブラリーが耳慣れてしまってきているあたり、おれはもうダメかもわからんね。……そんなことより、今重要なのはこの変人の情報だ。おれは妙に真剣な顔で語る座敷襖子の会話に意識を向ける。


「―――和室や日本家屋が減少してきたことによる座敷の衰退。座敷に住まう者、並びに座敷童自体の高齢化。ダニ・シロアリによる劣化した座敷の増加……etc。様々理由はありますが、今、おいらたち座敷童には、座敷童生が始まって以来の変化が起っております」


「……お、おう」


 一先ず思うところは、座敷童の高齢化という単語に関して。

 座敷童。仮にも童子をうたって置きながら、年も取れば社会も高齢化してしまうらしい。


「そんな中でも、先だって一番の問題がおいら達、座敷童のパートナーになり得る才を持つ人間が減小してしまっていることにあります。―――そもそもおいら達座敷童はその名の通り、座敷に住んでいる身分でありまして。要するに、おいらたちの生活は人間の家屋が会って初めて成り立つものなんですよ」


「まぁ、そうだろうな…………そうなのかな」


「そうなんです! ―――それでですね、おいらたち座敷童も座敷がある家の全てに住まうことができる訳ではなくて、一定の座敷波動〈ZASHIKI THE WAVE〉を上回った座敷にしか住むことができないんです」


「…………」


 こいつ、さっきからなんでも横文字にすればスタイリッシュに決まると思っているのかもしれないが、あまりにひどい。

 そもそもおれが聴いているのは、座敷童に関してだ。


 何だよ、『一定の座敷波動〈ZASHIKI THE WAVEを上回った座敷〉って……。


意味が分からない単語を調べていたらその解釈の中にも自分の見慣れない単語を見つけた、あの時の気分だ。

 ……が、此処で一々こいつの話に水を差しては、間違いなく話が進まない。物語の本筋を見失ってしまうと、ただでさえ人生の路頭に迷っているおれはきっとその辺の側溝に落ちてしまうに違いない。


「……続けてくれ」


言うと、座敷襖子はニコリとはにかみ、また蜜柑を丸呑みした。


「……っゴクぅ! ……ふぅ~。―――さて、ただでさえ、座敷が減っている現代日本。とりわけ、おいらたちが住める〈ZASHIKI THE WAVE〉を持つ家はほぼなくなって来ています。中でも座敷童をパートナーに置くことができる人間、つまり、強力な〈ZASHIKI THE WAVE〉を持つ家に住む人間は、全人口の一パーセントに満たないと言っても過言ではありません! そこで、座敷童をパートナーにできる草原歩さん、おいら達に協力してほしいのです!」


 力が入って来ているのか、座敷襖子は机の上の蜜柑をぎゅっと握る。


 ……握り続ける。


「きょ、協力って、何をすればいいんだ?」


 このままでは蜜柑が破裂してしまうと、慌てて問うた。

 今や、いつの間に、おれの家が強力な〈ZASHIKI THE WAVE〉帯びていたのか、そんなことはどうでもいい。その影響で、こんな訳の分からぬ座敷童たちをパートナーにできる能力を備えてしまったとか、そんなことも二の次だ。

 さしあたって、あの蜜柑につぶられては困る。座敷どころか、我が家の危機だ。


だが、数秒後。



―――ぬしゃっ!―――



 今迄の人生で聴いたことの無い音を立てて蜜柑がつぶれた。


 朱色の果汁が周囲に飛び散り。小汚くなった果肉が部屋の彼方此方にしがみつく。その果肉は、等しく、おれにも、座敷童にも飛び散った。


 とりわけ座敷襖子に飛んだ朱色の欠片は、うすら白い彼女の肌にぺちゃりと張り付くと、するすると谷間の中へ消えんとしている。そんな煽情的な光景ではあるが、生憎おれはわずかに朴念仁気質。

 そもそも、こんな唐突に現れた訳の分からぬ女に欲情するほど、おれの人生は悲しくない。


 ともあれ、見事に蜜柑まみれになったおれの部屋だが、そんなことは歯牙にもかけた様子も見せず、座敷童は微笑んだ。



「草原歩さんには、おいらのパートナーになって、一緒に座敷と座敷童の平和を守ってほしいのです!」



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