特別編~Hollow Night~
先程の黒いドレスの女性は物陰に隠れて男達をやり過ごすと、女性は大きくため息をついて、床に座り込んだ。
「全く、どうして俺がこんな目に…。祐斗の出資者という人には恨みしか感じないぞ…。この姿でどうやって対象の人物を探せっていうんだよ。」
そう、黒いドレスの女性。その正体は将吾だあった。祐斗が持ってきた薬瓶。その中身は性別を一時的に変える薬であり、その薬を飲んだ将吾は女性になっていたのだ。一度はレクエム村で留守番をしようと思ったが、意を決してドレスに着替えて舞踏会に来ていたのだ。まさか男性に囲まれる事になるなんて思いもよらず、女難ではなく男難に苦しめられていた。
「啓太達もいたし、このまま啓太達とも合流せずに独自で動くしかないか…。」
「どうしたの?」
急に声を掛けられた。将吾は声のする方へと顔を向けると、そこには知っている顔があった。
「み、宮子?」
「あら?どこかでお会いしましたか?こんな綺麗な女性なんて、一度お会いしたら忘れられないと思うんだけど。」
そこにいたのは、将吾達が元いた世界、ガイアと呼ばれる世界で御門大学で一度模擬戦闘で戦った宮子の姿がそこにはあった。
「あ、えっと…、宮子さんって有名ですから!」
「あ、やっぱり有名になっちゃってるんだ。出来れば"あんな事"で有名にはなりたくなかったんだけどね。じゃあ私の事知ってるんだね。」
"あんな事"その言葉に引っ掛かりを感じたが、今は女になっているこの身体、どう言っても弁解が出来ない状況だからこそ、将吾は口を合わせておくしかないと思い、その事には触れずにいた。それに以前の宮子とは雰囲気が違っていた。ガイアにいた頃の宮子は人当たりこそ良かったが、こんなにも垢抜けた性格ではなかった。もっとお淑やかで成績優秀でスポーツの方もそこそこ出来たが、それでも一歩後ろにいる様な性格だったはず。アースに来て、彼女に何があったのだろうかと疑問に思ったが、その疑問も今触れてしまうと素性がバレてしまう。それだけは回避しないとこの状況をどう説明していいのか分からない為、今は初対面の人物を演じる事に徹しようと思った。
「あなた、名前は?」
「わ、私は…。(名前どうしよ!将吾なんて言ったらバレちゃうし、ここは偽名を…。)」
将吾は女性の名前を急いで考えた。その時、以前読んだ本に登場する女性の名前が頭の中に沸き上がり、その名前を使う事にした。
「私は、アイラと言います。」
「私は宮子。って私の事は知ってるんだよね?」
将吾はコクンと頷く。宮子は、少し照れながら「なら話は早いよね。」と言いながら、将吾の手を取り、会場から出ると、階段を上っていく。
「あの、どこへ連れて行くんですか?」
「それは決まってるでしょ?アレをする為にお客さん達が集まっているのよ。急に一人欠員が出て、どうしようって困ってたんだけど、あなたがいてくれて助かったわ。私の事を知っているって事は、そういった事にも抵抗がないって事だし、私も安心して出られるわ。」
「え?どういう事ですか?」
将吾は少し怖くなりながら宮子に手を引かれて階段を上っていく。最上階まで階段を上り、一番奥の部屋へと進んで行く。この舞踏会、表立ってはただのパーティであったが、裏で違う集まりがあり、そちらに向かっているんだなとは、少しずつ理解していた。
もしかすると、こっちの会場の方に調査対象の人物が来ているのではないかと、将吾は考え、今は宮子の言いなりになって、先へ進むしかないと思い、流れに任せるかの様に奥の部屋へと入っていく。
最上階の奥の部屋。入ってみると、そこでは予想もしなかった光景が目の前に広がっていた。
中央部には策が設けられており、まさに金網デスマッチの様な、檻の中のプロレスのリング場といった場所で好戦的な男達が戦っていた。そしてそのリングを取り囲むかの様に露出度が高い服装をした女性達が檻に入って、試合を観戦していた。そして隣では、一人の男性が、女性を抱きかかえて、まさにお楽しみの状態であった。
「あの、これってまさか…。」
「え?普通でしょ?この試合で勝ち進んで来た人に、私達が奉仕するって内容なんだけど、え?わからなかった?」
将吾は信じられなかった。
この状況よりも何より、あの真面目な宮子が如何わしい事に、何の抵抗もなくそれがあたかも普通であるかの様に話してくる事。それが一番驚いてしまったのだ。
そして、観客席側のVIP席の様な所に、今回の調査対象になっている人物が座っていた。
「あいつは使えそうか?」
「中々の手練ですが、彼はこの武道会の景品目当ての外道です。カイ様のお目に叶う人材とは思えません。」
「少し試してみるか。」
カイと呼ばれた青年は、VIP席から舞台に飛び込み、勝ち進んで来た男の前に立ちはだかる。
「何だ?兄ちゃん、表彰式の人か?そんなんは良いから、さっさとミヤコちゃんとヤらせてくれよ!俺はそれが楽しみでここまで勝ち進んで来たんだからな!」
「俺はお前の趣味にどうこう言うつもりはない。お前が本当に強いのかを見てみたいんだ。俺に一撃でも与えられたら、俺の権限で景品の女性全員を好きにしていい。しかし本気でかかって来ないと、死ぬ事になるぞ。」
「おい、兄ちゃんが何者か知らないが、ミヤコちゃん以外も好きにして良いんだな?」
カイは無防備な態勢で、男の攻撃を誘う。男は、カイのその態度に腹を立て、突進を仕掛けてきた。男の巨漢な身体付きでカイに追突すると一溜りもない。しかし、カイは避ける動きを一切せずにただその場に立っているだけだった。しかし、男がカイにぶつかる瞬間-----。
「…紫電。」
一瞬の出来事だった。誰も今何が起こったのか認識できず、カイは何も変化はなくその場に立っているが、男の方は一瞬で黒焦げになり、その場に倒れていた。辺りが騒めいている中、将吾だけは何が起こったのか何とか認識できていた。
男がカイに突進をする瞬間、カイの身体から放たれた電気が男を一瞬に丸焦げの炭へと変えた。将吾は恐怖で足が震えていた。この場にいてはいけないと、将吾は本能的に感じているが、身体が思う様に動かない。そして、隣にいる宮子は恐怖こそしていたが、カイの強さに心惹かれていた。
「あの人、カイって言ってたよね。凄く強い。」
「え…、たしかそう言ってたと思うけど。ここにいたら危険だと思うから離れましょ。」
「でもこの試合の優勝景品が私だから、私はカイ様に奉仕しないと。」
宮子は、カイの元へ向かいカイの前に跪いた。カイは視線だけ宮子に向け、その場を移動する事なくジッと見ていた。
「消えろ。我はお前なんぞに興味はない。消えなければこいつと同じ様になるだけだぞ。」
カイはそう言うと、元いたVIP席に戻った。作業員が男だった炭を片付け、辺りはカイの強さに沈黙を解く事が出来ずにいた。
将吾は、先程の出来事で今回の任務は遂行できたものだと判断し、すぐさまこの場を去ろうと策を考える。しかし、この沈黙の中、一人だけ動くのはさすがに怪しまれる。どうしたもんかと思考を回転させ術を考える。すると、カイは隣の男に何かを告げると、一人席を外し、どこかへ行ってしまった。
今がチャンスだと思い、将吾は足音をさせず、気配をできる限り遮断してこの場を去った。
「まさかあんなのがいるなんて…。それに俺達以外にもやっぱりアースに来てる人もいたのも確認できた。啓太や祐斗達にすぐにでも報告…、ってこの姿じゃ…。」
将吾は自分の姿を確認して、大きくため息をつく。今は薬のせいで女性の身体になっている状態。さすがにこの姿で啓太達に合流するのは避けたいと思い、単独で行動していたのに、これでは水の泡になってしまう。ここは一旦この場を離れて、レクエム村の拠点に戻ってから報告するしかないなと思い、急いでレクエム村に戻ろうと、馬車の手配に向かおうとしていた。
「あら?アイラさん、どこに行こうというの?」
「み、宮子…。」
振り向くと、そこには宮子がいた。どうやらあの場に自分がいない事に気が付き、追い掛けてきたみたいだ。
「アイラさん、あなた、私の事を知っていましたよね?でも、あなたの知っている私は今の私ではないみたいね。」
「そうね、以前のあなたはもっと大人しかったし、それでも自分の芯は持っていた本当の意味では強い人間だったはず。それが今は自分の身体を安売りする娼婦になってるなんて、信じられなかったわ。」
「どうやらあなたは以前の私、ガイアにいた時の私の事を知っているみたいね。どこで私の事を知ったの?誰から私の事を聞いたの?私の他にガイアから来た人がいるのよね?誰?誰がいるの?」
「(誰からも何も、俺は元から宮子の事知ってるんだけどなぁ。)…将吾という男から聞いたの。あなたも知ってるんじゃなくて?」
「将吾…、あっ、あの将吾がこのアースに来ているというの?」
「そう、そして将吾の友達もいて六人で行動しているみたいよ。そのガイアから来た仲間を捜しているって言っていたけど、その仲間が宮子さん、あなたみたいだけど、話を聞いていた宮子さんとはかなり違うみたいだけど。」
「将吾…、懐かしい名前よね。彼とは一度ガイアで戦って、情けを掛けられた。何か恩返しがしたいって思ってたけど、大学長のお父さんが以前から計画していた異世界転移に巻き込まれて、この世界で人生やり直そうとしたけど、来た途端に男たちに嬲り回されて、私は自分の知っている世界が、とても小さい事を知ったの。もし将吾に会えるなら、彼にも世界が広い事を教えてあげたいの。」
「まぁたしかに世界は広い。でも、将吾は変わってしまった宮子さんを見ても悲しむだけだと思うの。今いる組織からきっぱりと縁を切って、私と…、将吾達と行動を共にする事はできないの?」
「それはできないわ。…だって私、ここでの暮らしに幸せを感じてしまってるもの。サンクチュアリ帝国も私を必要としてくれるし、ここで私が男たちを悦ばせる事によって、戦士達の士気は上がり、イコルマ法国やアルカディア共和国、ティーダイース公国を侵略して、一つの国を作り上げる事ができるの。だから私はここで私のできる事をするの。」
宮子は、背中に携えていた巨大な鍵状の剣を取り出し、刃を将吾に向ける。将吾は右手に力を溜め、長剣を出現させる。二人の間に沈黙が流れ、一枚の木の葉が宙を舞う。その木の葉が地面に落ちた瞬間、沈黙は破られ、両者は一気に距離を詰め、刃をぶつけ合う。
宮子の持っている鍵状の剣、切断力こそ低く見受けられるが、歯の部分だけ鋭利になっており、触れるモノを問答無用で切り裂くかの様に将吾の身体を狙う。それに距離を開けると先端から銃弾が発射され、将吾は自分の戦える近距離での戦闘を強いられていた。
今まで戦ってきた敵や、物語等で見た武器には、その様な物は見た事がなく、将吾はどう戦えば良いのかわからなかった。”目には目を歯に歯を”という言葉もあるので、ここは同じ鍵状の剣を出現させて戦う事も考えたが、将吾の武器の出現方法は、召喚というより錬成に近いものがあり、武器の構造が分からなければ、手元に呼び出す事は不可能であった。
出来れば宮子を傷付けず、無力化できないかを考えていたが、それには自分の身体が自分の考えと動きに耐えられない。どうあっても不利な状況であった。
「開錠せよ!その心、その魂、彼の者の心の奥に秘められた真実を開け!」
宮子は、呪文を詠唱して、将吾の胸に鍵の剣を突き立てる。ダメージこそなかったが、胸の奥から何かが飛び出す様な感覚に陥り、自分の理性が薄れていき、本能のみがむき出しになる様な衝動に駆られ、意識が遠退いていった。
「宮子…、何を…。」
「戦っていて思ったんだけど、あなた、そのまま帰すとサンクチュアリ帝国に対して不利になる様な気がするの。だからここであなたがどこの何者なのかを洗いざらい吐いてもらって、後は男達の所で働いてもらうわね。大丈夫、もう少ししたら理性はなくなるから、後は本能のまま、快楽のまま生きる獣になるから安心してね。」
宮子の笑みを浮かべる姿が微かに視界に入り、意識がそこで途絶えてしまった。
将吾の瞳から光が無くなり、剣を手から離して地面に落とす。宮子は将吾の意識がなくなった事を確認すると、将吾に質問を始めた。
「それで、あなたは何者なの?アルカディア共和国の人間?それともイコルマ法国?まさかティーダイース公国ではないわよね?」
「……。」
「何か言ったらどうなの?」
宮子が将吾の顔を覗き込もうと近付くと、将吾は急に右手から鑿を出現させ、宮子の左肩を掻き切った。一瞬の出来事だったので、宮子も対応できずに傷口を抑えて出血を抑えようとする。
「え?どうして?理性は殺したはずなのに…。」
「……。」
将吾が宮子にトドメの一撃を与えようと一気に距離を詰めた瞬間。後ろから一人の女性が近づき、将吾に注射器を突き刺し、中の薬品を投与した。
「まだこの者には生きてもらわなきゃ困る。今は記憶を消して、ユート達とイコルマ法国の為の駒になってもらわないと。そしてあなた、その武器を使うという事は、後に彼等と対峙する時が来るのだから、今は大人しく待っていてくれないか。彼等にもあなた達には手出ししない様にしておくから、今は見逃してもらえないか。」
宮子は女性の言葉に従うしかなかった。自分自身が深手を負い、それに女性の後ろからはいくつかの強い気配があり、集団で襲われれば、自分の身が危ない。ここは女性の言葉に従い、宮子は剣を納めてその場を去って行った。
気が付くと、将吾は館の窓際で横になっていた。その近くには、啓太やメイ達がいて、そしてイリーザにガレッタもいた。
「…気が付きましたか?会場で倒れていたのをイリーザさんが見つけて、窓際で目が覚めるのを待っていたんですが、無事の様ですね。」
「…祐斗?啓太にメイ…。俺はいったい…。」
「何故、俺達の事を?」
「だって、彼があなた達の仲間のショーゴだもの。」
「「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」」」」」」
ーーーーーしまった。
将吾は意識が戻って、状況が把握できた時には、時既に遅しだった。
まだ、薬の効果が残っており、将吾の姿は女性のままであり、そのままで啓太達と普段通りに会話をしてしまった。そして必然的に、イリーザとガレッタは祐斗に薬瓶を渡した出資者という事が理解できた。
啓太達は、将吾の変貌に笑いを隠せずにその場で大笑いしてしまった。
将吾は赤面し、頭から湯気が出ていた。メイは驚いて、何度も将吾の姿を見た。
「…将吾、ハロウィンだからって気合入れすぎだろ。まさか性別変えてくるとか誰も予想しなかったよ。」
「五月蠅い!俺だって好きでこんな状態になってないよ!」
「みんなは結構カッコよく仮装してたのに、お前だけ可愛く、というかむしろ気合入れすぎて美人だわ。」
「まさか、あの時男達に言い寄られてたのが将吾だったなんてな。それを知ったらあの男達は驚くだろうな。」
「ショーゴ、そんな趣味があったの…。少しショーゴとの接し方を考えなきゃいけないわ。」
啓太達は、将吾から一歩、二歩と距離を開けて会話している。将吾は大きなため息をついて、啓太達に向かっていく。将吾が近づこうとすると、その分距離を開けられて将吾はだんだん悲しくなっていった。
「今は、彼等にはミヤコや鍵の剣の事は知られるのは困るから、今はこのままにしておきましょ。」
イリーザは、ガレッタに小声で伝え、微笑みながら将吾の元へと歩み寄っていく。「あなたのその姿、とても美しくてお似合いよ。ずっとそのままでもいいんじゃない?」と言いより、将吾は「お断りです!」と強めの口調で言い返す。ガレッタはその光景を眺めつつ、表情こそ変えていなかったが、右手は力強く拳が握られて、掌から血が滲み出ていた。




