3 悪夢の始まり
『ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ』
目覚ましが鳴っている。
昨日は夜遅くまで湊に付き合い、ゲームでレベル上げを行っていたので、まだ起きたくないというが起きれない。
正確には夜遅くは間違いで、今朝3時くらいまでゲームにインしていたので今朝までだ。
僕は今日もバイトの為、8時には家を出ないといけないので、目覚ましを7時にセットしていたが、事実、4時間しか寝ていないので、起きるのがとても辛かった。
このままバイト休もうかとも思ったが、家に居たら居たで、親が五月蝿いので結局、外へ出掛けなければならなかった。
それならば、行く宛のない外をさ迷うよりかは、バイトに行ってお金を稼いだ方が幾分かはましだ。
まだ半分夢の中、寝たままで手探りで音の鳴る目覚まし時計を止め、あと少し眠ろうとするが、ダメだ、このままでは二度寝して完全に遅刻しまうと思い、一気に布団を跳ね上げベッドから起き上がり、ベッドに腰かける。
だがまだ眠い…。
そう思いながら意識がはっきりしてくると、目を擦りながら『あれ?』何故か目に見える画面がゲーム画面と同じようになっていた。
もしかしてまだ夢の中なのかとも思ったが、そんなはずはない。
ゲーム用のバーチャルゴーグルを外し忘れたかと思い、顔や頭などを触ってみたが何も付いていない。
ゲームのやりすぎで目がおかしくなったかと思ったが、そんな事あるはずない。
もしかしてまだゲームの中にいるのではとも思って、頬をつねるが痛い。
感覚があるという事はゲームの世界ではないという事か。
パソコンの電源も切れているし、その横にはちゃんとバーチャルゴーグルが置かれていた。
取り敢えず考えるのは後にしてバイトに行く為に準備をしないと、着替えを済ませ僕は朝食を取る為に一階へと降りていった。
「あれ、何で父さん、まだいるの?」
僕の父、輝明は会社勤めのサラリーマン、普段なら7時前には家を出て出勤するのに今日はスーツ姿のまま、リビングにあるソファーでテレビを見ていた。
「悠真、おはよう。
今日もバイトか?でも今日は行くこと出来ないぞ」
「え、どうして」
「ほら、テレビでもやっているだろう。
外出禁止令が出ているんだよ」
テレビを見ると確かに何度も、『建物の戸締りをして安全が確保されるまで、外に絶対出ないように、出来れば頑丈な建物にいるよう』にと伝えている。
「何が起きているの?」
「わからん、全国放送で放送されいるからミサイルが飛んできたとか、核爆発とか、細菌兵器が使われたかも知れないな」
不意に父さんの顔を見ていると、ゲーム画面と同じで対象者の内容が表示された。
名前 荒木 輝明
職業 一般人
レベル 1
『どうなっているんだ』
「どうした悠真、俺の顔に何か付いているか?」
「い、いや、何も」
「悠真、起きたなら朝食、とっとと食べてしまいなさい」
「わかったよ、母さん」
そして母さんの方を見ると、
名前 荒木 美佐子
職業 一般人
レベル 1
いったいどういう事なのだろうか、このゲーム画面と関係があるのだろうか。
自分のステータスを見てみると、
名前 荒木 悠真
職業 冒険者
レベル 1
HP 12
MP 6
STR 5
INT 5
AGI 4
DEX 3
VIT 5
MND 4
LUK 3
CRI 2
となっていた。
そう、ゲーム画面そのものだった。
何故かレベルは1に戻りステータスも初期のまま、スキルは何も覚えていなかった。
どういう事だろうと思いながらもテーブルにつき、同じ事を何度も言う変化のないテレビを見つつ、出されたコーヒーとパン、そして目玉焼きを食べていた。
外ではパトカーがスピーカーで、外に出ないように注意喚起しながら回っているようだ。
暫くすると外から何やら騒ぎ声が聞こえてきた。
僕と父さんは窓際に寄り、窓を開けて辺りを見回すが何も見えない。
騒ぎ声はここからそんなに離れていないようだが、何を叫んでいるのか分からなかった。
次の瞬間、
『パン、パン、パン』
何か甲高い音が3回、響き渡った。
何の音だろうか?
周りの家の人も気になったのだろう、表に出てくる人達がちらほら出てきた。
僕も気になったので、外に出ようと玄関に向かうと、父さんが、
「悠真、どこに行く」
「ちょっと見てくる」
「今は外出禁止令が出ているんだぞ」
父さんは真面目だ、こんな時も言われた事は忠実に守る。
まるで飼われた犬のように、そう忠犬のようだ。
「大丈夫だよ、ほら、皆、外に出ているし」
「悠真」
父さんの呼び声を振り切り、僕は玄関から飛び出した。
何が起きているのか、ついつい気になってしまう。
外に出ると、ちらほらだが玄関先で騒ぎが気になったのだろうか、周りを気にする人達が家から出て来ていた。
僕は家の中にいたので、音のした方向が分からなかったが、皆、同じ方向を見ていたので、そちらの方向だと思い、散歩でもしてるかのように歩いていった。
段々と騒ぎ声が大きくなってきた。
方向はあっているようだ。
僕と同じように気になって、同じ方向に向かっている人達もいれば、逆に顔を真っ青にして慌てて逃げ出してくる人達もいた。
何が起きているのだろうか?
逃げてくる人達を見ながら恐怖心もあったが、何が起きているのかという好奇心の方が上回り、現場へと足が進んでしまう。
段々と騒ぎの現場に近づいてくると、叫び声と罵声がハッキリと、そして逃げ出す人達も多くなって来た。
「殺せ~!」
「警官、何やっているだ!」
「早くしろ~!」
「打て、早く、打て~!」
どうやら警官が誰かと戦っているようだった。
『打て』なんて、えらく物騒な事を言っている。
誰と戦っているんだ?
人だかりを見つけ、そこへ割り込むように前へと進んだ。
見えてきたのは、警官の後ろ姿。
パトカーを盾に、更に警官達の前にいる相手に拳銃を構えていた。
パトカーが3台、警官が6人、相手はパトカーによって見えなかったが、明らかに緊迫した感じが見受けられた。
そして、警官の1人が「打て~!」と合図を送る。
この中では、1番偉い人なのか、その声に反応して発砲がはじまる。
「パン、パン、パン、パン、パン」
あ、家の中で聞いた音は拳銃の音だったのか、なかなか鳴り止まない音が辺りに響き渡っている。
『何だろう』僕の目には、赤い文字で『現在武器無効』の文字が点滅している。
一体、何と戦っているんだ。
すると何故か警官達は一斉に逃げ始めていた。
拳銃の弾を撃ち尽くしてしまったのか?
でも、警官達の後ろには僕達、庶民が居るのに警官が逃げてどうするんだ。
が、周りのその庶民達も一斉に逃げ出していた。
何が起きているのか分からず、1人取り残されてしまった。
そこへ警官のこの中では1番偉いと思われる人がこちらに向かってくる。
「何、やってるだ!
早く逃げろ」
「えっ」
僕は何が起きているのか分からないまま、呆然としていた。
警官は後ろを振り向き、パトカーの方を見た。
「ダメだ、間に合わない。
ここは俺が引き留めるから、その内に逃げるんだ!いいな」
警官は警棒を構え、向かってきている相手に対処しようとしていた。
僕は逃げないと、いや、僕の所為でこの警官は逃げられなかったんだ。
僕の所為で…。
するとパトカーの上を飛び越えてくる小柄の動物が見えた。
一匹だけだったけど、パトカーの前に現れたのは見たことある。
間違いない、あれはゲームの中にいたゴブリンだ。
背が小さく、耳と鼻は長い。
見た目はガリガリに痩せているように見えるが、意外と力は強かったはず、緑色の体に棍棒を握りしめボロボロの服を着ていた。
あれだけ拳銃を発砲したのに無傷だった。
全て外れるという事はないと思うが、何発かは当たっているはず。
もしかして、現在武器無効という文字が関係しているのか?
ゴブリンは、こちらに向かって駆けてくるが、小柄の所為か、とても遅い。
僕達の早足くらいの速さで跳ねるようにピョンピョンやってくる。
走り方はとても可愛いく思えるが、初めてゲームにインした時は、ゴブリンを倒すのにかなり苦労した覚えがあった。
警官は警棒を振りかぶり、ゴブリンの頭を目掛けて振り下ろす。
が、ゴブリンは棍棒で警察官より早く警棒を持っている腕を叩いた。
『ゴキッ』骨が折れたような音がした。
警官は痛がって警棒を落とし、反対の手で叩かれた腕を押さえている。
そして更にゴブリンは警官の右足に追撃の2撃目を与えた。
警官は痛みのあまり、地面に倒れ転げ回っている。
そこへゴブリンが警官に馬乗りになり、棍棒を振り上げている。
このままでは、僕を助けてくれた警官が死んでしまう。
警官の言った通りに逃げるべきか、だって警官は庶民を守るためにいるのだから…、だけど僕にはまだ生きている人を見捨てる事は出来なかった。
僕は咄嗟の事で自分でもよく分かっていなかった。
いつの間にか右手に剣を握り、ゴブリンに切りつけていた。
『浅い』
ゲームの中と感覚が違った。
僕のイメージではもっと早くゴブリンに近づき、深々と切り裂くはずだったのに何故か全てが遅かった。
そして思い出す、僕のレベルが1に戻っていることに。
慣れ始めていた戦いの感覚が、レベル1になった為に全てが基礎体力の最初に戻ってしまっていた。
思い出せ、初めて戦った時の事を。
ゴブリンは剣が当たる瞬間、警官から離れ剣を僅かに交わしていた。
ゴブリンは薄気味悪い顔で笑っていた。
警察官には振り向きもせず、僕の方を向いていた。
どうやら僕に狙いを代えたようだ。
ゴブリンは棍棒を振りかぶり襲ってくる。
棍棒が振り下ろされてきたので、僕は剣で受け止める。
だけど受け止めてはいけない。
ゴブリンは意外と力が強い。
レベル1の僕では、警官と同じように力に押され、体勢を崩されるだろう。
だから、受け止めず受け流す。
湊に教わり何度も練習というか、レベル上げの為に何匹倒しただろうか。
僕は剣でゴブリンの棍棒を受け流し、そのまま思いっきり剣をゴブリンに向けて振り下ろす。
深ぶかと切り裂かれ、ゴブリンは膝をつくが、まだ絶命していない。
止めを刺さないと、最後まで抵抗してくるだろう。
止めに胸の辺りに剣を突き刺す。
『ボシュ』
音と共にゴブリンは消え去り、『チャリン』ドロップアイテムかと確認すると、地面に100円玉が1枚落ちていた。
えらく現実的だなと思いながらも、湊の教えがなければ1人ではどうしようもなかったなと感謝していた。
『警官は!』息はしているようだが、重傷なのか意識はなかった。
誰かに手伝ってもらおうと周りを見回したら、避難していた残りの警官達が集まってきていた。
救急車を待つ時間はない。
パトカーも緊急車両なので、パトカーに乗せた方が早いだろう。
急いで負傷した警官をパトカーに乗せ、サイレンを鳴らしながら走って行く。
助かると良いけど、そう思い帰ろうとしたら、何故か僕もパトカーに乗せられた。
パトカーなんて初めて乗ったけど…、じゃな~い。
警官さん、僕、何も悪い事してませんよ。
確かに警官見捨てようとしたけど、貴方達も見捨てたでしょ。
それに最後にはちゃんと助けたでしょ。
見てたでしょ。
ねえ、聞いているの、警官さん。
ねえ、警官さ~ん。
僕はパトカーに乗せられ、県警へと連れていかれた。