マル秘! “お徳ポイント”有効活用法 【初級編】
『“お徳ポイント”のお知らせです。現在、当店では政府公認の地域活性化ボランティアを募集しています。素敵な人生のために是非ともご参加をお勧めしたいと思い……』
「あほらし」
店内アナウンスに、俺は鼻を鳴らした。
こんな面白みもない放送を何度と繰り返されると、このデパートでアルバイトをしている
俺は頭が狂いそうになる。
特に、それが“お徳ポイント”の話になれば、俺にとっては特に頭痛が増す。
“お徳ポイント”とは、その人が積んだ徳を、政府が数値した物である。
ここで言う、徳とは、単なる親切やボランティア、それに学生のうちに努めた学業や社会に対する貢献度を指していて、世間では、その“お徳ポイント”が高い人間ほど尊重の扱いを受ける。社会の貢献度が高い上流家庭のほとんどはその“徳ポイント”が高く、逆に、仕事に熱意がなく生活が厳しい底辺の人間や、凶悪な犯罪者などは“徳ポイント”が低い。これは確証のあるれっきとした事実だが、上流家庭に生まれた子はもともとの“徳ポイント”が高いらしい。
これは、明らかな差別だが、なぜだか問題視されない。むしろ、これを差別と主張すれば、世間から憐れに思われる風潮さえある。
さらに不思議なのは、高学歴で高収入の成功者が“お徳ポイント”の魔力ともいえるパワーに魅せられ、平日に通常以上の業務に励むのはもちろん、休日のほとんどをボランティアに費やし、頭の中ではいつも親切をして誰かを助けれないか、社会の役に立って“お徳ポイント”を稼げないかと考えている人間もいるとか。
俺からすれば、とてもバカバカしい制度だ。
なぜなら、“お徳ポイント”に何一つとして、自身への実益がないからである。
例えば、“お徳ポイント”が100ptあれば商品が割引されるとか、医療サービスが充実するとか、そういうことが一切ない。ただ、一月に一度、郵送で知らされる数値に一喜一憂するだけだ。いったい、何を思ってこんなものに熱中するかわからない。
しかし、政府は“お徳ポイント”制度を前面に推奨し、市民はそれに熱中している。
まったくもって、理解できない。
俺は確かに、26にもなってアルバイトで食をつないでいる底辺の人種だ。
“お徳ポイント”も限りなくゼロに近い。若いころは勉強なんてした覚えがなく、遊んでばかりいた。
今も、資格の勉強でもして現状を変えようとする気はないし、他人に親切してやる義理を一切感じない。
俺は、この“お徳ポイント社会”では、卑下される人間だろう。
しかし、それの何が悪いのだろう。
遊んで暮らす人生も悪くないじゃないか。例え、下品で社会に貢献しなくても、『人生は一度きり』なのだ。楽しまずには損だろう。それを、みんなは“お徳ポイント”などと躍起になって……。
「臼田さん、〇〇の在庫を確認しました?」
突然、同僚がボーッとしてた俺に声をかけた。
大学生で、俺より5つ年下の石川だ。
「あっ……すまん。忘れてた」
「気にしないでください。俺が補充したんで」
石川は、有名大学の学生で、柔和な好青年だった。バイトをしているのもバイト代を学費に充てる為だそうで、口を開けば親孝行だとか立派な社会人になりたいだとか言ってる。これは、典型的な“お徳ポイン中毒者”だ。おそらく、コイツは相当に稼いでいるだろうな。
「臼田さん、いつも思うんですけど……」
石川は気まずそうな顔で始めた。
「そんな気難しい顔をしていたら、客さんが怖がっちゃいますよ」
「……。そんな顔してるつもりはないんだがな」
つい、カッとなって怒気のある声を出した。石川は、怯えたシマウマのような顔をしていてる。
しかし、“お徳ポイント”に憑りつかれているお利巧さんとは違い、俺は本来の感情をストレートに表現できる。なぜなら、“お徳ポイント”が減ることに、何一つ遺恨はないからだ。
「臼田さん……。唐突で、変な話ですけど、あまり“お徳ポイント”に関心が無いようですが……」
「はぁ?」
本当に唐突だったので、俺は怒りよりも呆れだとか疑問の方が先に出た。
しかし、石川の顔は、まるで初心者免許が曲がり角を徐行しているような顔をしていたので、何か訳があったのかもしれないと、変な解釈をし、それによってむしろ冷静さを取り戻して、俺は本音で続けた
「ねえよ。つうか、“お徳ポイント”みたいなアホらしい制度の意義を教えてほしいね」
石川は、憐れみに近い表情をしていた。
☆☆☆☆☆☆
バイトの帰り。俺は石川の言動が気になって、頭を離れなかった。
石川は、典型的な“お徳ポイント中毒者”だ。しかし俺は、彼が得点を貪欲に狙い、他人への親切もすべて自分へ帰結させるものと捉えた狡猾な人間とは思わない。むしろ、彼は“お徳ポイント”が減ることを極端に恐れているだけで、親切やボランティアも嫌いなタイプではなさそうだ。
だからこそ、“お徳ポイント”への無頓着さを否定する言いぐさは、どこかひっかかった。その行動のどこかに、俺を救ってやろうとする意志が見えたからだ。
俺は、気分晴らしにコンビニで煙草を購入し、歩いているときもプカプカとふかせていた。歩きたばこは、とても徳のある人間のすることではないが、気分の悪いときまで喫煙のルールを守るほど、俺は聖人君主ではなかった。
「おじさん、歩き煙草はダメだよ」
後ろから、塾のカバンをもった中学生くらいのガキが俺に注意してきた。
「はいはい。ポイント稼ぎご苦労さん」
いつも、こんな感じなので、慣れたものだ。注意する輩も、お利巧ちゃんの少年少女や高そうなスーツを着たビジネスマンだとか……とにかく、いかにもな“お徳ポイント中毒者”ばかり。以前まではウンザリしていたが、最近ではここまで一律に中毒者ばかりが集まって、“お徳ポイント”に執着している姿を見てると、とても滑稽で、見ていて楽しいとさえ思う。
「兄ちゃん、坊主の言うことは正しいぞ。今すぐその煙草をしまいなさい」
「はぁ?」
ガキに便乗して、通りすがりのジジイまで俺に絡んできた。
「なんだ? ジジイ。たいして余生もないんだから、慎ましくゲートボールでもしてろよ」
「ちょっと、そんな言い方はないんじゃないの!?」
ああ、今度は買い物帰りの主婦だ。
しかも、オバサンの甲高い声を聞いて、ギャラリーがどんどん押し寄せ、いつしか指折りでは数えれないほど“お徳ポイント中毒者”が不徳な俺を囲んだ。彼らは、非難の目で俺を見ているのがわかる。
ちなみに、もしここで俺が煙草を捨て、スミマセンと謝罪すれば、もちろん彼らはどこかへ消えていくだろう。そして、彼らは今日もイイコトをした。今日も徳を積んだ。お徳な一日だったといい気分で布団に就くだろう。もしかしたら、一度過ちを犯したものを許し、握手を求めてくるかもしれないな。
だが俺は、『そういう自分が正しいことをしている』と過信している人種が大っ嫌いだ。
「あのねぇ……。アンタら、恥ずかしくないの?」
敵視しているギャラリーに怯むことなく、俺は切り出した。怯えることはゼッタイにありえない。
むしろ、脳内ではドーパミンがドバドバと溢れているだろう。
「確かに、歩きたばこをしている俺は迷惑かもしれない。だが、こんな大人数で俺を囲んで、非難轟轟か? いくら間違っている人間だからって、みんなで囲んで、『早く煙草を捨てて謝れよ、みんなが反対しているんだからお前が間違っている』みたいな感じで睨むのは、みっともなくないか?」
「そういうわけない! 歩き煙草をしているアンタが一番悪いだろ!」
「そもそも、年配者に対して敬意が無い!」
「ご両親が泣いているぞ!」
ギャラリーが叫んでいる。
「じゃあ、俺を殴ってでも歩き煙草を止めさせてみろよ」
その一言で、誰もが言葉を止めた。
「誰も反応しないのは、当然だよな? お前たちは、ただ“お徳ポイント”が欲しくて俺を注意しているだけだし。
そんな奴らが、もしちょっと迷惑なだけの一般人を殴れば、むしろ“お徳ポイント”は減らされるだけ。これじゃあ、本末転倒だ」
誰一人として、反応しない。静寂なシーンを除く俺は、これが愉快で愉快でたまらなかった。
「アンタ、いつか後悔するよ」
いつかのオバサンが、いっそう強く睨んで俺を見ている。
「お前たちこそな。つまらん“お徳ポイント”を墓場まで大事に抱えてろ」
帰り道を塞ぐギャラリーに、「退けよ」と言い睨むと、彼らはみっともない動きで道を開けた。
そして、俺が横断歩道を渡っていると____。
☆☆☆☆☆☆
意識を戻したとき、そこは真っ暗だった。
なぜ……? 突然の事態に、俺はパニックを起こし、頭がこんがらがったが、少しして、また冷静さを取り戻し、残っているだけの記憶を呼び起こした。
確か、俺はバイトが終わって、ふらふらと寄り道しながら帰宅したはずだ。石川の意味深な科白が気になって、気分晴らしに食べ歩きをしていたはずだ。
そうだ……。
俺は、煙草をふかせて横断歩道を渡り、トラックに轢かれて……
____死んだんだ。
『気づいたかな?』
その声は、突然、暗闇のなかで響いた。
『何者だ?』
俺は叫ぶように疑問を投げつけた。
『私は、〇×市総合病院 蘇生科の小畑だ』
蘇生科? 聞いたことがない名称だ
『意味が分からない。からかってるのか?』
『キミはまだ、初めてだったか。そう思うのも無理はない。
つまりだね、キミは死んだが、私たちが意識を呼び起こしたのだよ』
『なんだと? ここは天国だとでも言いたいのか?』
『違う。だが、私が死人の……今は君の生殺与奪の権を持っていることは確かだ』
『なに……?』
『キミの体は死んだが、我が国の特殊な技術で、脳を蘇生させてもらった。今のキミは、こうやって電気信号でしかコミュニケーションを取れない不便な体だが……私たちならキミを新たに人生を提供することができる』
『新たな人生……?』
『そうだ。誰か出産を望んでいる母の胎内からやり直すのだ。もちろん、条件があるが』
『なんだ、条件とは』
『“お徳ポイント”だよ。それが低いものは、社会に必要がない』
なんだと! 俺はつい狼狽した。
『キミは転生したことが無いから知らないのは当然か。
“お徳ポイント”とは、一見なんの意味もない得点制度だ。生きているうちに、“お徳ポイント”が役に立つことはない……。そう、生きているうちはね』
俺が何も言えず、たじろいでいるうちも、小畑という人物は言葉を続ける
『すべては、この蘇生技術が完成した時から始まった。
医学的に蘇生が可能になったとなれば、有意義な人間だけでなく、生きているだけ無意味な人間まで永劫の生を獲得してしまう。だからこそ、世間にはこのことを隠蔽し、“お徳ポイント”という制度が生まれた。
その人物が死ぬまでは蘇生技術を隠し、転生するに値するかを見極めるのだ』
『俺は……ほとんど“お徳ポイント”が無い』
『そのようだね。だが、やり直しが不可能ではない』
『本当か?』
『一周しかしていない人間は、殺人などの凶悪犯罪をしていない限り、極力は転生ができる。だが……』
『何かあるのか?』
『キミほど“お徳ポイント”が低い者を受け入れる母体は、ほとんど見つからないだろう。その夫婦の“お徳ポイント”の合算が高いほど、転生する子供を選ぶ優先権が得られる。
普通、子供を産むならば、誰もが優秀な子種を欲しいと思うだろう。つまり、前世の“お徳ポイント”が高い子だ。
だからこそ、おそらく、キミの受け入れ先は底流家庭で、生活をしていても、遊ぶことどころか、学習塾に通う余裕さえないから勉学もままならないだろう。それでもいいか?』
俺は一瞬、考えた。
もし仮に、転生できたとしても受け入れ先には絶望しかない。くわえて、この小畑は言わなかったが、
おそらく、次に死んだ時、“お徳ポイント”が今のように低ければ、今度は情状酌量の余地なく、俺は転生されることなく処分されるだろう。
つまり、この先の俺は底辺家庭というハンデを背負いながらも、必死に“お徳ポイント”を稼ぐ必要がある。
それは、俺が最も嫌いな、遊びを知らない勤勉なカタブツ人間になるということだ。
思い悩み、死さえ受け入れても良いと決意しかけたが、その時、トラックに撥ねられ死んだ光景がフラッシュバックした。
、
☆☆☆
☆☆
☆
__十年後
__とある小学校
「おい日野! お前、家が貧乏なのによく勉強しようなんて思えるな」
「まぁね」
クラスで一番頭悪く、“お徳ポイント”が最悪レベルな多田が、何も考えてなさそうな顔で声をかけてきた。
「家が貧乏だからこそ、お父さんやお母さんに親孝行したいんだ」
もちろん、これは嘘っぱちだ。
「へっー! ツマンネ―人生だな。『人生は一度っきり』だぜ? 楽しまないでどうするんだよ」
クラスメイトの一部が、微かに吹き出した。俺も、油断をしてれば、きっと顔に出ていただろう。
なるほどな。
前世での俺は、こういう風に見られていたのか。
いかがでしたか?
アナタも、“お徳ポイント”をたくさん稼ぐメリットがお分かりになったでしょうか?
次は、中級編です。
“お徳ポイント”の基礎を知って、初めて見えてくる“お徳ポイント”の効率的な稼ぎ方をご紹介したいと思います。
では、また会いましょう___。