突飛な奇怪
努力ってなんだろう?
幼い僕は必死で考えた。
努力って、根気って、諦めないって、上限ってなんだろう?
はたしてそれが悪でもいいのだろうか。悪も正義もどちらでもいいのなら僕はどちらになるのだろう。
そもそも悪とはなんだ? 正義とはなんだ?
正義という言葉を掲げて弱者を虐める。そんな輩も世の中にはいる。正義で培った権力によって悪に援助する輩はなにがしたいんだ。
悪と一口に言っても、ダークヒーローという言葉がある。ヒーローは正義の代名詞ではないのか。
悪と正義は二律背反で、呉越同舟なはずなのに。
誰にでもその二つは存在する。
もしかしたらそれが普通なのか。常道なのか。じゃあ僕はすでに努力はできても、正義か悪かは選べない。民主主義のこの国で。
じゃあ僕はなにになるんだ……?
仮に僕自身に天秤があるのなら、正義と悪を決める努力の天秤があるのなら、僕は少しでも正義に傾きたい。
ブレザーの少年を取り囲んだ一団は◯◯が横断歩道を渡りきる頃には、路地裏へと入っていた。
「なあ? いいだろ。今月ちょっと使いすぎちまってさー。ほんの少しだけでいいんだけど、金、貸してくれないかなぁ?」
「ホント頼むよ。一人一万で合計四万でいいからさ」
「ハハッ! 今圭くんが少しって言ったのに、たっけぇ!」
各々勝手なことを言い、自分が優位にいることを確信した(慢心とも言う)笑みを浮かべる。
変わってブレザーの少年は、
「今お金持ってなくて……すみません。他を当たってください……」
小さな声で顔をひきつらせて言うのがやっとだった。
「なにぃ? ちょっと周りがうるさくて聞こえなぁーい。もしかして、てめぇらにやる金はねぇよとか言った?」
朝の通勤通学ラッシュの時間帯と言ってもここは路地裏。さらにはブレザーの少年に対する茶髪の男の顔は、無駄に近い。室外機の騒音があっても十分聞こえただろう。
「い、いえ! そんなことは一言も!」
焦って声が大きくなる。
茶髪の男は笑顔を捨て、眉間にシワを寄せる。
「うるせんだよ!!」
茶髪の男の右手が拳をつくり、ブレザーの少年の鳩尾にめり込む。同時にブレザーの少年は体を曲げ、膝を折って痛みに耐える。
「他に聞こえたらどうすんだよ?」
込み上げてくる嘔吐感。それと嫌悪。憎悪。当然の感情だ。
「俺ら金さえ貰えばいいからさぁ。早く出してくれない?」
当然一般の高校生が学校に行くのに、四万円なんて大金を持っているわけがない。
明らかにいたぶるための口実。そうでなければただの馬鹿だろう。
茶髪の男が唐突に右足の蹴りを頭部に向ける。抵抗することなくコンクリートに体を打つ。
「ゴミがァ……」
この少年、見た目に反して相当な短気。さらには大衆と違ったものは嫌い。だが嫌いなものにも憧れる。そんな人間味のある人間。
ブレザーの少年の右手に力がこもる。
次の瞬間には茶髪の男の頬を殴り飛ばしていた。
「てめぇ!?」
後ろにいたパーカーが声を荒げ、強く地面を踏みつけながら早足でブレザーの少年に近づく。手を伸ばし後ろから掴みかかろうとした。
だがその手は、百八十度逆を向いた。
ガッという硬いものを擦り合わせたような、鈍い音。
「ぅへ……?」
パーカーは理解が出来ずに発音が怪しい、もしくは言葉でもない言葉を口にする。
一瞬遅れてやってくる激痛。腕からの痛みは当然。それより、肩が千切れたかと錯覚するほどに痛みが走った。
肩が外れた。腕の骨が折れた。
パーカーにそれは理解できなかった。ただわかったのは、体がいきなり曲がったということだけ。
パーカーはそのまま何も言葉を発することなく、重力と共に落ちる。
茶髪の男は殴られながらも、パーカーに起こった出来事を目視した。それでもわかったのは、やはりパーカーと同じ。
いきなり起こったわからないことに対する感情は、恐怖。それに埋め尽くされた。
威力はそれほどでもなかったが、脚から力が抜け尻餅をつく。
残りの二人は狼狽えるしかない。
「かかってこい」
挑発。
自分のすぐそばで立ち上がった黒髪の少年に皆が驚く。
真っ先に反応したのは、ただ立ち尽くしていただけの二人。入ってきた方向へ全力疾走。
それに遅れないよう、茶髪の男も腰を必死で上げて走る。
彼がやったと確信はないが、ただ怖かったから逃げた。
三人が走り去った後、ブレザーの少年も座り込んだ。