正義執行と女騎士
城の最深部で、〈BOT〉を産み出す〈BOT〉の王。光も届かぬ闇の奥底で一人、無意味な生産を続ける彼の目的は、一体何なのか。
……やっぱり、気になる。
見物するくらいなら、いいだろう。
パーティに入っていなければ、討伐隊と見なされることもないはずだ。あくまで中立の立場なら理不尽な〈垢BAN〉の対象にはならない……、と思う。
グランドクロス城、最深部。地下墓地や地下水路を抜けた先にあるのは、何て事のない、洞穴だ。今は魔物の巣窟となったこの城を統治していたかつての王が、志しなかばにして放置した城の奥の奥。現れるモンスターもダンゴムシやコウモリなどの小物がほとんどで、よっぽどの好事家でも無い限り冒険者達も近づかない領域である。
グランドクロス城の深部はワープ禁止だから、苦戦しそうなモンスターが出るフロアを避けながら進む。まだモンスタースキルが実装されていないから、BOSSにでも遭遇しない限りやられることはないだろうが、慎重を期すにこしたことはない。DEADになってしまったら、ひとりでは帰れないのだ。
先を進む討伐隊が、崖の下に見えた。場に似合わぬ一次職と次々と交戦し、これを倒している。
あれが今回、討伐隊が闘う〈BOT〉なのだろう。討伐隊は全員が熟練、というわけではなさそうだが、さすがに単体で出てくる一次職に負ける事はなさそうだ。見たところ、一次職〈BOT〉たちは装備も皮鎧にハンドナイフとか、粗末なものである。
遠巻きながら、討伐隊の士気が弛緩している事に気付く。
〈BOT〉という絶対的な〈悪〉を、はるか高レベルのキャラクターで駆逐する喜び。第三者的にはどちらが〈悪〉かわからない。というより、弱い者いじめにしか見えない。
「シェバさんは、この状況をどう思ってるんでしょうか?」
仕方がないとか、……それでも自分は正義なんだ、とか。
……俺には、なんとなく分かる。
多分、青臭いことを考えている。これは必要悪だとかなんだとか。
何せ、シェバは俺なのだから。
◇
統制が、とれなくなってきた。
血気盛んな自警団達は、シェバの制止も聞かず、我先にと功を争うように〈BOT〉を〈駆除〉しは続けている。
もしこの自警団達がノーマナー行為で処罰されるとしたら、一番重い責を負うのはシェバ。
何せ彼は、リーダーなのだ。
もしそうなったら……。シェバは心を傷つけられて、この世界を去るだろう。
それは、俺の望みでもある。
イングリッドさん。
「何でしょう……か」
イングリッドさんの望みは、この世界の繁栄だよね。
「そうです」
……この場合、どうするのがいいと思う?
まさか〈BOT〉を助けるわけにはいかない。。
だけど、このまま自警団を野放しにするのも違うような気がする。
「……戦いを、なんとかやめさせる……、とか」
それが無理だと分かって、イングリッドさんは答える。
確かに、この世界で実装されていない俺が持つ三次職の力を使えば、彼らを無双して武力で追い払う事はできるかもしれない。
だけど、それは彼ら自警団が今〈BOT〉たちにしている理不尽な暴力と同じだ。
……ほら、力の差をことさら実感した自警団が、今度は〈BOT〉たちを嬲り始めた。あえて低レベルのスキルで、混乱させたり、睡眠させたりと思うさまだ。
見ていて、気分が悪くなる。
「あんまり、深く考えるなよ、ノブナガ」
?
誰だ?
振り向くと、どこかで見覚えのある女騎士が立っている。
赤いポニーテールをなびかせ槍を翻し、その女騎士は崖を飛び降りていった。
◇
赤い髪を翻して、崖下に飛び降りていく女騎士。顔にはマスク・オブ・ゾロよろしく黒い仮面を付けているから素顔は分からないが、なんだかどこかで会ったような気がする。
崖下に飛び降りると、
「お、お前も〈BOT〉狩りの仲間に入りたいのかい?」
なんて顔で討伐隊が女騎士に振り向いた。そして下卑た笑みで右手を差し出す。
仲間なら、よろしくやろうぜ、という感じだ。
「ははっ、誰が?」
その右腕を、槍一閃切り落とす女騎士。
うろたえた討伐隊の一人が、肩を抑えて叫ぶ。
「はっ、何だ!? お前〈PK〉か!?」
PK=プレイヤーキラー。
血に飢えプレイヤーを狩る悪徳プレイヤー。多くのMMORPGで忌み嫌われる存在である。
「フン、ドッチがじゃん?」
間髪入れず、首を跳ねる女騎士。
「!? お前、何をやってるのか分かってるのか!?」
他の一員が女騎士を怒鳴りつける。女騎士は答える。
「あん? 正義の美少女騎士様が〈PK〉を排除しにやってきたのさ」
「何……」
美少女とか自分で言うかあの女騎士……。どうやら相当いい性格の持ち主のようだ。
女騎士は続けて討伐隊に問う。
「確か、この討伐隊のリーダーはシェバさんだったな」
「……お前、シェバさんの知り合いか?」
「あ……、いや、知り合いじゃないんだが、風のウワサでそう聞いてな」
風のウワサ……。どうやらシェバはすでに結構な有名人のようだ。さすが10年前の俺である。
「シェバさんを呼んでくれるか」
討伐隊を名乗るからには、それなりに腕に覚えのあるプレイヤーが集まっているはずだ。そのプレイヤーを、あっという間に葬り去った女騎士が、リーダーを呼んでいる。
「……僕がシェバですが」
「フン、いつ見てもイケメンだな」
「は?」
二人の間に、気まずい空気が流れる。
「いや、何でもない。ごばくだ」
「あ、はぁ、そうですか」
この世界では、たいていの失言は「ごばく」といえば許される。それを知っているとは、あの女騎士、腕だけでなく頭も相当な切れ者だ。
「……」
「……」
「シェバさん」
「はい」
「これが、君の望んだ世界なのか?」
「……」
「人形を殺戮して、何が楽しい?」
「……楽しいわけでは……、ありません」
「そうか? 少なくとも君の仲間達はとても楽しそうだったけど」
討伐隊の隊員達は、バツが悪そうに目を伏せる。皆、正義というお題目に酔っていた事は、自覚しているらしい。
「大体、〈BOT〉達は無限に湧くんだろ? それをいちいち駆除したからと言って、何か意味があるのか? ほんとうにやる気なら、殺り方が違うだろう」
確かに、女騎士の言うとおりだ。所詮〈BOT〉は人が操る人形だ。その大本を止めないと、たいした意味はない。
「ま、いいさ」
「?」
「だからな、そもそもお前達の目的は、〈黒騎士〉の駆除じゃなかったのか?」
「……その通りです」
「大体な、〈黒騎士〉なんて本当に存在するのか? 〈BOT〉を産み出すキャラクターなんて、居るのかね」
「だから、それを調べに……」
「じゃ、行こうぜ」
「え?」
「だから、その〈黒騎士〉とやらが本当に居るのか調べるんだよ。そいつが本当に居て、倒せば〈BOT〉たちの増殖が止まるっていうなら、やる価値はあるだろ。くだらねーことに時間を使うもんじゃないんだぜ」
もしかしたら女騎士は、シェバたちを……、いやシェバを助けに来たのか?この無意味な戦いから彼を遠ざける為に。
そう、シェバは下手をすると、何らかの責任を取らされるかもしれないのだ。
しかし、この女騎士は、何の目的でシェバたちを助けるんだろう?