ロボット三原則
今日もフレデリカ城下であいかわらずシェバを囲んでいるオレ。
後に「銀色の閃光」と呼ばれるシェバが口を開く。
「そういえば、ノブナガさんって露店開かないんですか? アイテムを直接売買しているところ、この前見ましたけど、面倒臭くないですか?」
ぬ。確かにその通り。
商人系キャラクターの上位職である俺の〈鍛冶屋〉は商人と同じく、ある意味このゲーム最強のスキルである〈露天商〉のスキルを使う事が出来る。このスキルでアイテムを設定しておけば、AFK、いわゆる離席中でも商品を売る事が可能なのだ。他の職業がアイテムの売買をする場合は他のキャラクターと直接会話して取引しなければいけないから、かなり面倒。だから商人系のキャラクターがアイテム売買で直接取引をするのは、かなり珍しいともいえる。シェバはそんな俺をみかけたのだろう。
シェバに告げる。
実はさ、ステータス画面が開けないから〈露店ワゴン〉を設定できないんだよね。
……〈露店ワゴン〉は商品の陳列棚としてだけでなく数々のアイテムをしまっておける、かなり便利な機能なのだが、特殊装備品扱いなのでステータス画面を開けない俺には使うすべがない。はたから見れば露店を開けない、さぞ残念な〈鍛冶屋〉に見える事だろう。
「うえ、まじですか」
まじ。不便この上ない。
「それ、キャラクター作り直すか、クライアント(ゲームデータ)ダウンロードし直した方がいいんじゃないですか?」
うむ。それができたら苦労しなんだけども。
「できないですか」
できないんだなぁ。
「そうですか……。あ、でも〈露店ワゴン〉の設定だったら宿屋でもできるんじゃないんですかね?」
あれ、そんなシステムあったっけ。
「多分大丈夫だと思いますよ」
なんと……。このドラサガ廃人とサーバで恐れられたこの俺が初心者の〈暗殺者〉から教えを乞うとは思わなかったぜ……。今度試してみよう。
「そういえばノブナガさん。〈裏BOT〉って知ってますか?」
うん? 何それ。
「普通の〈BOT〉とは違って、プレイヤーを攻撃してくるらしいんですよ。何でも対人エリアの〈グランドクロス城〉奥深くにその〈裏BOT〉がわき出るポイントがあって、その中心にそれを産み出してる〈主〉(マスター)が居るとか何とか」
プレイヤーを攻撃してくる〈BOT〉なんて、おだやかじゃない。
一体何のメリットがあってそんなことするんだ……?
通常、〈BOT〉のマスターは何らかの利益を求めてこれを稼働させる。
資金を貯めて、それを自前のキャラクターにつぎ込んだり、あるいは現世のお金に換金……、いわゆる〈RMT〉(リアルマネートレード)させたり。
〈RMT〉は見つかれば法的にも訴えられかねないから、目立つような行動……、あらかさまに他人のプレイヤーを攻撃するようなプログラムはされていない。
・ロボットは人間に危害を加えてはならない。
・ロボットは人間の命令に服従しなければならない。
・ロボットは自分を守らなければならない。
というのはアイザック・アシモフのロボット三原則だけど、そんなへったくれもあったもんじゃない。しかも〈主〉が特定されているんだというのだから、リアルタイーホ待ったなしの超強気〈BOT〉である。ほとんど自殺行為というか。
「もしかしたら、運営は素性を調べるために、わざと泳がせているとかなんとか。でも、その間もプレイヤーには迷惑かかりっぱなしなんですよね」
……シェバ。
「はい?」
もしかして、その〈裏BOT〉のこと、何とかしたいと思ってる……?
「……」
あのさ、もし自警団みたいなことやろうと思ってるんなら、やめたほうがいいよ。第三者的に見たら、プレイヤーが〈BOT〉を攻撃することって、ノーマナー行為だし。
「たとえ相手が〈BOT〉だとしても、プレイヤーキャラクターがプレイヤーキャラクターを攻撃したら、〈垢BAN〉の対象になる……」
MMOには正当防衛なんて言葉、ないからな。しかも相手は対人エリアにいるんだから、不当に攻撃したらむしろこっちが〈ノーマナー〉になるかもしれない。たとえば集団による特定の個人へのいじめ、とみなされるとか……。
「ありそうな話。ですね、だけど……」
だけど……?
「だけど、それでも僕はこの世界のみんなのためにがんばってみたいんです。ゲームの中でくらい、青いのもいいかなって思ってて」
◇
命とは。
◇
第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、与えられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己を守らなければならない。
◇
シェバ?
「どうしたんですか、ノブナガさん、改まって」
ほんとうに、行くのか? 〈BOT〉討伐に。
シェバの周りには、20人ほどの義勇民が集まっている。
「これから、行きますよ。みんな、そうしたいんです」
俺は、行けない。
イングリッドさんが言っていた。〈BAN〉されれば、死ぬだけでなく輪廻の輪からも外れる事に……、なるかもしれないと。
その言葉は俺にとって、恐怖だ。ここはゲームの世界だけど、自分がこの世から消されるというのが、こんなに恐怖だなんて思いもしなかった。
かつてセーブデータ管理の為に、消したキャラクターやストーリーのセーブデータ。
今度は自分が消される立場なのだ。見つかったら、あらがえない。
俺は、おそろしいのだ。
「ノブナガさんには、結果を報告しますね」
シェバが、ほほえんでいる。10年前の自分だ。俺を誘うでもなく、返事を待つでもない。
ヒトミも、俺と同じだったようだ。だけど、俺とは事情が違う。
ヒトミには、この世界の統一という夢がある。俺はただ、尻込みしているだけだ。
【僧侶】の〈ワープドア〉の魔法で、出された光の柱、簡易ワープゲート。その門をくぐって、シェバたち一行が、次々と消えていく。
もしかしたら、この件でシェバが〈垢BAN〉されたら、彼はこの世界を引退するかもしれない。
青春の思い出として、彼の記憶に残り、俺とは違う人生を歩むかも。
それこそ、俺の望んだ未来である。
「このままで、いいんですか?」
俺にしか見えない天使の使い、イングリッドさんが複雑そうに語りかけてきた。
イングリッドさんは、やがて来るこの世界の終焉を防ぎたいという目的がある。
もしかしたら、この〈BOT〉討伐は、イングリッドさんの望みにつながるんじゃないのか?
「……」
イングリッドさんが、少し悲しそうな顔になった。
「多分、違うと思います。この件でもしシェバさんたちが【処分】されたら、〈BOT〉にくみする理不尽な作品としての汚点を残すかもしれない。だけど、この〈裏BOT〉を何とかしないと、それはそれで問題になる」
だれの得にもならない……。
「かもしれません。それこそ、これが戦争、ということなんでしょうか」
うん……。
だけど。
そもそも。
〈裏BOT〉の目的は一体何なんだ?