変わる世界
ふと、意識が途切れた。そして目が覚めた。
隣で寝ていたはずの彼女は、居ない。
終末の日は、何をして過ごそうか。
意を決して、俺は彼女を宿に誘った。
「今日は、ずっと一緒に居てくれ」
そういえば、彼女を俺の方から誘ったのは、これが初めてだったかもしれない。
いや、誘ったも何も、頼み事自体、初めてだったような気がする。
だって、俺たちはウソの恋人。
何も干渉しない。ウソの恋人だから、相手に迷惑をかけちゃ、いけない。
求められたら、答えるだけ。
彼女は、ずっと一緒に居てくれた。
服を脱いで。
東京を突き抜ける中央線。
三鷹駅から東京駅までは30分といったところ。
そこで山手線に乗り換え、上野駅で新幹線を待つ。
あ、そういえば北陸新幹線が開通してたんだっけ。
金沢までは二時間とちょっとで付いてしまう。
驚いた。これじゃ近所みたいなものじゃないか。
金沢駅に電車が止まると、琴の音が聞こえてきた。ここは加賀。
ケータイを手に取る。
「知らない電話番号からは、取らないって言ったのに、すぐ出たね」
「そりゃ、そうだよ。ずっと電話、待ってた。遅いよ。もう夕方だし」
「ああ、そうか、ごめん。今、金沢駅」
「え」
彼女の驚く声が聞こえる。
「そうか、先に電話すれば良かったのか」
「まさかアポなしで金沢駅まで飛んでくるとは、思わなかった」
「ん、ごめん」
「あやまることは、ないけど。それじゃ、迎えに行くね。これから仕度するから、一時間以上かかっちゃうかも」
「だめだよ」
「え?」
「外に出たら、事故に遭うかもしれないだろ」
「あ、そうか」
「俺が迎えに行くから。必ず、迎えに行くから」
「そんな、大袈裟な」
「必ず、迎えに行くから」
「うん。わかった」
金沢駅の象徴、鼓門をくぐる。
外に出ると、なんだか、街全体から稲の香りがする。
成田空港を降りると、しょうゆの香りがするって言うけど、そういうのと同じなんだろうか。
タクシーに飛び乗る。
「お客さん、どちらから?」
「えと、東京です」
「観光? 良かったら、チャーターしない?」
「いえ、松任までお願いします」
「松任? なんも無いよ、あそこ」
「そうなんですか?」
「ああ、里帰りでもないんか」
「いえ、彼女の家に行くんです。初めて」
「あれ、もしかして結婚の挨拶とかか。立派な服着てるし」
「そうですね。実は結婚、三回目なんです」
ちょっとした嘘をついてみる。
「へぇー、そうなんか」
「あれ、驚かないんですね」
「ああ、この辺りじゃけっこう普通やからね」
「ははぁ」
本当の話かな? なんかまゆつばだけど。
住所のメモを運転手さんに渡す。
「ちょっと電話しますね」
着信音が鳴る前に、声が聞こえた。
「携帯の充電、大丈夫?」
「大丈夫。バッテリー、持ってきてるから」
「そっか、良かった」
「30分くらいで着きそうだって」
「すごいね。あっという間」
「ちょっと、ドキドキしてきた」
「うん。私も」
「私って」
ちょっと笑ってしまった。
「オレ、って言わないんだ」
「何よ、もう。でも良かった」
「何が?」
「やっぱりノブナガさんだな、って思った。ちょっと電話しただけなんだけど」
「そりゃ、そうだよ。変わらないよ」
「私は、あんなにかわいくないけど」
「ん、何か前、けっこうかわいいとか言っていたような」
「あう」
「ふふ。そうだ、どんなおうちなの。間違えるといけないし」
「えと、看板があるから大丈夫」
「看板?」
「家、おだんご屋さんなの。「大松庵」って看板、あるから」
「へぇー」
だんご屋さん。職人さんの家なのかな。
なんだか緊張してきた。
「あ、そこの看板のお店です。降ろして下さい」
「はいよ」
県道沿いのちょっとした集落に、その看板はあった。
辺りには水田が広がっている。
青空が水面に映っていて心地よい。
「いらっしゃいませ」
店番のおばさんが、挨拶する。
「何になさいますか」
「あ、いえ、ヒトミさんにご用事があって参ったのですが」
「ヒトミ?」
おばさんが、怪訝そうな表情を浮かべる。
しまった。よく考えたら本名、聞いてないぞ。
「どちら様でしょうか」
やばい。ここは正直に話そう。
「すみません。彼女とはお付き合いさせていただいていて」
これは「正直」といえるかどうか微妙なところだったか!?
「えっ。失礼ですが、お名前は」
「オダノブナガと申します」
「は?」
「すみません本名なんです。オダはオダでもあの織田とは違うオダでして……」
「はぁ、そうですか。ちょっと仁美に確認してきますね。仁美ー、オダノブナガさんがいらっしゃってるけど」
そう言って、奥の階段から二階へ上がっていく。
どうやらお母さんだったらしい。どう思われただろうか。
しかし我ながら、この名前のインパクトは強すぎて困ってしまう。




