まさかの邂逅
◇
ヒトミさんとかいうこの〈聖騎士〉の話によると、彼はどうやら俺より二週間ほど早くこの世界に入り込んだようで、この世界の「システム」について色々教えてくれた。
たとえば俺たちのことを〈二次元人〉と仮定して、
・〈二次元人〉だけが使える実装スキルは、一般プレイヤーには通常攻撃と見分けがつかないこと。
・プレイヤー個人同士で会話できる「ささやき」(WIS)システムは、対象の名前を認識していれば脳内会話として成り立つこと。
・ログアウトは出来ないこと。つまり、この世界からは出られない。
・〈二次元人〉は装備を見た目から判断できる。
・食欲などの肉体的な欲求がいわゆる三次元とはまったく違うこと。
・DEADすると、リザレクションされるまで身動きがとれなくなること。ただし、自動的にセーブポイントに戻される対人マップなどは別。
「俺は、この地で王を目指すぜ」ヒトミさんは言った。
いや、俺はいいよ。
先々のシステムのためにお金はくらいはためようと思ってるけど。
だけど、お前はどうなんだ。
確かに未来の知識があればMMOで王になれるかもしれないけど、運営にアカウントごと消去されたらどうするつもりなんだ?
「どうするも、こうするも、ないじゃん? 世界の王になれるかもしれないんだ。その可能性を考えたら、死なんてちっぽけなものだと思わないか?」
◇
一月ほどが経った。
「ノブナガ殿ぉ~。だから一緒にギルドやろうよ~。MMORPGはスタートダッシュが肝心だからさ、あと半年後に始まる対ギルド攻城戦までに人員、そろえたいんだよね、じゃん?」
……あれから女騎士、ヒトミさんこと(今や俺の中では「ひとみん」扱い)は何かあるにつけ俺の元にやってきて、ギルド入りの勧誘をしてくる。
まったくもう、面倒くさい。
ひとみんは無視して、いつもの通り、日課となっている城外に散歩に出る。
「ノブナガ様」
ぬ、イングリッドさん、何?
「ヒトミ様にも誘われていましたけど、ノブナガ様は、ギルド入らないんですか? 城入り口で募集してる人もたくさん居ますけど」
いや、入らないよ。
「えー」
あのね……。ギルドなんか入ったら絶対ボロが出るだろ。ハッキリ言って俺はまだ死にたくないんだよ。
「しかし、ノブナガ様にはこの世界を救うという使命が!(キリッ)」
いや……、貴方この流れでよくそんなこと言えますね……。世界を救うとか言う以前に、自分の身を守ることしか考えられないぞ、今は。
「まぁ、そうですよね……。でもボクは最後まで信じてますから」
……はいはい。
しかし確かに、フレデリカ城外では今日もギルドメンバー募集の人たちで賑わっている。
「おーいるいる、今日もフレデリカ南はギルメン募集で大賑わいですな」
ひとみんが人ごとの様にのたまう。
ていうか俺にかまってないで、ひとみんもギルメン募集とかした方がいいんじゃないのか?
「いやいや。ウチは基本紹介制だから。素性の分かんない奴をホイホイ入団させても、強いギルドなんか作れないから。サークラ(サークルクラッシャー)抱えてグチャグチャになるのがオチじゃん?」
……ま、まぁ、言っている事は分かる。
俺もかつてはギルドマスターだったからな……。
でもそういう一期一会もネトゲの醍醐味なんじゃないのか?
「いや、オレらにとってはネトゲじゃなくて現実じゃん?」
まぁそうなんだけど。
フレデリカ南城外フィールドでギルドメンバー募集をする人々の頭上には、通称【看板】と呼ばれるウインドウが開かれている。通常はその窓をダブルクリックすれば、チャットウィンドウが開かれる仕組み。俺達には、その看板をノックする人々の様子が目に映る。
「あーあの看板、【対人△、おしゃべり中心ギルド】とか書いてある。こういう中途半端なギルメン募集が不幸を生むんだよなぁ」
「わ、何だあのギルド、【ギルド崩壊の危機、入団お願いします】だって。ギルマスがギルメンに救いを求めてどうすんのよ……」
ひとみんの評価は 、いちいち手厳しい。
この人、本当にいけすかないなぁ、と思わなくもないが、かつていくつかのギルドを潰してきた自分には合点のいく言葉もある。ボランティア組織の運営って本当に難しいのだ。
「ギルド入りませんかー」
「ギルメン募集中ー。溜まり場○ギルド狩り○会話◎」
「初心者大歓迎。会話中心まったりギルド」
「対人戦に興味ある方。二次職限定」
「プリさん急募。男女問いません」
チャット【看板】だけでなく、画面全体メッセージでもギルメン募集の声が聞こえてくる。
ううむ、ちょと懐かしいな。俺もギルドマスター時代はこうやってギルメン募集したっけか。
ついこの間ひとみんを「うwざwいw」とか思ってしまった自分だが、よく考えたら俺もあまり変わらなかったのかもしれん。若かりしころのオレってば、なりふり構わないところあったからな……。
……って、あれ?
「ノブナガ殿?」
歩みを止めた俺を、ひとみんが不思議そうに見つめる。
なんだ?
城外で、やけに見覚えのある顔がギルドメンバーの募集をしている。
銀髪ショートで、切れ長の目。
黒装束に身のこなしを重視した必要最低限の防具のみを許される〈暗殺者〉。
名前は……、シェバ。
「おいおいどうしたんだ? ノブナガ様」
いや、どうしたもこうしたも……、あの〈暗殺者〉(アサシン)。
「ギルメン募集してるな。もしかして気になったとか?」
いや、気になったというか。
あれは……、もしかして十年前の俺じゃないのか!?