ひとみんが、あらわれた
◇
あれから一週間。
目に見えて人が増えてきた。
首都フレデリカのメインストリートには玉石混淆、さまざまな品揃えの露店が立ち並んでいる。ちょっと前まで露店は少しずつ間を開けて整然に、が暗黙のルールだったはずだが、ここ三日でそんなこと言っるヤツは負け組、なんてばかりに増えてきた。特にプレイヤーが死に戻りってくるセーブポイント近くや城出入り口は山手線もビックリの大変な混雑である。
お、〈枝テロ〉だ。
ランダムでモンスターを召喚できる〈モンスターの枝〉。それを使って混雑地帯にモンスターを呼び出してプレイヤーにけしかけるこの〈枝テロ〉は、『ドラゴンサーガ』のちょっとした名物。
もちろんノーマナー行為には違いないのだが、喧嘩は祭りの華というか、にぎやかしい感じである。まぁ、真面目に露店とか開いてる人にとってはやっぱり迷惑行為以外の何物でもないんだけど。
しかし、俺がチートかぁ。
この一週間、そのことばかりを考えている。
課金直後のこの『ドラサガ』黎明期に10年後のスキルを使えてしまう……。
俺の存在って一体……。
おーい、天使イングリッドさん、いる?
「はぁい」
あのさ、もし俺がチートキャラだと思われてさ、アカアウント停止とか食らったら、どうなるわけ?
「うぬぬ」
「それはもしかしたら、輪廻の輪から外されることになるかも知れません」
……ん、何、どゆこと?
「ボクたちには魂というものが存在します。これは天使だろうが人間だろうが動物だろうが存在します。というより、存在する、ということが魂と同義語みたいなものなんですけど」
むむ?
「魂があるから存在するということでもあり、存在するから魂の証明にもなるということです」
うん。分かんないけど、それと輪廻とどんな関係が?
「輪廻、というのは精神がさまざまな世界で受肉を続けることをいいます。この場合の世界は過去未来、あるいは次元を問いません」
ほうほう。
「それは魂がある限り続きます。大小はあれど存在さえしていれば魂は証明されますから、永遠、とは言いませんが魂は時空を越えて悠久の旅をすることが出来るわけです」
……ふむ。
「だけど、その魂が何らかの手によって消去された場合は別です。存在が無くなるわけですから、輪廻もそれ以上は続きません。表現としては必ずしも適当でないかもしれませんが、事実上の死、虚無を迎えることになるでしょう。そしてその虚無は、魂にとって必ず恐怖です。例外はありません」
分かったような、分からないような。
だけど確かに、自分にとって輪廻の終わりが恐怖だということは分かる。
それだけは、絶対に迎えたくない。消えたくない。
俺がこの世界に存在する以上、俺の行動はログという形で何かしらのデータにひずみを残しているはずだ。ちょっとしたことならありがちな間違い(バグ)ということで見過ごされるだろうが、俺にとってはちょっとでも生死に関わる事態である。
未来のスキルを使うのは、可能な限り控えた方が良さそうだ。
あとは、噂になるのもまずい。有名になって根掘り葉掘り俺のキャラクターを解析されたら……。
まあ深く考えても仕方ない。
昼寝でもしようかな……。
フレデリカ南フィールドには向こうから攻撃を仕掛けてくるようなアクティブモンスターはいないし、見た目にもかわいらしいモンスターが多くてのどかのどか。
人気の少ないフィールド端の木陰にねそべって、しばしの睡眠。
なかなか心地いいものですな。Zzz。
……。
ん……。
「ねえ、そこの〈鍛冶屋〉さん、ヒマ?」
むん? 俺のこと?
〈聖騎士〉……か?
しかも女キャラだ。
少し赤みがかかったような艶のある黒髪ポニーテールの先はざんばら。眼帯でキメてて物腰はいかにもがさつ、って感じだ。
「いやね、今ギルメン(ギルドメンバー)募集中でさ。そこな〈鍛冶屋〉さん、ウチのギルドに入ってオレとさらなる高み、目指してみな~い?」
な、なんだ、こいつ。いきなり……。人が気持ちよく寝てるトコ起こしてからに……。
あ、もしかして向こうからは俺が寝てるって分からないのか? 『ドラサガ』世界じゃ「座る」コマンドがあるだけだし。
「レベル上げ、大変でしょ? オレが敵集めて、ウチのギルメンが大魔法でぱぱっと倒せば、レベル上げなんてあっちゅーまじゃん!?」
いや、俺レベル上げとかあんまり興味ないから……。(あんまり目立ちたくないし)
「おお、また女子ゲットですか!」
……天使イングリッドさんがここぞとばかりに視覚化する。
「ノブナガさん。モテモテじゃないですか!?」
……いや、こいつネカマだから。
「いやいや、またそんな事言って~。よく見たらけっこう上玉じゃないですか。コノコノ」
……『ドラサガ』世界はゲームの中だからみんな美形なの。人間が大事なのは心です。見た目に惑わされてはいけません。
「えー」
それにね……、
■ネカマ透視術その弐@ヤケにレベル上げとか強さにこだわる女キャラはネカマ
……リアル女子はあんまりレベル上げとかにこだわったりしないの。ギルドに入ってもずっと溜まり場で座ってて、ギルメンがログインしたらちょいちょいおしゃべりしてるくらいが定番なの。
「……いや、中にはレベル上げが好きな女子もいるかもしれないじゃないですか」
いやいや。せっかくレベル上げ手伝ってあげても「やっぱり髪型が気に入らなかったので、キャラ作り直しちゃいました~」なんて言うだけだから。
「なんかノブナガさんの個人的な体験ならびに私怨が多分に含まれてる気がしますが」
……知らぬ存ぜぬ。戦闘フェチの女子なんて漫画とかゲームの世界にしかいないの。
「いや。ここゲームの世界でしょ」
……まぁそうなんですけどね。
「? どうした? 回線でも悪いかな」
あ、ごめんなさいね〈聖騎士〉さん。
今、WIS中だったのです(嘘)。
で、何だっけ。
「そうそう。いやー、〈鍛冶屋〉さんメインの人って少ないんだよねー。それに属性付きの鍛冶屋武器も創りたいじゃん。ウチのギルド銘のさ」
……は、はぁ?
こ、この〈聖騎士〉、自分が何を言ってるのか分かっているのか?
〈鍛冶屋〉の目玉システムの一つである〈武器製作〉で創られた武具には、制作者名が〈銘〉として刻まれる。たとえば俺が製作した武器は、〈ノブナガの刀〉なんていう名前になる。
〈ノブナガの刀〉か。ちょっとかっこいいな。恍惚。
……はっ、いかんいかん。
ともかく、〈銘〉を入れるには、それに応じた名前のキャラクターを創る必要がある。
つまり、この〈聖騎士〉は、俺のキャラを初期化して、自分のギルド名の入ったキャラを創れ、と言っているのだ。
「どう、ナイスアイディアでしょ? ナイスでしょ? 製造型でも効率いいレベル上げの方法とかも、オレが教えてあげるから大丈夫じゃん?」
しかし何なんだ、この尊大&馴れ馴れしさは。メインキャラでろくに戦闘が出来ない製造系やらすのとか拷問以外のなにものでもにような気がするのだが。
ううむ……。昔からどうも〈聖騎士〉とはソリが合わないんだよなぁ。
騎馬に乗って、人を見下ろしてる感じとか、どうも苦手。
「ウチのギルドはエリート職しか居ないからさ。そんな中に入ったら、きっと楽しいよ~」
はぁ……。
じゃあ参考までに聞くけど、〈暗殺者〉はどう思う?
「〈暗殺者〉!? まじうけるw」
なにが?
「だってあんなの、おひとりさま専用のぼっち職でしょw 『ドラサガ』で〈暗殺者〉とか、マジやめたほうがいいよ? 悪いことは言わないからw」
……。(うwざwいw)
いや、ギルドとか入る気ないから、ごめんね。
「え? 何で、何で? ギルド入った方が楽しいよ?」
……知らんがな……。めんどくさいから俺、行くね。
……。
いや、どうして付いてくるんだよ。
「いや俺、お兄さん気に入っちゃったんだよね。ギルメンはいいからさ、友達になろうよ」
だから何でタメ語なんだよ……、と思いつつ。
逃げるか……。
……あ。
ログアウトできない……。
ディスプレイの前ならめんどくさいことがあればログアウトして寝ればそれでいいのだが、この世界でただ一人生身の俺にとってはそうはいかない。
こ、こりゃめんどくさいことになったぞ……。セーブポイントに戻る〈蝶〉は切らしてるし。
まぁいいや。
フレデリカ城内の人混みに紛れれば捲けるだろう。
「なんて、冗談、冗談だよ、兄弟」
?
何がだ。
「……ギルメンは諦めるからさ、これから兄さんって読んでいい?」
……今までの話の流れでどうしてそうなるか聞きたいのだが。
「だって、この前カタコンベで、すごい技使ってたじゃない?」
何……?
「兄さんも、未来から来たんでしょ。だったら、仲良くしようよ?」