垢バンにふるえる俺と半裸の天使
驥はその力を称せず。
本当の名馬は、自分の力を誇示したりせず、気品があるものだ。
論語より。まったくいい言葉だぜ。
ここはMMORPGの世界。そして、俺はそこに墜ちた未来人。
俺の〈宝庫〉には、10年後の武具達が、ひしめいている。
ここはサービス開始直後のMMORPG、『ドラゴンサーガ・オンライン』。
かつて廃人と言われながら集めたこの10年後の武具を一降りすれば、俺はたちまちこのこの世界の英雄となるだろう。
だけど、俺はそれをしない。本当の英雄はその力をひけらかさないものだから。
「本当は、使いたくて使いたくてたまらないんでしょ、勇者様」
うおっ! イングリッドさん、いつからそこに!?
「いや、さっきから居ましたよ。勇者様が気付かないだけで」
……優しくはばたきながら飛ぶ、てのひらサイズ半裸の天使、イングリッドさん。
この人(?)は、やがて来る『ドラゴンサーガ・オンライン』サービス終了の憂き目から救うため、俺をこの世界に勇者として(騙して)遣わした張本人である。
「騙しただなんて、勇者様も人聞きが悪い」
いや、100%騙してますよね。俺はMMO廃人として費やしてしまった10年間を取り戻したかっただけなのに。
「だから、やりなおせばいいじゃないですか! 世界の勇者だなんて、それこそ本望では?」
……無理やりチート能力にされ、運営の垢バン(アカウントバン)に日々恐れる俺を勇者呼ばわりできると申すか。
「申します、申します。せっかくだから、使っちゃいましょうよ、その廃人装備。それでBOT一掃しちゃうとか、どうですか!」
確かにこのMMORPG黎明期のBOTは問題だと思う。だけどな、BOT一掃したからと言って、MMOは盛り上がるワケじゃないんだよ。
「そうなんですか? だってBOTって悪いんじゃ」
もうこの世界ではBOTが生産した格安のレアアイテムが流通し始めている。それを求めるプレイヤーは、確実にいるんだ。そしてその格安レアアイテムが無くなれば、彼らの多くは、去る。
「そんなぁ」
だって早く強くなれたほうが、単純に楽しし。だけど簡単に強くなれても、ゲームとしては寿命が縮むだけなんだが。
「なんか、むつかしいですね」
むつかしくない。何でも終わりはいつか来るってだけっていう話。
「それ、勇者様の存在と矛盾しませんか」
するね!
すごく、するね!
俺が勇者としていくらこの世界をよりよいものにしても、いつかは終わりが来るんだよね!(涙)
気にしてることだから、あんまり言わないでね!
「あ、すいません」
分かればよろしい。
混沌きわまるMMORPG黎明期のゲーム世界。
俺はこの世界で、勇者として、生きている。




