1章 02話 森の民の村。異変。森聖と氷炎。
4話目(1章の2話目)です。
前回より微妙にみじかいですが、話の切れ目が良かったので。
それでは、どうぞ!
※誤字脱字、御報告、随時お待ちしております。
助けた親子は、俺とリルが向かおうとしていた森の民の村、そこに住む村人であった。
何をして森の民とするのか、リルに問うたところ、
「ほれ、親子の耳を見てみろ。あの細く尖った耳が特徴じゃの。エルフなどと呼ばれておったか、森の神を信奉する者達よ。」
他にも聞きたい事はあったにはあったが、助けた親子の父親が話しかけてきたために言葉を一時中断する。
「先ほどは、ありがとうございました。助けて頂かなければ私達親子の命は無かったでしょう。」
そういって、涙ながらに手を握ってくる。深い感謝の念を感じ、少し照れくさく感じる。
「当たり前の事をしただけです。」
照れ隠し以上でも以下でもない。そんな様子を、リルは面白そうに見ているだけだ。何度も、ありがとうと繰り返してくる父親に所在なく、頭を掻きながら対応しているのだ。ちょっと助けるような素振りを見せても良いと思うのだ。
「あなた、恩人様が困ってらっしゃいますよ。」
意外にも救いの手を差し伸べてくれたのは、母親だった。
「私からも、最大限の感謝を。私はアルフェ。娘のアルトです。夫はホルンといいます。」
そう言いながら、左手はスカートを持ち、右手を胸のあたりで固定し、左の足を右の足の後ろにながす。そして、ゆっくりと腰を折る。その優雅な所作に目を奪われた。
エルフという種族の持つ神秘的な雰囲気が、その優雅さに良く合っているように思える。
それに対して、父親は、はっとした顔をしつつ、右の手を胸に当て腰を折る。父親の方は、優雅さよりも力強さを感じる所作だ。
それに対して返す礼を持たない俺は、変わらず頭を掻いている事しか出来ない。記憶がないという事はやはり、こんな日常的な事に不具合を生じさせる。
「どこかへ向かわれるところでしたか?」
そんな俺を見てニコリとしながら、母親が尋ねてくる。
「えぇ。森の民の、貴方たちの村へ向かうところでした。」
「まぁ、それは! それでは是非、お礼をさせてください!」
当初の予定通りに答える。
アルフェさんは嬉しそうに笑い、ホルンさんもそれに倣うように笑顔となった。
終止、娘は母親の後ろに隠れ、アルフェさんのスカートと自分のスカートを握っている。こちらを除き見るアルトと、ふと目があっても、また、さっと後ろに隠れてしまう。人見知りだろう。子供にとってよそ者の俺は、珍獣とそう差して変わりないのは想像に易い。
「お礼など、そんな気にしなくても大丈夫ですから。」
そうは言いつつも、目的地は一緒であるのだから、無下に断るわけにもいかないのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
荷車のは、半分以上が燃えてしまっていたが、もう半分は無事であった。急ぎ荷物を回収する為に、ホルンさんは先に走って村へと戻って行った。
あのような状況に陥った経緯を少し聞いてみた。
「森を抜けたところにある町まで、村で採れた森の恵みを売りに行っていました。」
助かったとは言え、怖い思いをしたため、若干声色は暗い。
売ったお金で、村の必要な物資を購入し、それを持って帰るところであったという。町まで歩いて五日。もう後少しで村だというところで、火蜥蜴と遭遇してしまったのだという。
「馬を進めていたところ、後ろから火球が飛んできました。なんとか馬を止め、離れる事は出来たのですが、ぞろぞろと出て来た火蜥蜴に囲まれてしまい…。」
「こんなところで火蜥蜴なんぞが出るとは、珍しい。不運であったの。」
この世界には、火蜥蜴のような魔物が少なからずいる。しかし、このような森に現れるような魔物ではないらしい。
もっと火の気が強い場所、火山であったり砂漠であったり、平原でも見なくはない。この辺りは、木の気や水の気が強く、むしろ真反対とも言えるらしい。
「気っていうのは?」
「気というのはな、その土地がもつ力のようなものじゃ。魔法もの、気の影響を多少受けるのじゃ。」
疑問に思ったことを聞いてみたが、分ったような分からないような説明だった。ようは、相性の問題じゃ。とは言われつつも、俺は何とも微妙な表情であるに違いない。
ふと、アルトと目が合う。今度はじっと、俺の方を見てくる。その目には怯えの色はない。むしろ、好奇心のようなものを感じる。
「どうしたの?」
「……。」
思い切って声をかけてみたものの、もじもじとするばかりで、返答はない。
「すいません、あまり外の人に慣れていないので。町でもこんな感じだったんですよ。」
やはり、人見知りらしい。こまったものです。といいつつ、娘の頭を撫でるアルフェさん。
良好な親子関係を垣間見る。チクリと胸が痛んだような気がするが、そんな様子をおくびにも出さないように抑え込んだ。
微笑ましい雰囲気のまま、母親が気軽な様子で尋ねてくる。
「失礼ですが、お二人はどちらからいらっしゃったのですか?」
三人を助けた事で、かなり心を砕いてもらっているのは分かる。しかし、正直に答えたらどうなるのだろう。不審に思わないだろうか。いや、間違いなく不審に思うだろう。俺にしたって旅支度をしているわけではない。リルに至っては軽装も良い所だ。どんな二人だと、俺は今更ながらに思うが、こればっかりはどうしようもない。
心を砕いてくれた相手が、手の平を返すように不審な眼差しを向けてくるとは思えないが、葛藤がどうしても生まれる。
「ちょっと訳ありじゃ。」
びくっとして、リルを見る。ニコニコとはしているが、問答無用。そのような気配をにじませている。
そんな事を言えば、怪しい事この上ない。何ということを!と思いつつ、リルに目線を送るが、こちらの目線に気付いているくせに、態度を崩すことはない。思わず、はぁと溜息をついてしまう。
「なるほど、訳ありなのですね。」
今度はアルフェさんに驚いて、そちらを見てしまう。相変わらず、ニコニコと優しい笑顔をにじませている。
ふんわりとした雰囲気。
「旅支度を見ませんが、今夜どちらかにお泊りのご予定はありますか?」
などと、続ける。
訳は聞かない。暗にそう言われた気がして、そんな気遣いがとても嬉しかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そのまましばらく、同じような雰囲気で話をしながら村へ向かった。
途中何度か居たたまれない気持ちになる事はあったが、人の優しさに触れ、良い時間、経験になったと思う。
話せる範囲で、というより、話せる事自体がそもそも殆ど無いのだが、自分の記憶が無い事は母親に説明した。リルは、倒れていたところを助けてくれたのだと、当たり障りなく説明する。
リルは終始、訳ありじゃと笑いながら言っていたが、それでは何も説明になってないだろうとは指摘しなかった。
今この場で一番凄いのは、このアルフェさんである事だけは間違いなかった。
「見えてきました。あそこが私たちの村です。」
大樹があった。
近くにくるまで気付かなかったのが不思議な程。それは天にも届くのではないかという程に大きな樹であった。
複雑に絡むような幹から出た枝の先は、遍く青々とした葉に包まれている。
いったい、何人が手を広げれば、あの樹を囲う事が出来るのだろう。
老獪さを感じる襞だが、しかし、それは瑞々しく張りがある。遠くから見れば複雑に絡むようなそれだが、近くで見ればきっと、その辺に伸びている木々よりも大きく分厚いだろう。
枝が広がり、茂っているにも関わらず、その麓は不思議と暗くは見えない。十分な木漏れ日が、その麓に届いている。
そして、さらに目を引くのは、その木の周囲を囲むように足場が設けられ、その足場の上に家々が建っている事だ。人が動く影も僅かながらに見えるが、それはより、この木の大きさを強調している。
大樹は、その枝…いや、腕に、人々の暮らしを支え、抱いていた。
「なんて大きな樹だ! でも、こんな木、遠くからは見えなかったと思うんだけど。」
陳腐な感想と、素朴な疑問。
「旅のお方が、普通に立ち寄ろうとしても、私たちの村にはたどり着けません。」
どういう事なのだろう。
何となく意味が分からないけではないのだが、理解は出来ない。
しかも、リルとこの村へ行こうとしていたのだ。
「結界です。魔法の力で、御神木と村を覆っているんです。だから、遠くから見ても御神木は見えないのです。それに、私たち森の民と一緒でなければ、近づけないようにもなってるんですよ。」
母親の方から、そんな説明があった。そんなことも出来るのか、と魔法についての認識を改めさせられた。
戦いに使うばかりではない魔法という力。単純なものではないという事か。
しかし、それよりも、リルの行動に疑問が出てくる。たどり着けない場所にどうやって立ち入る気だったのか。そして、この村を目指していると言った時の母親の反応も不可解だった。
そんな凄い魔法である。いきなり旅の腰を折られる所だったのではないか。
「リル?」
「後で。じゃ。」
リルに真相を聞くべく声をかけるが、後回しにされてしまった。
何か方法があったのかもしれない。
それでは、ご案内しますね。という声と共に先に進む母親の後をついていかなければならなくなり、リルに対しての不満を上げる事が出来なかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アルフェさん達の家へと案内されていた、その時だった。
ザワザワと落ち着かない雰囲気の男たちが、一際大きな家のある前で集まっていたのだ。
「ってことは、何か、魔物の群れがもうすぐ近くまで来ているってことか?!」
これは、只ならない事だというのが、血相を変えた男たちを見て瞬時に分かる。
「ホルンさんが襲われたっていう、そいつらは、群れから逸れたやつだったのかもしれないな…。」
鎮痛な面持ちで、また違う男が言葉を発する。その言葉を受け、さらに空気が重たくなったのを感じた。
「あの…。」
思わずだった。
思わず、声が出たのだ。
「おぉ!先ほどの! ようこそいらしてくれた!」
ホルンさんがコチラを認め、勤めて明るく声をかけてくる。
「先ほどの話、ちょっと聞いていたんですが…。」
折角、場の雰囲気を変えようとしてくれたホルンさんには、悪いと思いながらも、聞かずにはいられなかったのだ。
ちょっと気まずそうに目線をそらしながらも、見下ろした先。人の壁が無くなり見えたその情景に息を飲む。
「こいつらが、知らせてくれたんです。」
悲しそうな、そして悔しそうな声でそう呟くようにホルンさんは言う。
若い、男性二人。
皮の鎧のようなものを着こんでおり、兵士然とした凛々しい二人だ。
しかし、その様子は、常ならないものだった。
皮の胸当ては惨たらしく引き裂かれており、夥しい量の血が流れた跡がある。
腕や足には擦り傷とも、切り傷ともとれない怪我。
腰に差した鞘には、恐らく剣があったのだろうが、その剣はどこにも見当たらなかった。
そして、苦しそうに閉ざされた口には、呼吸を感じる事が無かった。
「俺達が襲われていたのは、村の南東。村の東側で警邏と狩りを行ってた連中が、魔物の群れを見つけたんだそうだ。」
苦しそうに、絞り出すように語る。
六人で行動していたらしい。群れを見つけたまでは良かった。いや、良くはなかったのだろうが。群れとは言え、小規模ではあった。放っておけないとその群れを追いやる事にした。
しかし、最初は居なかった魔物が段々と集まりだした。
手に負えなくなり、中でも若かったこの二人に伝令を任せ、他の者はその足止めを行った。
何とか、村までたどり着き状況を伝え、息絶えたんだそうだ。
「でも、結界があるんじゃ…。」
「それなんだがな、結界がちゃんと働いていれば、そもそも出くわす筈がないんだよ。」
何か問題が発生してるのかもしれん。その言葉を最後に、一同は黙り込んでしまった。
「リル、どう思う?」
「ふむ。何か変な事が起っておるようだの。結界の力は確かに弱まっておるように感じる。」
小声でやり取りする。情報の持ち合わせが無い俺は、リルを頼るしかない。歯がゆくはあるが。
リルは大樹とは反対方向を眺める。結界とやらがある方向を見ているのだろう。俺には、ただ、広い森が続いているようにしか見えないのだが、何かをそこから感じ取る事が出来るのかもしれない。
「弱いとは言え、結界があるからの。我の鼻も十分には利かぬ。」
「どうにか出来ないのか?」
ふむと、あごに手を当て、考えるような仕草をする。
「出来なくはないがの。我らにとっては不利益しか生まぬぞ?」
思いついた事があるのだろう。あまりお勧めは出来んが、乗り掛かった船じゃしのうなどと言いながら、尚も思案する仕草を続ける。
リルが言うには、問題は魔物の群れでは無いのだという。群れてしまっているのは、リルからすれば有象無象だと。群れに問題が有るのではなく、群れてしまっていること、そしてそれらが結界の内部に入ってしまうという事に問題があると。
「何か手があるんなら、俺は協力したい。この村はすごく美しい。それが壊されてしまうかもしれないのは、悲しいから。方法があるなら教えてくれ。」
「ふむ。別に手を貸す事自体には、思うところは無いのじゃがの。ちぃとばかし、気に食わん事をせなばならん。」
真っ直ぐとリルの目を見据えながら、俺がしたいと思った事をハッキリと言った。全面的にリルが協力してくれなくてもいい。俺にはない知識や知恵を与えてくれるだけで良かった。
気に食わない事とは何なのだろうか。リルは、めんどくさいのうなどと言いながら頭を掻く。
「嫌なら、無理にとは言えないんだけど。」
嫌がるリルに無理強いはしたくない。群れを退治する事ならば、俺でも村の人に手を貸す事が出来るだろう。逆を言えば、それくらいしか出来ないとも言えるが。
「お主は、お人よしじゃのう。ふむ、そこまで言われて何もせなんだら、我が悪者みたいではないか。」
などと、見た目に似つかわしいふくれっ面をする。獣姿の時の凛々しさは面影もない。
この姿の事についても聞きたいのだが、そんなどころではない。こういうものなんだろうと無理矢理納得させて気にしないようにする。
「ちょっと我についてこい。」
そう言って、勝手に大きな家へと歩を進める。
「い、いいのか?」
「かまわん。」
いや、リルが決める事ではないと思う。なのだが、ぐんぐんと進んで行ってしまうのを、俺はただ追いかけて行った。
振り向くと後ろでは、ホルンさんをはじめ、男たちが、息絶えた村の男たちを運ぶ。アルフェさんらは、女性たちもすべき事があるのだろう。しばらくの間、俺達の事をキョロキョロと探していただが、諦めて村の奥へと消えていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おい、クルゴン爺!おるか!」
大きな家に入るなり、リルが大声を出す。
「ちょっと、リル、何してるの!」
思わず小さく絞った声で、静止してしまう。
記憶がなくなっていたって、他人の家に入るなり大声で叫ぶのはまずいという事くらいは分かる。
「なんじゃ、騒々しい!今それどころ…じゃ…。」
家の奥から、白髭の老人が杖を突きながらやってくる。そして、こちらを見るや否や、言葉に詰まってしまう。
長く真っ直ぐな白い髪。髭もまた髪と同じく長く真っ直ぐに伸びている。服装はゆったりとした、ここの大樹のような深い緑。手に持つ杖は、老人と同じぐらいの背丈はあろうか。先端には薄く白濁したような玉がついていた。
人の好さそうな、と言えば、誰が見ても頷くであろうそんな皺のある顔は、この時にあって驚愕に彩られている。
ふと、横をみると、ニヤリと笑いながら、体青い光を放っているリル。対峙した時までの圧力は感じないか、それでも相当な圧力を放っている。
「久しいな、森聖の。」
そのままを解釈すれば、この二人は旧知なのだろう。見た目だけで言えば、孫と祖父。だが、祖父の家に遊びにきた孫には、振る舞いと言葉づかいのせいで、全然見えない。
「これは、氷炎殿…。」
そう言いつつ、片膝をつき、頭を垂れる老人。
「氷炎?」
リルを指しているであろう、その言葉。まだよくリルの事を知っているわけでは無いが、耳慣れない言葉に何となく聞き返してしまう。
「まぁ、我の渾名のようなものじゃ。」
と、コチラを向かず、老人に目を向けたまま返すリル。
先ほどまで出ていた青い光はもう出ていない。
しかし、依然として、膝をついた老人は立ち上がる事はなく、頭を垂れたままこちらを見ようとはしない。
「そう、畏まるな。楽にしてよい。森聖の。ちと話があって参った。」
見た目に反する貫禄を滲ませながら、直るように促すリルは、まさしく王の風格である。
「はい、この老いぼれに出来ます事であれば、何なりと。」
この老人をして、その貫禄は十分なのにも関わらず、遜るその姿に違和感しか感じない。
ふと、リルが言っていた言葉を思い出す。
―我が名はな、人の子。万人が聞いて、万人が恐れを成す。そういう名じゃ。―
気軽に接していた俺の方が、異質なのだろう。それを、ここに来て初めて強く実感したのだ。
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