1章 01話 名付け。旅立ち。驚き。
3話目です。少しだけ長くなりました。
どうぞ!
※誤字脱字、御報告、随時お待ちしております。
この世界には、様々な生き物が暮らしている。
人属。獣人族。魚人族。翼人族。鬼人属。龍人属。などなど。
それぞれ、時に混じり、時に離れ、それぞれの村や町を作り生活している。また、それを好しとしない者は、森の中や海の中、山の中で部族単位で生活している者も居るという。
世界は時として美しく、そして醜いものだ。とは、銀の獣の言である。
『急く事はない。世界は逃げはしないからね。』
世界を語る銀の獣は、語り部のようで、詠い手のようであった。
詠い手は、浪々と、世界の理を語る。
世界は、神の手によって創られた。何もなかった所に、様々な神が祈りを捧げ、そして今この世界の原初を創ったのだという。
銀の獣の背を追いながら、歩を進めていく。
やがて、獣はその足を止め、こちらを振り返った。
『さぁ、ごらん。何も知らぬ人の子よ。これが世界さね。』
振り返った銀の獣の向こう側には、洞窟の出口らしき場所から、光が差し込んで来ている。
思わず俺は、足を早める。
早歩きから、段々と早く。最後は転がり出す勢いだった。
眩しい。当然かもしれない。暗い洞窟から、突然明るい外へと出たのだから。
陽の光に目が眩む。
少し目を擦りながらうっすらと目を開け、そして段々となれた俺の視界に映った世界。
息を飲む。
「っ!!!」
山の中腹にある石舞台。突き出たそこからは、想像を絶する世界が広がっていた。
ここから見える足下から、深くそして青々とした森が続いている。生命の息吹を感じるその青の中には、極彩色の小鳥達が飛び、歌い、羽を休めている。木々を渡る小さな獣の姿もあった。
やがて森の木々は疎らとなり、緑の草木が生える平原へと続く。首の長い、四つ足の獣が群れで駆け抜けていく。また違う動物達は草を食み、時に違う動物に狩られ命の輪を繋いでいる。
緑の草がなく、茶色い地面が見える細長いところは道であろうか。交差し、曲がり、平原を壊さない程度に続いている。
その奥にはさらに森があり、その奥には荘厳な山々が連なっていた。雪…だっただろうか。その山々の山頂を白く染め上げている。弱き者は近づけない。そんな姿を悠然と晒している。
そして、空はどこまでも広く、青く。白い雲をその中に浮かべ、翼があるものの生活を優しく抱えていた。
言葉にするには、自分の持ち合わせているものでは、明らかに賄えるものではない。いや、それはもう語呂だとかの問題ではないのかもしれない。それでも、敢えて言葉にするとすれば、そう。
「美しいな…。」
ふふっと、笑うような気配が背後にある。子供のような姿を笑っているのだろうか、それとも美しいと世界を褒めた事が嬉しかったのだろうか。はたまた、その両方であるか、それは俺にも分からなかった。
『重畳。そう、世界は美しい。今はそれで良いと思うぞ。」
「あぁ…。」
難しい言葉を使う必要もなければ、今この目の前の情景を深く読み解く必要もない。
あるがままを受け入れる。
何も知らない。何もない、そんな俺だからこそ、この情景の全てを感じるのではないか。そんな風に思えば、今、俺が置かれている状況というのも悪いものではないのかもしれない。
当然、胸を締め付ける不安は消える事はない。しかし、それすらもこの世界は、優しく受入れてくれるそんな気がしたのだ。
「なぁ、俺に。この俺に、世界を教えてくれ。」
振り返り、自然と口をついて出たのは、懇願であった。
生まれたばかりの赤子と変わらない俺は、請い、願う事しかまだ出来ない。
この銀の獣は受入れてくれるのだろうという、根拠のない自信もあった。
『ふんっ。実に手の焼ける事よ。』
鼻を成らし、面倒だぞと言わんばかりであるが、その表情は穏やかに見えた。言葉通りの意味ではないと思う。優しき獣だ。
「じゃあ、最初に…。貴女の名を。」
近づき、獣の顎に手を添えながら。
それは今更と言えば今更な。しかし、そう簡単な事でもなく、そしてとても大切な事だと思った。
ふんっと、一つ鼻を鳴らす。
『よく聞け、人の子よ。我が名はフェンリル。この大地を揺らすものじゃ。』
名を語った獣の銀の体から、青い光がより一層強く溢れ出す。こちらに向けた眼差しには、確かな力強さがあった。気圧されそうになりながらも、足に力を入れて踏みとどまる。物理的な圧力すら感じる力の奔流。屈してはいけない。それだけは分かった。
『我の力に触れ、それでもなお踏みとどまるとは、誠、面白い奴じゃ。』
そう言いながら、足を折り、その場に伏せる。
先ほどまでの光は治まり、僅かな光すらもなくなる。力の奔流もなくなり、ほっとため息をつく。下手をしなくても、あそこで屈していれば、今こうやって息をしている事も無かったかもしれない。
「フェン、リル。フェンリルか。きれいな響きだ。」
『何!? はーーははははは!』
伏せたまま、大声で笑いだす。
『綺麗か、そうか。我が名はな、人の子。万人が聞いて、万人が恐れを成す。そういう名じゃ。それを綺麗か。』
長生きはしてみるものじゃのと、笑いを堪えようとしている。褒めたつもりで、笑われてしまうなど、不本意極まりない。羞恥すら感じるが、それは好しとしよう。
「恐れを成す、名なのか?」
思った事を口にする。
『そうさね。力を持たぬ者にとって、我が名は、暴力であり、厄災だ。だからな、人の子。この名を軽々しく呼ぶ事はならんぞ。』
そんな不穏な事を宣う獣は、しかし、とても機嫌が良さそうであった。
「では、何と呼べばいい?」
『お主の好きに呼べば良いさ。』
なんとも、難しい話である。記憶がない俺は、神話のような話や草木の名すら思い出せない。参考になるものの一つも持ち合わせていないのである。
それが、呼び名を考えろと言われても困る話だ。
せいぜい、思いつくところと言えば、
「リ、リル…。」
安直であるが、まぁ仕方ないだろう。どうしようもないのである。記憶があったとして、上手く何かが思いついていたかどうかは、この際、考えない事にする。
『リルか。安直だが、まぁ響きは悪くないの。それでよいぞ。』
受入れられた事に、ほっと一息つく。
『お主も、名が無くては不便だろう。思い出すまでは、仮の名を使えば良い。』
俺の名前。本当の名。それは思い出せない。ならいっそ、何でも良いとも思う。
「なんと名乗ろうか。」
『ハンス=シュミット。名無しと言う意味じゃ。悪くなかろう?』
ハンス=シュミット。なるほど。またずいぶん言ってくれる。だがしかし。
「悪くない。」
悪戯をしてそれを喜ぶような、ふふんと笑いを上げる獣。俺も釣られて笑ってしまう。そう、本当の名を思い出すまで。自分が何者かを探し出すまで、俺はハンス=シュミットとして生きていけばいい。そんなくらいの方が気負いは無いのかもしれない。
『では行くか、ハンス。』
リルは、そう言って立ち上がる。
「どこに行く?」
『そうさな。ここから一番近いのは、森の民の村かの。』
どうせ行く場所を聞いたところで、それが何処なのかは検討もつかないが、向かおうとしている所の情報くらいは聞いておきたい。
森の民。その村。それがどういう所かは案の定、記憶に無かったが、行きがけに追々聞いて行けば良いだろう。
『乗れ。特別に我に乗る事を許そう』
居丈だけと自分の背中へと促す。大きなその体に俺は飛び乗った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リルの背中は、思いのほか心地が良かった。
気を使ってくれているのか、揺れもさほどでは無い事もあるが、この銀の毛並みが何とも言えないのである。
美しく光りを反射する銀の毛並みは、非常に強い。そして、柔らかかった。少しだけひんやりとした温度もまた気持ちよかった。
流れるような速度でリルは走る。しかし、その割には強い風は感じなかった。不思議に思った俺がリルに問うと、
『風を受けては早く駆ける事は出来ぬだろうよ。魔力で風を制御している。』
との事であった。魔力とは何か。洞窟でリルが俺に氷で攻撃してきたあれや、俺の力や固さが異常に高かったあれにも関係しているのか。
『そう、あれらが魔法じゃの。』
無自覚じゃったのか、と、驚いた雰囲気でため息をつかれてしまった。
使い方は何となく分かってきたのだが、何なのかは分からない。それはあまり気持ちの良い事ではないから、魔法についてもリルに色々と質問していこう。
分かった事はいくつかだ。
魔法には属性がある。基本下位四属が、火、水、風、土。上位四属が炎、氷、雷、樹。そして、特殊三属として、光と闇と無。
魔法の殆ど、このどれかに属するものらしい。
基本上位四属は、それぞれ下位四属の上位互換らしい
大抵の生物は、生まれながらに下位四属のうち一つを適正として持っている。上位四属へは努力で辿り着けるが、並大抵ではない。特殊三属を持って生まれるものは殆どいない。というより寧ろ、今のこの世界には居ないのではないかとリルは言った。
村や町など、生活に根ざした部分では生活魔法なるものを使う事があるらしい。
「俺のは何になるんだ?」
『おそらく…、光だの。』
俺の属性は光だろうとリルは言った。ちゃんと光属性の魔法を見た事は無いからはっきりとは言いきれんが。と、注釈はあったものの、ほぼ間違いないらしい。
『相反する属性を持ったものは、無意識のうちに忌諱してしまうものなのじゃが、火でなくて良かったの。』
そんな事を言っていた。
こうしてリルに乗る事も許されなかったのだろう。無意識のうちに相手を忌諱してしまうのは、何となく寂しくも思うが、仕方のないものらしい。
生物は自分の脅威になるものを忌諱してしまうのは、ある意味では当たり前の事なのだから。
そう言った意味では、特殊三属のうち闇が相反する属性になる俺は、忌諱されにくいと言えるのかもしれない。と思ったのだが、
『特殊三属は、基本上下八属の上位とされておる。ひょっとすれば恐れられるかもしれんの。』
などと言われれば、喜ぶに喜べない状況のようである。
我は基本上位の氷にであるから、そこまでではないがの。と、慰められたりもするが、微妙と言わざるを得ない。
何となくという段階での話であるから、そこまで気にしなくても言いらしいが納得するのは難しそうだ。
そんな会話をしていたが、突然リルが速度を緩め、静止した。
しかし、村らしいものの一つも見受けられない。
「どうした、リル。」
『ふむ。おかしな匂いがしておる。魔力の気配もあるの。どこかで争いでもあったのやもしれん。』
我の鼻は、獣人族より効くからのと、当たりを観察し、一方向で視線を固定した。
『彼方じゃの、人が魔物に襲われているようじゃが、どうする?』
どうする、とは、助けるか否かという事であろう。魔物とはどういったものかは分からないが、人が襲われており、さらに助けられる状況であれば、迷っている暇が勿体ない。
「いこう。」
『承知した。』
先ほどよりも若干、速度も早く、リルが指し示した方向へと向かう。
段々と、俺にも分かる程度の燻ったような匂いが当たりに立ちこめているのを感じる。
『火蜥蜴か、こんな森で出くわすとは運のない。馬はもう駄目じゃの』
背中に火の背びれを持った蜥蜴。火蜥蜴が、荷車を引く動物 ー馬というらしいー に二頭で躍りかかっている。荷車はすでに燃え始めており、これが燻った匂いの原因であろうか。
早々に荷車から距離をとったのか、人は無事であるらしかったが、こちらも三等の火蜥蜴に囲まれてしまっており、状況が良いとは言えない。
「くそ!なんでこんなところに火蜥蜴が!」
「おとうさん、怖いよぉ。」
「あなたっ」
夫婦とその子供か。恐怖のあまり、子供は泣き始めてしまっている。
手に持った鍬のようなもので、火蜥蜴を牽制し、距離を取っているが、時間の問題である。
「リル!何か魔法は!?」
『仕方ないのう。お主は、ちょっと降りて待っておれ』
そう言って姿勢を低くする。まだ、親子はこちらに気づいていないようだ。
『この姿はちと、まずいか。それでは。』
そういうや否や、リルの体から青白い光が発せられる。直視出来ないほどの光を放った為に、俺は目を背けた。
光が収まったのを感じ、リルの方を見る。
「っ!?」
そこに居たのは、小さな女の子だ。
リルと同じく銀色の髪。頭には獣の耳がついており、さらに腰の辺りからリルのものと酷似した尻尾が生えている。
服装は極めて簡素。袖のない白い一枚つなぎの服だ。ワンピースというものらしい事が分かった。よく分からない俺の記憶だが、そんな事はこの驚きに比べれば些末なものだ。
露出した肌は雪のように白い。
少女がこちらに目を向ける。
その目もまた、見覚えのある、美しい青い瞳だった。
「ふむ。この姿は久しぶりだの。ハンスよ、何を惚けておる。」
幼い子供の甘い響きの声で俺に話しかけてくる。
まさか、というより、それしか無いというのは理解しているのだが、受入れ難い事というものはあるだろう。
「リル、なのか?」
確認してしまうのは無理もないのではないか。
「我に乗ってすらおったくせに、失礼なやつじゃ。まぁよい。そんな事をしている場合ではないのじゃろ?」
どうやらリルで間違いないらしい。そんな事が出来るなら先に教えて欲しいところである。そんなに出会ってからの時間が長い訳ではないから仕方ないかもしれない。
リルの言い分も確かである。驚いてばかりはいられない。
「い、いこう!」
「承知した。」
なんとか、距離は縮まったものの、父親が奮闘した為、三頭の火蜥蜴は、まだ親子に飛びかかってはいない。
馬を仕留めている邪魔をさせない為に、親子を近づけさせないつもりのかもしれない。
『氷の盟主が命ず。凍えるその矢を以て、彼の者を射止めよ。鋭き氷の矢』
リルが呪文を唱える。瞬く間にリルの周りに三本の矢が形成される。
太い所で俺の拳程もある矢というよりは杭のようだ。何も無い中空に浮いている様は、やはり洞窟で見た時と同じく不思議に感じる。
確かな質量と、白い冷気が漂っており、凍えるような冷気を感じる。
最後の一分を発し、リルが勢い良く右手を火蜥蜴に向けると、目にも止まらぬ早さで、三本の矢が飛んで行く。
狙い確かに、それぞれの火蜥蜴へと向かったそれは、火蜥蜴の横腹に深々と刺さる。
予期していなかった攻撃だった為、完全に無防備だ。
グギャアア!
耳障りな悲鳴とともに、三匹は勢いに任せて吹っ飛んでしまう。
それぞれに錐揉みしながら飛んで行った三匹は、すぐに息絶えたようで、背中の火は消え、ピクリともしなくなった。
「な、なんだ!?」
状況を今一把握出来ていない父親は、目の前の状況に目を丸くする。
それに構っている暇はない。
リルに続けとばかりに、俺はリルの横を飛び出していた。
「はぁぁあああああ!」
力を使うコツは掴んだ。
気合いとともに、馬を襲って居た二頭のうち、一頭に近づく。この間はほぼ一瞬と言っていいであろう速度が出ている。
そして、
「はぁっ!」
馬の首を押さえようと伸びきった体の横を力を込めて殴りつける。
鱗を持った生物。しかも大きさは俺と同じくらいある。若干の抵抗を感じるが、リルの固さと比べれば、岩と泥の差である。
グニャリとめり込んだ拳。
一瞬遅れて、悲鳴も上げずに火蜥蜴は横に吹っ飛んで行く。
そして、先ほどリルに打ち取られたのと同じく、火が消える。
おそらく、一撃で仕留められたのだろう。
しかし、もう一頭いる。残心していた構えから、すぐに若干の距離を取る。
さすがに異変に気づいたのか、残る一頭は馬の後ろ足に齧りついて居たのをやめ、意識をこちらに向ける。
そして、口を開ける。
喉の奥にチロチロと火種が見えた。
そして、空気を腹いっぱいに溜め込んだかと思うと、それを一気に吐き出す。
火種が見えた瞬間に、嫌な予感を感じた俺は、間一髪で飛び退く事に成功した。
火の玉状の熱量が俺の横を通り抜ける。
当たれば、熱いではすまないだろう。
しかし、こんなものは、リルの早さに比べればどうということもない。
すぐさま体制を立て直し、火蜥蜴に飛びかかる。
火を吐いた隙が生まれている。まだ、口を開けたままだ。
「口は閉じてろ、蜥蜴!」
下あごを蹴り上げる。
ガチン!
硬質な音は、歯と歯が当たった音であろうか。
そのまま縦に浮き上がり、回転しながら二、三歩向こうに吹っ飛んで転がる。
「硬き氷の礫」
リルの声がしたと同時に、俺に飛んできたものより少し小さな氷の礫が火蜥蜴の頭をとらえる。
火蜥蜴の頭を打ち抜いたそれは、地面にめり込んで止まった。
そして、火蜥蜴の火が確実に消えた。
火が消えた事を確認し、ほっと息を吐く。
今更だが、俺のこの力は、使うと若干疲れを伴うらしい。
何かかが抜け出たような感覚は、あまり気持ち良いものではないが、我慢出来ないほどのものではない。
「片付いたようじゃの。」
「あぁ。」
そして、家族に目を向ける。
三人は、腰が抜けたように、こちらを見ながら地面に座り込んでいる。
「は、ははは…。」
父親は、自分たちが助かった事に気づいたようで、引きつりながらも笑っていた。
俺も、何とか彼らを助けられた事に、心から安堵するのだった。
そして、リルに目を向ける。
さて、何から聞いたら良いんだろうか。
何となく、分かっていたというか、定番展開してしまいました。
魔法説明と、リルの変身回です。
修正:リルによる名付箇所、ルビと本分に若干の修正。
言い回しがくどかった。