1章 00話 プロローグ2 目覚め。出会い。
2話目です。どうぞ!
※誤字脱字、御報告、随時お待ちしております。
「……ッ!?」
空気が、一瞬ざわついたような気がした。
ばっと、勢い良く後ろを振り返った。
何もない。
しかし、先ほどまで感じなかった、ざらついた空気を感じる。
不安、焦燥、暗鬼。
今、自分一人のこの状況にあって、言い知れない感情が思考を埋めつくそうとした。
そう、俺は今、一人なんだ。再確認させられる。
早く、ここを立ち去らなければ。
ガラガラ……。
「……!?」
視界の右側で壁がわずかに崩れ、それが転がる。
ほっと胸をなでおろす。
ダダッ
左の死角から、地面を蹴るような音が聞こえたと同時。
反射的に俺は、今いる場所から、前に向いて飛びのいた。
前に回りながら、出来る限りそこを離れる!
ザバッ!!!!
大きな物が水の中に飛び込む音と、飛沫。
倒れるように飛びのいたせいで、その物体から視線は外れてしまっている。
確認しなければ。
「なんだ、これは。」
急いで振向いた先に居たものは、四足の獣の姿であった。
体高は俺の二倍程度。鼻筋が長く、両の目は青くこちらを向いている。
毛並はここの水晶のように、僅かな青い光を湛えた銀色。
大きく裂けた口からは、真っ白で鋭利な歯が見えている。
間一髪で、彼の獣の飛び掛かりを回避した。
ある程度の距離を離す事にも成功している。
獲物だと思っていたものの、僅かな抵抗に気を悪くしたのかもしれない。
今まさに、威嚇するようにむき出しにされた牙は、俺の体など、易々と引き裂いてしまうだろう。
ガルルルルゥゥウウ
喉を鳴らす。銀の獣。
美しい。
こんな状況でも、この獣を美しく感じてしまうのは、その艶やかな銀の毛並のせいか、それとも青く澄んだ瞳のせいだろうか。
絶対的危機に瀕して、もうどうしようもない諦めからくる逃避的な思考かもしれない。
しかし、恐ろしさよりも、そう思ってしまったのだ。
恐怖を違う感情で更新した事により、緊張が程よく取れていくのが分かる。
幾分かクリアになった思考で、置かれている状況を再確認する。
俺のような獲物が、チョロチョロと逃げ回るのが面倒なのだろう。
銀の獣は、こちらの様子を伺っているようだ。それはこちらとしては、多少好都合と言える。
間髪入れずに攻撃される方が、御し難い。
四足の獣で体が大きい。洞窟内の狭い空間だったのは僥倖だ。
俺くらいのサイズであれば、まだ走り回るスペースが十分にあるが、あのサイズであれば、とれる行動にも制限があるだろう。
垂れ下がった鍾乳石もまた、足枷となってくれるはずだ。
青い目から、こちらの目は外さない。
万に一つの生を勝ち取る為に、すべきことを取捨選択する。
疾ッ!
可能な限り速く。視界の隅に移る鍾乳石の隙間に体をもぐりこませる。五歩程度の距離。間にあえ!
走り出したと同時に獣が俺の居た場所へと飛び掛かる。
間合いというものは、かなり重要なものである。あの獣が、俺を必ず仕留められる間合い。
そこに迂闊に入るわけにはいかない。
そして、逃げる事に関して言えば、間合いなど広ければ広い程良い。
体を横に向けつつ、鍾乳石のすき間に体をもぐりこませる。
行った先が有る程度開けているのも確認済である。
本当ならだ、あの大きな獣が入り込めない程度の小さな横穴なんかが有れば一番良かったのだが、贅沢は言っていられない。
先ほど着地した場所から、間髪入れずに再度飛び掛かる獣。
ガンッ!
凡そ、生身の生き物が岩にぶつけて出す音ではない音が、数瞬前に俺がすり抜けた鍾乳石と獣の衝突によって発生する。
硬い…のか。異常な事である。
さらに困った事に、先程の衝突によって鍾乳石に罅が入ってしまっているではないか。
なんという力と硬さ。
上下から突き出た鍾乳石に囲まれているこの場所であるから、一寸やそっとでは突破されないと考えたのだが、時間の問題かもしれない。
ダダッ
その場から飛びのき、こちらから距離をとる獣。
俺もあわてて後ろに距離を取る。
獣は前足の体勢を下げ、力を貯める。
ダンッ!
先程までとは比べ物にならない加速をもって、コチラへ真っ直ぐ突進してきた。
ガガンッ!
そのまま鍾乳石に突進し、それを粉々に砕いてしまったのだ。
「まずいな……。」
もう、こうなってしまっては苦笑いするほかない。
体制を崩していた獣も、のっそりとその体を起こしていく。
外傷などは認められない。
何食わぬ顔で、コチラに体を向け、そしてまた俺を威嚇し始める。
状況はもう最悪と言って過言ではない。
あとはもうなぶり殺しにされるか、はたまた、一飲みで喰らわれる。そんな未来しか描く事はできない。
ただ、抗おう。
そう決めて、こちらも獣へと体を向ける。
そして、構えを取る。
一瞬、獣の目がこちらを見て反応したように見えた。
もう逃げないと悟ったのか、後は自分の思うがままになると思ったのかもしれない。
グルルルルゥウウ!
先ほどよりも強く低いうなり声。空気をも振るわせる。
「らあああああぁぁぁぁぁあああ!!」
呑まれてなるものか。腹の底から力を振り絞り、咆哮を上げる。
獣のものに比べれは児戯に等しいものかもれないが、何か力が沸き出るような気がする。
熱い何かが、自分の血脈を走り抜けるような感覚。
こちらは左を前に半身の構え。
相手は再度、前傾に力を込める。
グアアアアア!
「ぁぁぁああああ!」
どちらが先か、いや、それは同時だっただろう。
岩をも砕く突進。コチラはも負けじと前に出る。
景色が流れる。興奮状態だからか、時間がゆっくりと流れるような感覚。
ガオン!!!
獣の額と、俺の拳が衝突する。
俺は自分の腕が砕けると思っていた。
激しい衝撃が襲い、逆方向へと吹き飛ばされ壁へと打ち付けられるが、自分の右腕は健在である。
獣も同じく、吹き飛ばされ、壁の前に横たわっている。
「どう…いう、ことだ。」
痛みはある。体中、思考が真っ白になるほどの激しい痛みだ。
だがしかし、今の現象の意味は分からなかった。
グルルルゥゥ
獣も当然生きていた。
唸りながら体を起こしている。
見た目に傷などはないが、少なくとも何等かの傷害はあるようだ。
どうして、俺はここまで無事なんだ。
相手は岩を砕くような体だ。別段特殊とも思えない自分の拳が、それほどの力を見せた事に驚愕する。
力の正体は何だ。
生身の体の力ではないと断言出来る。
先ほどまでは、歩いたり、走れば疲労もしたし、すり抜ける際に多少当たった鍾乳石の衝撃は痛いとも感じた。
獣程の速度で、走ったりする事も出来なかったはずだ。
今までの自分との違いを探す。
獣は、再度こちらへ攻撃する為に、体制を整えつつある。
一方的にやられるという事は無くなったにしても、まだ安心は出来ない。
怪我はしていないものの、全身を襲う疲労感や痛みは無くなっていないのだ。
張りつめた空気が支配する。
命を懸けて戦うのだ。当然とも言える。
向こうも、俺の事をただ狩りを行う相手、脆弱な獲物だとは思っていないだろう。
先ほどまでとは目つきが違うように思える。
ここにきて、僅かに浮上した勝機を掴みとらなければ、俺は死ぬ。
まだ死ねない。
「ハァァァァアア」
先ほどと同じく、腹の底。体の中心からの咆哮。
これもまた同じく、湧き上がる熱。
これだ。これが違いだ。
「アァァァァァアアア」
続けて力を込める。何かが湧き上がってくるような感覚。
それは単純な力ではないが、体を作り変えていくような感覚。
完全に掌握する事は出来ないが、猛るソレを、体の内に外に、行き渡らせる。
ガッ!
蹴った地面が悲鳴を上げる。
一直線に、獣へと肉薄する。
緩慢だった時間の流れを抜け出して、真横に流れていく景色と、瞬く間に接近する獣に意識を向ける。
ダダッ!
獣が地面を蹴り、避けた。
獣の居ない地面を、俺の拳がとらえる。
ガガン!
地面に小さくない穴を穿つ。
自分のその力に驚くと同時に、獣が避けた事にも驚いた。
こんな小さな生き物の攻撃を脅威だと判断したに他ならない。
飛びのいた直後体制を立て直した獣は、三度、前掲姿勢をとる。
そして、間一髪姿勢を立て直した俺へと突進を行ってきた。
今度は殴るほどの余裕がなかったため、両手で受け止める事になった。
強い衝撃が体を襲うが、先程に比べれば問題になるほどではない。
意図せず行った強化よりも、意図して行った今回の方が、効果が大きいらしい。
浮き上がりそうになる体に力を込める。
「らぁぁぁああああああ!」
ガガガと、地面をわずかに削りながら受けきる事が出来た。
体力は大幅に削られる結果となったが。
「はぁはぁはぁ……。」
息が上がる。冷や汗とも、脂汗ともとれるものが、じとっと背中を伝った。
獣の青い目が見開かれている。
ダダッ
再度、その場から飛びのく獣。
己が間合いから、自ら引く。
この時点で、獣と俺の関係は対等なものになった。
『氷の盟主が命ず。凍てつくその刃を以て、彼の者に裁きを。氷の断頭』
獣から発せられたと思わしき言葉。甘い声。
言語を解するという驚きもそこそこに、獣の上に形成されていく氷の刃に驚愕する。
何なんだ、それは。
しかし、驚愕している場合ではない。
最後の言葉を終えたのと同時に、その刃がコチラに向けて恐ろしい速度で打ち出される。
「くっ!」
受け止めるわけにはいかない。いくら力が増したとは言え、あくまで生身の体。
鋭利な氷の刃の前には一たまりもないだろう。
一瞬で判断し、その場から飛びのく。
ザンッ!
飛び退いた俺の後ろにあった鍾乳石が、鋭利に切られた。
今度こそ、冷や汗が背中を伝い、驚愕と恐怖が沸き起こる。
『硬き氷の礫』
再び紡がれた言葉に、反応するのが早いか、氷の塊が飛んでくる。
(防げない!)
飛んできた氷塊が、目前まで迫る。
情けなくも、目を閉じる。
襲ってくるであろう衝撃に力を入れて構える。
次の瞬間。
バリンッ!
何かが割れるような音がした。
目を開けるとそこには、光で出来た半円球型の幕が張られていた。
そして、今まさに飛んできた氷礫を砕き防ぎきっている。
「なんだ、これは」
手をふれようとしたが、自分を覆うように形成された半円休の幕は、段々と薄れていき消えてしまう。
銀色の獣はまたもや、驚きを隠せぬ様子でこちらを見ている。
威嚇するような表情は消え、コチラを伺うような、観察するような視線を向けている。
『汝は、何者か。』
先ほどの声が聞こえる。
やはり、この獣の声のようだ。ただし、口は閉ざされており、その口から発せられた音ではないようだ。
『先ほどの力、先程の魔法。再度問う、汝は何者か』
目の前の獣がこちらを見下ろしながら、答えを待つ。
「お、おれは……。」
しかし、こちらには答えるべき答えがない。
何者か、それは俺も知りたいところであるし、名前すらも分からない。
「わからない。」
正直に答えるしかない。
『分からないだと…。どういう意味だ。』
「分からないんだ。俺が何者か、名前すらも思い出せない。」
名前があったような感覚はあるものの、思い出す事が出来ない。何も光も手掛かりもない真っ暗な闇の中にいるような恐怖に慄き、記憶を探る作業をやめてしまう。
『我をも抑え込むそれ程の力。ふむ。』
獣は言葉を切り、思案するような雰囲気を見せる。
獣の強さを、身を以て知らされ、さらには言葉を発していることに驚愕し、あまつさえその言葉に対して返答出来ない俺は、その様子を、ただ黙って見る事しか出来なかった。
美しいこの獣に、隙ありと攻撃する気にはなれず、またそのこの状況でも隙があるようにも思えなかった。
『良し。汝に興味が沸いた。汝の目的は何だ。それに着いていかせて貰おうではないか。』
再び喋り出したかと思えば、さらに驚愕の提案を寄越す。
今までのやり取りの何処で、その興味が沸いたのかも分からない。
ただ、その提案にも明確な答えを返せない自分が、妙に恥ずかしく思え、さらに寂しく感じたのは確かだ。
「目的…。目的なんて無い。自分が誰かも、そしてココが何処かも分からないのに、目的なんてあるわけないだろう!」
何故か、その寂しさが胸を締め付け、そして慟哭してしまう。
思わぬ俺の叫びに、獣は目を見開き、そして、微かに笑ったような気がした。
『それでは、まず、自分が何者か見極めよ。ココが何処かは我が教えてやろう。そして、目的を探せ。』
聞き分けのない子供をあやす様に、慈愛に満ちた声だった。
それと同時に、厳しく、厳粛な響きだった。
『さぁ、まずはここから出るぞ。人の子よ。』
こちらの回答は待たず、有無を言わさないとばかりに、洞窟の先へと進んで行く。
深い考えなんかは無い。ただ、甘えているだけなのかもしれない。
ただ、この提案は何もない自分にとって、何者にも勝る強い魅力があったのは確かだ。
この洞窟を出た先に、何があるかは当然知る由もなく、この獣の正体すら分からない。
剰え、命の遣り取りをした相手であるにも関わらず、俺はその提案に乗る事にした。
乗らない以外の答えが、そもそも用意されていなかったのかもしれないが。
自分を知るために、そして様々な事を知る為に、俺は銀色の獣の後を追った。
剣と魔法の異世界物です。
冒険バトル物になります。
よりよくする為に、改稿する可能性もありますが、改稿等のお知らせは活動報告などで行わせて頂きます。
次話は、明日更新させて頂きます!