第零話:cero
食欲を誘うような香りが辺り一帯に広がっている。
【薫製したウサギ肉】と言えば、ここらでは馴染み深い料理の一つで、作り方はシンプルだ。若いウサギの肉を冬の間中燻し、更にそれの上に甘辛いソースをたっぷりかけるといった具合だ。同じ要領で豚肉を薫製した料理もあるが、ウサギの肉を食べる習慣のない隣国から来る観光客ばかりがこちらを好んで食べていた。
どちらにしろセルカにとっては有難く無い料理だった。習慣以前に、ウサギ肉を食べようと思ったことは無かったためである。他の肉も同様だ。菜食主義の彼が血の滴るような肉を好んで食すというのはまずありえなかった。
昼時に屋外に並ぶテーブルの上に、肉の乗った皿を載せていないのはセルカだけかもしれない。あまったるいだけのトマトスープと、隣に座るごつい男が食べている豚の丸焼きを比べながら、なんとなく肩身の狭い思いをしながら、食事を済ませ、気付けば席を立っていた。
テーブルとテーブルの間を歩く時も、目につくのは、肉を美味しそうに食べる家族であったり、恋人、あるいは一人者だった。
肉のことはさておき、セルカは【コロール】に来たからには一度立ち寄ってみたい場所があった。首都であるここは、国中から様々なものが集められてあるのだ。それは、食べ物であったり、動物だったりするのだが、特に【アルコ・イリス】と言う通りに連なる市場が活気に溢れていた。彼が行きたい場所というのは、つまりはそこなのだ。何千種類もの果物はこの市場の目玉と言っていいかもしれない。同じ果物でも形が多少なりとも違っていたり、色、大きさも多様である。そんな
「色」が陳列された市場で、セルカは幾つか果物を買い、然程興味があるわけでもなく、通りの奥に進んだ。