体育2
授業開始のチャイムがなり、それぞれが自分の位置に並び始める。
「今日は百メートル走だ。適当な奴と並んで走るように」
体育の教師、【教師4】が面倒そうに命令する。あの教師のやる気、仕事しろよ。
そんな思いを口にせずに、僕は高村勇気の手を引いて、最初に走れるようにする。
前を走る誰かが、さっちゃんのトラップに引っ掛けられても困る。僕は何とか一番をキープすると、
「勇気、第一コースを走ってね。僕は第二コースに行くから・・・」
と告げた。
すると手を引かれるがままにされていた勇気が眉を潜め、僕を疑うように見た。
「なぁ【クラスメイト1】、お前さっきからなんで、そんなにでしゃばってんだよ
どうせ第一コースになんか仕掛けてんだろ?所詮モブが考えることぐらいわかるっつーの」
そう、乱暴な口調で言った。
やばい。ばれている。そして口調が怖いですよ、ヒーローさん。
僕はスイーッと目を泳がせると、
「な、なんのことかな」
と誤魔化した。しかし勇気は意地の悪い笑みを浮かべながら、僕にいう。
「じゃあお前が第一コースに行けよ。
なんにもないんだろ?」
勇気は言葉に詰まる僕を嘲笑うかのように鼻を鳴らすと、第二コースに着いてしまった。
どうしよう、どうしたらいい!と考える内に教師4が
「並んだなー。
じゃあいくぞ、いちについてー」
と始める合図を出してしまった。あぁ、終わったな、僕。
ため息を着いて前を向くと、さっちゃんがニヤニヤと笑っていた。
計画は失敗したのにも関わらず。
まるで、何かを達成したとでも言わんばかりに。
「よーい、どん」
先生がそう言った瞬間、サッカー部トップが驚くべきスピードでスタートした。あぁ、僕が自力で一位を取るのも無理か・・・
そして僕はトラップに引っ掛かるのだろうな・・・
案の定、さっちゃんが蹴った土に足をとられる。もう駄目だ、と思った時。
十メートルほど先を走っていた勇気が、一瞬にして消えた。
僕は思わず驚いて横を見る。いや、消えたのではなかった。彼は大きな穴に落ちていたのだ。
しかも下にはゴキブリホイホイが敷き詰められており、ベトベトになった勇気が獣のような声で吠えていた。マジで怖いです、ヒーローさん。
そして驚いた表情で一緒に走っていた【クラスメイト11】と【クラスメイト21】も悲鳴をあげながら穴に落下した。なんと第一以外のコースには全てトラップを仕掛けていたのだ。さっちゃん、侮りがたし。
一位でゴールしてしまった僕に「してやったり」という顔のさっちゃんは
「勇気、ひねくれた性格してるからな、どうせ素直に第一コースには行ってくれないだろうとは思っていた。それの裏をついただけだ。」
と語ってくれた。自分の思い通りになって満足そうな彼は、犠牲になった【クラスメイト11】達への謝罪をする気は無いらしい。全くもって酷い奴である。
先生は学級委員に三人を助けるよう指示すると、何もなかったかのような顔で穴に砂場の土を入れて埋めた。それでいいのか教師。
自分達も穴に落ちるのでは無いかと少し不安になったようなクラスメイト達だったが、二番目、三番目と次々にタイムを計測していった。
そして五番目。モブ子のターンである。何故かイキイキとした表情で準備運動をする彼女を、藤堂ルリは少し睨んでいた。自分だけでも一位をとってやろう、とか思っているのだろうか。
どこか不安そうに見守るよっち(彼女は既に走り終わった。堂々の一位である。)が、小さな声でモブ子を応援していた。本当に健気な子である。
「じゃあ、いちについてー」
教師がそう言うと、モブ子は第一コースに立つ。ルリは第二コース、第三コースと第四コースには番号も知らないクラスメイト達が並んでいた。
「よーい、どん」
教師がそう言った瞬間に、モブ子は4分の1を走り終えていた。流石はモブ子。常識などなんのその、な化物である。
モブ子は余裕で一位、それにかなり間があってから、あとの三人がゴールする。
モブ子は終わるなり僕に駆け寄ってきて、偉そうに、そして嬉しそうに自慢した。
「いっちゃん、速かったでしょ!」
「あぁ、速かったよ。」
見えないほどにな。
あまりの事によっちがボケーっと放心していた。どこからか現れたにぃちゃん(彼女は三番目に走り終えて、僕達の所にさっき来た。二位である。)は拍手し、さっちゃんは呆れたようにため息を吐いた。
しかし一人この結果に納得しなかった者がいる。
藤堂ルリ。彼女だ。