第七話
「お邪魔します」
「別にいつも来ているんだから、そんな挨拶は要らないよ」
キッチンに戻り、なんとなく食べたくなったため、オムライスを作ろうと決め、先に付け合わせのサラダとスープに手を付ける。
しばらくすると家のインターホンが鳴り、鍋の火を止めて玄関に向かう。
来客はもちろん優馬であり、私はカギを開けて彼を招き入れると優馬は毎日のように来ている家にも関わらず、しっかりと挨拶する。
それだけではなく、私がキッチンに向かうまで優馬は私を待っているのだ。
こう言うところでしっかりと差を付けられているなと思いながらも、カギをかけ直し、二人で居間に向かう。
「さっき、翔馬が」
「出かけちゃったんでしょ。明斗から聞いたよ」
「そ、そうだよね……明斗くんはシスコン気味だし、深月にはちゃんと連絡しているよね」
……明斗がシスコンだと? あり得ないでしょ。
私がキッチンに入り、料理の続きを始めようとすると優馬は翔馬の事について話そうとする。
明斗から話を聞いている事を話すと優馬は頷きながら、私が賛同しかねる事を言う。
「いや、明斗くんは深月の事が大好きだと思うけど」
「そう? ……まあ、弟に好かれても嬉しくはないけど、優馬、夕飯ができるまでテレビでも見ていてよ。夕飯、オムライスだけど良いよね?」
「う、うん」
私の怪訝そうな表情に苦笑いを浮かべる優馬。
それでも先ほども口うるさくいろいろと言われた私としては微妙に納得がいかない。
そんな事を考えながらも私は冷蔵庫から玉ねぎと鶏肉を引っ張り出し、玉ねぎのみじん切りを始める。
明斗と翔馬が夕飯は要らないと言ったけど、念のため、多めに作って置こう。お米は先に炊いていたから足りるし。
キッチンには玉ねぎを切る音が響いており、私だけに料理をさせているのが心苦しいと思っているのか優馬はキッチンを覗き込んでいる。
見ていたって何も進まないのだから勝手にテレビでもつければ良いのにと思う。
優馬にこっちは気にしないように言うと優馬は頷きながらソファーへと移動するが気になるのかこちらをちらちらと見ている。
心配しなくても私はうちのお母さんと違うのだから、不味いものなど出さないよ。何度も私のオムライスを食べているじゃないか?
「ユーマ、ボクの腕を信じてないな」
「そんな事はないよ。深月の料理の腕は信用しているよ」
優馬の視線に私は小さく肩を落とした後、視線を鋭くして言う。
私の機嫌が悪くなったと思ったのか、優馬は慌てて首を振るとあまり変わらないニュース番組へと視線を移す。
材料を切り終え、フライパンでバターを溶かす。
バターの良い香りが漂ったところでフライパンに材料を投下する。
立ち上がる煙を見ながら、その先に見える優馬の背中に新婚さんとはこんな感じなんだろうか?
そんな妄想が頭をよぎる。
優馬が家で夕飯を食べる事は多々あるが二人きりと言う事は滅多にない。
自分の妄想に悶えそうになるが、何とか深呼吸をしてケチャップを入れて塩コショウで味を調え、炊き上がったご飯を加える。
優馬は私以外に人がいないため、落ち着かないようでどこかそわそわしているように見える。
……安心してください。襲いませんから。
もしかしたら、以前、好きでもない私に告白されて二人きりと言う状況に身の危険を感じているのだろうか?
そうだとすると若干、悲しいが告白した時には私は彼に抱き付いているわけだし、警戒はするかもしれないね。
大丈夫。襲い掛かるような事はしない。きっと……がんばれ、私。
「そう言えば、明斗達、友達とごはんとか言っていたけど、女の子もいると思う?」
「へ!? な、何?」
……やっぱり、逃げ場がないと警戒するみたい。
対面式のキッチンのため、優馬はもしかしたら私の視線に寒気を覚えているのかも知れない。
私もただ、優馬の背中を見ていると押さえつけていた欲望があふれ出してくる可能性も否定できないため、話を振って心を落ち着かせようと外出してしまった明斗と翔馬の話を振る。
突然、声をかけられて優馬は驚いたのか声を裏返した。
その様子に私は告白した時の事を思い出して罪悪感を覚えるものの、それを表情に出さないように大きくため息を吐いた。
「明斗と翔馬はどんなメンバーでごはんを食べていると思う? 女の子もいるかな?」
「そ、そうだね。明斗くんも翔馬もモテるみたいだから、いるんじゃないかな。前に女の子も一緒の写メを送ってきたし」
「なんですと? あの二人、青春を謳歌しているのか? 入学式を前に問題を起こさなければ良いけど」
もう一度、優馬に話を振る。
優馬にも弟二人の噂は耳に届いているようであり、女の子も一緒ではないかと言う。
彼の言葉に弟達が羨ましくなるが、二人は入学式を控えた身であるため浮かれて問題を起こさなければ良いなと心配にもなる。
「翔馬だけなら、心配だけど明斗くんもいるから大丈夫だよ」
「……いや、明斗の方が確実にキレやすいし、何より、こらえ性のない家の血を引いているし」
優馬はこちらへと振り返り、心配ないと笑う。
その表情に私は襲い掛からないと心に誓ったはずなのにあっさりと心がぐらつく。
明斗にも自分と同じところがあるのではないかと思い若干、心配になる。
「大丈夫だって、それに僕達だって、男女関係なく遊びに行っていたでしょ」
「そうだけどさ……一つもカップルが出来上がっていないのが不思議なところね」
「そ、そうだね」
優馬に言われ、私も男友達が多い事を思い出す。
中学の時から変わらずに付き合っていける友人がいる事は大切だなと思いながらもフライパンを器用に回し、チキンライスにケチャップの赤色が全体に行きわたったのを見て、私を一度、火を止めた。
ボールに卵を割り、生クリームと塩を少々入れて軽く溶く。
「優馬、卵はタンポポ型で良い? 普通に巻いた方が良い?」
「タンポポ?」
「上に半熟オムレツを乗せたヤツ」
「深月に任せるよ」
優馬に卵をどうするか聞くがあまりわかっていないようで苦笑いを浮かべる。
その様子にどこかつまらないと思いながらも卵用のフライパンに強めの火でバター乗せフライパンをこまめに動かしながらバターを溶かす。
弱火だと卵とバターが混じって上手く焼けないんだよね。
……まぁ、ここまで気を使っても優馬にはわからないだろうけど。
「ユーマ、できたよ」
「う、うん」
「ケチャップは自分の好みでかけてよ。それともボクがハートでも書いてあげようか?」
テーブルに二人分の夕飯を並べ終えると優馬を呼ぶ。
優馬はまだ私を警戒しているのか声を裏返して返事をすると私の体面のイスに腰を下ろす。
私は普段は家で食べるオムライスは食べる人の好みでケチャップをかけるものだと主張しているがなんとなく優馬をからかいたくなったため、イタズラな笑みを浮かべた。
私のイタズラな笑みに驚きの表情を見せる優馬。
……その反応は少し傷つく。
優馬の表情にちくっと胸が痛む。
「お、お……」
「あ、ドレッシング忘れた」
「……」
その顔に傷ついた私は平静を装うために席を立ち、逃げるように冷蔵庫に向かう。
優馬が何か言いたげだったけど気にしないで置こう。