第四五話
「みあ先輩、待ってください。クラッカーは早いです!?」
「えー、景気づけに一発行っておこうよ」
……ひとまず、みあ先輩は葵に任せて置こう。
準備も終わり間近になるとみあ先輩は歓迎会が始まるのが待ちきれなくなったようであり、クラッカーを手に店内を走り回っている。
葵はみあ先輩を説得しようとするが、暴走娘のみあ先輩を文学少女の葵が止められるわけはない。
その様子に私はせっかく、飾り付けた物が壊されない事を祈りつつ、準備を続けて行く。
「和真先輩、こんな感じですか?」
「そうだな……弓永、そろそろ、明斗に戻ってきて良いってメール出しておけ、清瀬の性格を考えるとそろそろ暴れ始めるぞ」
「……そうみたいですね。明斗も無理だと言っています」
店内の様子を確認していた優馬と和真先輩から、二人を呼び戻すように指示が出る。
私がスマホを取り出した時、タイミング良くスマホが着信を告げた。
スマホを確認すると明斗からメールが届いており、明斗からのメールにはもう時間稼ぎは無理だと書かれている。
苦笑いを浮かべて、スマホを優馬と和真先輩に見せてから、すぐに戻ってきても良いとメールを返す。
「それじゃあ、クラッカーの準備だね」
「……みあ、お前は落ち着け。本宮が苦労している」
明斗と結ちゃんが戻ってくると聞き、みあ先輩はクラッカーを手に笑う。
みあ先輩の後ろには彼女を追いかけて力尽きた葵が床にへたり込んでおり、和真先輩は大きく肩を落とす。
「本宮、これでも飲んで休んでいろ」
「あ、ありがとうございます」
咲耶、葵には優しいじゃないか……巨乳か?
そう言えば、咲耶は私に向かって巨乳好きだと言っていた。
そう考えると咲耶は葵狙いなのか?
……咲耶に葵を渡すわけにはいかない。
葵の巨乳は私のものだ!!
「……姉ちゃん、きっと、その考えは間違っているから、それに今、それをやると姉ちゃんに危険が及ぶぞ」
咲耶と葵の様子を見ながら、一つの疑問が頭をよぎった瞬間、私は葵の巨乳を咲耶から取り戻すために歩を進め出す。
そんな私に気が付き、ため息交じりの翔馬が私の手をつかみ引き留める。
……危険? そうだ。結ちゃんが戻ってくるんだ。私が葵の巨乳を揉みしだいている姿を見られては私の貞操の危機だ。
「清瀬の方は不確定だけど、少なくとも今、そこに危険があるから」
結ちゃんが戻ってくることを考えて何とか欲望を抑えつけるが翔馬は危険の位置を示唆するように指差す。
私がその指先を確認すると嬉々として懐からメイド服や執事服を引っ張り出しているみあ先輩の姿が見える。
「……みあ先輩、何をしているんですか?」
「お出迎えなら、正装かな? と思って」
「いや、今回は歓迎会であって、メイド服や執事服は関係ないと思います」
眉間にしわを寄せつつも、みあ先輩に確認してみる。
彼女は迷う事無く、必要でしょと言うが絶対に場違いの服装であり、私が首を振るとその場にいたメンバーは同調するように頷いてくれる。
「どうして、服の中からそんなに大量の執事服やメイド服が出てくるんですか?」
「何を言っているんだよ。乙女ならメイド服や執事服の五着や六着や七着や八着、入っているものだよ!!」
優馬、その質問はダメだよ。理解できないから。
私達が常日頃から思っている疑問を眉間にしわを寄せて優馬が聞く。
そして、みあ先輩は拳を握り締めて高らかに声を上げる。
やっぱり、理解できない……あれ?
みあ先輩の言葉に私は眉間にしわを寄せているが、なぜか私の身体はみあ先輩に向かって進んでいる。
「翔馬、菫、何しているの?」
「今のみあ先輩は一人くらい着替えさせないと治まりつかないと思うから、こういう時は深月の仕事だと思って」
「この裏切り者!?」
背中から伝わる手の感触に振り返ると翔馬と菫が私を押してみあ先輩の前に出そうとしている。
この状況にイヤな予感がしているようで顔は引きつって行くが頭をよぎった事が嘘だと思いたいため、二人に聞く。
菫は清々しいまでの笑顔で私をみあ先輩の生贄にすると言い切り、私がみあ先輩へと視線を移すと彼女は満面の笑みで待ち構えている。
「……とりあえず、弓永の尊い犠牲でこの場は収まったと言う事で良いな」
「か、和真先輩、見捨てないでください!? みあ先輩を止める事ができるのは和真先輩しかいないんですから!?」
「さっくん、更衣室借りるね」
みあ先輩ががっちりと私の腕をつかむ。
私は恐怖で小さく声を上げると助けを請おうと和真先輩へと視線を向けるが和真先輩は効率を重視したのかあっさりと私を見捨てる。
和真先輩から許可が出た事で、みあ先輩は私の手をつかんで歩き出し、私はみあ先輩に引きずられて行く。
「う、裏切り者!?」
「元から協力してもいないから、裏切るも何もない」
「ユーマ」
和真先輩へと向かって怨嗟の声をあげる私だが、和真先輩は気にする事はない。
このままでは不味いと優馬に助けを求めてみるが優馬はどうして良いのかわからずに眉間にしわを寄せており、被害に遭いたくない他のメンバーは苦笑いを浮かべている。
み、みんな薄情だ。
「は、薄情者!!」
「ほら、早く着替えてこないと結が帰ってくるぞ。着替え姿なんか見られたら、結にひん剥かれてもおかしくないぞ」
「……くっ」
咲耶は私が困っているのが楽しいようであり、笑いながら結ちゃんが帰ってくるまでに準備を終わらせて来いと言う。
確かに結ちゃんなら着替えている途中に乱入してきそうだ。
諦めるしかないのか?
「みあ先輩……優しくしてください」
「おっけーだよ」
みあ先輩の恐怖より、結ちゃんの恐怖の方が勝ってしまい、顔を伏せながらみあ先輩にお願いする。
彼女は眩しいくらいの笑顔で頷き、やる気をみせると私の手を引く力は強くなって行く。
「や、やっぱり、助けて!?」
「姉ちゃん、諦めも肝心だから」
それでも割り切れなかった私は最後の望みで翔馬に助けを求めるが、翔馬はあっさりと私を見捨てて笑顔で私を戦地へと見送った。
……いつか、この恐怖を誰かに味あわせてやろうと誓った。