第四話
「まったく、せっかく、部活が休みだから菫と葵と遊びに行こうかって話をしていたのに」
「悪かったよ。深月」
家に帰る中、優馬の隣に並びながらわざとらしく、頬を膨らませて彼を責める。
私を巻き込んだ事に少し罪悪感があるのか、苦笑いを浮かべる優馬。
彼は学校を出ると私を名字ではなく名前で呼ぶ。
以前、呼び方を変えるのは面倒ではないかと聞いた事があるのだが、自分のファンクラブを名乗る娘達から私を守るための一つの手段だと言っていた。
優馬が私の事を気づかってくれるのは嬉しいのだが、やっぱり、名前で呼んで欲しいと思うのは私のわがままだろうか?
それに呼び方など関係なく、学校で私をダシに告白から逃げているわけだからあまり意味がない。
……別になれてはいるけど、それにこれはこれで役得よね。
「貸しだからね。たくさん、ためて高いものを買って貰うからね」
「……お手柔らかに頼むよ」
「そうはいかない。そう言えばこの間、ネットで最新型のスチームオーブンレンジが十七万円位したんだよね」
謝る彼の表情に釣られるように笑みが漏れそうになるが何とか押さえつけると相変わらず、決着のついていない想いに気づかれないように頬を膨らませたまま言う。
優馬は何を買わされるのか考えると頭が痛いようで困り顔である。
その表情はすでに私にとってはご褒美なのだが、貰えるものは貰って置こうと決めており、冗談で無理難題をぶつける。
「……そんな高価なものは必要ないだろ。と言うか、何を買わせるつもりだよ」
「試しにどんなものか使ってみたいでしょ? それに何度も助けているんだから、八万円分くらいはいけるでしょ」
「試しでそんな大金は払えないよ。それに明らかに割に合ってないから」
ため息を吐く優馬の姿を見て自然と頬が緩む。
幼馴染と言う事で向かう方向のため、二人で並んで歩く。
状況としては帰宅デートと言ってもおかしくなく、すぐそばにある彼の横顔に胸が高鳴るが、何とか押さえつけて私は平静を装う。
……メール? 空気を呼んで欲しいよ。
その時、制服のポケットの中に入れていたスマホが鳴り響き、私は幸せな妄想から一気に引き戻される。
……いちいち、差を付けられている気がする。
慌ててスマホを探す隣でタイミングが良いのか優馬のスマホも着信を伝えている。
優馬はボクとは違い落ち着いた様子でスマホを取り出す。
その様子は見とれしまうくらいにキレイだ。元々、私と違って基が良いわけだから、ちょっとした行動でも美しく見える。
王子扱いされているのだから、当然と言えば当然か?
「まさか、告白から逃げるための嘘が本当になるとはね」
「家で夕飯自体は珍しくないけど……買い物して帰らないとユーマ、いくら持ってる?」
優馬の姿に見とれていた私は送られてきたメールを確認するのが遅れる。
私と優馬に送られてきたメールは一斉に送られており、送信主は私の母親で私達以外にも明斗と翔馬にも送られている。
両親二組はダブルデートと称して四人で夕飯を食べに行くと言うもので夕飯を私に押し付けるとの事であり、ご丁寧に冷蔵庫の中は何もないと冷蔵庫の中の写真も添付されてくる始末である。
……二千円か? 四人分の夕飯の材料だけならどうにでもなるが、冷蔵庫が空なのだ。明日の朝食分とお弁当分と考えれば足りない。
夕飯の材料を買うにしても不景気のあおりでおこづかいを減らされている身分であり、バイトもしていない貧乏学生だ。当然、財布の中身を確認するが乏しい。
優馬の懐具合を確認しなければ買い物もできやしない。
だいたい、ダブルデートとか抜かす余裕があるなら、私のおこづかいの値上げを先にするべきじゃないか?
私は部活で疲れて帰っても料理の腕が微妙なお母さんの代わりに夕飯を作っているのに……と言うか、今朝は冷蔵庫の中にまだ材料があったはずだ。
……お昼にどんな惨劇が繰り広げられたのだろう?
お母さんは掃除、洗濯は得意だから片付けは終わっているはずだが納得がいかないが、文句を言っても何も変わらないため、不満を覚えながらも優馬の財布を覗き込む。
……なぜ、五千円も持っている? 優馬の月のおこづかいは私と同じ月五千円はずだ。
おじさんのお給料が二十五日、そこから約二週間。
五千円と再会するのは二週間早い。
それに優馬の性格だ。下手をすれば家には一万円がいる可能性だって否定できない。
優馬の財布の中身がありすぎる事に眉間にしわが寄る。
私が無計画に使ってしまったのかも知れないが今日日の高校生がお金を使わずに二週間も生き抜けるわけはない。これは自信を持って言える。
それも女の子は普段からお肌の手入れだなんだといろいろと入用なのだ。仕方ないじゃないか。それに私には趣味があるし。
……しかし、男の子とは言え、何も使わないと言う事は無いはずだ。優馬は私に隠れてバイトでもしているのか?
「材料は買えそうだね」
「……そうだね。とりあえず、後で食費に回した分を回収しないとボクは後二週間生き抜く事が出来ない」
「とりあえず、商店街でも行こうか?」
「そうだね。荷物持ちもいるし」
私が優馬の財布の中を覗き込んでいるため、直ぐそばから優馬の声が耳に入る。
優馬は私が格差を見せつけられてダメージを受けているのがわかっているようでくすくすと笑っており、その声に私の胸はとくんと高鳴るが平静を装い頷くと彼の隣へと移動する。
いや、実際はここまでの格差を見せつけられるとは思っていなかったが優馬に怒りをぶつけるのは筋違いだし、母親への不満を吐き出す。
私の不満顔に優馬は苦笑いを浮かべるとこの先にある商店街を指差して言う。
……まぁ、帰宅デートが買い物デートになったわけだし、悪くはない。
それに夕飯の材料を男の子と一緒に買うのはどこか乙女的に憧れるシチュエーションだ。
それも振られているとは言え、女々しい私だ。優馬と一緒と言うこんな美味しい状況を見逃す気はない。
本当は心臓が破裂しそうなくらいに鳴っているが平静を装い母親への文句を言いながら、優馬の隣から一歩前に出て歩き出す。
隣に並ぶと赤くなっている顔に気づかれてしまいそうだから……