第三七話
「深月、あんた、朝からなんでそんなに疲れているのよ?」
「……朝から結ちゃんの襲撃を受けたんだよ」
教室に着くと私は席に座り、机に倒れ込む。
その姿を見て、菫は声をかけてくるが結ちゃんの襲撃の事実を告げると同情するように肩を叩いてくる。
……同情じゃ何も解決しないよ。
「でも、それだけの疲れには見えないんだけど」
「なんか、明斗と結ちゃんが妙に仲が悪くて間に挟まれて大変だったんだよ。朝から胃がきりきりするよ。癒しは私を癒す巨乳はないか?」
「その手をしまいなさい」
登校までの間、なぜか火花を散らしている明斗と結ちゃんに挟まれていたため、心労で胃のあたりがきりきりしている。
こういう時に私のストレスを癒す事が出来るのは葵の巨乳だと思い、教室内を探す。
しかし、まだ、葵は登校していないようであり、私はこの湧き上がる欲望のはけ口を探して菫の胸に手を伸ばそうとするが笑顔で腕をつかまれる。
「……ちっ」
「舌打ちしない。だけど、あんたの明斗は相変わらずのシスコンだね。あんた、いろいろと不安にならないの?」
「明斗がシスコン? 菫、頭は大丈夫?」
明斗がシスコンなわけがない。私は生まれて今まで明斗にお姉ちゃん大好きとなど一度も言われた事はない。
確かに可愛い弟ではあるが、いつも小言ばかりなんだ。
菫の言いたい事がわからずに私は言葉を選ぶ事無く、聞いてしまう。
「……あんたはどうして、おかしなところで鈍いんだろうね。まぁ、明斗と咲耶の従妹は何だかんだ言って上手く行きそうだね」
「だから、上手く行きそうにないから、ボクは胃に穴が開きそうなんだよ」
菫は明斗と結ちゃんの関係を良好となぜか判断している。
意味がわからない。
胃の辺りの痛みが和らがないかなと望みを込めて手でさすってみるが簡単に治まる事はない。
「それくらいの痛み、耐えなさい。お姉ちゃんなんでしょ?」
「いや、意味がわからないから……ダメだ。ボクのストレスを解消するには葵の胸を揉むしかない!!」
「止めなさい」
私のストレスは限界に近づき、我慢できずに葵を探しに行こうと勢いよく席を立つ。
しかし、菫は私の首根っこをつかみ、無理やり、席に戻した。
……もう少し、優しくできないんだろうか? 首まで痛くなったじゃないか?
「深月、あんたがバカな事をやろうとするからでしょ。自業自得」
制服が食い込んだ首をさすりながら、恨みを込めた視線を向けてみるが菫は悪いのは私だと言う。
「それなら、このストレスは何で癒せば良いの? 胸か恋バナか……あ、そう言えば、和真先輩と結城先生が姉弟だって知ってた?」
「そうなの? 初めて聞いた。と言うか、深月、なんでそんな事を知ったの? あの視線に耐えきったの?」
昨日の夜に知った新事実を話して見る。
やはり噂話も女の子としては押さえておかなければいけないものだ。
ただ、相手が和真先輩と言う事で後が怖いが私ばかりわりを喰うのは納得がいかない。どこかで和真先輩にもわりを喰って貰わないといけない。
菫も中学時代から和真先輩を知っており、私が家族の事を聞いた時に同伴しているため、あの冷たい視線を受けた身だ。
彼女は私の言葉に驚いたようだが、すぐにあの視線を思い出したようで身を震わせた。
彼女の目はこれ以上の真実を聞くのが怖いと訴えてはいるが、その瞳の奥には好奇心も混じっているのがわかる。
「昨日、電話した時に結城先生が出たんだよ。それで知ったんだけど、なんで、隠していたと思う? ……禁断の恋とか?」
「……そう言うおかしな想像は止めときなよ。ばれたら、ただ事じゃないよ」
「わかっているよ。ボクは二次元として妄想するのは良いけど、さすがに生ものは危険だと理解しているよ」
話の種としてあり得ないが近親相姦ネタを振ってみる。
菫は顔を引きつらせて首を振る。その表情はどこかおかしいが私は気にする事無く言う。
この時、菫の表情で気が付けば良かったと心底後悔した。
「……みあ、ゴー」
「おはよー、深月ちゃんがいろいろと服を着てくれるって言うから、いろいろと持ってきたんだよ」
「み、みあ先輩!? 和真先輩、裏切りましたね!!」
教室のドアの辺りから和真先輩のため息交じりの声が聞こえる。
その瞬間、みあ先輩は解放された。
昨日と同じように制服の中から、様々な衣装を引っ張り出しながら近づいてくる。
みあ先輩の事を知っているクラスメート達は自分に被害が及ばないようにすぐに逃げ出し、私とみあ先輩の間には一本の道が出来上がる。
その道を駆け出すみあ先輩。
う、海を割ったのはモーゼだったか?
絶対に違うと思いながらもみあ先輩の起こした奇跡に私の顔は引きつって行く。
すぐにこの場を逃げなければいけないが私の席は教室の端だ。
逃げ道はない。
レン兄のように窓から逃げ出しても良いけど、さすがにスカートだ。そんな恥さらしの事はできない。
にじり寄ってくるみあ先輩の恐怖に私は後ずさりをするが、すぐに背中が窓に当たってしまう。
「か、和真先輩、すいません。調子に乗りました!? た、助けてください!!」
「深月ちゃんはお胸が少し小さいから着物系だよね。菫ちゃん、帯を引っ張ってみる?」
「そ、それは優馬の役目ですね」
自分の非を心から詫びて和真先輩に助けを求める。
しかし、和真先輩は私が困っている姿にいい気味だと思っているようでニヤニヤと笑っており、許して貰えないと確信した私は恐怖から逃げ出そうと机を押しのけて進もうとするが私の肩を笑顔のみあ先輩がつかむ。
に、逃げられない。
私はそばに居た菫に助けを求めようとするが、すでに菫は私の手の届かない場所まで逃げている。
と、友達がいがない。
時間はどうだ? 鐘が鳴ればレン兄が来る。
そうすれば……くっ、神は私を見捨てた。
望みを込めて時計を確認する。
だが、朝のHRの時間まではまだ二十分もある。
お、終わった。
助けは来ない。そう確信した時、力が一気に抜ける。
「みあ先輩、せめて、場所移動を教室は、教室は無理です」
「わかっているよ。深月ちゃんの乙女の柔肌は優馬くんのものだからね」
……それはないから。
みあ先輩の言葉に心の中でツッコミを入れると私はみあ先輩に引きずられて行く。
頭の中ではドナドナが流れていた事を伝えておこう。