第三五話
「あの、和真先輩」
「それでみあがまた何をしでかしたんだ?」
「しでかしたと言うか、絶対にしでかすと言うか」
電話の先でドアが閉まる音がする。
和真先輩の部屋に着いたんだろうか?
ため息を吐く和真先輩の様子に怒られるような気がするも今日起きた事とともに明日以降に予測されるみあ先輩の行動について話す。
「……」
……無言は怖いです。
話をしてしばらくするが和真先輩からの返事はない。
きっと頭を抱えているんだろう。
みあ先輩の暴走に巻き込まれた事がある人間は同じ反応をする。
でも、みあ先輩の前だとなぜか許せてしまうのが不思議だ。
「……フェリチータの清瀬の様子は気になっていたけどな。みあを捕まえないと完全に人間不信になりそうだな」
「そうですね。初心者にはきついでしょうし」
みあ先輩の襲撃は和真先輩にも簡単に目に浮かんだようであり、その声は険しい。
結ちゃんの事をみあ先輩に相談した事を怒られるのではないかと内心ドキドキであるが何とか平静を保とうとする。
「それじゃあ、お前がその分、みあに付き合え、元々、問題ごとを持ってきたのはお前だ」
「……それは遠慮したいです」
和真先輩は私に生贄になれと言う。
今日は交換条件でいろいろと着せられたが、あんな恥ずかしい事はごめんだ。
それがイヤで和真先輩を頼ったんだ。
だから、どうにかして欲しい。
「それ以外にみあの興味をそらすものがあるのか?」
「それはみあ先輩の耳元で和真先輩が愛の言葉をささやくとか? そうすれば、みあ先輩だって結ちゃんから目を放すと思います」
「そう言う乙女チックな妄想なら、他でやってくれ」
和真先輩の事がLIKEな意味でも大好きなみあ先輩だ。
女の子ならこの状況に萌えるはず、そう思い遠慮がちに提案してみる。
少し和真先輩の反応にわくわくしている私だが、和真先輩の声は冷たい。
……わかっていましたよ。和真先輩がそう言う反応をするのは。
残念だと思い肩を落としてしまうがこれは最初から予想していたはずだ。
「だいたい、みあの興味をそらしたいなら、波瀬や咲耶に頼め、美形の男二人を並べて見つめ合わせておけば勝手に盛り上がって勝手に暴走して行くだろ」
「……それはちょっと」
「お前、今、見たいと思っただろ」
和真先輩はBL好きのみあ先輩の興味を引くもっとも簡単な方法を提案してくれる。
その提案を否定したいとは思うが私にもBL脳は存在おり、否定するのに躊躇してしまい、和真先輩の冷たい声が聞こえた。
「そ、そんな事はありません。ボクはBLを趣味としているだけです。生ものはダメです!!」
「……まずはそのおかしな趣味をどうにかしろ。普通に男はひくぞ」
「大丈夫です。今のところ、文芸部と一部の人間にしか漏れていませんから」
私だって譲れないものはある。
確かに美少年の絡みは素晴らしいが、私はあくまで趣味であり、二次元の創作物限定なのだ。
ここは強調しなければいけない。
しかし、和真先輩の反応は酷く冷たく、一般人との温度差を感じた。
私は取り繕うように私の趣味の防御網は完璧だと言い切る。
「……あの文芸部に入り込んでいる時点でばれてないとでも思ったか? 触れないのが多くの人のやさしさだ」
「……そ、そんな事はないですよ」
言い切った私だが、和真先輩の声は冷たく突き刺さった。
声が裏返ってしまう。
そうなのか? みんな気が付いているのか?
私に彼氏ができないのはひょっとして私が腐女子だとばれているからか?
和真先輩に言われて胸の鼓動が速くなる。
「そ、それじゃあ、他に何か方法はないですか?」
「明らかに話を変えに来たな」
「何を言っているんですか? 元々、こっちが本題じゃないですか?」
このままでは私が目をそらしていた現実を直視しなければ行けなくなるため、話を戻そうとする。
私の考えなど簡単に読まれているようであり、電話から聞こえる和真先輩のため息を私は声を裏返す。
「方法も何もみあの行動を見張るしかないだろ。文芸部や料理部、手芸部にも手を回すしかないだろ。それでもみあを止めるのは難しいから、最後を明斗と翔馬に任せる」
「明斗と翔馬が最後の砦か? ……お姫様を守る騎士が二人? これは乙女としていろいろな妄想が湧きますね」
「湧くのは勝手だけどな。そこまで行くまでに止めないと清瀬がさらに女子から孤立するぞ。人づきあいが悪い生意気な女が良い男二人もはべらせていればな」
みあ先輩の突撃を避けなければ結ちゃんの立場がさらに悪くなるのは目に見えていると言う和真先輩。
確かに、女の子の嫉妬は怖い。
私だって優馬の隣にいると優馬のファンの女の子から冷たい視線を受ける。
もう、大っぴらに優馬が同性愛者だと言ってしまえば楽になるのかも知れないが、優馬の秘密を私だけが知っていると言う事に特別なものを感じ、それができない私は卑怯なのかも知れない。
「……恐怖に負けて、誰かを頼るって事は?」
「みあを恐怖扱いするのもどうかと思うが、今日の清瀬を見る限り、誰かを頼るような事はしないだろうな」
圧倒的な恐怖を感じれば意固地な結ちゃんでも人を頼るかも知れない。
そうすれば何か変わるのではないかと恐る恐る聞いてみると和真先輩は大きく肩を落とした。
「いや、和真先輩も暴走モードのみあ先輩の前に立たされたら、どんな手を使っても逃げ出したくなりますよ」
「その言い方だと誰かを生贄にして生き残ろうとしている風にしか聞こえないからな」
「……否定はしません」
「そこまで怖がるなら、そうならないように息抜き程度に付き合ってやれ。そろそろ、切るぞ」
和真先輩は知らないのだ。
みあ先輩の恐怖をあれは人とは違う存在だ。
あのレン兄と対等に戦えるかも知れないのだ。
私もできる事なら、あの場所には立ちたくない。
私の声はきっと震えているだろうが和真先輩は気にする事無く、電話を切ってしまう。
電話が切れる最後の言葉に私はやっぱり生贄は自分だと理解した。
結局、何も変わってないじゃないか? ……明日、学校に行きたくない。