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第三話

「髪、伸びたな」


 2年生に進学した日、帰宅前に手洗い場の鏡に映った自分の姿を見て小さなため息が漏れた。


 私、『弓永深月』は約一年前にずっと片思いをしていた幼馴染の男の子『波瀬優馬』に告白して見事に玉砕した。

 玉砕と言っても実際は、返事も聞かずに逃げ出したわけだが彼は男でありながら男が好きと言う認めがたい性癖を持っていた。

 そんな彼に胸は残念とは言え、正真正銘の女の子である私の想いなど通じるわけもない。

 本来なら、お約束とも言った感じで髪でも切ってやりたいところだったが私は彼が好きな可愛い男の娘に姿を近づけるために髪を短くしていた。

さすがに女の子が坊主頭にするわけにもいかないので逆に髪を伸ばす事に決めた。

 そして、伸びて行く髪を見て、私は一つの誓いを立てた。

 私が自分の想いに決着をつけ、新しい恋をつかむ事が出来たなら髪を切ろうと。

ショートカットも経験した身からすると短い方が手間もかからないし。

 ……まぁ、今度、好きになった人が長い方が良いって言ったら、このままだろうけどね。


 私を振った優馬だが幼馴染だし、告白して気まずくなったらどうしようとも何度も何度も考えて告白を躊躇した事もあったが、そこは同性愛者であっても完璧な幼馴染だ。

 告白した日に家族で私の家に夕飯を食べに来ても表情一つ変えやしない。いつも通りなのだ。

 まるで、私の告白がなかったかのように。

 そのため、はたから見れば相変わらず、『ボク』と優馬の関係は仲の良い幼馴染だ。

 優馬に対して『ボク』は悪態を吐いているが、実際、まだ、自分の気持ちに整理ができていない『私』は彼のそばで形だけでも笑っていられる事にほっとしていたりもする。

 

「深月さん、帰りませんか?」

「深月、鏡で自分の顔見て何をやってるのよ?」


 その時、肩を叩かれ、振り返ると二人の少女が立っている。

 一人は背が高くショートカットが良く似合う健康的な少女であり、もう一人は眼鏡をかけ、身体は少し小さいもののその身体には不釣り合いなほどの膨らみが印象的だ。

 対照的ではあるが美少女に分類されてもまったくおかしくないほどである。

 ショートカットの少女は『葉山菫はやますみれ』、中学からの友人で女子バスケ部に所属している事もあり運動神経はバツグンだ。

 眼鏡の少女は『本宮葵もとみやあおい』、高校に入ってから、ちょっとした事で知り合った。


「いや、自分で言うのもなんだけど、ボクは美少女だなとどうして男どもはこんなボクを放って置くのかな?」

「はいはい。さっさと戻るよ。だいたい、あんたには優馬がいるでしょ」

「深月ちゃんは綺麗ですからね。羨ましいです」


 ……葵、お願いだから冗談だって気づいて、そして、菫、その勘違いはそろそろどうにかして欲しい。

 真面目な表情をして一ボケして見ると菫は付き合いが長い分、ため息交じりで突っ込むだけではなく、優馬の名前を出す。

 その表情から彼女は幼馴染と言う微妙な距離を見てもどかしいと思っているのは見て取れる。

 葵は葵で天然のところがあるため、心の底から思ってくれているのかまぶしいくらいの笑顔で頷く。

 二人の様子にいろいろと責められている気もするが、私はナルシストでもないので自分の顔を眺め続けているほどヒマではないし、二人と並んで教室に向かって歩き出す。

 教室に着いた後、教科書類はすでにロッカーに突っ込み終えていたため、空に近いカバンを回収する。

 弓道部は自由参加であり、今日は遊びに行こうかと話になったため、三人で昇降口に向かう。

 昇降口に到着すると帰宅しようとしている優馬を見つけた。

 彼が視界に入ると同時に私は『ボク』に主導権を引き渡す。

 私の想いがあふれ出さないように切り替わった『ボク』は予防線を張ろうと改めて、優馬へと視線を向けた。

 優馬は二人の女子生徒に捕まっており、困り顔である。


ん? ……今回は先輩か? 相変わらず、モテてるね。ホモなのに。

 

 優馬に言い寄っている女子生徒のネクタイの色を確認し、三年生である事を確認するといつもの事だと考え、上履きと外履きを履き替える。

 彼は未だ私以外には特殊な性癖はばれておらず、月宮学園だけではなく、近隣の学生達からも王子扱いされており、彼に告白する女子生徒は後を絶たない。


「波瀬くんは相変わらずですね」

「深月、面倒だから、さっさと落ち着きなさいよ。あんたも友達以上、恋人未満って距離には納得いってないんでしょ?」

「落ち着くも何も、ボクとユーマは幼馴染でしかないからね」


 その様子に苦笑いを浮かべる葵。

 菫は私が優馬に告白した事も優馬が同性愛者だと言う事も知らないため、私の腕を肘でつつく。


 私と優馬がそんな関係になる事は無いんだよ。残念ながらね……あっ、優馬がこっちに気付いた。

 こっちを見るな。先輩達も私に気が付いたじゃないか。

 私は変な因縁をつけられたくない。

応援はするとは言ったが、あんなもの建て前だ。

 今もところ、振られたとは言え、結局、何も進めていない女々しい私だけど、女の嫉妬は面倒だ。なるべく、関わり合いたくない。

 それも嫉妬を受けるべき場所にも立ててないんだから、こっちに嫉妬をぶつけられても正直、困る。


「ごめんなさい。今日は用事があるんです。弓永さん、帰るよ」


 優馬は助かったと言いたげにまるで最初から私と約束があったと言う空気を醸し出して先輩に謝り、眩しいくらいの笑顔を振りまきながら私達に向かって……否、私に向かって駆け出してくる。

 

 ……だまされるな。優馬は私の事など見ていない。

 その表情に抑えつけたはずの恋心が溢れ出しそうになるが何とか押さえつける。


「今日はボクんちで夕飯だっけ?」

「そうだっただろ。今日は父さんも母さんも仕事だから、翔馬しょうまと一緒にお邪魔するって」

「ユーマ、あんたもいい年なんだから、料理の一つくらい覚えないさいよ。高校生にもなって夕飯の一つも作れないから人んちにお邪魔しますじゃ、かっこ悪いでしょ」


 優馬が面倒な女子生徒に絡まれた時に私を見つけた場合の決まり文句を返す。

 それもすっかり忘れていたと言った感じにだ。

私の様子に優馬は困り顔で翔馬の名前を出しながらこちらも決まり文句になった言葉を返した。

 面倒事に巻き込まれたくないと言いたげな表情で文句を言う。女子生徒には睨まれたくないのであくまで自分の意志ではない事を強調する。

 しかし、その様子でも先輩達は納得しないようで苦虫をかみつぶしたような表情をした後に、邪魔者の私に向かって敵意の視線を向けてくる。

 私はその視線に無視を決め込もうとして、一緒にいた菫と葵へと視線を移すと菫はニヤニヤと笑い、葵は少し顔を赤らめながらも両手を顔の前で握りしめ、私を応援している。

 

……なんだ? この可愛い生物は?


「……弓永さん、何をしているのかな?」


 葵の姿は時に『ボク』をおかしな方向に走らせる。

 彼女の姿に飛びつき、頭を撫でまわし、その羨ましいくらいに育った巨乳(果実)を揉みしだきたくなる。

 これ以上は『ボク』の理性が持たないため、『私』に戻ろうとするが優馬の前では切り替わる事ができない。

 理性と欲望の間で葛藤し、飛びつく寸前まで行ったところに優馬の手が伸び、『ボク』の制服の襟をつかんだ。


「何? 決まってるでしょ。葵のたわわに育った巨乳(果実)を揉みしだくのよ!!」

「……葉山さん、本宮さん、本当にごめん。弓永さんを連れて行くね」

「放して、ユーマ、きっと、あの果実を揉みしだくとボクの残念な胸にも何かしらの影響があるのよ」

「……そんなご利益無いよ。本宮さんに迷惑をかけないでよ」


 ボクは拳を握りしめ、本能のままに声高々に宣言する。

 優馬は呆れたようにため息を吐くと菫と葵に向かって深々と頭を下げると葵の胸を揉む事を諦めきれないボクは駄々をこねるが優馬はボクの意見を聞かずに襟首をつかんだまま歩き出す。


 ……菫、葵、優しい目で見ないで、これはこれで辛いんだから。


 私が優馬に連れて行かれる姿に友人二人は生温かい笑みを浮かべて手を振る。

 真実を伝えたい気持ちにもなるが、未だに失恋を割り切れていない私の鼓動は早くなって行く。


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