第二九話
「深月ちゃん、今日はどうするんですか?」
「新入生の動向が気になるから、部活に行こうかな? でも、文芸部で情報収集もしたいし」
本日は結ちゃんの襲撃は無く、無事に一日を終えると葵が私の肩を叩く。
葵は小説家になりたいらしく、文芸部に所属して小説を書いている。名前は忘れたけどなんとかって賞にも応募しているらしい。
私はBL本を集めるために文芸部に腐女子がいると聞き顔を出した時に彼女と知り合った。
彼女自身は腐女子ではないけどそれからの付き合いであり、葵が文芸部に出席する時には声をかけてくれるのだ。
彼女の誘いに乗りたいけど、弓道部の方が気になり、私は首を捻る。
「どうします?」
……ちくしょう。葵は可愛いな。
葵は私の次の言葉が気になるようで私の顔を見上げる。
その愛らしさに飛びつきたくなるが、今は放課後だ。結ちゃんの襲撃がないとは言えない。
私が葵に抱き付いている姿を見られたら、私は終わる。
一度、深呼吸をして気持ちを落ち着かせると放課後の予定を考える。
葵は文芸部に所属している物の進んで顔を出す事は無い。
なぜなら、月宮学園の文芸部は腐女子の巣窟なのだ。
巣窟と言っても普通の人がいないわけではない。
ただ、同じ趣味を持った人間同士が集まればその声は大きくなり、少数派の意見をかき消してしまう。
葵は思っている事を上手く口にできない子だし、丸一年が経っても不安なんだろうか?
……そうだね。それなら、葵に付き合おう。
「今日は文芸部に顔を出そう」
「本当に?」
「うん。今は結ちゃんに狙われている身だからね。自分の身の安全を確保するためにも、情報収集は必要だからね」
私が文芸部に顔を出すと決めると葵の顔は笑顔に変わる。
……だから、葵、なぜ、私のツボを刺激する。
その笑顔に私の理性はグラつくが何とか押し留めて笑顔で言う。
「情報収集は良いですけど、あまり暴走はしないでくださいね」
「わかってるよ」
「それじゃあ、行きましょうか? ……波瀬君に文芸部に行くって伝えなくて良いんですか?」
葵と一緒に文芸部の部室に行こうと教室を出た時、葵が優馬の名前を出す。
うーん。別に部活があるからってわざわざ報告する理由はないね。
優馬は優馬で男漁りとか忙しいだろうし……
「別に必要ないでしょ。ボクが弓道部に出る時だって何か言うわけじゃないし」
「そうなんですか?」
「そうそう。それより、早くしないと……揉むよ」
「い、行きましょう」
首を傾げている葵の背中を押して文芸部の部室を目指す。
どこか納得できていない葵の様子に耳元で魔法の言葉をささやいてみると葵の歩く速さが一気に上がり、私から逃げるように進む。
そんなにイヤなのか?
私は揉まれるほどないから、羨ましいと思うのに。
「葵、揉むと大きくなるって言うから協力してよ? 良いでしょ?」
「そ、それは確かに言われていますけど、い、意味が違います!? 他人のを揉めば変化があると言うのは違うと思います!?」
逃げる葵を見ていると私のいたずら心に火がついてしまう。
彼女の背後に追いつき、再度、彼女の耳元でささやく。
葵は身の危険を感じているようで顔を真っ青にして逃げだす。
「……そんな事は知っている。だが、巨乳成分を貰えれば私の残念な胸も成長する気がするんだ!?」
「うん。残念だと言いながらも、しっかりと感じる弾力。巨乳が有り触れている昨今だからこそ、この芯のある柔らかさこそ、至高だと思うんだよね」
手をワキワキと動かしながら葵を追いかける。
すでに私の目的は文芸部ではない葵の巨乳を揉む事だ。
葵の可愛い反応に溢れるよだれを手で拭い、飛びつこうとした時、背後から私の残念な胸をわしづかみにする手が現れる。
不意を突かれておかしな声を上げる私のことなど気にする事無く、その手は私の胸を揉み続けている。
「や、止めてくだしゃい」
「他人の胸を揉んで、自分の胸が揉まれないと油断するのは良くないと僕は思うんだよ。深月ちゃん」
「み、みあ先輩、反省します。天地神明に誓って、葵の巨乳には手を出しません」
その手には心当たりがあり、何とか脱出しようと身体を捻りながら背後にいる人物へと抗議の声を上げる。
しかし、その手の動きは止まる事無く、私の耳元でささやいた。
私は反省していると訴えて許しを請う。
むろん、反省などはしていない。
そこに巨乳があるなら、貧乳として揉まなければいけない。これは天地創造から決められている事だ。
そうに違いない。
「残念、僕は無神論者だから、神様など信じないのだ」
「そ、そんな!?」
「ほら、誓え。神様などではなく、この近隣に住まう悪鬼に、悪鬼久島蓮夜に」
「みあ先輩、久島先生の事をそんな風に言うとまた怒られますよ。それに廊下で何をしているんですか?」
私の口先だけの誓いなどばれているようであり、私の胸を揉んでいる手は止まる事はない。
背後からの声は誓うべきものをレン兄だと言うが、この場所は廊下であり、私達の様子を男子達が前かがみで見ている。
葵はこの場の状況に顔を真っ赤にすると私の背後に回っている生徒を引きはがす。
「た、助かった」
「うーん。残念」
解放され、膝から崩れ落ちる私に先ほどまで私の背後に回っていた女子生徒は残念だと笑っている。
その表情は眩しく、お日様のようだと似合わない事を思ってしまうが目をつぶっていて欲しい。
彼女は一つ上の先輩であり、文芸部の部長でありながら手芸部と料理部を兼任している『吉井深秋』先輩である。
成績は良くないが誰にでも平等であり、先ほども言ったお日様のような笑顔で学年、性別問わずに人気がある先輩だ。
愛されている証拠と言って良いのか、『みあ』と言う愛称で呼ばれている。
そして、先ほども言ったが文芸部部長である私を腐女子に巻き込んだ張本人とも言える。
絶対に頭の上がらない先輩だ。
「葵ちゃんと深月ちゃんが一緒と言う事は今日は文芸部に来るのかな? ……お客さん、良いものそろえてますよ」
「今月はお小遣いが残り少ないのでお手柔らかにお願いします」
みあ先輩は私と葵が一緒に居るのを見て、色々と察してくれたようで楽しそうに笑う。
……目的が有ったはずだが、目先のエサに食いついてしまうのは仕方ない事だと思うんだ。