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第二五話

 ……とりあえず、結ちゃんに見つからずに教室に着く事が出来た。


 休み明けの月曜日、結ちゃんの恐怖に怯えながら教室へと向かう。

 結ちゃんに見つからないようにいつもより登校時間は早い、いくらなんでも初日から、上級生の教室を襲撃する事は無いだろうと考えての判断だ。

 無事に教室にたどり着く事はできたが、気分としては脱走犯や命を狙われるヒロインと言ったところだ。

 ……いや、ヒロインは言い過ぎた。

 なぜなら、ヒロインを守るべき位置にいて欲しい優馬(ヒーロー)は私の様子に困惑するだけで協力はしてくれなかったからだ。

 まったく、いくら女の子に興味はないと言え、かわいい幼馴染の身に危険が迫っているんだから、不本意とは言え、この近辺の女子に王子を言われているのならお姫様を守るのは義務だろうに。

 改めて、想い人が女の子に興味がないと実感し、舌打ちをすると教室の中の気配を探る。


 ……やはり人は少ないな。


 教室の中の人の気配は少ない、それも私を待ち構えているであろう結ちゃんのまがまがしい気配は感じない。

 ほっとして胸をなで下ろす。

 レン兄から逃げ切るために覚えた危険感知能力は信頼できる。

 私はこれで何度も明斗の小言や面倒な先生達の頼まれごとを回避してきた。

 ただ一つ欠点があるとすれば……これを覚える原因になったレン兄は私よりレベルの高い使い手と言う事だ。


「弓永さん、おはようございます」

「ひゃう!?」


 レン兄は完全に気配を消して私の背後に回り込む事が出来るからだ。

 今日も背後に回り込み、真剣に教室の気配を探っていた私へと不意打ちを仕掛けてくる。

 予想していなかった攻撃に驚き、口からはおかしな声が上がり、私は慌てて両手で口を塞ぎ、後ろを振り返った。

 そこには笑顔を浮かべたレン兄が立っており、私は彼の笑顔を見た瞬間、脱兎のごとく逃げ出そうとするがすでに遅い。

 レン兄は私の首根っこをつかんでおり、逃げ切る事はできない。


「おはようございます。弓永さん」

「オ、オハヨウゴザイマス。クシマセンセイ」


 もう1度、朝の挨拶をするレン兄に私は平静を装うために満面の笑顔で挨拶をするが、すでに私の中の警笛は最大音量で鳴り響いている。


 ……やっぱり、入学式から逃げ出したお説教か?

 あれは私が悪いんじゃない。つまらない話しかしない来賓あいさつが悪いんだ。


 当然、レン兄に捕まる心当たりはある。しかし、それとこれとは別だ。

 入学式と言うのは新入生のための物であり、権力を保持して見せびらかしたい油の載ったおっさん達の物では断じてない。

 これがわからないおっさん達のありがたい話などありがたくもなんともない。


「今日はずいぶんと早い登校ですね。ちょうど良かった。少しお話ししたい事がありますので生徒指導室まで来てください」

「Yes, sir Boss」


 頭の中でどれだけ言い訳を言おうがレン兄の笑顔には逆らう事の出来ない圧力がある。

 私は終わったと思いながら、抵抗空しく生徒指導室に向かって連行されていく。

 廊下ですれ違い登校時間が早い生徒達からはまた私が何かやったんだなと言う生温かい目が向けられているが今回は絶対に無実だと主張したい。


「すいません。あまりにありがたいお言葉がつまらなかったので」

「……なぜ、土下座をするんですか?」


 生徒指導室に入るとすぐに私は土下座(先制攻撃)を仕掛けるが、レン兄のため息が聞こえる。

 

 ……あれ、お説教じゃないのかな?


 ゆっくりと顔を上げるとレン兄は呆れ顔をしており、何のために生徒指導室に呼ばれたかわからなくなったため、首を捻った。

 レン兄は私の顔を見てから、もう1度、ため息を吐くと私にイスを出してくれる。

 どこかで疑いの視線を向けつつ、イスに腰を下ろすと続けてコーヒーが置かれ、レン兄は向かい側に座った。


「ボクは無実です」

「やましい気持ちが無ければ土下座のような事はしないと思いますよ」


 ……そんな事は言われなくてもわかっている。


 差し出されたコーヒーに刑事ドラマの事情聴取で出てくるかつ丼と同じものを感じながら、私は改めて無実を主張する。

 レン兄に腹の内を読まれてしまっているため、動揺を隠そうと差し出されたコーヒーを一口飲む。


 アイスコーヒー? 珍しいけど……いつもと違う? 苦味も渋みも少ないし、何より、香りが良い。豆を変えたのか?

 ひょっとして、私はこれのためだけに連れてこられたのか?


 口の中に広がるコーヒーの味はいつも生徒指導室で飲んでいるものとは違う。

 首を傾げる私の姿にレン兄はニヤニヤと笑っており、レン兄がこのコーヒーを飲ませるために私を生徒指導室に連れてきたような気がする。


「レン兄、何を変えたの? と言うか、ボクを呼んだのはコーヒー(これ)のため?」

「職員室に違いが分かる人がいなくてね。深月や大河君くらいしかわかる人間が思い浮かばなくてね」


 眉間にしわを寄せる私の姿にコーヒーを見せびらかしたかったと笑う。


 ……美味しいから良いんだけど、呼び出されていた事に恐怖を感じていた私の事も察して欲しい。

 

 納得がいかないがこのコーヒーは美味しい。豆が変わったなら、後で分けて貰おう。


「ちなみに変えたのは豆じゃないぞ」

「豆じゃないの? それなら何?」

「何この実験用の機会みたいなの?」


 レン兄は理科の実験に使いそうな機材を見せる。

 見なれないものに首を傾げる私にレン兄は実験器具から琥珀色の液体を取り出してカップに注ぐ。


「これで淹れたの?」

「ウォータドリップの道具」

「おお、これが」


 琥珀色の液体はコーヒーであり、私はまじまじと機材を覗き込む。

 噂では聞いた事があったが本物は初めて見たぞ。

 こうやって、私を生徒指導室に来やすくして何をするつもりだ?


 ……おかしな事を考えるのは止めよう。


「レン兄、美味しいコーヒーをごちそうになっておいて言うのもなんだけど、ボクはこれのためだけにここに呼び出されたの?」

「いや、時間稼ぎ。昨日、清瀬さんのクラスの担任の先生から泣きつかれた。清瀬さんが深月を探しに行くと言っていろいろと大変だったらしくて、あまり早い時間に教室にいると見つかる恐れがあるから」


 ……結ちゃん対策か? と言うか、すでに問題児になっているみたいだけど、結ちゃんは大丈夫なのかな?


 レン兄の気づかいに感謝しつつも、それ以上に結ちゃんの恐ろしさを感じ背中に冷たい物が伝った。


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