第二話
……これは告白しろって事よね?
それは私が私立月宮学園高等部に入学してしばらくした日だった。
放課後、人気のない図書室に『私』と幼馴染の男の子『波瀬優馬』の二人きり。
中学からの友人達と一緒に部活見学をしていたのだが、私と優馬の距離をもどかしいと思っている娘達が気を利かせてくれた。
沈む夕日の光が彼の端正な顔を照らし、私はその顔に目を奪われてしま い、胸がとくんと高鳴る。
……だって、改めて、今の状況を考えると告白のタイミングとしては完璧じゃない?
人気のない放課後、図書室には二人きりなんだよ。
幼馴染だからタイミングはいくらでもあると思われがちだが実際は家に帰ればお互い両親もいる。
それだけではなく、私と優馬には一つ下に弟までいるのだ。
それも私の両親と優馬の両親は学生時代からの親友で毎日のようにお互いの家を行き来しているようなものであり、告白と言う空気には絶対にならない。
いや、実際は私が優馬を好きなのは両家の両親及び私の弟の『明斗』、彼の弟の『翔馬』にまで気づかれている。
明斗以外には毎日、生温かい笑みまで浮かべられ、応援されているのだが相手がBLな上に鈍感なのだ。
優馬のせいにするわけではないが、私の想いに気づいてきっぱりと死刑宣告をしてくれれば『私』は『ボク』になる理由もなくなる。
「弓永さん、特に何もないなら帰ろうか?」
「そ、そうだね……ユーマ、そう言えば、さっき見た弓道部の先輩、良くなかった?」
優馬の顔が近づいてくる。
二人きりになり、彼の顔に見とれていたせいか慌ててしまう。
きっと、今の私の顔は真っ赤だろう。でも、優馬が相手だから、夕日のせいだと言えば絶対に誤魔化せる。
……少しだけ、殺意も芽生えるが愛情と憎悪は裏返しとも言うし、1度深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
告白するかは一先ず、棚に上げて一緒に回った部活見学の話を振った。
「そうだね。矢が的を撃つ姿は凛としていたね。かっこよかったと思うよ」
「そうだけど、ボクが言いたいのは違うの。凛としていて清楚な感じだったけど、どこかにエロスがあって……あの袴姿ね!?」
「……弓永さん。いくらなんでも女の子が女の子に欲情するのはどうかと思うんだけど」
冗談交じりだけど、優馬が女の子に興味があるか確認するように印象に残っていた弓道部の先輩が弓を弾く姿を思い出しながら聞く。
私の知る限り、優馬の部屋には女の子に興味を示していると言う証拠がない。
明斗と翔馬は私が部屋に入ると慌てていたりするが、優馬の部屋にはエロ本やエロDVD、そして、グラビア雑誌ですらないのだ。
物色した私も私だがその時は両家の両親が同伴……と言うか物色したと言うのは誤解を招く、優馬が出かけている時に彼の両親が彼の部屋を散策すると言い始め、その場にいた私は強制的に優馬の部屋に連れて行かれ、その場所に同伴させられたのだ。
両親達が言うにはせっかく二人きりにしても優馬が私を押し倒さない事に疑問を持ったらしい。
そんな事を言われても優馬は……同性愛者なわけだしと思いながら、私も女の子に興味があるのではないかと淡い期待を持っていたため、同行してしまったわけだが……
嬉々として優馬の部屋のベッドの下、机の引き出しが二重底になっていないかパソコンの中味や履歴まで自分達が考えうる場所をすべて探している四人の姿にかなり引いてしまったけど、結果は予想通り、何一つとして見つからなかったのだ。
そう言えば、あの後にお父さんとおじさんにいろいろと渡されていたようだが、それはどうしたんだろう?
……きっと、翔馬に流れているだろう。とばっちりを受けて明斗と翔馬の部屋も物色されていたけど翔馬の部屋は優馬の部屋と違ってたくさん出てきたし、明斗の部屋にも翔馬ほどではなかったがしっかりと隠されており、女の子に興味がある事が確認できたため、姉として安心したものだ。
「あんた、それでも男!! 袴が乱れた時に見えるあのキレイな鎖骨を見て、欲情しないの!! それは男としてどうなのよ!!」
「いやいや、女性の鎖骨に欲情する弓永さんの方がどうかと思うけど」
これは最終確認だ。
『ボク』は拳を握り締めて、『ボク』が欲情した先輩の姿をそれだけではなく女体の神秘を熱く語る。
しかし、当然、優馬からの反応はない。それどころか呆れ顔だ。
これは誰にでも優しい彼が『ボク』にだけ見せてくれる表情。
私は彼のこの表情が大好きだ。
その表情に胸が高鳴り、抱き付いてしまいたい衝動に駆られるが、何とか自分を押さえつけて、もう1度、優馬の顔へと視線を向けるが『ボク』が語った事などまったく興味がなさそうだ。
……決定かな?
その様子に私は自分の想いを押さえるように唇を強く噛んだ。
今にも涙が溢れだしそうになる。
わかっていた事、わかっていた事だけど辛い。
悔しいとは思いながらも、一生懸命に私は『ボク』を演じる。
辛いからこそ、私の気持ちを何とか押さえつけて『ボク』は笑うんだ。
「ふーん。やっぱり、ユーマはそっちなのね」
「そっち?」
「バラよ。薔薇。同性愛者。ホモセクシャル。男の子なのに男の子が好きって奴。おかしいとは思ったのよね。部屋にはエッチな本の一つもないし」
彼の特殊な性癖を確信するように小さく笑みを浮かべて彼の顔を覗き込む。
彼の表情には小さく焦りの色が浮かんだように見えた。
「良い。必ず、良い男とからみなさいよ。変な男に捕まるのは止めてよ。それに汚い男との絡みじゃ、ボクが報われないから、後、間違っても明斗には手を出さないでよ」
「報われないってどう言う事?」
「こう言う事だよ……バイバイ。私の初恋」
『ボク』は今日一番の笑顔を作り上げて、優馬の鼻先を指で押さえて特殊な性癖を応援すると笑う。
この想いが報われない事はわかっていたから、まるで同性愛に偏見がないように笑う。
優馬は『ボク』が何を言っているのかわからないと言いたげに聞き返す。
……もう、私には隠さなくても良いのに。
でも、今じゃなくて良いよね?
その姿が必死に自分の恥部を隠そうとしているように見え、本当の事を教えて欲しいとも思うが聞きたくないと言う気持ちの方が勝っている。
振られる事が決定した事で幼馴染としても気まずくなる事はわかっており、最後の思い出にと優馬の首に手を回して彼の体温を感じる。
私の突然の行動に驚きを隠せない優馬の耳元で私の秘めた想いをささやいた。
その言葉は私が思っていた以上にあっさりと出てきた。
優馬は本当に私の想いに気づいていなかったようでずっと隣にいた私の告白と指摘に言葉を失ってしまう。
きっと、私の精一杯の告白に真面目な彼は一生懸命に考えてくれるだろう。
でも、不意を突かれた事で言葉は繋がらない。
「じゃあ、ボクは弓道部に入部届だしてくるよ」
私は何も言えない優馬の頬に口づけをして一直線に図書室を逃げ出す。
このままでは何とか押さえつけてきた涙が流れ出てしまうから、これ以上、情けない姿を見せたくないし、今は優馬の顔を見ている事が出来なかったから……
この日、『弓永 深月』の初恋が終わりました。