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第十八話

「弓永さん、この子は誰?」

「ボクが聞きたいよ」


 屋上で出会った少女は私から放れてくれず、私は腕に彼女を付けたまま体育館へと戻った。

 私の姿に優馬は意味がわからずに眉間にしわを寄せるが、私だってどうしてこの状況になったかを聞きたい。


 肩を落としながら言う私の腕に抱き付いた少女は優馬を敵と見なしたのか敵意を隠す事無く睨み付けている。


「お姉さま、この男はお姉さまにとって何ですか?」

「えーと、幼馴染の波瀬優馬です。あの君は誰? 少なくとも僕は弓永さんに妹がいるって話は聞いた事がないんだけど」

「ボクだって弟以外いた記憶はないよ。従妹だっていないし」


 少女は優馬へと鋭い視線を向けたまま、優馬の正体を聞く。

 困ったように笑う優馬は少女に名前を尋ねるが私も優馬も妹がいた記憶などない。


「男になど名乗る名前はありませんわ」

「……どうしよう。話が通じない」

「えーと、とりあえずは名前がわからないと話しにくいから、名前を教えてくれるかな? ボクは弓永深月だよ」


 威圧するように言う少女の姿に優馬は大きく肩を落とす。


 ……優馬の王子スマイルが効かないとはこの子は只者じゃないね。


 私は二人の顔を交互に見た後、とりあえず、少女から名前を聞き出そうと考えて自分に名前を教える。


「深月お姉さまですね。私は清瀬結きよせゆいですわ」


 清瀬結ちゃん? ……ダメだ。思い出せない。今まで私が知り合った事のある娘じゃない。


「あのね。清瀬さん」

「結ですわ。深月お姉さま」

「……結ちゃん、どうして、ボクの事をお姉さまって言うのかな?」


 清瀬さんもとい結ちゃんに押し切られてしまい、彼女の事を名前で呼ぶと彼女の顔は優馬への敵意を忘れてしまったようで笑顔に変わった。

 取りあえず、彼女にお姉さまと呼ばれる理由はなく、改めて、結ちゃんに話を聞く。


「深月お姉さまはゴミクズに囲まれて困っていた私を助けてくれたんですわ。ゴミクズに紙束をぶつけて私を逃がしてくれましたわ。あの時に私は深月お姉さまを一生愛すると心に決めたんですわ」


 ゴミクズに紙束を? ……あ、さっき、男の子達に囲まれていた娘だ。


 結ちゃんの言葉に改めて、彼女と本当に出会っていないかを思い出そうと首を捻った。

 すぐに一人の少女が頭に浮かんだ。


 だけど……あれは事故であって、それに結ちゃんは私を見捨てて逃げたじゃないか。


 先ほど偶然助けた少女が結ちゃんであり、私は記憶がつながった事にポンと手を叩く。

 しかし……あの後に男の子達に絡まれかけたんだよね。そう考えると若干、納得がいかない。


「思い出していただけましたか?」

「思い出したけど……あれは偶然だから」

「弓永さん、何が有ったんだい?」


 私が手を叩いた姿に結ちゃんの表情は晴れるが、私は助けたつもりもないため、お姉さま扱いされても困る。

 それに結ちゃんの言葉を信じるとこの子は百合娘だ。

 私はそんな領域に足を踏み入れる気はさらさらない。

 どうしようかと眉間にしわを寄せていると優馬は私の事が心配になったようで結ちゃんとの出会いを話すように言う。


「……と言う事なんだよ。ボクは助けた記憶もまったくないんだよ。偶然」

「偶然ではありませんわ。これは必然であり、運命なのですから!!」


 優馬に結ちゃんとの出会いに付いて説明するもどうして良いのかわからずに私は肩を落とす。

 いくら、偶然だと言っても結ちゃんの中では完全に盛り上がっているようで私の話など聞いてくれない。

 どうしようと優馬へと助けを求めるが、彼もどうして良いのかわからないようで苦笑いを浮かべている。


「ユーマ」

「僕に言われても困るよ。あのさ、清瀬さん、君って新入生だよね。入学式はどうしたの?」

「深月お姉さまを探していましたわ」


 優馬は会場の空席を指差し、結ちゃんに入学式の事を聞くが、結ちゃんは迷う事無くサボったと言い切った。


 ……結ちゃん、それはダメだよ。レン兄に捕まるよ。


 私と優馬は彼女の命知らずの行動に顔を引きつらせる。

 新入生だから仕方ないのかもしれないが、レン兄を知っている人間は絶対に学園行事をサボるなど絶対にしない。

 なぜなら、それは死と同義だからだ。


「結ちゃん、一緒に生徒指導室に行こうか?」

「生徒指導室ですか? 私としては深月お姉さまと一緒に行くなら、保健室の方が」


 ……絶対、結ちゃんと二人になってはダメだ。


 結ちゃんの口から危険なつぶやきが聞こえた。

 何度も言うが私は優馬と違って同性愛の気質などない。

 この子と二人きりになったら、私の貞操は最後だろう。

 優馬へと助けを求める視線を向けると彼は結ちゃんのつぶやきは聞こえなかったようだが、私が早めにレン兄に結ちゃんを引き渡した方が後々、彼女の事を考えた方が良いと理解してくれたようで大きく頷いた。


「清瀬さん、とりあえず、生徒指導室に行こうか? 入学式をサボったわけだし、その事を先生達に謝らないといけないから」

「イヤですわ。私は何も悪い事などしていませんわ」


 ……どうしよう? 話が通じない。

 しかし……何だろう? この敗北感は。


 優馬が結ちゃんに話しかけるが、彼女は私の腕にしっかりと抱き付き、その胸の膨らみを私の腕に押し付けて彼の言葉を却下する。

 私の腕から制服越しに伝わる彼女の胸の柔らかさは葵までとはいかないが確かにあり、私は先日までの中学生だった娘にも敵わないと言う事実に泣きそうになってくる。


「あのね。結ちゃん、入学式をサボるのは悪い事なの。だからね。それを謝らないといけないんだよ」

「そうですね。弓永さんにも先輩としての自覚が出てきてくれて安心しました」

「く、久島先生、どこからここへ?」


 私は今にも溢れてきそうな涙を押さえつけると結ちゃんの説得を始める。

 その時、私の背後からまたもレン兄の声が聞こえて、私は顔を引きつらせて聞く。


「もう、入学式は終わっていますよ。えーと、清瀬結さんですね。初日からサボりとは感心できませんね。弓永さん、波瀬君、清瀬さんは私が引き取りますのでお仕事の方をお願いします」

「わかりました」

「は、はい」


 レン兄はため息を吐くと結ちゃんの首根っこをつかみ、生徒指導室に向かって歩き出す。

 結ちゃんはバタバタと暴れているが、レン兄の手から逃げ切れない事は私が誰よりも知っており、結ちゃんと言う今まで感じた事のない恐怖から解放された事に私は胸をなで下ろした。


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