第十二話
今回は深月妄想編です。
……優馬の腕、たくましかったよ。
登校中に優馬に抱きしめられた事で私の頭はその事しか考えられなくなっている。
当然、教室に着くなり、クラスメートへの挨拶を軽く済ませ、まだ席替えも終わっていないため、一番後ろの窓際の席で優馬の腕の感触を思い出して悶え苦しんでいる。
「み、深月ちゃん、どうかしたんですか? 何があったんですか?」
「葵、気にしなくて良いよ。どうせ、優馬関係だから……優馬はどんな感じかな?」
「波瀬くんの事ですか? 何か進展があったんですかね?」
私の様子に葵が心配そうに近づいてくるが、昨日、ボクが欲望のまま抱き付こうとしたせいか、若干、腰が引けている。
菫は私の様子に呆れた様子であり、スマホ片手にため息を吐いた。
悪かったね。確かに優馬関係だよ。
そして、葵、目を輝かせないで恥ずかしくなるから……あ、あの時の優馬の横顔がフラッシュバックする。
優馬の吐息が耳にかかった感触が……ダメだ。鼻血が出そうだ。
親友とも言って良い二人の様子にこの幸せを暴露したくなるが、私と優馬はあくまで幼馴染なのである。
変な事を言って暴走してしまっては今まで積み重ねてきた距離が台無しになってしまう。
忘れてはいけない。優馬は同性愛者なのだ。女の子になど興味がないのだ。
それにこれ以上、優馬との噂が広がると私は優馬のファンクラブの娘に刺されかねない。
……ダメだ。自分では何とか抑えようとしても自然に頬が緩む。仕方ないから、私の頭の中だけでこの幸せをかみしめよう。
「す、菫ちゃん、ど、どうしましょう?」
「気にしなくても良いって、それより、こっちの方が面白いから」
私の顔はきっと耳まで真っ赤であろう。
そんな女が表情をだらしなくして机の上を叩き、悶えているのだ。
私の様子はきっと引くだろう?
私だって、朝から学校でこんな悶え苦しんでいる生徒を見たら、絶対に引く。
親友は友達、友達は知人にグレートダウンさせるだろう。
だが、しかし、私の妄想は今、最高に良いところまで来ているのだ!!
周りの目など知った事か!!
心の中で拳を高らかに上げて私の人生は素晴らしいものだったと声高に宣言したい。
「どうしたんですか?」
「これ、咲耶達からの優馬の実況中継」
「大河くんからの実況中継ですか? ……波瀬くんも同じ感じなんですね」
「結局は似た者同士のバカップルだからね」
葵を呼び寄せてスマホの画面を見せている菫が何か言っているがそんな事を気にする余裕はない。
今の私は天にも昇るくらいの幸福の絶頂に居るのだから。
「後、こっちは登校中に深月と優馬を見かけた後輩達が送ってきた。朝からいちゃついているなら、さっさとまとまれば良いのに。と言うか、結構、見ていた人も居るんだよね。今の時点で角度が違う写真が二十枚送られてきているし、一番近いのはすぐ近くで撮っているね。ここまで近づいているのに気づかないって事は二人とも自分達の世界に入り込んでいるよね」
「こ、これは深月ちゃんが悶えていてもおかしくありません。波瀬くんに抱き締められているんですから」
菫がスマホを弄り、葵に何かを見せると彼女は顔を真っ赤にして私が優馬に抱き締められた事に驚きの声を上げた。
その瞬間、クラス替えが終わり、私と優馬の関係を知らない女子生徒達から殺意のこもった視線が私に集中する。
冷たすぎる視線に寒気を感じた私は正気に戻り、菫のスマホに向かい手を伸ばす。
菫は私の手を交わすと一つため息を吐いた。
「おはよう。深月」
「おはよう。菫、今、ボクには黙っていられない言葉が聞こえたんだけど」
「気のせいじゃない? だいたい、私は何も言ってないし」
私は菫のスマホの中にある私が優馬に抱き締められている写真が気になり、彼女からスマホを取り上げようとする。
菫は私の考えている事がわかるようであり、楽しそうに口角を上げるとスマホを制服の中に戻そうとする。
私はその腕に飛びつこうとするが、菫は見事なフットワークで私の腕を交わす。
「あ、あの、二人とも落ち着いてください。深月ちゃんも普通に見せて欲しいと言えばどうですか?」
「……葵、それは危険だよ」
私と菫の視線が重なる場所にはバチバチと火花が散っている。
その様子に慌てた葵は私の腕に抱き付き、必死に私を止めようとする。
ダ、ダメだよ。葵、そんな巨乳をボクの腕に押し付けたら、ボクはそのたわわに育った巨乳を揉みしだきたくなるじゃないか!!
葵の必死な姿と腕に制服越しで伝わる感触にボクのおかしなスイッチが入る。
ボクの変化に気が付いた菫はため息を吐くとボクが暴走した時の被害を受けたくないようでスマホを制服にしまい、ボク達から距離を取った。
菫が距離を取った事に気づかない葵は一生懸命にボクの腕をつかんでおり、その姿がボクの鼻息を荒くする。
「葵、そろそろ、逃げないと危険だよ。私は鐘も鳴ったし、席に戻るから、自分の身は自分で守りなよ」
「き、危険? み、深月ちゃん、何をするつもり?」
完全にスイッチの切り替わったボクの様子に菫は葵に向かい、撤退を促す。
その言葉で葵はボクの顔を見上げるとすでにボクの目が彼女のたわわに育った巨乳をロックオンしている事に気づき、後ずさる。
「大丈夫。痛くしないから」
「み、深月ちゃん、落ち着いて、正気に戻って!? す、菫ちゃん、見捨てないで!? た、助けて!?」
ボクは溢れ出るよだれを制服のそでで拭くとじりじりと葵との距離を縮める。
ボクの様子に葵はよほど恐怖を感じているのか涙目になって後ずさるがボクの席は教室の一番後ろであり、直ぐに逃げ場はなくなってしまう。
泣きそうな表情で菫に助ける葵だがその表情が大好物のボクにとっては逆効果でしかない。
「ボクは正気だよ。そのたわわに育った巨乳を食べればボクのこの貧相な物にもきっと栄養が行くと思うんだ!!」
「そんな事、効果ないです!?」
ボクが葵に飛びかかろうとした時、ボクの耳の横に何かが通り過ぎたような風切音が届く。
それと同時に壁には何かがぶつかり、白い粉が床に広がった。
それはチョークだったものであり、正気に戻ったボクは壊れた玩具のように振り返るとスーツを身にまとい、その溢れる殺意を笑顔で隠した担任教師『久島蓮夜』先生が立っている。
「はい。弓永さん、本宮さん、HRを始めますから席に着いてくださいね」
「Yes, sir Boss」
「はい。流石、弓永さん、素晴らしい発音です」
久島先生はにっこりと笑うとボクと葵に声をかけ、ボクは逆らっては殺されると思ってしまい、素直に席に着いた。