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第5話

『き、キズものにされた……』


 隣のテーブルの上で横たわる人形がぼそりと恨みがましそうに呟く。陶器製の体には、確かに引っかき傷のようなものが見えたけど、もちろん私がやったわけじゃない。


「元から傷だらけだったじゃないの。……っていうか、何処でそんな言葉覚えるのよ」


 私はミシンの針をことこと動かしながら、ゴスロリ服を慎重に縫い直している。 布地の大きな部分はミシンでこのまま直して、残りのレースや細かな刺繍は後で手縫いしていく予定。気がつけば時刻は二時十六分くらいだ。


「そろそろ、話してもらってもいいかしら。キミが元いた場所に固執する理由」


『…………』


「呪いの人形なんて、本当は嘘なんでしょ?」


 本当に呪いの人形なら、私に向かって呪いの人形だと自称する必要はないはず。むしろ、話をする前に私たちを襲ってしまえばいいのに、彼女はわざわざそれを自分から公言していた。それは早く自分を処分してほしいがために。早く元の場所に戻りたいがために。


「うん、次は破れたレースね。これは少し手強そう……ふふ」


 だけど、ゴスロリ服なんて縫うのは初めてだから何だか緊張してしまう。

 私はこんなハイカラなお洋服は滅多に縫わないし作らない。お裁縫自体は好きだけど、そもそも私は自分の着る服は一切縫ったことが無いのだ。マフラーとか手袋とか、ミトンとかならよく作るのだけれど。


『……アンタ、楽しそうね』


「えぇ、お裁縫は私の趣味の一つですもの」


『そうじゃなくて……何て言ったらいいのかわからないけど、楽しそうな顔してる』


「そうなの? ゴメンなさい、作業してる時の自分の顔なんて見たことないから」


『…………』


 針と糸をグッと凝視しながら作業していると、他のことなんて何も見えなくなる。それこそ、指先にぷつんと出来た小さな赤い()すらも。


「……あ」


 後になってじんわりと指先が痛くなってほんの少し涙目になる私。うぅ、絆創膏どこだっけ。


「お姉ちゃん、はい絆創膏」

「あら、ありがと。って、今まで何処に行ってたの?」

「コーヒー、淹れてあげたんだよ」


 妹の手に乗ったトレイの上に、私の愛用しているマグカップと妹のマグカップとが並んでいる。私のマグカップにはコーヒーが、妹のマグカップにはココアが白い湯気をふわっと吐きだしていた。


「ふふ、ありがと」

「お砂糖二杯と、ミルク一杯だよね?」

「えぇ、その通りよ」


 妹は砂糖やミルクの分量までキチンと私の好みに合わせてくれていた。私はほんの少し甘いコーヒーが好みだ。マグカップをテーブルに乗せ、妹から受け取った小さな絆創膏を指に巻いた。


「お洋服、出来た?」

「うぅん……もう少し掛かるかしら。妹も、眠かったら先に寝てもいいのよ?」

「ん~ん、眠くないよ。お姉ちゃんのおまじないもっと見ていたいから、終わるまで起きてる」

「夜更かしはあまり感心しないけど……ま、たまにはいいか」


 コーヒーを一口飲んでから作業再開。

 最初はちょっと難しいかもと思ったけど、ある程度慣れてしまえばどうということはなかった。私の手の中でゴスロリ服は本来の可憐さと優雅さとを取り戻し、我ながら会心の出来栄えに仕上がった。


「お洋服も終わったし……次は、キミの番ね」


『あ、アタシ? これ以上、アタシに何をするつもりよ!』


「何って、ちょっとお色直しするだけよ」


 横たわった人形を立たせると、私は小さな(くし)を取り出して彼女の金色の髪をそっと()いていった。最初は櫛が引っかかってしまって彼女が痛がるんじゃないかと心配もしたけど、金色の髪は思いの外すんなりと櫛を通してくれた。くしゃくしゃだった癖っ毛はあっという間にストレートに。あとはカーラーでくるっと巻けばお嬢様ロールの出来上がり。


「ヘアスプレーとか、したほうがいい?」


『い、いいわよそんなことしなくても……』


「ん、じゃあ次はお顔ね」


 さっきのような簡単な手入れじゃなくて、今度はもう少し丁寧に。

 手芸セットの箱の中に手を伸ばしかけて――流石にそれ(、、)は入っていないので妹に声を掛けた。


「ねぇ、消しゴム貸してくれる?」

「え? 消しゴムって、普通の消しゴム?」


 消しゴムなんて何の役に立つのだろう?

 私の言葉を聞いた直後の妹の心底不思議そうな表情といったらない。ほんの少しの間きょとんと呆けていたけど、すぐさま二階へと駆けあがっていって自分の筆箱ごと持ってきてくれた。


「ありがと。……って、これ新品じゃない。いいの?」

「うん!」


 じゃあ、遠慮なく使わせてもらおうか。ビニール包装を開いたばかりのゴムの匂いが何だか懐かしい。

 私は新品の消しゴムを、彼女の頬にそっとこすりつけて少しずつ動かす。消しゴムの角でくすぐるようにして細かな汚れをふき取ると、陶器の肌に幾分か艶が戻ったように見えた。これをこのまま顔全体に繰り返す。その間、彼女は一言も喋らず大人しくしてくれた。やがて黒いくすみが綺麗さっぱり無くなる。私が一息つこうとして首を動かすと、不意に妹と目が合った。


「……ん? どうかした?」

「うぅん、何でもないよ。えへへ」

「私のおまじないって、そんなに面白い?」


 これは前から妹に訊いてみたかった質問。すると、妹はにぱっと笑って答えてくれた。


「うん、面白いよ!」

「そうなの? だけど、ずっと見てるだけでしょう?」

「だって、お姉ちゃんすっごく楽しそうだもん! 優しそうな顔して、まるで魔法を掛けるみたいにしててさ!」

「お褒めに預かり、光栄よ」

「……わ、私ね。いつかお姉ちゃんみたいに、精霊さんに“おまじない”してみたい!」

「あら……そうなの?」


 うん! と強く頷いた後、しかし何故か妹は小さく顔を歪めてしまった。


「だけど私、お姉ちゃんみたいに“声”が聞こえないから、たぶん無理だよ……ね」

「そんなことないわよ」


 私は俯く妹の頭にぽん、と手を乗せゆっくり撫ぜる。


「声が聞こえなくても“おまじない”くらい誰でも出来るわ。大事なのは……そうね、ここよ」


 そのまま撫ぜていた手をそっと妹の胸に置く。

 小さな鼓動と暖かさと、それから妹の心根にある優しさがじんわりと伝わってくる。


「誰かを助けたいっていう優しい気持ちがあれば“おまじない”は出来るわ。それこそ、精霊の姿が見えなくたって、声が聞こえなくたって、ね」

「……う、うん!」


 元気に頷く妹だけど、実はちょっと困ったような顔をしている。

 まぁ、すぐに理解する必要はないと思う。

 妹には、妹のペースがある。今すぐでもいいし、別にもっと後でも私は構わない。


「じゃあ、今度私に“おまじない”のやり方、教えてくれる?」

「えぇ、最初は簡単なものからね」

「やったぁ!」


 真夜中なのに、今にも踊りだしそうなくらいテンションを上げる妹。

 ふと時計を見上げると、針は既に午前三時を通り過ぎていた。

妹がおまじないする日も、いつか来るのかもしれないなぁ……なんて。


第6話も、明日のこの時間に。

短いお話だから、あっという間に終わっちゃいますね。


では、待て次回。

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