第4話
「……それで、キミは呪いの人形で、拾ってもらった妹や私に呪い(画鋲)を仕掛けた、と」
『ふんッ。まぁ、そういうコトになるわね』
ビスク・ドールが偉そうにふんぞり返るような態度で答える。
……なお、今彼女は妹の腕の中にすっぽりと収まっていた。私が彼女の言葉を通訳して伝えると、妹は頬を膨らませ彼女に向かって強く叱りつけるようにしてこう言った。
「ダメでしょ! お人形さんが怪我したら、どうするの!」
『は、はぁ? コイツ、何言ってるのよ』
「キミが落っこちたりして怪我することを心配してるのよ。その子、とっても優しいでしょう?」
「あんな危ないものばら撒いちゃダメでしょ? めッ!」
『な、何なのよこの姉妹……』
呪い(画鋲)が効かなかったことと、妹の常軌を逸した態度に驚いているのが彼女の声の調子で分かる。まぁ、普通あんなことをされたら恐怖に怯えるのが筋なのかもしれないけど、私たちとしては彼女のような不思議な存在には慣れっこだから普通に順応してしまうのだ。
「キミ、精霊よね」
『精霊……? 何なのよ、それ』
「精霊とは……そうね、簡単に言うとキミのように意思が宿った存在よ。本来は目に見えないのが常なのだけれど、キミは人形に宿ったから見えるみたいね」
『意味分かんない。アタシは呪いの人形だって言ってるでしょ』
自称呪いの人形がやや攻撃的な姿勢で言葉を返す。
しかし、正直を言ってしまうと私も驚いていた。
前の一件のような、本来は妹にしか見えないものだけが精霊だと私も思っていたのだけれど、まさか実体を伴う精霊も現れるなんて。世の中には、まだまだ色んな精霊がいるんだなぁと少し感心してしまった。
「それで、呪いの人形さん? じゃあキミは私達を呪って何をするつもりだったのかしら? チャイルドプレイみたいに、私達を惨殺する?」
『あ……あ、あれはやり方が汚いから、私には、合わないわッ』
あれ、急に声が震え始めたんだけど。
『わ、私ならもっと優雅にやるわ。こう、誰にも気づかれないように罠を仕掛けて、無様に引っ掛かるところを嘲笑ってやるのよ』
「あっさり私に看破されたけど?」
『ぐにゅにゅ……ッ!』
どうやら彼女の罠はこの画鋲だけらしい。何とも小さすぎる罠だこと。
「お姉ちゃん、質問!」
「はいどうぞ、妹」
「この子、どうやって動いたのかな?」
腕の中の人形を愛でながらなかなか鋭い質問をする妹。言われてみれば、彼女はどうやって動いたのだろう?
「あぁ……そうね、ちょっと訊いてみるわ」
『いーや、答えないもん』
「意地悪ねぇ。それぐらい教えてくれたっていいでしょ?」
『呪いのにんぎゅむ、が、かんにゃ、に、教え……うわあん!? 頭ぐりぐりするなぁ!?』
「妹、何もそこまで撫で回さなくても」
「だってこのお人形さん可愛いんだも~ん。私だぁい好き!」
『なッ……だ、だだだ大好きぃ!?』
まるで、動物大好きなあのお爺さんみたいな勢いでぐりぐりわしゃわしゃ撫でまくる妹。その勢いは止まるところを知らないが、何故か今度は人形が黙りこくってしまった。……どうしたのかしら。
「ちょっと、キミ?」
『……ふぇ? な、何よッ』
「今、ボーっとしてた? 一瞬だけ言葉が聞こえなかったけど」
『い、妹のウザさに呆れてたのよ! な、撫でるならもう少しその……や、優しくしなさいって、言いなさい!』
「もっと優しく撫でてほしいんですって」
「は~い」
彼女はビスク・ドールだから、素焼きの体に強い衝撃はご法度なんだろう。壊れるのを恐れたから注意したのかしら。それにしては今の彼女の声、少し嬉しそうに聞こえたんだけど……
『……ふん』
さて、この状況どうしたものか。
真夜中の喫茶店。私の前には妹と、その腕の中に自称呪いの人形。
今はこくりと項垂れているけれど、声からして完全にご機嫌斜めと言うわけでもないみたい。もしも、彼女が困っている精霊というのなら何か手伝いをしてあげたいけど、今のところそういった事情も無さそう。こういう場合、元在った場所に戻してあげればいいのだけれど……
『……い、いいのかしら?』
「ん? 何?」
『私をこのまま此処に置いておいていいのかしら? 私は、呪いの人形なのよ? このままここに置いておけば、きっとあなた達に災いが起こるわ』
「ふむ……」
「お姉ちゃん、この子何て言ってるの?」
「自分が呪いの人形だから、ここに残しておくと悪いことが起こるかもよ~って脅かしてきたのよ」
『お、脅かしたですって? 本当のことなのよ? 何てったって、私は呪いの人形ですもの』
「……うぅん」
「どうしたのお姉ちゃん? 難しい顔してる」
さっきからどうも彼女の言葉が引っかかる。
何故彼女は、殊更『呪いの人形』を強調するのだろう。
確かに、彼女が本当に呪いの人形だなんて物騒な代物ならさっさと処分したいのだけれど、それにしては彼女の言葉に邪気や悪意などはあまり感じない。本当に呪いの人形ならもっとこう……存在自体からして禍々しいものなのではないだろうか。
私は思い切って、彼女にぐいっと顔を近づけてみた。
『な、何よッ?』
「キミ、何か隠してない?」
『……はぁ? どういう意味よ』
「お姉ちゃん……?」
「例えば、元いた場所に居なきゃいけない理由があるんじゃなくて……?」
『…………ッ』
早々にここから立ち去りたい。
そんな気持ちが彼女の言葉に見え隠れしているように私は感じた。どちらかと言うと『ここに居たくない』ではなく『元いた場所に帰りたい』と。何か、彼女が元いた場所に何らかの事情があるのかもしれない。
「ねぇ、この子何処で見つけたの?」
「えっと、学校の近くにあるマンションのゴミ捨て場だよ」
「マンション……ね」
『…………』
今の彼女の姿を観察しながら想像する。
服や顔こそ薄汚れてはいるが見てくれ自体はそれほど酷くない。顔のヒビを除けば、他の腕やパーツが壊れているといったこともなく、捨てられていたものにしては比較的綺麗だ。
……だけど、答えを導く出すにはまだ何か足りないような。
「お姉ちゃん、この子どうするの?」
「考え中……だけど、とりあえずやることは決まったわ」
『ふふん、アタシの恐ろしさにようやく気づいたようね。わかったらサッサと――』
「とりあえず、この子を直すわ」
『そう。まずはサッサとアタシを直すって……はぁッ!?』
「やった、お姉ちゃんの“おまじない”だ!」
「今回はおまじないってほど大袈裟じゃないわよ?」
『ちょっちょ、ちょちょちょ待ちなさいよ! このままアタシを放っておくと大変なことが起こるのよ?』
「手芸セット、貸して頂戴」
「は~い」
『無視すんな! このままだと、ホントに呪いでアンタ達を苦しめるかもしれないのよ?』
「へぇ……どんな風に?」
手芸セットの中から糸や針を物色しながら私は素っ気なく答える。あ、それからボタンやレースの切れ端なんかも必要ね。ここでチラッと彼女の服を観察。……これは手縫いだけだと厳しそうかも。ミシンも用意しなきゃ。
『そ、そうね! 朝起きたら靴に画鋲が入ってたり、燃えるゴミと燃えないゴミを一緒くたに突っ込んじゃうわ! 三角コーナーの生モノだってほったらかしよ! 生臭さに苦しみ悶えるのよ!』
……何て小賢しい呪いだろう。それじゃまるで子供の悪戯。こんな呪いで困るのは全国のお母さんだけだと思うけど。それと彼女、画鋲好きなのかしら。
「妹、私ミシン取ってくるから、その間に一つ頼んでもいい?」
「なぁに?」
「彼女の服、脱がしておいてくれる?」
『……は、はぁッ!? な、ななな何言ってんのこの変態! アタシを脱がしてどうするつもりよ!?』
『脱がして』のキーワードに敏感に反応してか、彼女の声がこっちが吃驚するぐらいに裏返った。
「だって、キミが着たままじゃお洋服縫えないでしょう? ちゃんと代わりになりそうなモノ持ってきてあげるから、暫くは我慢して頂戴。妹、お願いね」
「りょうか~い! じゃあ、お着替えしましょうね~♪」
『ひゃ……や、止めなさいよ! 鬼! 変態! ちょ、何処触っ……にゃああああああ!?』
絹を裂くような人形の悲鳴……だけど、両手をわきわきさせる妹の耳にはたぶん届いてない。
残すお話は3話ですね。
明日もまたお楽しみに……って、実際そんなにたくさんの人に読まれてないんですよねぇ;
ちょこっとしょんぼりです。