第1話
「はい、ご予約いただいたオリジナルケーキセットですね。本日は、旬のサクランボを使ったチェリータルトをご用意させて頂いております。では、こちらの席へどうぞ」
長いようで短いゴールデンウィークも終わり五月も半ば。
窓から差し込む麗らかな日差しと木々の新緑が、そう遠くない夏を告げているように思える。
今日、私は遠方から遥々このお店まで来てくださった老夫婦に、今朝届いたばかりのサクランボで作ったチェリータルトを振舞っていた。出来たてのチェリータルトをそっとテーブルに乗せ「ごゆっくり」と会釈とを残してカウンターに戻った。
実はこの喫茶店、郊外の端っこにある目立たないお店のくせに電話予約制というちょっと我儘なお店である。その理由は色々あるけど、一番の理由は、単純に私が騒がしくしたくないから、というのが大きい。
目立ちたくないというか、煩くしないでほしいのだ。
これまでに雑誌やテレビの取材などが何度も訪れているが私は全て拒否している。有名雑誌に載って売り上げが伸ばしたいだとか、もっとお客さんに来てほしいとか、そういうことはあまり考えては――いや、お客さんならちょっとは来てほしいけど。
このお店は、私が自分のために作った――実を言えば作ってもらったお店だ。経営云々の話よりも先に私のお店なのだから、私個人の意思を優先させたい。
「……ふふ」
だけど、お得意様となったら話は別。
自分の作ったものを美味しいって言ってくれる人を拒否なんて出来るかしら。いいえ、絶対に無理。自分の料理が褒められたら誰だってまたご馳走してあげたくなる。手料理を振舞ったことのある人なら、この気持ち理解してくれるんじゃないかしら。
少し失礼かとは思ったけど、私はカウンターで頬杖つきながら老夫婦の食事しているところを静かに見つめていた。特製のチェリータルトを、本当にほっぺた落としちゃうんじゃないかって心配になるくらい、頬を甘くとろけさせる老夫婦の表情を見ていると、何だか私も心の奥がポッと暖かくなるような幸せを感じる。
「ただいまぁッ!」
相も変わらず、来客を告げるベルが役目を果たさないほどに大きな声。
突然そんな大きな物音を立てるものだから、タルトを頬張るおじいさんがごほんごほんとむせてしまった。おばあさんが慌てて紅茶を差し出している。私が玄関で棒立ちする妹に視線を移してみると、何故か背負っているランドセルに奇妙な膨らみが出来ているのが見えた。
「……あ、お客さん?」
「えぇ、そうよ。おかえりなさい、妹」
すると、妹の表情に分かりやすく『しまった』と映る。
えっと、とか、うんと、とか、ひとしきり唸った末。
「ごゆっくり、どうぞ!」
苦し紛れなご挨拶。
果たして、そんなけたたましい声で老夫婦はごゆっくりできるのかしら?
本日より始動ッ。
その名も『精霊の見える喫茶店 ~呪いのツンデレ人形?~』
第1話は序章的な意味合いもあって短めですが、全体的には前作よりもボリュームが増してますよ。
次話は活動報告の通り、明日の22時を予定しております。
感想、コメントなど何方でもお気軽にどうぞ。
※姉妹に名前が無いのは仕様です。
それと、この作品を読む前に、前作である『精霊の見える喫茶店』を一読しておくと、お話の雰囲気を掴むのにちょこっとお役に立ちますよ。
8000字程度の短編なので、サクッと読めるはずです。