1話「僕が、教師を辞めたい理由」
………………
俺、浮舟流は24歳。
中学時代は、野球部。
あの頃、中学生とは思えない球を投げれたので、周囲からは「他の人より球速が早い人」という異名で呼ばれた。
高校時代は、剣道部。
何故、野球から剣道になったのかと言うと、入った高校に野球部が無かった。
剣道の腕前は、2年目で副部長で副将を任されるほどの実力だ。
そのことから、周囲から「やたら、副が付く人」という異名で呼ばれる。
大学では、「アニメ研究会」というサークルに入る。
何故、野球から剣道、剣道からアニメ研究会に入ったかと言うと・・。
理由なんて無い。
親からは、「目を覚まして」という異名で呼ばれた。
ちなみに、大学で過ごした4年間の記憶が何故か無い。
以上の過去を持つ俺は、今年、やっと小さい頃の夢であった国語の教師になれた。
就職先の高校は、盗んだバイクで走り出す奴も居なく、物が壊れることもほとんどない。
フィクションには向かない高校だ。
………………
受け持ちのクラスは、2年D組普通科。
うん、本当に普通の顔ぶれの生徒たちだ。
悪そうな奴が、いなかった。
悪そうな奴は、大体、友達って感じのも居ない。
だが、世の中、普通が一番危ないと言われている。
あっ、言われてないか。
………………
現在は、6月である。
この月は、クラスの生徒たちが学校に馴れ、高校生生活をエンジョイし始めた時期。
生徒たちも教師の俺に、打ち解けてくれるようになってきた。
俺自身も教師として充実感を得はじめ、毎日を楽しく過ごしている・・。
はずだった・・。
………………
6月のとある日・・。
俺は、車で出勤している。
放課後、いつものように職員用の駐車場に置いている愛車、インプレッサの元へと歩く。
だが、今日はいつもと違う。
どこが違うかと言うと、愛車の近くに人が居る。
あれは、受け持ちのクラスの女子、新城蓮ではないか。
新城蓮は、クラスで物静かな少女。
友達は多いようだが、あまり騒がない。
彼女の自己紹介も地味だったという印象がある。
俺は、彼女に近づいてみる。
「どうした・・」
ちょっと渋めに、言ってみる。
「先生・・」
彼女が、俺の渋めの声に反応した。
うほっ・・、この娘、意外に可愛いではないか。
「俺の車に何の用だ・・」
更に、渋く言ってみる。
それにしても、本当に何の用だ。
こんな静かで可愛い娘が・・。
と思っていたとき・・。
サッ!
「!!」
俺は驚いた。
急に、彼女が抱きついてきた・・。
まるで、レスリングの組み付きのように。
「先生!!」
と、彼女が声を出す。
細い彼女の両腕が、俺の上半身に絡みつく。
「あっ・・、えっ・・」
あまりにも突然だったので、反応できなかった。
これって、あれか!
あれなのか!!
禁じられた恋・・、とか言うあれか!!
そんなつもりで、高校教師になったつもりはないが・・。
ソノ発想ハ、ナカッタワ。
たしかに、生まれた年月と彼女居ない暦が同一線上の俺には夢のような状況だが・・。
「一体、どうしたんだ!」
あくまで、この状況を冷静を押し通す。
条例というトラップが、この現在社会にあるのだ。
うかつに、手を出すほど若くはない。
そう言ってやると、彼女がやっと俺から体を離す。
俺から離れた彼女が、下にうつむく。
すると、彼女の口が開いた。
「先生が好きなんです・・」
そんな言葉を、彼女が言った。
漫画やドラマの世界には、多い言葉を彼女が言った。
俺は思わず、鼻水を噴出す。
その一言で、条例などがどうでも良くなった。
噴出した鼻水を手で隠して、俺は彼女を見つめる。
「新城君・・」
思わず、俺は欲望を抑えきれなくなった。
すると、彼女が・・。
「先生、目を閉じて・・」
そう言う。
俺はその言葉に合わせるように、目を閉じた。
彼女は、目をつぶった俺に、なにをする気か・・。
もしかして、唇と唇のドッキングか・・。
今から、まさに人に教えを問う教師と、その教えを乞う生徒が接吻を交わそうとしようと・・。
ブルルルーン!!
急に、車のエンジン音が、目をつぶってる俺の耳を貫く。
この音・・。
この聞きなれたエンジンは・・。
俺のインプレッサの・・。
「先生、車借りますよ」
その声に、思わず目を開けた。
目の前にいた彼女が、居なくなっている。
そして、視線を変えると愛車インプレッサが動き出している。
俺から、インプレッサが離れ行く。
「えっ・・」
なにが、なんだか解らなかった。
だが、窓から覗く運転席から、この状況の意味を理解する。
嘘だろ・・。
運転席に、彼女が・・。
ハンドルを握っている・・。
もしかして思い、俺は自分の尻を触ってみた。
「ぎゃあああああーーーーー!!!!!!!!!」
俺は叫んだ。
ズボンのケツのポケットに入れていた、インプレッサのキーがないことに気づく。
……リプレイ……
サッ!
俺は驚いた。
急に、彼女が抱きついてきた・・。
細い彼女の両腕が、俺の上半身に絡みつく。
「あっ・・、えっ・・」
あまりにも突然だったので、反応できなかった。
そのせいで、彼女の手が、インプレッサのキーがある俺の尻ポケットに入っていたのに気づかなかった・・。
あとで調べたが、彼女の家は車の整備の請負の自営業。
しかも、所謂、峠族が集まる店で、ちょっと怖い系で速さを求める危険な方々が多く訪ねてくる・・。
そんな環境で育った彼女は、もちろん車に好きなる・・。
しかも、彼女の親父さんは、彼女に無免許運転させていたのだ・・。
だから、彼女は、このような形で勝手に俺のインプレッサを借りた・・。
インプレッサは、彼女の憧れの車だったから・・。
………………
「ふざけんなぁあああああーーーーーーー!!!!!!!!!」
俺は走った。
走りました。
無駄だったけど、走りました。
追いつけるわけありません。
俺でも追いつける車なんて、リコール問題以前の問題です・・。
このあと、彼女はインプレッサを返してくれました。
丁寧に、レッカー車に載せてきてくれました。
なんて、行儀の正しい子なんでしょう。
僕は、教師を辞めたいです。
………………
それでも、続く・・。