幕間二 Perspective of black
冷たく堅い石の壁に設置された牢の窓から、明け方よりも殊更強くなった陽の光が射し込んでいる。
もうすでに、太陽は広大な青空の頂点を過ぎようとしている時間帯か。
快適とは無縁なこの空間にブチ込まれてから、今日でもう六日目。毎日毎日、元老院の犬共が様子を見に来るのが邪魔臭かったこの場所に、昨日は思わぬ来客があった。
紅い髪の『魔術師』、ディーン・イアルフス。
どういう訳だか知らないが、正規軍に連行されて来たあの紅髪は、隣の牢で好き放題騒いだ後、貴族に呼ばれて釈放され、無罪放免となりやがったのだ。
(……一体あのバカは何がしたかったんだ?)
突然現れて、人に説教染みた言葉を並べたと思ったら、今度はあっさり釈放である。全く、どこまでもふざけた輩だと言わざるを得ない。
(それにしても、一体どォしちまったんだ俺は……。あれからもう一晩経ったってのに、どォして紅髪の事ばっか考えてる?)
自分自身に問い掛ける、なんてわざとらしい方法で考え込んでみたが、そんな事をするまでもなく、理由には見当がついている。
要するに、不本意ではあるが、ずっと引っ掛かっているのだ。
紅髪に言い残された、あの言葉が。
『助けてやってほしいんだ。「ユリィ・アルヴィードに似てるリネ・レディア」をじゃなくて、一人の人間として存在してる、「リネ・レディア自身」を』
全く、人を見透かしたような事ばかりを言う、つくづく気に入らない存在だ。
……ただ、腹立たしく感じるという事は、それは結局、図星を突かれたからに他ならない。
相手が相手だけに、認めてしまうのは癪な話だが。
ディーン・イアルフス。
そして、リネ・レディア。
良くも悪くもこの二人は、色々な意味で無視し得ない存在になってしまったらしい。
とはいえ、こうして軍に捕らえられた以上、もう彼らに関わる事も――
「――あん?」
それは、牢内に設置された寝心地が最悪な簡易ベッドで、もう一眠りしようかと考えていた時だった。
ここからは死角になっている方向。この最悪な空間の唯一の出入口となる重い鉄の扉が、まるで地鳴りのような音を立てて開いた。
また誰か来やがったのか……、という思いを裏付けるかの如く、続けて響き渡ってくる何者かの足音。
見回りの兵士は、ついさっき様子を見に来たばかりだ。さすがにこんな短時間で戻ってくる訳がない。
という事は、もっと別の――
「正直驚いたぞ。まさかお前が、まだ城の牢に幽閉されたままだったとは……」
「!」
謎の来訪者は、ジェイガがこの牢にいる事を知っているのか、近付きながら落ち着き払った声を掛けてくる。
それにしてもこの声、どこかで耳にしたような記憶がある。
記憶の片隅を探っていたジェイガの前に、やがて姿を現した来訪者はこう言い放った。
「こうして直に顔を合わせるのは、『サランドロ』での一件以来か。久しぶりだな、ジェイガ・ディグラッド」
男が口にした『サランドロ』という単語が引っ掛かり、顔を上げた瞬間、思わずジェイガは拍子抜けした。
鉄格子を隔てた向こう側に佇んでいるのは、銀髪碧眼の少年。自分とあまり歳の差はなさそうな、この男の顔には見覚えがある。
以前顔を合わせた時と違って、背中に十字架のような大型の剣を携えているが、冷静さを醸し出すその身の雰囲気は全く変わっていない。
確か名前は……。
「ジン・ハートラー……だっけか?」
小声で名前を読んでみせると、銀髪の少年は少々目を丸くした。
「意外だな。顔を合わせたのは一度だけだというのに、俺の名前を覚えていたのか」
「不本意ながらなァ。……で、俺に何か用か?」
正直、尋ねる事すら面倒臭かったが、向こうは明らかに、何らかの目的を持ってここを訪れている。もう一度一人になりたければ、こいつの用事をさっさと終わらせてしまうのが得策だろう。
と、こちらの内心を知る由もない銀髪は、落ち着き払った口調で話し出す。
「お前に協力してもらいたい案件がある」
「協力……?」
「ああ。実はここ数日、大陸の各地で不可思議な現象がいくつか起こっていてな。俺はその原因の調査を、元老院ハルク・ウェスタイン様に依頼された。今回の案件にはいくつか、『魔術師』の力が必要になる事柄が含まれている。だからお前に、こうして同行の許可を取り付けに来たんだ」
「……何で俺にそんな事頼みやがる?」
眉根を寄せて尋ねると、銀髪は懐から書類の束のような物を取り出し、それに目を通しながら続ける。
「報告が挙がっている不可思議な現象の内の一つに、鉱山都市『ワーズナル』近郊の採掘場から、全ての『導力石』が消失したというものがあるんだ。が、これはまだ確認出来ていない部分が多くてな。本当に全ての『導力石』が消失したのかどうか、判断が付けられていない。そこでお前に頼みたいんだが――」
「んな事聞いてんじゃねェ」
律儀に説明を続けようとする銀髪が鬱陶しくなって、ジェイガは無理矢理言葉を遮った。
書類の束から目を離し、訝しげな表情でこちらを見つめる銀髪に、にべなく告げる。
「元老院に従う『魔術師』なんざ、探せば何人かいるだろォが。それこそテメェのお友達の紅髪とかなァ。そういう連中を差し置いて、何でわざわざ俺に手伝わせようとしやがる? 元老院への忠誠心が全くねェ、この俺によ」
一度しか顔を合わせていないとはいえ、この少年の性格など手に取るようにわかる。彼は徹頭徹尾、規則や戒律を重んじる側の人間だ。そんな人間が特筆する理由もなく、自分のような罪を犯した輩の力を借りに来るとは、到底思えない。何か裏があると考えるのが妥当だ。
その証拠にこちらが尋ねた途端、僅かにだが明らかに、銀髪は目を逸らした。
協力を求めようと思った『本当の』理由。それをこいつは隠している。
「答えられねェって顔だな。ま、テメェが受けた依頼なんざ、俺にとってはどォでもいい事だ。協力してやる義理もねェしな。オラ、用件がそれだけなら、さっさとここから――」
「似ていると思ったからだ。お前の境遇が、俺と」
「……! 何だと……?」
適当にあしらって会話を終わらせようとした時、銀髪が突然、そんな風に切り出した。その顔には未だに、話す事を躊躇っているかのような雰囲気が見て取れる。
だがやがて、銀髪は正面からジェイガを見据えると、続けてこう言い放った。
「俺の家族は、ボルガ・フライトの手によって殺された」
「――!」
完全に、意表を突かれてしまった。
銀髪が何か隠しているのを勘ぐってはいたが、さすがにそれを予測するのは、ジェイガには不可能だった。
苦々しい表情を浮かべる少年は、静かに続ける。
「『デス・ベリアル』召喚を目論むが故に、『闇属性』と相反する力、『光属性』をその身に宿す人間を抹殺する。そんなくだらない理由の為に、俺は大切なものを失った。……いや、奪われたんだ」
「……テメェの過去と、俺に協力を申し出る事が、一体どォ繋がるってんだ。まさか同情でも誘おうって魂胆なのか?」
これ以上利用されるのは真っ平だと、ジェイガは冷めた目で訴える。
しかし銀髪は、真剣な表情を浮かべて首を横に振った。
「そんなつもりはない。だが経緯や形は違えど、お前もあの男に振り回され、人生を大きく狂わされた人間なんだろ? ……だったら俺と手を組まないか、ジェイガ・ディグラッド」
そう言って、鉄格子の間から差し出される右手。
静まり返る牢獄の中、冷静さを纏った銀髪の声だけが、木霊のように響き渡る。
「一矢報いてやろうじゃないか。俺達の運命を弄んだ、あの男に」
発せられた言葉からは、打算も偽りも感じられない。
正真正銘、彼自身から差し出された、新たな可能性を生み出す言葉だった。
「……ハッ。意外と面白ェ奴だなァ、テメェ」
ただの品行方正な聖人君子様かと思いきや。なかなかどうして、喰えない一面も兼ね備えているらしい。
(一矢報いる、か……)
なるほど確かに、こんな最悪な空間に閉じ籠ってお利巧にしているよりは、遥かに有意義な時間の使い方だ。あの気に喰わなかった連中に報復出来るなら、願ってもない。
即断即決。ジェイガは簡易ベッドから立ち上がり、鉄格子の前まで歩み寄って、正面から銀髪を睨みつけた。
揺蕩う水面のように透き通った碧眼には、まるで灼熱の炎のような、確固たる意志が宿っている。
本当に、面白い。
「いいぜ、テメェに力を貸してやるよ。……但し勘違いすんじゃねェぞ。馴れ合うつもりはこれっぽっちもねェ。妙な仲間意識なんざ持ちやがったら、背後から容赦なく引き裂く。覚悟しとけ」
差し出された右手は握らない。
お互いに、友情ごっこは必要ない。
悪辣な笑みと共に告げてやると、ハートラーは静かに右手を下ろした。そして対抗するかのように、不敵に笑いながら言い放つ。
「安心しろ。こっちも最初からそのつもりだ」
という訳で、幕間第二弾はジェイガとジンのお話でした。
時系列的には、ディーンが例の女(笑)と遭遇した頃です。
その例の女の正体、前のあとがきで『次の話で明らかになる』とか言ったような気がしますが、間に別の話挟んじゃってすいません(汗)
続きももう少しでうp出来ると思いますので、お待ち頂けると幸いですm(__)m




