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フレイム・ウォーカー  作者: エスパー
魔術の館編
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第一章 未だ知り得ぬ集結

 ノイエ・ガルバドアという名の、稀代の『魔術師』がいる。

 かつてとある少年の窮地を救い、同時に『黒煉魔法』の扱い方を享受した彼は、世間一般では師匠と呼ばれて然るべき存在だ。

 だが彼は、憎しみと殺意を向けられている。

 他でもない、弟子であるはずの少年から。

 己が運命を捻じ曲げられたがために復讐を誓う『魔術師』、ジェイガ・ディグラッドから。

 彼が初めてノイエと出会ったのは、今からおよそ十年前の事だ。

 後に『倒王戦争』と呼ばれる血戦が終結してから、二年ほどが経過した頃。大陸の暦が『倒王暦』に切り替わってもなお、大陸全土に戦争の爪痕が残り、疲弊した状態が続いていた頃。


 発端は、ジェイガが全てを失ったからだった。


 とある悲劇によって絶望の底へと落とされた彼は、全てを呪い、憎み、復讐する事を誓った。


『力が欲しいか、小僧』


 ジェイガの脳裏には、未だ鮮明に当時の光景が浮かび上がる。力を欲する復讐者にとってその言葉は、願ってもない僥倖だった。

 だからこそジェイガは、稀代の『魔術師』に従った。

 憎しみの対象である『魔術師』を、一人残らず蹴散らす力を得るために。

 そして、ノイエ・ガルバドア。

 己が師匠をも、自らの手で抹殺するために。




 潮風の吹き抜ける雑木林を背に、ジェイガは小高い丘の上から、じっくりと眼下の港街を見渡していた。

(『サランドロ』……。思ってたより広い街だなァ)

 海岸に向かって緩やかな坂になった地形の上に、段差状に並んだ『サランドロ』の街並み。大陸内移動用の列車が発着する駅から真っ直ぐ港まで伸びる大通りには、商店らしき物も多く立ち並んでいる。どうやら漁業も盛んな様子で、コの字型に造られた港に停泊している船の数は、大小合わせて三十は下らない。以前訪れた『紺碧の泉アジュール・ファウンテン』とは、また違った活気があるようだ。

 そして、やはり一番目を引くのは、ジェイガが立っている場所から正反対の位置となる街の南側。街外れの丘の上に屹立している、白く巨大な建造物だ。

 あれが世に言う『王立・魔術文献管理書庫』。通称、『魔術の館』。

 何度聞いても長ったらしい正式名称の施設だが、ジェイガの狙いはあくまでも『英雄』の方であり、生憎資料の倉庫には興味がない。

(フォード・ヒースクライムが滞在する可能性が高いのは、ここ以外には考えられねェ。とはいえ、ここからどう動いたモンか……)

 すでに周辺地域は可能な限り探ってみたが、いずれの場所でもフォードに関する情報は得られなかった。つまり、残すは本命となる『サランドロ』のみである。

 前回は手っ取り早くミレーナ・イアルフスを炙り出すために街を襲撃したが、今回は慎重を期した方がいいかも知れない。

 何せ今回の相手は、『英雄』の中で最も冷静沈着なキレ者と称されるフォード・ヒースクライムだ。迂闊に騒ぎを起こすとこちらの動きを察知され、不利な状況に追い込まれる可能性すらある。

 と同時に、『精霊指揮者ゴースト・コンダクター』の連中から得た情報によれば、あの憎たらしい紅い髪の少年とミレーナ・イアルフスも、ここに向かっているかも知れないらしい。

 あの『魔術師』の事だ。こちらがフォードを狙っている事を知れば、また余計な邪魔をしようとするに違いない。

 前回の顛末から苛立ちが募るばかりだが、まずは冷静に情報収集から始めるべきだろう。

(……ここでジッとしてても埒が明かねェ。とりあえず街に入ってみるか)

 灰色のマントに付いているフードを被り、まずは慎重に侵入を果たすべく、ジェイガは丘を下り始めた。




 ◆  ◆  ◆




 金属が擦れ合う少々耳障りな音を立てて、俺達が乗り込んでいた列車がゆっくりと駅の乗降場に停まった。

 下車する乗客達に従って列車から降りると、リネがいの一番に身体を伸ばし始めた。

「はぁ~、何か列車の旅もあっという間だったなぁ~。もうちょっとのんびり乗ってたかったかも」

 と、残念そうな顔をしているものの、声色は少しばかり旅疲れを感じさせる。

 まぁ、確かにここまで中々の強行軍だったから、疲れが出るのも当然だろう。資金不足に陥るという、何とも間抜けな理由で余計な時間を費やしてしまったが、こうして無事『サランドロ』まで辿り着けたのだから、俺としては一安心だ。

「ミレーナは疲れてないか? もしそうなら、無理せず言ってくれよ?」

 乗降場の歩廊を進みながら尋ねると、ミレーナは穏やかな表情で首を左右に振る。

「平気よ、ありがとう。それにしても、あれから何事もなく到着できて良かったわよね。リネさんが話し相手になってくれたおかげで、退屈もせずに済んだし」

 そう言ってミレーナがクスクス笑うと、右隣を歩くリネはどこか恥ずかしそうに頬を掻いた。

 ……何かこの二人、俺の知らない間にドンドン息が合って来てるんだよなぁ。三人で旅を始めてからまだそんなに経ってないはずだけど、やっぱ同性だと仲良くなり易いものなんだろうか?

 二人の様子を横目に見ながら、駅の改札を潜って『サランドロ』の街中に足を踏み入れる。

 途端、俺達を出迎えたのは、物静かな街並みの向こうに広がる青い大海原だった。

 街の形状が駅から海岸線に向かって緩やかな坂になっているらしく、駅前の広場からだと穏やかな波の様子を存分に望める。太陽光を反射して星々の如く輝く海の景色は、その壮大さも相俟って感嘆の念しか出て来そうにない。

 大通りの先に構えられた港や、街全体の面積も思っていた以上に広く、気を付けていないと道に迷いそうだ。やはり、大陸唯一の大図書館がある街というのは伊達ではないらしい。

「うっわぁ~! 海だー! やっぱり広くて大きいんだなぁー!」

 煌めく大海原を見つめて、やけに感慨深そうな様子のリネ。

 随分と新鮮な反応が何となく気になり、俺は声を掛けてみる。

「お前、もしかして海を見るの初めてだったりする訳?」

「うん、そうだよ。故郷を旅立ってから、ずっと内陸の地方ばっかり回ってたからね。写真とかでは見た事あったんだけど、実物を見るのはこれが初めてなんだ」

「そう、なのか?」

「へぇ~、そういう事もあるものなのね……」

 俺と同じように、ミレーナも少し驚いたような表情になる。

 そういえば以前、リネの故郷は大陸の西側にある『ブラウズナー渓谷』だと聞いた事があった。彼女の一族は元々人里離れた場所で暮らしていたらしいから、こういう事が起きるのは当然かも知れない。


『妖魔』――。『治癒』という特殊な能力を持っていたが故に、『倒王戦争』の頃に滅ぼされた悲しい一族。


 普段俺は、力を使わないリネを見ていると、その事実を忘れてしまいそうになる。

 彼女はいつも明るくて、子供っぽくて、泣き虫で、そして優しい女の子だ。特殊な力を持っている事以外、どこも普通の人間と変わらない。

 一目見ただけで彼女が『妖魔』一族の生き残りだと気付ける奴は、恐らく一人もいないだろう。それぐらいリネは、ごく普通の女の子なんだ。

 ……考えてみれば、彼女の持つ『治癒』の力ってのもかなり不思議な能力なんだよな。確かに『魔術』に似た力ではあるけど、『治癒』の力は『妖魔』一族が先天的に持っていたものだ。俺みたいな『魔術師』と違って、後天的に手に入れたものじゃない。

 だとしたら、彼女の力の正体は一体何なんだろう? 今まで深く考えて来なかったけど、『魔術』でもない力を生まれた時から有しているなんて、かなり謎が深い話だ。

 ……まぁ、そんな謎めいた存在だからこそ、『倒王戦争』において『魔王』に狙われる羽目になったんだろうけど。

「――ディーン、どうかしたの?」

 リネが不思議そうな顔で首を傾げている事に気付き、俺は思わず(かぶり)を振った。

 今考えた所で、明確な答えなんて出る訳がないんだ。とりあえず難しい話は後回しにしておこう。

「悪い悪い、ちょっとボーっとしてた。そうか~、海を見た事ねぇのか~。ならこの際、思う存分見て目に焼き付けとけ。もしまた内陸部に戻る事になったら、しばらく見れなくなる可能性だってあるんだからさ」

「う、うん……」

 怪訝そうな表情のリネから視線を外し、俺は『サランドロ』の街並みを見回した。

 ここに来た目的は、あくまでも『魔術の館』に立ち寄る事。調べなきゃいけない事が山程あるんだから、気を引き締めて行かないと……!

「よし! じゃあまずは宿の確保! それが終わってから『魔術の館』を探しに――」

「ねぇ、ディーンくん」

 意気揚々と踏み出そうとした俺は、横合いから服の袖をクイクイと引っ張られて立ち止まった。

 隣のミレーナに視線を向けると、彼女の金色の瞳は俺ではない別の何かを捉えている。

「もしかしたらと思ったんだけど、『魔術の館』ってあれなんじゃない?」

「えっ?」

 ミレーナが指差しているのは、街の南側の方角だった。

 街外れの林道から続く少し高くなった丘の上に、周囲を木々に囲まれた白く大きな構造物が屹立しているのが見える。遠目だと教会のようにも思えるが、屋根の上に十字架らしきものは見当たらない。

 ミレーナの言う通り、あれが『魔術の館』なんだろうか?

「とりあえず行ってみましょう? もちろん、ちゃんと宿の確保をした後でね」

 俺が白い建物から視線を外すと、優しく微笑むミレーナの顔が、そこにはあった。




 ◆  ◆  ◆




 街の一角で宿の確保をした後、俺達は街外れから続く緩やかな坂道を進んで丘を登り、駅から目視した白い建物の前に辿り着いた。

 宿の主や街の人間に話を聞いた結果、今目の前にある建造物こそが、『王立・歴代魔術文献管理書庫』――つまり『魔術の館』で間違いないようだ。

 建物自体は高さ十五メートル、幅五十メートルくらいだろうか。敷地の入口に当たる場所に、高さ五メートルほどのアーチ状の鉄門があり、それに連なる形で外周は鉄柵に囲われているようだ。

 門を潜ると、整備された石畳の道が建物まで真っ直ぐ続いている。道の両脇には緑の芝生に覆われた小さな庭園があり、(まば)らだが憩いの場として利用している人間もいるようだ。

「うわぁ……、何か『テルノアリス城』に入った時の事思い出すな……。急に肩凝ってきた……」

 いつぞやの嫌な体験が脳裏に浮かび、露骨に顔をしかめてしまう俺の横で、リネがやや緊張した声音で言う。

「お城ほど厳重って訳じゃないみたいだけど、見回りの人、結構いるみたいだね」

 珍しく大人しいリネの言葉通り、敷地内には目に付くだけでも六人ほど、この施設の制服と思しき黒いブレザーを纏った人間がいる。皆一様に、腰の辺りに警棒やら手錠やらを装備しているせいで、独特の威圧感がある。石畳の道を進む俺達を新たな来訪者として捉えたらしく、やや厳しい視線を投げて来ているのがわかる。

 あまり歓迎されていないような雰囲気の中、俺達は建物の入口へと辿り着いた。

 眼前には閉じられた茶色い両開きの扉があり、その右脇には煉瓦造りの小さな詰所のような建物が屹立している。扉の前には、黒い制服に身を包んだ屈強な体躯の男の門番が二人。詰所の中には、同じく黒い制服の女が一人。皆巡回している職員と同じく、雰囲気はやや厳しめだ。

「すみません。ちょっと調べたい事があるんだけど、中に入ってもいいかな?」

 俺は向かって右側の門番に声を掛けた。すると、どっしりとした威圧的な佇まいとは裏腹に、門番は丁寧な口調で言葉を返してきた。

「どのような事柄をお調べになりたいのですか?」

「えっ? え~っと……」

 いきなりそんな事まで聞いてくるとは思ってなかったな……。『デス・ベリアル』について調べに来ました、なんて言っても何の事かわかんねぇだろうし……。ここは適当に答えとくか。

「歴史関係、それから『魔術』関係の文献をいくつか閲覧させてもらいたいんだ」

「畏まりました。では失礼ですが皆さん、まず身体検査をさせて頂きます」

 という門番の言葉を合図に、詰所の中にいた女が外へ出て来て、リネとミレーナの前に立った。と同時に、それぞれ同性の門番によって身体のあちこちを調べられる。

 ……なるほど。警備の人間が男女混合なのは、来訪者への配慮って訳か。

「そちらの方は銃をお預け願います」

「あっ、そっか」

 事務的な指摘を受け、リネは少々慌てた様子で、銃を仕舞っているホルスターのベルトを外し始める。

 確かにテルノアリス城ほど警備の数が多い訳ではないが、こうやって武器の持ち込みを禁じている辺り、城並みに気を配っているのがわかる。

「お預かりした物は退館の際にお返し致しますので。――では最後に、こちらを腕に嵌めて頂けますか?」

 リネから銃を受け取り、一旦詰所の中に入った門番は、別の物品を三つ抱えて戻ってきた。

 差し出されたのは、人数分の瑠璃色の腕輪だった。手錠のように取り外すための鍵穴がある以外、特に何の模様も装飾もない。

 今まで目にする機会が多かったからわかる。この腕輪は間違いなく、『導力石』を加工して作られた物だ。

「これってやっぱ、対『魔術師』用に?」

 受け取った腕輪を右腕に嵌めながら尋ねると、門番は軽く頷いた。

「ええ、そうです。この館に貯蔵されている資料は、どれも持ち出しが禁止されているのですが、過去に幾度か、資料を盗み出そうとした『魔術師』が館内で暴れた事がありまして。以来、ここを訪れる方には一人の例外もなく、この『導力石』の腕輪を嵌めて頂いているんです。こうしておけば、館内で『魔術』を使われる心配がありませんから」

 やっぱりそういう事か。『導力石』には『魔術』を阻害する力がある、という厄介さは、かつて身を以て経験しているから簡単に予想はできた。

 ここを訪れる人間の中で、誰が『魔術師』なのかなんて見た目だけじゃ判断ができない。なら最初から、全員に腕輪を付けさせればいいって訳だ。

 俺と同様に、リネとミレーナも腕輪を嵌めた事を確認すると、男二人の門番が両側から館内への扉を押し開けた。

「ではどうぞ。何かわからない事があれば、館内にも職員がおりますのでお尋ねください」

「わかった、ありがとう」

 短く礼を返し、三人揃って扉を潜る。すると扉は、門番によって再び閉じられてしまった。どうやら中から開く場合は、扉の内側に待機している警備員に声を掛ける必要があるようだ。

「うわぁ~、広~い。なんかお城の中みたいだね」

 入った途端、周りの光景に目を輝かせながら、弾んだ声でリネが言う。

 その辺の宿の物とは比べ物にならない、金持ちの貴族が住んでいそうな広さの休憩所を兼ねたロビーは、建物の上部まで吹き抜けになっている。足許を見ると、相当手入れが行き届いている石造りの床は、鏡のように俺達の姿を薄らと映している。ロビーの両端には上階へ上がるための螺旋階段があり、中央にはさらに奥へと続く回廊がある。

 はしゃぐリネを先頭に、とりあえず俺達は正面の回廊を使って建物の奥へと向かう事にした。

 回廊の両側には硝子窓が付いていて、外にはそれぞれ小さな中庭が見える。それらを横目にしばらく進むと、回廊が交差する十字路に行き着いたが、進路は変えずに奥を目指す。

「……お前、よくそんなにはしゃいでられるな。俺には全然わかんねぇよ、その感覚」

 放っておくと好奇心に任せてどこかに行ってしまいそうなリネに、俺は釘を刺すついでに感想を述べてみた。

 すると彼女は、旅疲れの気配も消えた笑顔で朗らかに言う。

「え~、そう? あたしはこういうの嫌いじゃないけどなぁ。何か自分がお姫様になったような気分になれるからね」

「お姫様、ねぇ……」

 能天気なリネと違って、俺はちっともはしゃぐ気になれない。

 以前『テルノアリス城』を訪れた時にも思ったが、いかにも貴族然とした豪華絢爛な雰囲気は、俺が最も苦手とするものだ。

 対してこのお嬢さんは、別に良い所の生まれって訳でもないのに、こういう場所柄に随分と慣れている節がある。気楽でいいよなぁ、と思う事頻りだ。

「あっ! 何かこの先広くなってるよ!」

 俺の内心なんてお構いなしと言わんばかりに、リネは軽やかな足取りで先へ進んでいく。

 そりゃ資料を貯蔵してんだから広くなってるのは当然だろ、と水を注そうとした俺は、しかし次の瞬間には口を噤んでいた。目の前に現れた光景に、思わず言葉を失ってしまったからだ。


 恐らくは、建物二階分の高さの広間だろうか。その中に、膨大な量だと一目でわかる資料の数々を詰め込まれた木製の本棚が、数十の列を成して所狭しと並べられている。


 天蓋から吊り下げられた、複数のシャンデリアが発する温かな光に満たされた室内は、見渡す限りどこを見ても本、本、本。棚はどれも俺の身長の倍ほどの高さがあり、それらが綺麗に整頓するように区分けされ、一定の間隔で部屋の奥まで設置されている。所々に備えられている脚立は、高い位置にある資料を取るための物のようだ。

 もし地震が起きた時にこんな所にいたら、間違いなく色んな物に押し潰されるだろ……。

「す、ごいわね……。資料の数が膨大だと聞いてはいたけど、まさかここまで多いなんて……」

 同じく室内を見回していたミレーナが、圧倒された様子で独り言を呟く。

 確かに予想外……いや、予想を遥かに上回っている。ここへ来る途中に通り過ぎた十字路の左右には、きっと似たような広間があるに違いない。正面入口から見た時にはわからなかったが、どうやらこの館、かなりの広さがあるようだ。

 この場所だけで『コレ』なのだ。この中から『デス・ベリアル』という言葉一つを探し出すのは至難の業だろう。一体どれくらいの時間が必要かなんて計算したくもない。

「……ねぇ、どうするの?」

 さすがのリネも、事の重大さが理解できているらしい。さっきまでの天真爛漫さはどこへやら、かなり困惑している様子だ。

 いや、どうするも何も……。

「探すしかねぇだろ、地道に」

「それは、そうなんだけど……」

 止めろ、それ以上言うなって。お前の言いたい事はわかってるから……。

 俺を含め、明らかに口数が少なくなる一同。こんな時だからこそ、途方に暮れている彼女達を鼓舞するのが俺の役目なのだろうが、果たして何と言って励ますべきか……。

「何かお困りなんですか?」

 自分の語彙力の無さを呪い始めていた俺は、突然背後から呼び掛けられて、一瞬声を上げそうになった。

 誰だこの野郎と思って振り返ると、そこに佇んでいたのは物静かな雰囲気を漂わせる女性だった。

 歳はミレーナと同じくらいだろうか。少し癖のある薄い桃色の長い髪を、纏めて右肩から垂らしていて、銀色のチェーンが付いた眼鏡を首に掛けている。

 さっきの問い掛けから察すると、もしかしてここの職員の人か?

「ああっ、いきなりごめんなさい。私、ここの館長を務めているエミリア・ヴァーンズという者です。以後お見知り置きを」

「えっ、館長さんなんですか? こんなに若いのに!?」

 リネが妙に驚いた感じで尋ねると、館長エミリアは少し照れたように笑ってみせる。

「わ、若いだなんてとんでもない。それに館長としてまだまだ未熟者なので、至らない所ばかりですよ。――ああ、私の事より、何かお探しだったんですよね?」

 再度問い掛けられたので、俺は改めて自分の目的を黙考してみる。

 まず優先して探すべきは、『デス・ベリアル』という単語の意味。これが本当に『精霊』の名前なら、『魔術』に関係した文献や伝承を手当たり次第に漁れば、詳しい記述が載ったものが見つかるはずだ。

 そして可能なら、その過程でミレーナの記憶を戻せるような方法がないか、資料を色々と読み解いてみたい。せっかく『魔術の館(ここ)』まで来たんだから、情報は集められるだけ集めておくべきだろう。

 となれば……。

「『魔術』に関連する文献や伝承が、できるだけ詳しく書かれた資料を閲覧したいんだけど、俺達ここへ来るのは初めてでさ。正直勝手が全然わからないんだ」

「そうだったんですか、わかりました。では、私がご案内させて頂きますね。こちらへどうぞ」

「えっ? あ、いや、大体の場所だけ教えて……もらえれば……」

 と、最後まで言い切る前に、エミリアはしっかりとした足取りで歩き出してしまう。

 俺としては、場所だけ教えてもらってあとは自分で探すつもりだったのだが、向こうは案内するのは当然だとでもいう様子だ。まさか館長自らに案内を任せる事になろうとは……。

 置いて行かれる訳にもいかず、俺は他の二人を連れ立って後に続いた。

「ところで、『魔術』に関してお調べになりたいという事は、『魔術師』さんなんですか?」

 数多くの本棚が並ぶ広間を迷いなく進みながら、肩越しに尋ねてくるエミリアは、やはり気にした様子がない。

 彼女の人柄に内心で感謝しつつ、敢えて言及するのは止めておこうと決める。

「ああ、そうだけど。意外だったかな?」

「いえ、意外というか、少し驚きました。あなたのようにお若い『魔術師』さんを見るのは初めてなので……。失礼ですが、お名前を伺っても?」

「あ~、え~っと……」

 ついに来たな、いつもの展開が……。自分で名乗りたくないとか言いながら、何か俺、毎回自ら墓穴を掘ってないか?

 いい加減無駄な抵抗は止せ、と銀髪の誰かさんが脳裏で楽しげに言う。

「……ディーンだ。よろしく」

 が、そんな幻には負けじと己が道を貫いてみせると、案の定黒髪の少女から横槍が入る。

「あー、駄目だよディーン。自己紹介する時は、ちゃんとフルネームを言わないと」

「……お前、絶対わざと言わせようとしてるだろ」

「えー? 何の事ー?」

 俺の事情を知っているはずのリネは、明らかに惚けた様子で聞き返してくる始末。ってか棒読み具合が腹立つんだよてめぇ!

 こちらの憤りなどどこ吹く風か、リネは澄ました顔で何の話かわかっていない様子のエミリアの方に向き直る。

「初めまして。あたしはリネ・レディアって言います。それからこっちは――」

「ミレーナ・イアルフスです。よろしくお願いしますね、エミリアさん」

「! ミレーナ、それは……!」

 不意討ちとは、まさしくこういう事を言うのだろう。思わぬ伏兵の存在に忠告を挟む暇さえなかった。

 悪女(リネ)に促されたミレーナは、当然の礼儀として名乗っただけなので、悪気は全くないのだ。ただその行為が、俺にとっては致命的だったというだけの話。

 最早あとの祭りだと観念した数秒後。すぐ側でドサッという音がしたので、嫌な予感を覚えつつ振り向くと、エミリアが酷く驚いた顔で硬直したまま、床に尻餅をついていた。

 直後――

「えええええええっ!?」

 館内に響き渡る大絶叫。防ぐ事ができたはずの事態に頭を抱えながら、俺はふと思う。

 今まで名前の事で驚く奴は大勢いたけど、さすがにここまで大袈裟な人を見るのは初めてだな、と。

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