第五章 退けない理由
(……何なんだろう。さっきからずっと、胸の辺りがザワついてる……)
どこか温かさを感じさせる淡い光に照らされながら、ミレーナはそっと胸の中心に触れてみた。
特に緊張している訳でも、心臓の鼓動が異様に高鳴っている訳でもない。なのになぜか、奇妙な感覚がまとわりついて離れないのだ。
きっかけは間違いなく、先程の怪しい二人組との遭遇だろう。
いかにも戦士然とした顔付きのラズという女性と、幼さの中に暗く危なげな感情を見え隠れさせるパーニャという少女。
記憶喪失の人間が言うのも可笑しな話だが、彼女達に会った覚えはない――はずだ。
にも拘らず、彼女達が放っていた空気を、気配を、どこかで体感したような気がするのだ。
(もしかして、私の記憶に関係がある人? そんなまさか……。第一、私がミレーナ・イアルフスだって気付いてなかったみたいだし……)
気付いていれば、何らかの反応を示したはずである。『紺碧の泉』で遭遇した、あのジェイガと言う少年と同じように……。
あの少年に傷付けられてしまった『彼』は、今頃どうしているだろう?
意識は……きっと戻ってはいないだろうけれど、それでも平穏無事には過ごしてくれているはずだ。
街を後にする際、事情を知ったご近所さん達は、『彼』の看病は任せてくれと快く言ってくれた。『彼』を残して街を離れる薄情な自分に、優しい言葉を掛けてくれた。
あれほど素敵な住人達に囲まれているなら、『彼』は大丈夫だ。
少なくとも、争い事に巻き込んでしまった自分なんかが傍にいるよりは、ずっと――
(……駄目ね。気を抜くと、すぐにログの事考えちゃう……)
静かに首を振って、僅かに乱れた心を律する。
そしてふと、目の前の少女の様子がおかしい事に気が付いた。
「――リネさん、大丈夫?」
『治癒』という能力が放つ淡い光に照らされている少女は、どこか浮かない顔をしている。
負傷者三人の内、一番酷い怪我をしているのは炎にまかれた男性だ。
無論、リネの能力を以てすれば、傷を癒すのは造作もない事だろう。だが怪我の程度が深刻な以上、集中力を切らせば治せるものも治せなくなる。
そんな状況だというのに、まるで何かに打ちひしがれているような彼女の表情が気に掛かり、ミレーナは声を掛けずにはいられなかった。
「悔しいな、って思ったんです」
「えっ?」
リネは少し俯いたまま、覇気の薄れた声で言葉を返してきた。
思った通り、気分が沈んでいるのは確かなようだ。いつもの彼女らしい明るさが欠けているのがわかる。
「さっきの人達が何者なのかはわからないけど、的を射てますよね……。あたしには戦う力がない。どんなに強くディーンを守りたいと思っても、あたしは一緒には戦えない。いつも見てる事しかできない。それを改めて自覚させられたら、何もできない自分が悔しくなっちゃって……」
「……」
記憶を失い、取り戻したいと思うが故に、焦る気持ちを抱える自分と同様に、目の前の少女にも似たような葛藤があるらしい。
彼女の場合は、自身を無力だと痛感するからこその嘆き。
戦う力を持ったディーンという少年の傍に、ミレーナよりも長く寄り添っていた彼女は、戦いという形で彼を助けられない自身の存在を歯痒く感じているのだろう。
神妙な面持ちになってしまったミレーナに気付いたリネは、慌てた様子で首を振る。
「あ……、ごめんなさい。突然こんな事言われても困りますよね。あたしより、ミレーナさんの方が大きな悩みを抱えてるんだし……」
「そんな事ないわ。大きかろうと小さかろうと、悩めるって事は凄い事よ」
ミレーナはリネの肩に手を置いて、彼女を安心させるためにゆっくりと声を掛ける。
自分の言葉を、自分自身にも言い聞かせるように。
「だけどね、リネさん。例えあなたにディーンくんと同じような戦う力がなかったとしても、それで自分が無力だって感じるのは違うと思う。今その人達を治しているように、きっとディーンくんにだってできない事はあるわ。だけど彼は、それだけの事で諦めたりしないはずよ。自分にできない事を嘆くより、自分にしかできない事を探して何事にも立ち向かう。ディーンくんならきっと、そうするんじゃないかしら?」
「自分にしか、できない事……」
「ただ他人任せにするって訳じゃない。自分の意志で行動する事が一番大切なんじゃないかと、私は思うわ」
そう締め括って、ミレーナはリネに微笑み掛けた。
ちょっと説教臭かっただろうか……、と内心で反省していると、リネはゆっくりと微笑み返してきた。そこには、先ほどまでの陰りは少しも見当たらない。普段の明るくて優しい、彼女の素敵な笑顔がある。
「ありがとうございます、ミレーナさん。ちょっと元気出て来ました」
「そう、なら良かったわ」
どうにか気持ちの整理をつけた様子のリネに微笑み返し、ミレーナは静かに立ち上がる。
「さてと。じゃあ私も、自分にできる事をしようかしら」
「えっ? どうするつもりなんですか?」
不思議そうなリネから視線を外し、ミレーナは地面に横たわっている三人の男を見つめた。
「さっきの二人組の事を『ギルド』に知らせに行かなきゃね。もしかしたら、何か情報が手に入るかも知れないわ」
◆ ◆ ◆
対峙するガラム、シグードの両名との間合いを計りながら、俺は再度、倒れているアルフレッドの様子を窺った。
相変わらず意識があるのかないのかハッキリしないが、どう見ても自分の足で歩ける状態とは考え難い。こいつらから逃げるのなら、俺が担いで行くしかなさそうだ。
ただ問題は、どこへ逃げるべきかという点だ。
視界に捉えられる逃走経路は三つ。俺がさっき走ってきた道と、シグードが歩いてきた道。そして最後は、未知の場所へと繋がっているもう一本の坑道だ。
さて、どれを選ぶべきか……。
「止められるモンなら止めてみろ、ねぇ」
思考している俺の耳に、嘲笑うようなガラムの声が響く。奴に視線を向けてみると、その顔は声色通りの表情になっていた。
「カッコいい台詞だなぁ、ディーン。まるで正義の味方みたいじゃねぇかよ」
そこで言葉を一旦切り、ガラムは両手で握っている鎖を、弄ぶみたいにジャラジャラと鳴らした。
「その自信はどっから来やがる!?」
脅すように叫ぶガラムが動き出すよりも早く、俺は行動を開始していた。
傍らのアルフレッドを素早く右肩に担ぎ、意識を集中させて周囲に灼熱の炎を発生させる。
「ッハハァ! 悪足掻きは止せ! お前さんだってもう充分わかってるはずだろ。この鉱山の中じゃ、『魔術』は何の役にも立たねぇって事はよ!」
「どうかな? 何の役にも、ってのはちょっと見当違いだと思うぜ?」
「ああん? どういう――」
ガラムが言い切る前に、俺は頭上に集束させ始めたばかりの炎を、無理矢理『魔術』として発動させた。
「『深紅の流星』!」
力の集束も標的の絞り込みも全てが中途半端なまま発動した術は、炎の塊をただ乱雑にあちらこちらへ撒き散らすだけのものになった。
だけどそれが、最初から俺の狙いだ。
つまりは、大掛かりな目眩まし。
大きさもバラバラの炎の塊は、乱雑に坑道の壁や地面に衝突して爆発を起こし、爆煙やら土煙やらで辺りを瞬時に覆い尽くした。
「チィッ! まだこんな小細工を!」
視界の有無がほとんどなくなった空間で、ガラムがそう叫んでいるのが聞こえたが、俺は気にせず一目散に走り出した。
選んだ逃走経路は、全く未知なる三つ目の坑道だ。
ものの数秒で目的の道に飛び込んだ俺は、後ろを振り返る事なく走り抜ける。
だが抱えたアルフレッドの重さによって、思うように速度が出せない。しかしだからと言って、捨て置くのは俺の流儀に反する。
我ながら面倒な真似をしている事を心中で自虐しつつ、俺は新たな坑道を走り続けた。
かなりの距離を走り続けた結果、徐々に坑道の幅と高さが広がり始め、ガラムと遭遇した場所のような広い空間が姿を現した。
相変わらず、どこもかしこも岩石やら採掘工具だらけ。だが現在地には、今までの景色と比べて少しだけ変化があった。
その空間の隅に、煉瓦造りの建物が屹立しているのだ。
高さは大体、四メートルほどだろうか。外観は長方形型で、ちょっとした納屋ような造り。中央にぽっかりと四角い出入口があるだけで、扉と呼べる物は存在しない。
一体なぜ鉱山の中にこんな建物があるのかわからないが、休憩場所として丁度良さそうだ。
あまり悠長にはできないが、このままアルフレッドを抱えて走り続けるのにも限界がある。こいつに少しでも動けるようになってもらうためにも、この中に応急処置に使える物があればいいんだけど……。
祈るような気持ちを抱えつつ、俺は建物の内部に足を踏み入れた。
天井から吊るされている『橙灯』の灯りが、乱雑に置かれた質素な造りの長机や椅子を照らしている。卓上にいくつも散らばっているのは、何かが記載された資料のようだ。
俺はアルフレッドを適当な場所に下ろし、息を整えながら額の汗を乱暴に拭った。
身体に纏わり付くような疲労感が半端じゃないが、まずは治療に使えそうなものがないか探すため、手当たり次第に色々漁ってみる。
……が、それらしいものは見つからない。どうやら見た目の印象通り、ここは何かしらの事務作業を行うための場所のようだ。
「単なる休憩所、って訳じゃなさそうだな。一体何なんだ、ここ」
「多分、正規軍が使ってる坑内係員の詰所なんじゃねぇか……」
「!」
無意識に口にしていた疑問に返事があったせいで、一瞬驚いてしまったものの、声の主はすぐにわかった。気を失っていたはずのアルフレッドだ。
床に腰掛け、壁にもたれているアルフレッドの息遣いはやや荒く、気分の悪そうな顔でこっちを見ている。
内心、目覚めた事を安堵した反面、溜まっていた鬱憤を晴らさせてもらおうと、俺は思い切り睨みを利かせた。
「何呑気に気絶してやがったんだてめぇ……! 今がどういう状況かわかってないなんて言わせねぇからな。てめぇが余計な事したせいで、詰所の襲撃犯に嬲り殺しにされそうになってんだぞ!」
「……ああ、だろうな。じゃなきゃ、てめぇをここに閉じ込めた意味がねぇだろうが」
「ってかそれだよ、気になってたのは。俺を閉じ込めるのが目的だったんなら、何であんたまで鉱山の中にいるんだよ? あのシグードって奴と一体どこから――」
と尋ねながら、俺はふと嫌な予感を覚えて言葉を切った。
「おい、ちょっと待て。まさかあんた……!」
「……察しが良いな。その通り、この鉱山の出入口は二ヵ所あるんだよ。てめぇを罠に嵌めるために、『ギルド』で聞いた情報を俺が黙ってた……。ただそれだけの話だ……」
こ……っ、の野ッ郎……! 手の込んだ嫌がらせしやがって! マジで助けなきゃよかったぜ、こんな奴……!
「だがてめぇを閉じ込めた後、もう片方を塞ぎに行った所で、襲撃犯にやられてこのザマだ……。全く、我ながら情けなくて涙が出るぜ……」
弱った身で忌々しそうに吐き捨てるアルフレッドだが、当然ながら泣き出すような気配はない。
何だか怒りをぶつけるのも馬鹿らしくなってきた。坑道を塞ぎに行って自分が襲われてちゃ世話ねぇぜ。
「……あれ? じゃあ、あんたが引き摺られてきたあの道を辿って行けば、今からでも外に出られるんじゃねぇか?」
「そりゃ無理だな」
「即答かよ! ってか何でだ!?」
「俺を襲ったあの野郎が、自分で坑道を破壊して塞いでやがったからな。今から引き返したところで、行き止まりなのは変わらねぇよ」
「自分で、塞いだ……?」
首を傾げる俺を尻目に、アルフレッドは煩わしそうに目を伏せた。
そもそも、あいつらの目的が不明の一言に尽きる。
正規軍兵士を皆殺しにしてまで鉱山に入り込んだのは、『導力石』を狙っているからなのかと思ったが、どうやらそうじゃないらしい。
もしも出入口を塞いだ理由が、俺達みたいな余計な人間の侵入を阻むためだとしたら、そうまでして成し遂げようとしているのは、一体何なんだ?
それに俺にとって一番気掛かりなのは、奴らがミレーナを狙っていたという事実だ。
彼女が知り得た可能性がある、奴らにとって不利になる情報。そして『精霊指揮者』という、聞き慣れない組織名。
……ダメだ、わかんねぇ事が多過ぎて思考が上手くまとまらない。とりあえず、情報の整理は後回しにしよう。
「ここが坑内係員詰所なら、多分この中に鉱山の正確な見取り図があるはずだ。それを探して、塞がれた出入口以外に、外へ出るための道がないか調べてみよう」
目の前の卓上を一旦見つめた俺は、改めてアルフレッドに視線を送る。
「……あんたにも手伝ってほしいんだけど、動けそうか?」
「馬鹿にすんな。動けるに……ッ、決まってんだろ」
明らかに無理をしている様子で、アルフレッドはよろよろと立ち上がる。
やっぱ止めとけ、と声を掛けようかと思ったが、すでにアルフレッドは卓上の書類を調べ始めていたため、結局俺は口を噤んだ。
……まぁ、一緒に探してくれる分には有り難い。ガラムやシグードがいつ追い付いてくるかわからない以上、作業は少しでも早く終わらせるに限る。
しかし、卓上の書類は意外と量が多い。何かの数値が書かれた紙や、鉱山の土壌の性質や成分を表にまとめた紙、さらには兵士の勤務表などなど。部外者の俺には用途がわからないものが多く、肝心の見取り図が一向に見当たらない。
さすがに嫌気が差し始めた、丁度その時。
「おい、『魔術師』。これじゃねぇのか?」
疲労感のある声を上げながら、アルフレッドは作業机の傍にある椅子にドカリと腰を掛けた。
相変わらず名前で呼ぼうとしない事を不満に思っていると、作業机の上を器用に滑らせる形で、一枚の紙が俺の許に届けられた。
俺はその紙を掴み、全体が見えるように両手で広げてみる。
縱四十センチ、横六十センチほどの大きさの紙の右上部には、『The mine floor plan』――つまり『鉱山内見取り図』と書かれている。
図の右半分の真ん中辺りに、ここの場所を表しているらしい紅い色が付けられていて、図の下の方に表記されているのが、現在塞がれている二ヵ所の出入口のようだ。
ここ以外に、外に通じていそうな道があれば――
「あれ?」
地図全体を見回していた俺は、紙の右半分の上部に何も記号が描かれていない、広い空間のような場所がある事に気付いた。
俺達が今いる場所から結構近いが、なぜここだけ何も描かれていないんだろう? 地図通り進めば、一応辿り着く事はできそうだけど……。
何だか得体の知れない空間だが、他に外へ繋がっていそうな場所もない。とりあえず、ここに向かってみるか。
「よし、そろそろここから離れよう。行くぞ、アルフレッド」
そう言って俺は詰所の外に出ようとしたのだが、ふと可笑しな事に気付いて立ち止まる。
アルフレッドから返事がない。あいつの性格から考えて、俺が急かせば文句の一つでも返してきそうなものなのに、一体全体どうした事か。
首を捻りつつ振り返ると、アルフレッドは未だに椅子に腰を掛けたままだった。
項垂れるように背もたれに身体を預け、一向に立ち上がる気配がない。
「おい、アルフレッド。聞こえてんだろ? 黙ってねぇで何とか――」
「うるせぇ、俺はもういい。脱出したけりゃ一人で行けよ」
「あ? 何言ってんだ、あんた」
俺は詰所から出ようとしていた身体を戻して、アルフレッドの傍らまで歩み寄った。が、それでも彼は視線を交わそうとせず、俯いたまま口を開く。
「ここらが潮時だって事さ……。てめぇを罠に嵌めようとして、俺自身がこのザマだ。自分の目的すらまともにこなせない落ち零れは、ここらで犬死にするのがお似合いだろ……」
「こんな時にまで冗談言ってる場合かよ。肩ぐらいなら貸してやるからさっさと――」
「どうして『ワーズナル』に来たのかって聞いたよな?」
手を差し出そうとした俺の言葉を遮り、アルフレッドは覇気のない声でそう口にした。
そういえば、鉱山へ来る途中で尋ねたっけな、そんな事。けど、何で今更その話題を掘り返すんだろう?
首を捻る俺が返事をする前に、アルフレッドは視線を落としたまま続ける。
「大した目的なんてねぇのさ。ただ一人で、当てもなく大陸のあちこちをフラついてただけなんだよ。戻る場所が失くなっちまったからな……」
「戻る場所が、ない……? 何言ってんだ、あんたにはチームを組んでる仲間が……」
「あいつらなら俺から離れていったよ」
「!」
重苦しく告げられたアルフレッドの言葉によって、俺は絶句させられた。身体が一瞬で強張るほど衝撃的だった。
それはつまり、仲違いをしたという意味か。
関係が、絆が、絶ち切れてしまったという事か。
チームメンバーがアルフレッドから離れる理由として、思い当たるものは一つしかない。
「『ゴーレム討伐作戦』が原因、なのか?」
「……ああ」
俺が静かに問い掛けると、アルフレッドはただただ力無く頷いた。
まるで、己の無力さを心の底から嘆いているかのように。
「けど、何でだよ? あの一件は、指示に従わなかった俺の責任だって事で片が付いたじゃねぇか。あんたや他の連中もそれで納得してたはずだろ。なのにどうして……」
「てめぇが『ギルド』を去った後、あいつらに言われたんだよ……。作戦があんな結末で終わった責任は、冷静な判断力を失くしてた俺にもあるんじゃねぇかってな」
「……!」
「現実を疑ったよ……。まさか自分が責められる側に回るなんて思ってもみなかったからな。感情任せに色々言い合った結果、ほとんど絶縁に近い仲間割れをした……」
当時の陰鬱な場面を回顧しているのだろうか。アルフレッドは虚ろな瞳で、何もない一点を見つめている。
俺はただ、口を噤む事しかできなかった。
彼と同じ当事者ではあっても、彼と違って加害者である俺が、掛けられる言葉なんて見つかるはずもない。
今にして思い知らされる。仲間の事を尋ねた時にどこか様子がおかしかったのは、俺が地雷を踏んでしまったからだったのだと。
あの時の言葉は、一体どれだけアルフレッドの勘に障った事だろう。無神経な、想像力の欠けた言葉だったに違いない。
……そうだ、俺は一度たりとも想像なんてしなかった。あの一件で失ったものがあったのは、きっと自分だけだと、そう思っていた。『ギルド』の連中はみんな、俺みたいな邪魔者の事など綺麗さっぱり忘れて、今まで通り仕事をこなしているのだろうと。
だが、そんなのは都合の良い思い込みだった。予期せぬところで失われてしまったものはあったのだ。
確かに俺は、自分が間違った事をしたとは思っていないし、後悔をしている訳でもない。恨みたいなら恨めばいいし、嫌っているなら嫌ったままでいいと思っている。
だけどそれは、結局俺が見て見ぬふりをしているだけなんじゃないのか?
アルフレッドや作戦に関わった奴らの思いに、正面からぶつかるのが怖いから。わざと目を背けて、嫌われ役を演じて、それでいいと自分に言い聞かせて……。
「……俺も焼きが回ったもんだぜ。恨みを晴らすどころか、逆に恨んでる相手に助けられるなんてよ。あいつらが知ったら、とんだ間抜けだと馬鹿にするんだろうなぁ……」
俯いたまま、アルフレッドは力無く笑う。その姿は、つい数時間前に『ギルド』で見せていたふてぶてしい態度とは無縁の、非常に弱々しいものだった。
その場に立ち尽くしている俺に向かって、アルフレッドはさらに諦めた言葉を投げ付けてくる。
「オラ、さっさと行けよ。どうせ俺が死んでも困る人間なんていやしねぇ。ここで大人しく、あの襲撃犯どもの餌食にでもなってやるさ」
「……っ」
「何、安心しろ。てめぇがどこへ逃げたかくらいなら黙っててやるから――」
「ふざけんなこの大馬鹿野郎ォッ!!」
いい加減、我慢の限界だった。勝手に全てを諦めて、命すら投げ出そうとする愚か者の戯れ言を、黙って聞き続けるのは。
俺は怒声と共に、アルフレッドの頭を上から思い切り殴り付けた。かなり余分に力が入ってしまったせいで、右手に痺れるような痛みが走る。
一方、拳が命中した箇所を両手で押さえながら、アルフレッドは即座に顔を上げた。
俺の一撃がかなり意表を突いたんだろう。打撃による痛みからか、彼の目には薄らと涙が溜まっている。
「なッ、にしやがんだ、てめぇは……ッ!」
「何が餌食になってやるだ! そんなもんで俺に借りでも作ったつもりなのかよ? ふざけんじゃねぇ! 死にたがりのあんたと違って、俺には『魔術師』として人を守るっていう存在意義があるんだ。あんたの理屈も都合も関係ない。俺の目の前にいる以上、どれだけ死にたいって言ってる奴がいたとしても全力で助ける! それが例え、大ッ嫌いなあんたでもな!」
俺の最大級の叫びを前に、アルフレッドは言葉を失い、口を半開きにして硬直している。
例え彼から何かしらの反論があったとしても、俺は有無を言わせるつもりはなかった。
自分が守りたいものは自分で決める。
『あの街』で眠り続けているはずのログハイムさんのような、余計な犠牲者を出さないためにも。




