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フレイム・ウォーカー  作者: エスパー
鉱山都市編
41/122

第三章 暗躍する者達

 俺が初めてアルフレッドと出会ったのは、七ヵ月ほど前の事だ。

 その頃、俺はミレーナを捜す旅の途中で、丁度今みたいに資金不足に陥っていて、『ケルフィオン』という街の『ギルド』で金を稼ごうとしていた。

 そこで出会った二人の人間。その片方がアルフレッド・ダグラスであり、もう片方が後に俺の友人となるジン・ハートラーだった。

 俺達三人が共に参加する事になった『ゴーレム討伐作戦』。それは、とある遺跡で大量に徘徊している『ゴーレム』を一体残らず破壊する、というものだった。

 話だけ聞くと簡単そうに思うかも知れないが、一つだけ誤算があった。

 それは、当時の俺の心境だ。

 あの頃は本当に、精神的な余裕が皆無だったと言っていい。ミレーナが一向に見つからない不安や、『紅の詩篇フレイム・リーディング』の修得が思うようにいかない苛立ちが重なって、だいぶ冷静さが欠けていたと、今更ながらに痛感する。

 さらに言えば、元々単独行動が染み付いている上、力量的に自分より劣るギルドメンバー達の事を、俺は心のどこかで見下していた。だからこそ、一人で勝手な行動を取る事に何の躊躇いも罪悪感も抱かなかったのだ。

 その結果は、言わずもがな。俺が指示系統を無視した事で、討伐隊の連携は少なからず崩れてしまった。

 そして何の因果か、事態はより悪い方向へと転がり始めてしまう。

 まるで乱れた連携の隙を突くかのように、別動隊だったアルフレッド達が、遺跡に仕掛けられていた罠に掛かってしまったのだ。

 侵入者迎撃用に、ずっと以前から設置されていたものだったのだろう。発動した罠によって遺跡内の隠し部屋から大量の伏兵が現れ、当初の想定を遥かに上回る数の『ゴーレム』が襲い掛かってくるという地獄絵図。

 そんな状況下に放り込まれれば、誰だって動揺するのは当たり前だ。現にアルフレッドは、自身が罠に掛かった事も相俟って、最早冷静な判断力を失っていた。にも拘らず、奴は無理に戦闘を続けようとする余り、撤退を促したジンに八つ当たりをするような形で手を出したのだ。

 その時、まだ俺はジンを友として認識していた訳ではない。だが、目の前で理不尽な暴力を振るう存在がいる事を黙って見過ごせなかった。

 だから俺は、アルフレッドの背中に炎をぶつけて制止した。咄嗟だったとはいえ、それは紛れもない事実だ。

 奴を止めるためなんて言えば聞こえはいいかも知れないが、そんなのは結局、ただの後付けでしかない。『ギルド』で奴が言っていた通り、その振る舞いが気に喰わなかっただけなんだから。

 その後、『ゴーレム』の大群は俺一人で何とか殲滅できたものの、討伐隊の損害は大きく、勝手な行動を取った俺は事態を悪化させた責任を咎められる結果となった。

 恐らく……いや間違いなく、アルフレッドは未だにその時の事を恨んでいるんだろう。

 確かにあの時の俺は、自己中心的な行動が多過ぎる厄介者だった。例え結果論だとしても、最初に俺が隊の連携を乱さなければ、罠を回避する事だってできたかも知れないのだから。

 だけど俺はあの一件に関して、後悔をしている訳じゃない。俺を恨みたいなら恨めばいいし、嫌っているなら嫌ったままでいいと、そう思っている。

 でもだからって、相手の行動全てを許容できるほど、俺は心の広い人間じゃない。

「あの野郎……。ここをどうにか脱出したら、とりあえず一発ぶん殴ってやる……!」

 脳裏に浮かぶアルフレッドの顔目掛けて無意味に拳を放ってみるが、当然手応えなどあるはずもない。

 結局俺は、鉱山の奥へと進む事にした。さっきの場所で何もしないままジッとしているよりは、別の出口がある可能性に賭けてみた方が確実に有意義だろう。

 とはいえ、そんな可能性があるような場所に、アルフレッドが俺を閉じ込めるとも思えねぇけど。こんな事なら『ギルド』で説明を受けた時に、鉱山内部の詳細な地図を貰っとけばよかったぜ……。

 内心で愚痴りながらも奥に進み続けると、坑道の幅と高さが徐々に広がっていき、気付けばそれぞれ十メートル以上の大きさになっていた。

 相変わらず(みち)(しるべ)となるのは『(とう)()』の明かりのみで、奥の方には暗闇しか見当たらない。

「くそ……、まさにお先真っ暗って訳か。嫌な予感しかしねぇぞ」

 こんな所で生き埋めになったまま、最悪死ぬ事になったりするかもなんて冗談じゃねぇ! 俺にはまだやらなきゃいけない事が残ってるんだ!

 弱気になりそうな心を奮い立たせながら、何とか立ち止まる事なく歩き続ける。

 やがて十分は経過したかという頃。不意に坑道の大きさがこれまで以上に広がり、鉱山内の拓けた場所に辿り着いた。

 幅も高さも、三十メートルはある空間。周りには高さ二、三メートルほどの段差があちこちにできていて、俺が立っている場所が一番低い所のようだ。

 段差の袂には、作業用の鶴嘴(つるはし)やスコップがいくつか転がっていて、掘り出した石を運ぶための台車なんかも置かれている。どうやらここは、『導力石』を採掘している鉱山の最深部らしい。

 ここまでは間違いなく一本道だった。って事は、ここから別の所に繋がってる道があるかも知れない。

 もう一度辺りを注意深く観察してみると、あちこちにできた段差の上に、空洞のような穴がぽっかりと開いている所がいくつかある。ここからだと暗くてわからないが、恐らくあの中も坑道になっているんだろう。

 道が複数ある以上、そのどれかが出口に繋がっている可能性はある。どうやらまだ希望を捨てるのは早いみたいだ。

 俺は気を引き閉め直し、再び歩き出そうとした。

 だが――


「ッハハァ! おいおい、こりゃあ一体どういう事だぁ?」


「ッ!?」

 いきなり暗闇から妙に弾んだ感じの声がして、俺は思わず肩を竦ませた。

 声のした方を見ると、俺のいる位置より三メートルほど高くなった段差の上に、ぼんやりと人の顔らしき輪郭が浮かんでいて、誰かが立っているのがわかる。

 って、ちょっと待て。今ここで遭遇し得る人物って言えば……!

「妙な音がしたから何事かと思って見に来てみれば、ガキが一人でお散歩中ってか。……おいガキ。お前さん、一体ここで何してやがる?」

 妙な音というのは多分、さっきアルフレッドが使った手榴弾の爆発音や、坑道が崩れる音だろう。あんな派手な音が聞こえれば、誰だって様子を見に来たくはなる。

 こいつが軍の詰所を襲った犯人なら尚更だろう。

 暗闇に紛れているせいで顔立ちを捉える事はできないが、声音から考えて相手は男だ。

『魔術』が使えない状態で襲撃犯と遭遇するという、一番懸念していた事が現実になるなんて、マジで運がなさ過ぎる……!

「おい、何ボーッとしてやがる。こっちの質問無視して考え事か?」

 向こうからは『(とう)()』の明かりの下にいる俺の表情が読み取れるらしく、男はそんな風に不満そうな声を漏らす。

 俺は少しでも戦闘が起きるのを回避しようと思い、敢えて男と会話する事にした。

「あんたこそ、こんな所で何してんだ。『導力石』でも盗みに来たのか?」

「ッハハァ。相手の事が気になるのはお互い様って訳か。……仕方ねぇ。好奇心旺盛なお前さんに、特別に俺から自己紹介してやるよ」

 そう言うと、男は段差の上から軽々と跳び下り、『(とう)()』の明かりの下まで歩いてきた。そうする事で、ようやく男の姿が露わになる。

 沈み行く夕日のような橙色のバンダナを頭に巻いた、二十代後半と思しき男。凛とした表情を湛えた男の右頬には、砕けた十字架のような特徴的な形の刺青が刻まれている。

 こいつが軍の詰所を襲った犯人、なのか……?

 目の前にいる男は、どう見ても体格的に俺とほとんど差がなかった。身体の筋肉が異常に発達している訳でも、身長が異様に高い訳でもない。巨人と呼ばれるのとは無縁の、至って普通の人間の姿だ。

 果たしてこんな奴に、直径五メートルもの巨大な凹みを地面に刻んだり、兵士達を一人残らず圧殺したり、詰所の建物を粉々に吹き飛ばしたりする事ができるものなんだろうか? とてもじゃないが(にわ)かには信じられない。

 半信半疑で身構える俺に対して、男は酷薄に笑いながらこう続けた。

「俺の名はガラム・ドラゴドム。『精霊指揮者ゴースト・コンダクター』っつー組織の一員だ。よろしくな、紅い髪の少年」




 ◆  ◆  ◆




 鉱山都市『ワーズナル』の街並みは、今までに見てきたどの街の風景とも違っているな、とリネは感じた。

 活気はそれなりにあるものの、特に目を引く物が見当たらない。鉱山で働いた人間が休むためだけに造られた街、という印象を受ける。

 しばらく街の中を歩き回っていたリネ達は、通りの前方に広場を見つけ、その中心にある噴水へと歩み寄った。

 白い円形の噴水の中心には、三段重ねの噴出口があり、そこから四方八方に水が流れ出ている。噴水に溜まっている水は意外と透き通っていて、水底を見通す事ができた。

「ちょっと休憩しましょうか?」

 リネが噴水の端を指差して提案すると、隣のミレーナは静かに頷く。

「そうね。もう街の中はほとんど見て回ったし、そうしましょう」

 ミレーナは軽く微笑むと、噴水の縁にゆっくりと腰を下ろす。リネもそれに倣って、彼女の右隣を陣取った。

 その端麗な横顔を一瞥し、リネは改めて感慨深く思う。

(今ってかなり貴重な体験をしてる事になるんだよなぁ。ディーンの師匠で、しかも『英雄』でもある人と、こうして二人きりで散歩してるんだから……)

 例え記憶喪失だろうと、隣の女性が歴史的な偉人である事に変わりはない。こうして知り合う事になったのは、まさに奇跡と呼ぶべき幸運だ。

 所々に白亜の雲が浮かぶ青空を見上げながら、しかしふとした拍子にリネの胸中には、形容し難い切なさが去来した。

 恐らく、こうして彼女の隣に寄り添っていたいのは、自分なんかではなくて……。

「……ただ待ってるだけっていうのも、何だか落ち着かないわね」

「えっ?」

 不意にミレーナが呟き、リネは少し驚いて視線を向けた。その表情は言葉通り、どこか焦燥に駆られているように見える。

「ディーンが心配なんですか?」

「……それもあるけど、それだけじゃないわ。リネさんも知ってる通り、今の私には過去の記憶がない。自分でも取り戻したいと思ってるし、そのためには私自身が動かなきゃいけない事もわかってる」

 ミレーナは一旦言葉を切ると、陽射しを遮り始めた小さな雲を見つめ、ゆっくりと続ける。

「……でもね。私の事を守ろうとしてくれる彼を見てると、どうしても気持ちが焦ってしまうの。何かしなきゃいけない、でも何をすればいいんだろう、って。今は『魔術』を使って戦う事すらできない。そのせいで、ディーンくんにばかり辛い思いをさせてる。それが悔しくて、情けなくて、焦る気持ちを抑える事ができないの……」

「ミレーナさん……」

 記憶を失っているミレーナにも、失くしているからこそ感じる思いがある。それを改めて痛感させられた気がした。

 相手に守られるばかりではなく、自分も相手の事を守ってあげたい。助けてあげたい。その気持ちが、リネには胸が締め付けられるほど理解できる。

 ミレーナと同じように、自分もディーンを守りたいと本気で思うから。

「ごめんなさいね。急にこんな事言い出して」

 感情を発露させた事を恥じるかのように、ミレーナは申し訳なさそうな顔で謝ってきた。

 何も悪い事なんてない。そういう意味を込めて、リネはゆっくりと首を左右に振った。

 ミレーナ・イアルフスという女性は、本当に優しい人だ。この優しさは、弟子にもきちんと継承されているように思う。

「気にしないでください。ミレーナさんの気持ち、あたしにもわかりますから。自分が何もしてあげられないって思うと、辛いですよね……」

 そう言ってリネが苦笑すると、ミレーナは口許に右手を添え、優しい微笑みを見せる。

「フフッ。やっぱりリネさんは、ディーンくんの事が大好きなのね」

「えっ!? いやあの、そういう意味じゃなくって、って訳でもないんだけど、じゃなくて! ああ、え~っと……」

 露骨にあたふたしてしまうリネと、可笑しそうに笑うミレーナ。どうやらリネをからかう所まで、師弟揃って似ているらしい。

 まるでディーンと会話しているような気分になっていた、その時だった。


「もう、しつこいなぁ~。だから知らないって言ってんじゃ~ん」


「とぼけんな! てめぇらに間違いねぇはずだ!」

 不意に、少女のものと思しき間延びした声が聞こえたかと思うと、続け様に男の怒鳴り声が聞こえて、リネは思わず声がした方向に目を向けた。

 発生源は、噴水を挟んだ反対側。リネ達から十五メートルほど離れた所のようだ。

 広場の端に裏路地へと繋がっている道が見えるが、声の主達の姿は確認できない。どうやらここからは死角になっている位置で、何らかの騒ぎが起きているらしい。

「何だろう? 喧嘩、かな」

「……かも知れないわね。一応様子を見に行きましょう」

 同じように裏路地の方を見ていたミレーナが、心配そうな顔付きで立ち上がった。リネもそれに倣い、二人して慎重な足取りで噴水を迂回して路地の入口へと歩いていく。

 やがて、もうすぐ路地の入口に差し掛かろうかという距離まで辿り着いた時だった。

「ぎゃああああああああっ!」

「!?」

 突然、裏路地の奥から苦しげな絶叫が木霊してきたため、リネとミレーナは驚いて思わず立ち止まった。

 只事ではないと判断した脳が、リネの両脚を疾駆させる。

 残り十メートルほどを一気に駆け抜け、路地の入口から奥の方を目視したリネは、そこで思考が停止した。

 視界に飛び込んできたのは、灼熱の炎。燃えているのは、明らかに人間だった。

 夕陽のように赤々と。

 松明のように煌々と。

「なっ……何、で……」

 激しい炎にまかれているせいで性別が判断できないが、その人物はまるでリネに助けを求めるかのように、覚束ない足取りで歩み寄ってきた。

 余りの事態に思わず後退ってしまった、その瞬間――

「リネさん、離れて!」

 鋭く響いてきたのはミレーナの声だった。咄嗟に指示に従うと、バシャアッという音が鼓膜を刺激すると同時に、目の前の炎が蝋燭の火を吹き消すかのように一瞬で鎮火した。

 驚いて視線を向けると、少々息を切らしているミレーナと目が合う。一体どこから持ってきたのかわからないが、彼女は両手で木製の桶を掴んでいる。どうやらあれを使って、噴水の水を汲んできたようだ。

 彼女の機転に礼を言おうとしたリネだったが、その動作を遮るかのように、灼熱から解放された人物が乱雑に地面へと倒れ込んだ。

「……っ! 大丈夫ですか!?」

 意識の有無を確かめようと屈んだリネは、そこでようやく気が付いた。

 気絶している相手が男性であり、しかも武装している事。

 路地の奥にまた別の男性が二人、意識を失って倒れている事。

 そして――


「イェーイ! ラズ、格好良いー!」

「はしゃいでる場合じゃないでしょ、パーニャ。余計な騒動を起こすなって言われていたはずよ。忘れたの?」


 騒動に関わっているであろう二人の人間が、こちらに気付かず呑気に会話している事。

 パーニャと呼ばれた少女は、黒と白の縞模様が入った長袖のシャツに紺の短いスカートを履いた、十代前半と思しき鈍色の髪の女の子。

 対して桔梗色の長髪の女性は、髪と同色のジャケットに白いズボン、黒い革製のブーツという出で立ちで、白い布に包まれた長い物体を右肩に担いでいる。よく見ると右頬に、砕けた十字架ような形の特徴的な刺青を施している。

 ラズ、というのは、この女性の愛称なのだろうか。

「だってぇ~、こいつらがしつこく付き纏って来るんだも~ん」

 苦言を呈された事に不貞腐れたのか、少女は頬をプクッと膨らませる。そんな少女の様子を見つめ、女性はクスッと優しく笑い、左手で少女の頭を撫でた。

 壮絶なやり取りの渦中にいたはずの彼女達は、焦燥や狼狽といった態度とは無縁で、やけに落ち着き払っている。

 人が炎にまかれている以上、明らかにただの喧嘩ではない。不穏な気配がひしひしと感じられて、リネは声を掛けられなかった。

「ちょっとぉ~。さっきから何ジロジロ見てんのぉ~?」

「!」

 そこでようやくこちらの存在に気付いたのか、パーニャと呼ばれた少女が間延びした口調で声を掛けてきた。

 不満そうな顔でリネ達を見つめる少女に続いて、傍らの女性も探るような視線を送ってくる。

「あら失礼。驚かせてしまいましたか?」

 表情は穏やかで言葉遣いも丁寧だが、どこか威圧的な声音が警戒心を掻き立てる。

 思わず半歩後退り、リネは胸の前で両手を振った。

「いえ、その……。たまたま近くを通り掛かったら叫び声が聞こえたから、何かあったのかなって気になって……」

 やや引きつった愛想笑いを返しながら、リネは地面に倒れ込んで動かない三人の男達に視線を落とした。奥の二人は意識を失っているだけのようだが、燃やされていた男の方は明らかに重症だ。急いで治療を始めなければ、命に関わるかも知れない。

「付き纏われてたんだよぉ~。だからお仕置きしてあげただけ~。ねぇ~ラズ~」

 女性の腕にくっつきながらニコニコ笑う少女。愛らしいはずのその表情が、なぜかリネには不気味に見えてしまう。

「何だったら、『ギルド』の人を呼びましょうか? この通りの向こうにありますし……」

「いえ、その必要はありませんよ」

 リネからの提案をキッパリと断った女性は、続けてこう口にした。


「そこに横たわっているのが『ギルド』の人間であり、私達は、彼らの敵なのですから」


「……えっ?」

 彼女達に抱いていた不信が、危機感という名の確信へと変わった。

『ギルド』の人間だと知っていて危害を加えたという事は、つまりどういう事を意味するのか。自分は一体、どういう類いの人間と対峙しているのか。

 自問による回答として、リネは腰に携えている拳銃に半分だけ意識を向けた。

 まともな戦闘訓練を受けた訳でもない自分が、拳銃一丁だけで記憶喪失のミレーナを守り切れる自信はない。しかも相手は、『魔術』に類する何らかの能力を持っている可能性まである。下手に武器を構えて刺激すれば、何をされるかわからない。

(最悪あたしが囮になって、ミレーナさんには逃げてもらえれば……!)

 自己犠牲的な展開を考えつつ、ふと傍らに目を向けると、ミレーナの表情も明らかに険しくなっている。やはり彼女も、事態の深刻さを大いに理解してくれているようだ。

「そんなに怖い顔をしなくても大丈夫ですよ。貴女方に危害を加えるつもりはありませんから」

 と、予想外の言葉を掛けられ、リネは正面に視線を戻した。

 ラズ、と呼ばれた女性の顔には、言葉通り敵意や害意は浮かんでいない。威圧的な雰囲気は消えていないが、それでもリネ達に手を出すつもりがないのは確かなようだ。

「え~? こいつら見逃してちゃってもいいの~?」

 傍らの少女が不満そうに眉根を寄せるが、女性は微かな笑みを湛えながら言う。

「彼女達は明らかに『ギルド』の人間じゃありませんからね。まともに戦える力を持っていない者にまで、構う必要はないでしょう」

 何気なく言われたその言葉は、神の宣告の如き衝撃をリネの心に与えた。

 自分でも痛感している事を、見ず知らずの人間に指摘されたのが悔しい。お前は何の役にも立たない人間だと、明確に告げられたようにすら感じる。

 打ち拉がれるリネを嘲笑うかのように、ラズと呼ばれた女性は桔梗色の長い髪を華麗に翻した。

「さぁ、行くわよパーニャ。あまり長居していると、ガラム様達に怒られてしまうわ。――それではごきげんよう、名も知らぬお嬢さん方」

 リネ達に背を向けて、女性は裏路地の奥へ歩いていく。

 一方、遠退いていく女性の後ろ姿を見ながら、少女は残念そうに肩を落とした。

「仕方ないか~。怒られるのは嫌だもんなぁ……」

 溜め息の後に独り言を呟いた少女は、改めてリネ達に視線を送ってきた。

「じゃあね、お姉ちゃん達。バイバ~イ」

 こちらが拍子抜けしそうな明るい声で手を振りながら、少女も裏路地の奥へと歩き出す。

 彼女達が悪人だとわかっているのに、止める術がリネには思い付かない。

 或いは、紅い髪の少年なら思い付けたのだろうか。

 去り行くその背中を、ただ見送らずに済む方法を。

 




 ◆  ◆  ◆




「『精霊指揮者ゴースト・コンダクター』……?」

 ガラムと名乗る男の口から出た組織名は、聞き覚えこそないものの、怪しげな雰囲気を発していた。

 予想していた犯人像との齟齬は見受けられるが、状況から考えて、表の正規軍詰所を襲ったのはこいつに間違いない。だが、だとしたらその目的は何なんだ? 『導力石』の強奪、か……?

 もしそうなら、正規軍でも『ギルド』でも、そんな犯罪組織の名称を耳にした記憶がないってのが引っ掛かる。あれだけ堂々と軍の詰所を襲うような輩なら、記憶にも記録にも残っているはずだ。という事は、政府関係の人間にはまだ知られていない連中なんだろうか?

「ところでよぉ、少年」

 考え得る可能性をあれこれ思い浮かべていると、不意にガラムがそう言い放った。

 俺を値踏みするような目で見つめながら、犯罪組織の構成員たる男は続ける。

「さっきから気になってんだが、お前さん一体何者だ。この鉱山は、ただのガキがフラッと立ち寄れるような場所じゃないんだぜ?」

「……ッ!」

 改めて指摘され、思わず息を呑む。

 俺が動揺を抑え込もうとしている事に気付いているのか、いないのか。ガラムは特に反応を見せないまま、淡々と語り掛けてくる。

「それにお前さんが歩いてきたその坑道。表には、馬鹿な兵士どもの死体が転がってたはずだ。あの惨状を平気な顔で乗り越えて来るなんて、ただのガキとは思えねぇな」

 俺が歩いてきた背後の坑道の方を指差しながら、ガラムは探るような視線を投げてくる。

 不味い……! こいつ、俺が正規軍か『ギルド』に関わってる人間だって勘付いてるみたいだ! こっちには今、まともに戦える手段がない。こんな状況で戦闘になったら……!

「どうした、答えにくい質問だったか? ……ならしょうがねぇ。答えられるようにしてやるよ」

 言葉の端に不穏な空気を感じて、俺は瞬時に身構えた。

 その直後。

 ビュゴォッ、という風斬り音が聞こえたかと思うと、俺の身体のすぐ横を何かが通り過ぎ、背後の岩盤に轟音を上げて突き刺さった。

「なっ……!?」

 何が起きたのかを確かめるため、俺は僅かに後ろを向いた。

 背後の岩盤に突き刺さっていたのは、直径七十センチほどの黒い鉄球だった。その鉄球には黒い鎖が取り付けられていて、ガラムの手元まで蛇の身体のように繋がっている。

 岩盤を易々と粉砕する凶器を見て、俺は鉱山入口での惨状を思い出した。

 まるで硬い何かに押し潰されたように、グチャグチャになっていた兵士達の身体。あれはこの黒い鉄球によって引き起こされた現象だったんだ。

 とんでもねぇな、このガラムって野郎。俺と大して変わらない体格のくせに、見るからに超重量な鉄の塊を軽々と扱うなんて、一体どんな腕力をしてやがるんだ……!

「ボーっと考え込んでんなよ、少年」

 愕然とする俺を尻目に、ガラムは勢い良く鎖を引いた。

 ジャラジャラと鎖が擦れる音と共に、黒い凶器が奴の許へと戻っていく。

 右手で上手く勢いを殺すように鉄球を受け止め、ガラムはニヤリと笑って告げる。

「あんまり余所見してると、粉々にするぜ?」

 舞い戻ったばかりの右手から、鉄球が信じられない速度で投擲される。

 逃げる暇など、俺には無かった。

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