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フレイム・ウォーカー  作者: エスパー
魔女の森編
26/122

終章 幕が下りる頃に

「なぁ、さっきから何でちょっと不機嫌なんだよ?」

 隣を歩くディーンに声を掛けられても、リネは黙ってそっぽを向く。するとすぐさま隣で、煩わしそうな溜め息が漏れた。

 別にリネは本気で怒っている訳ではない。ただ何となく今は、ディーンと話すのが嫌なだけなのだ。

 その原因は言わずもがな。別れ際にシャルミナが取った大胆な行動にある。

(だってキスだよ? 頬っぺただったけどキスなんだよ? シャルミナさん大胆過ぎ! って言うか、ボーっとした顔でシャルミナさんを見つめてたディーンが何かムカついた!!)

 端から見ていたリネですらこうなのだ。当人であるディーンは、きっとそれ以上の衝撃を受け、あれこれ思っているに違いない。

 頭の中で不満を羅列していると、隣を歩いていたはずのディーンが、いつの間にかさっさと前の方に移動していた。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 結局口を利いてしまい、ズンズン先へ進むディーンの隣に追い付くリネ。すると彼は、面倒臭そうな顔でリネを一瞥した。

「何不機嫌になってんのか知らねぇけど、ボサッとしてたら置いてくぞ。俺はさっさと『紺碧の泉アジュール・ファウンテン』に辿り着きたいんだ。ただでさえ色々あって時間割かれちまってるってのに……」

 取り付く島もない様子で、ブツブツと文句を言うディーン。そんな彼の態度が、リネの白い頬をますます膨れさせる。

「それはそうだけど、何でディーンってあたしに言う事がイチイチ冷たいの? もしかして思春期?」

「いッッッッッつも子供っぽい言動が目立つ誰かさんには言われたくない台詞だな」

「ムッ、何それ? もしかしてあたしの事言ってる?」

「……意外だな。自覚あんのか」

「あーっ! 酷い! だから何でそんな冷たい言い方するの!?」

「おい、話ループしそうになってんぞ」

 相変わらず、普段は冷たいディーンとあーだこーだ言い合いながら、それでもリネは一緒に、離れる事なく歩き続けた。

 目的地たる『紺碧の泉アジュール・ファウンテン』までは、残りあと僅か。

(あたし達が辿り着くまでミレーナさん、街に残っててくれるかな?)

 軽快に進んでいくディーンの隣で、リネは一人、ある種の不安のようなものを抱くのだった。




 ◆  ◆  ◆




 まだ薄暗い闇が空を支配している頃。とある銀髪碧眼の少年剣士が、『首都テルノアリス』に座する巨城の廊下を、一人足早に歩いていた。

 彼の名は、ジン・ハートラー。民間組織『ギルド』に所属していると同時に、城に住まう一部の貴族とも繋がりのある、少々特殊な経歴を持つ少年である。

 こんな早朝に城内を歩いているのは、警備や巡回が目的という訳ではない。彼が懇意にしているとある貴族から、突然の呼び出しを受けたからだ。

 数日前、『テルノアリス』で起きた大事件の影響で、街は未だ復興作業に追われている。とはいえ、ジンの友人である紅い髪の少年が旅立った日から比べれば、幾分か街はかつての活気を取り戻しつつある。

 そんな折にあった、貴族からの突然の召集。しかも呼び出された時間が時間だけに、事態の火急さを告げられている気がしてならない。

 不安を抱きつつ、ジンは目的の場所である『謁見の間』に辿り着いた。

 こんな早朝にも拘わらず、部屋の扉の両端には、体格の良い正規軍兵士が毅然と佇んでいる。

「ジン・ハートラー、入ります」

 宣誓の如く口上すると、二人の兵士が左右から、眼の前の鉄製の両扉を押し開けた。室内には真紅の絨毯が敷かれていて、数メートルほど進んだ先には、壇上に肘掛け椅子が一つ設置されている。

 背もたれがやけに縦長のそれには、すでに腰を下ろしている人物がいた。

「やぁ、おはようジン。朝早くに呼び出してすまないね」

 長い若竹色の髪を後ろで一つにまとめ、縁のない眼鏡をかけている青年。白い長袖のシャツに黒い革のズボンという、一見その辺の平民かと思うような服装の彼こそが、ジンとの関わりが深い貴族の一人、ハルク・ウェスタインだ。

 穏やかな表情で労うハルクに対し、ジンはすぐさま(かぶり)を振る。

「いえ、構いません。それで、俺に用というのは?」

「ああ、うん。実はね――」

 ハルクが目配せすると、壇上の端にいた傍付きの兵士が、書類の束のような物を手にして、ジンの方へと近付いてきた。

「少々厄介な事が起きているらしいんだよ。全く、アーベントの起こした一件の事後処理がまだ済んでいない状況で、これ以上厄介事が起きてほしくはないんだけどね」

「どういう事ですか?」

 疑問を口にしながら、ジンは兵士から書類を受け取った。

 枚数は全部で三枚。左上部に、紙をまとめるための留め具が付けられている。

 ジンは視線を落とし、一枚目の内容を黙読し始める。そしてその内容を理解した瞬間、思わず身体を硬直させてしまった。

「これは……」

「ジェイガ・ディグラッド」

 深刻そうなハルクの言葉を受け、ジンは顔を上げた。するとハルクは、肘掛けに頬杖をつきながら続ける。

「三ヵ月ほど前から大陸の各地で暴れ回っている、流れの『魔術師』なんだけどね。今までその行動には何の目的もないとされていたんだが、どうやらそうじゃないという事が判明したんだ」

「と、言うと?」

「うん。どうもそのジェイガという者の狙いは、()の『英雄』達にあるみたいなんだよ」

「……!」

 言葉の意味する所を察して、ジンは思わず息を呑んだ。真剣な表情を崩さないハルクを見つめ、静かに結論を口にする。

「それはつまり、五人の『英雄』の命を奪おうとしている、という意味ですか?」

「詳細な理由はわからないけどね。各地で襲撃を受けた正規軍兵士達の証言によると、彼は五人の『英雄』の居所を捜し回っていたらしい。まぁこちらも、人捜しなら勝手にやってくれたまえと言いたい所なんだが、今回の場合はそういう訳にもいかない。正規軍兵士やギルドメンバーに危害を加えている人間が、『英雄』の居所を探っている以上、何か(ろく)でもない目的があると思った方が自然だろう」

 ハルクはやれやれといった様子で、浅く溜め息をつく。

「現在、五人の『英雄』の中で所在を突き止められているのは、ランザ・ダルベスとバルベラ・スプリートの二名だ。だが残りの三名については、正規軍でも『ギルド』でも、居所が掴めていない」

 難しそうな表情のハルクに反し、ジンは思わず感心してしまった。

 かつて『倒王戦争』において活躍した五人の『英雄』は、元老院との繋がりはあるものの、特に行動を制限されている訳ではない。そのため皆、自由に動き回る事が多く、長い期間連絡が取れない事も多々あるらしい。

 そんな自由奔放な五人の人間の内、二人もの居所を掴んでいるのだから大したものだ。このために軍や『ギルド』から、一体どれだけの人員が割かれているのかと思うと、正直ジンは苦笑せざるを得ない。

 貴族連中に好んで関わろうとする人間は、多分あの人達の中にはいないと思うぜ。

 ……というのは、『英雄』の一人を師匠に持つディーンの言葉だ。

 彼自身も、他の『英雄』の事を深く知っている訳ではないそうだが、師匠からそれぞれの人となりは聞いているらしい。それ故に、ジンよりも想像を巡らせるのが容易なのだろう。

 貴族に対してざまあみろと言いたげな顔で語っていた友人を思い出しつつ、ジンはハルクの言葉に耳を傾ける。

「その三名の内の一人。ミレーナ・イアルフスに関しては、キミの友人であるディーンくんが行方を追っているだろう? だからこの一件を、できるだけ早く彼に伝えに行ってもらいたいんだ。こんな時間に呼び出したのはそういう理由なんだけど、どうだろう。頼めるかい?」

「無論です。この後すぐにでも、出発の準備に取り掛かります」

「すまないね。キミも色々と忙しいだろうに、厄介事ばかり頼んでしまって……」

「構いません。これが俺の仕事ですから」

 苦笑しているハルクに一礼し、ジンは踵を返して『謁見の間』を後にしようとした。

 すると、その時。

「――ああ、そうだ」

 忘れていた、と言いたそうなハルクの言葉に、ジンは足を止めて振り返る。

「その書類に写真が添付してあるから、キミも一応、ジェイガ・ディグラッドの人相を確かめておいてくれるかい。もしかしたら、遭遇する機会があるかも知れないからね」

 そういえばそうだと思い、ジンは改めて渡された書類の最後の紙を捲った。そこには写真が一枚挟まっていて、一人の男が写り込んでいる。

 年齢はジンと同じくらい、だろうか。青紫の少し尖った髪に、蛇のような鋭い眼付き。灰色のマントを羽織った男の手には、その身の丈とほぼ同じ長さの、黒く大きな鎌が握られている。

 死神然としたその姿を見つめ、ジンは無意識に表情を険しくした。

 何かが始まろうとしている。

 そんな不吉な予感が、ジンの脳裏を(よぎ)った。

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